不思議少女になつかれた
「お、お婿さん……?」
女性がメガネをくいっと動かしてオレの顔を覗き込む。
驚いた様子を見せていたけどすぐに女の子とオレを見比べて何かを考え込んだ。
「お嬢様、まさかその怪我は呪霊と戦ったのでは?」
「戦ってない」
「至近距離でウォーターを放って距離を取ったのはお見事です」
「えっへん」
女の子が胸を張った直後、しまったとばかりに目が点になった。
この女性、できるな。
「お嬢様! やっぱり呪霊と戦ったのですね! お嬢様の戦いの癖くらいお見通しです! ご無事で何よりです!」
「戦ってない」
「もう遅いです! このことはお父様にしっかりと報告して褒めていただきます! 今夜はシェフによるイタリアンコースでしょう!」
「戦ったのはこの男の子」
なんだか既視感があるやり取りだけど、どこで見たんだろうな。
まったく思い出せないな。
女の子がオレの腕を抱き込んで紹介すると女性がまたメガネを動かした。
「この子が? いくらお嬢様が宇宙一かわいいといってもそういったウソは感心しませんよ」
「呪霊ペアレント」
「ペアレントと戦ったのですか!?」
「戦ったのはこの子」
そう、呪霊にも名前がある。
といっても既知のものに限るし、有象無象のモブ呪霊はその限りじゃない。
いわゆるネームド呪霊というのは人間社会に与える被害が一定以上の個体だ。
尚且つ討伐難易度に応じて等級ごとに振り分けられている。
「ペアレントは第三怪位の呪霊ですよ! 最近になってベテランの退魔師を二人も殺害したので近々第四怪位への引き上げが検討されていました! だからお嬢様のお父様が討伐にこられたのです! 本当のことを言ってください!」
「ぷーい」
「あぁもうかわいい!」
そんなにやばい呪霊だったのか。
駆け出しですらないオレが倒せたということはそれだけ妖力の底が知れないということだな。
オレが自分の手をまじまじと見ていると女の子が下から覗き込んできた。
「わっ!?」
「クララに見せてあげて」
「は? クララ? あ、そこの女性のこと? 何を?」
「貫けってやつ」
「といっても何を貫けばいいんだろ……」
女の子がビシッと刺したのはこれまた大きい岩だ。
うちの中庭にあった岩より一回り以上大きい。
それにしてもあの女性の名前がクララってことは外国人か?
この女の子も確かに日本人には見えない。
「あ、あれを?」
「あれ」
「やれるかなぁ……」
オレは渋々岩に狙いを定めた。
考えてみれば見せてあげる義理もないんだけど、引くに引けない状況だ。
だけどもしあのクララさんが退魔師の関係者なら大いに意味はある。
オレの今の実力を正当に評価してもらえるいい機会だ。
何せ父さんと母さんは天才としか言わないからな。
「お嬢様、私が感知したところによるとこちらの子からは大した霊力が感じられません。ウソを言ったところですぐにわかるのですよ」
「ひゃくぶんはいっけんにしかず」
「そんな難しい言葉を知っておられるなんてかしこかわいい!」
外野がうるさいけどオレはあの大岩を砕くために妖力を集中させた。
オレの中にあるのは霊力でも呪力でもない。
修行当初はまだ霊力を使って特訓していたけど今は違う。
妖力が完全に体に馴染んている。
「貫けッ!」
バチンという破裂音と共に大岩に大穴が空いた。
更に大穴から亀裂が入って大岩から破片が転がり落ちる。
これでよし――
――バキバキバキッ!
「あっ……」
大岩の向こう側にあった木々をぶち抜いた。
木片と草が飛び散って木が一斉に倒れていく。
まるで強引に森林開発でもしているのかというほどの騒音だ。
「……は?」
そりゃクララさんもそんな声が出るよ。
大岩が形を崩して割れたどころか森の彼方まで貫いたんだからな。
誰がどう見てもやりすぎだ。
いいところを見せようとして張り切り過ぎたか。
言霊という性質上、どうしても妖力が感情の影響を受けてしまう。
つまりコントロールに課題が残る、と。
「すごい」
「こ、これ、は……」
クララが割れた大岩を触った。
「ご主人ちゃま! さいきょーなのです!」
「そんな大げさな……」
ワコが称えてくれるものの本当は大岩を壊すだけで十分だった。
父さんによれば霊力の操作が勝敗を分けることがあるという。
オレの場合は妖力だけど、無駄に霊力を消費して最後の一押しが放てないなんてことがあるとか。
(まだまだ修行が足りないな)
オレがグッと拳を握って決意を改めるとクララさんが近くに来ていた。
オレを見下ろすその目は恐れているようでもあり、挑戦的にも見える。
「ペアレントを祓ったというのは本当のようですね。それもまったく外傷がない上に息すら切らしていない。それにその力は……」
「お、オレの退魔術はどうですか?」
ドキドキしながらもオレはクララさんに評価を求めた。
何かあれば指摘してほしいところだ。
クララさんが口を開こうとした時、視線がオレの左手に釘付けになった。
「そ、それは! い、忌子の……!」
クララさんが驚愕してオレから一歩遠ざかる。
この邪傑紋は家族と相談して隠そうかという話になりかけた。
だけどオレはそれをあえて拒否したんだ。
「はい、オレは忌子と呼ばれています。でもこの体は親がくれたものです。邪傑紋もその一つ、だからオレは胸を張って生きます」
オレが言い切ってクララさんと視線を合わせる。
オレは親からもらった体を卑下したくない。
オレは忌子なんかじゃない。
オレは祝福されて生まれてきたんだ。
「じゃあ、あなたは伍神家の子……あの戦鬼の子ども……」
「父さんを知ってるんですか?」
「退魔師をやっていて彼を知らない者はいません。日本五大退魔師の一人、伍神宗司。伍神家に忌子が生まれたという話は本当でしたか……」
「父さん、そんなにすごい人だったんだぁ……」
父さんのことが知れただけでもよかった。
後はこの人がオレをどう思おうが知ったことじゃない。
それと伍神家に忌子が生まれたなんて話はすでに広まっているみたいだ。
たぶん出産の時に立ち会った医療関係者から漏れたんだろう。
「あなたの名前をお聞きしてもいいですか?」
「伍神 陽夜です」
クララさんは何か納得したように頷いた。
それから一歩離れて丁寧に頭を下げる。
「陽夜さん、あなたはお嬢様……リエール様の命の恩人です。先程は忌子などという無礼な発言をしてしまったことをお詫びします。申し訳ありませんでした」
それからクララさんは女の子、リエールの手を取って背中を向けて歩き始める。
「陽夜さん、あなたは忌子などではありません。あなたはお嬢様の命の恩人……このご恩はいつかお返しします」
クララさんが背中を向けたままオレにそう語った。
「それではお嬢様の怪我のこともあるので失礼します」
リエールは名残惜しそうにオレを振り返りながらも姿が見えなくなる。
取り残されたオレとワコも裏山を下りることにした。
「あの人……なんだか迷っていたように見えるなぁ」
あのクララさんの態度と言葉、人として最低限の節度を保ちながらもオレが忌子という事実に揺れているように見えた。
でもオレはあの人を尊敬する。
世間から忌み嫌われた存在であるオレに頭を下げるなんてなかなかできることじゃない。
きっと退魔師としても高い実力の持ち主なんだろうな。
「迷える子羊よー! 慈悲をあたえんー!」
オレが感心している横でワコだけが訳の分からないことを言ってはしゃいでいた。
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