忌子、生まれ落ちる
「オレの人生って何なんだろうな」
親の期待に応えようとした。
昼夜問わず勉強に明け暮れて名門校への入学試験に挑んだ。
結果は惨敗、オレにかける学費はないと言われて家を追い出された。
オレの最終学歴は中卒、今はネットカフェで生活している。
「……明日も仕事か」
日付が変わろうとしている深夜にオレは道を歩いていた。
家無しの上に中卒でつける仕事なんてそう多くない。
その日暮らしで死ぬことはないけど生きている実感もない。
(なんのために生きているんだろう?)
オレは半ばすべてを諦めていた。
もう疲れた。
誰にも祝福されないなら生きる意味なんてない。
もし生まれ変わりがあるなら贅沢は言わない。
普通の家庭に生まれたい。
もしオレを愛してくれる人間がいるならどんな努力も惜しまない。
がんばって勉強して将来は絶対に楽をさせてやる。
なんて、それすら贅沢か。
何せ普通というのは普通ではなくて選ばれた人間なんだから。
オレは選ばれなかった。ただそれだけだ。
「う……」
突然胸が苦しくなった。
呼吸ができなくなってもがくけど、周囲に誰もいない。
「だ、だッ、だれ、かぁ……だ……」
オレは必死に助けを求めたけど深夜の暗闇の中、オレは孤独だった。
激痛で意識が遠のいていく。
最後の最後までオレの声は誰にも届かなかった。
* * *
「……バカな」
ぼんやりとした意識の中、誰かの声が聞こえた。
誰の声だろう? ここは病院か?
医者でもないし父親か?
わからない。何せ父親の声なんてしばらく聞いていない。
オレとはほとんど会話をしようとしなかったからな。
「なぜ我が子にこんなものが……」
どうやら男が意気消沈している様子だ。
段々と意識が覚醒してきたのでオレは周囲を確認しようとした。
だけどろくに手足が動かせず、目も開けられない。
「大変申し上げにくいのですが、やはり呪いの影響では……この子は忌子として生まれてきました」
誰かが男にそう告げた。
「……その可能性はあるかもな」
「ハッ……! いえ! 失礼しました!」
「気にするな。だがこの手に確かに刻まれているな……」
男がオレの手を取ったのがわかる。
やけに大きい手だし、なんでオレはこんなにも自由が利かない?
この状況、病気のせいだとは思えない。
「邪傑紋……。君は退魔師ではなく医療従事者だが聞いたことはあるだろう?」
「はい。最低限の教養は身に着けております」
「常人よりも遥かに多い呪力をもって生まれてきたことの証、そのせいで歴史に葬り去られた……それが我が子に刻まれている」
「どうか気を落とさず……」
二人が訳の分からないことを話している。
いよいよ意識が覚醒して目を開けようとした。
しかし思うように開かず、ますます訳が分からない。
(ひ、開けぇ!)
突然オレの内側から目がしらに向けて何かが走った。
その途端、目が開いて光が飛び込む。
そこにいたのは見たこともない中年の男と女性、そして医療関係者達。
この人達は誰だ? なんで俺を見下ろしている?
オレは起き上がろうとしたが、やはり体が思うように動かない。
クソ、病気か何か知らないが歯がゆいな。
一体全体何がどうなっているんだ。
せめて状況だけでも確認させてくれ。
動け、オレの体。
病気で虫の息なのか知らないけど動け。
動け、動け、動け!
(え?)
またもや体の内から何かがあふれ出る感覚に陥った。
手足が頭の中で思い描いた通りに動いて難なく立ち上がる。
体がすごく軽くてまるで浮いているかのようだ。
「……ッ!? こ、この子、た、た、立って……」
俺が立つと場が騒然とした。
中年の男と女が驚愕して医療関係者達が金切り声を上げて叫ぶ。
確かに病気のオレが立ち上がれば驚くだろうが――ん?
オレの体、やけに小さくないか?
それに裸、というか。この体って。
「う、生まれた直後から、霊力で体を強化して……!」
「信じられない……」
霊力ってなんのことだ?
やけに目線が低い気がする。
ベッドの上に立っているのに見上げないと全員の顔が確認できない。
「やはり忌子だ!」
「……やめてくれ!」
看護師に対して男が俯いたまま叫んだ。
看護師は男に気圧されて黙り込む。
「この子は……この子は私達の子だ。そうだろう、詠歌」
「えぇ、あなた。この子は私と宗司……あなたの子よ」
男がオレの顔を覗き込んできた。
「そう……忌子ではない。この子は私達の子だ」
「そう、がんばって生まれてきてくれたのよ……。二人で愛情をもって育てましょう」
「そうだ、私達はいつだって二人で困難を切り開いてきた」
男が女性を抱きしめた。
オレは改めて自分の体を確認すると、やっぱり明らかに小さい。
いや、ナニがってだけじゃなくて全体的にだ。
これはもう疑いようもない。
オレは生まれ変わったんだ。
その証拠にここにいる人達は誰一人見覚えがない。
つまり詠歌と宗司という人物はオレの両親か。
病室の外を見ると俺が知っている風景でもない。
というか生まれた直後なのにこうして立って歩けるし目だって見える。
これは一体――
(……え?)
と、思ったら急に力が抜けてストンと転がった。
さっきとは打って変わって体が動かない。
そりゃそうだ。今のオレは生後0ヵ月の赤ん坊だからな。
今は立つどころか目も見えない。
さっきの不思議な感覚はなんだったんだ?
あの何かが全身を駆け巡る心地よさが忘れられない。
あれがまさか霊力ってやつか?
「お、おい!」
「まさか霊力酔いか!?」
頭が揺れる、視界が揺れる。
どうやらオレは霊力で目が見えるようにして立ち上がったようだ。
だけど無理が祟ったみたいで今は立てなくなって目も見えない。
生後0ヵ月で無茶をしすぎたみたいだ。
「す、末恐ろしい子だ……。宗司さん、本当にその子を育てるのですか?」
「実の息子だろう。当たり前だ。それにこの子は必ず大成する」
宗司こと父さんがオレを母から受け取って抱いたみたいだ。
母親に抱かれていた時もそうだけど、オレはなんだか温かい気持ちになる。
「この子の名前は前から決めていたあれでいい?」
「あぁ、この子にピッタリだ」
今度は父さんがオレを抱いて母親が頭を撫でた。
「陽夜、生まれてきてくれてありがとう」
陽夜、それがこの世界でのオレの名前だ。
二人はオレの生を祝福してくれた。
だったらオレも二人にこう言いたい。
父さん、母さん。オレを生んでくれてありがとう。
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