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イマジナリー・モンスター

 放課後、職員室のデスクに向かって明日に備えていた。教師になって初めてマジモンを孵化させる学年の担任になったのだ。何か不手際があってはいけない。明日は子ども達が初めて『自分の心』に対面する日でもある。自分も初めてマジモンを持った日のことは鮮明に覚えている。期待と不安でいっぱいになり、どうか良いパートナーが持てることを祈ったものだ。

 マジモンは今や教育現場において欠かせないツールであり、子ども達自身のあらゆる場面で中心的な位置づけになってくる。良い教育を実践していくこと、それは教師になって常々自分が心がけていることでもある。

 机の表面上から投影型の空間ディスプレイが映し出されている。その中から乱雑に並べられた書類フォルダをタップしてマジモンの指導要領を取り出した。カリキュラムのアイコンを宙でタップする。画面には立体に表示された冊子状の分厚いカリキュラムが浮かんでいる。目次の項目を開いて必用な箇所を取り出し、ディスプレイの端々に放り投げた。乱雑になげられたページの束は、自動的に整頓されて、ディスプレイ上部に漂っている。その一番右端にある文書ファイルを選択した。これは教師用のマジモン指導に関する要点や留意点が書かれたものだ。もう何度か見ているので大よその内容は理解していた。


『イマジナリー・モンスターとは…』

 文字がディスプレイ上に立体感をともなって投影されている。パーソナル・コンピューターが現在のようなホログラムディスプレイになってから、視力低下をおこす人が格段と減った。これは目に直接光が投射されないためらしい。また、文章閲覧モードにすることで、目線の動きだけでページがスクロールするため、いちいち手を使わずに済む。自分や今の子どもたちにとって、このヒューマンインターフェースは当たり前のものだった。数百年前はディスプレイと言えば、液晶ディスプレイに映し出されたものだったらしい。

『通称マジモンと呼ばれ、現在は広く教育現場に導入されています…』

 導入部分は今日の授業で小林が言ったことと殆んど同じだ。少し飛ばすことにしよう。

『マジモンの教育展開について。

 マジモンが教育現場に導入されるにあたり大きな役割を果たしたのが、マインド・プロジェクトです。かつての文部科学省、現EA(Educatinal Association:教育連盟)が推進した教育計画の一環でした。マジモンを持たない子どもと、そうでない子どもの、精神的な発達を比較検証したのです。当時マジモンはゲームとして娯楽的な用途が殆んどでしたから、このマインド・プロジェクトはかなり斬新なものでした。

 しかし、次第に教育的効果が実証的な数値を伴う結果となり、子どもの発達に大きな影響を与えることが分かったのです。それだけでなく、精神病患者への治療効果(注:専門家の指導の下)や知的障害者のコミュニケーションツールとしての機能を見出してきました。さらに、一般成人のヘルスケアにも注目され始めました』

 もちろんこれは現代の社会では当たり前になっている。使い古したマグカップで、安いインスタントコーヒーを一口含み、先に進んだ。

『教育現場に導入された当初は、生徒に支給された端末にマジモンが映し出されるという、ゲーム感覚と全く変わらないものからスタートしました。やがて技術的な進歩とともに、マジモンは空間に投射されたホログラムになり、現在では物理的な干渉も可能な人口知能を伴う生命体としての位置づけを得たのです。

 また、この段階でマジモン自体が有機的に自己成長することや、所有者の精神状態と能力によって質量の増減が可能になりました。精神状態や発達とシンクロしたシステムは画期的なものでしたが、さらにマジモン自体が主体的に行動をすることができる人工知能の導入で、人とマジモンのコミュニケーションに広がりができたのです。つまり、マジモンが主体的に行動することで、その所有者は自己投影をマジモンに見出すだけでなく、異なる主体としての自己を客観的に観察することができるようになったのです』

 この項は難しい用語も多い。というか、自分はマジモンがなかった頃の時代を想像することができないのだ。マジモンは自分の一部でありながら、よき指導者でもある。

 椅子のとなりでヴァルクが寝ていた。自分が一〇年以上可愛がってきた、もしくは可愛がられてきたマジモンだ。ヴァルクもこちらに気づいたらしく、一瞥してきた。ヴァルクがいなくてはどうやって自分は成長してこれたのだろうかと空恐ろしい思いに襲われる。


『類型について

 

 マジモンはジャポネ(かつての日本)やUSC(中華合衆国)で一般的だった十二支が元型になっており、一二種類の動物が個人の特性に合わせて決定されます。動物の種類に関しては所有者の性格によって決まるようにプログラムされているのです。しかし、人口知能の導入にあたり、その決定因が何であるのか、はっきりとは分からなくなってしまいました。

(注:マジモンに危険性を唱える学者が出始めたのもこの時期であり、マジモンを使用した犯罪や組織的活動が横行しはじめる)

 以下に大まかなマジモンの種類と所有者の性格を示します。


 ネズミ(子)…敏感で神経質。細かいことによく気づき、周囲への気配りを欠かさない。環境への適応力が高い。

 ウシ(丑)…おおらかで鈍感。物事に動じず、堂々としている。怒ると手がつけられない。

 トラ(寅)あるいは(猫)…マイペースで気分屋。甘えたがる反面、一人を好むこともあり。協調性に欠けるが、カリスマ性を兼ね備えることもある。

 ウサギ(卯)…臆病で寂しがりや。人からは好意をもたれても自覚がないことがしばしば。自分の魅力に気づかない魔性。

 リュウ(辰)…よく分からないという印象を持たれることが多い。衝動のコントロールが悪く、一端怒り出すと、気が済むまで他人を攻撃する。

 ヘビ(巳)…敏感で、攻撃的。周囲への警戒心が強いが、気配りをおこたらず、密接な人間関係を好む。攻撃的である反面、自分からは決して他人に干渉しない。

 ウマ(午)…臆病で逃げ腰。従順で、指示や指導のもとでは能力をいかんなく発揮できる。主体性に欠く。

 ヒツジ(未)…鈍感で能天気。集団でいることを好み、結束力が強い。仲間が傷つけられると、激しく怒る。

 サル(申)…狡猾で利己的。知性に富み、雄弁である。群れることを好むが、個人としては目立ちたがり。他人をよく観察しているため、人まねが上手い。

 トリ(酉)…臆病で恥ずかしがり。自己を客観的に捉えることに長け、物事の洞察は的確。季節や節目での習慣を重んじる。共感性に欠ける。

 イヌ(戌)…従順で受身的。他人に依存できる状況を好む。主体性に欠けるが、意志が強い。意固地になることもしばし。

 イノシシ(亥)…猪突猛進。視野が狭く、融通が利かない。集中力が高く、一度はまるととことんやり通す。情に厚い。

 注:以上は大まかな典型であり、例外は幾らでもある。そもそも性格そのものを類型的に捉えること自体が古い考えである。しかし、例えば犬の中でも様々な種類があり、それぞれに性格的な特徴は様々である。また、非常に似通った性格の持ち主は、マジモンの十二類型とその下位種類まで一致することは実証済みである。また、マジモンの配色は千差万別であり、配色のもつ性格的な意味合いを複合すると、マジモンの外見がかなり的確にその所有者の性格を現していると断言できる』

 

 ディスプレイの中ではホログラムのマジモンたちがコミカルに動いていた。擬人化されたように、人間らしい動作をしてその性格を真似ているらしい。

 このようなマジモンを解説する記述自体は幾らでも見てきた。自分が学生だったときの授業や、その後の専門的な訓練で。

 横で前足に顎を乗せて寝ているヴァルク。イヌのマジモン。この十二類型で言えば、自分は従順で受身的。主体性に欠けるが意志が強い(頑固)。まさに自分の性格だった。さらにヴァルクは犬種で言えばシュナウザーという、テリア犬というものらしい。現在はシュナウザー自体が実存しない。殆んどの犬種は絶滅してしまったのだ。だから私は動物園以外で動いている本物の犬を見たことがない。シュナウザーはかつて狩猟や小動物の駆除などの目的で飼われていたという。このヴァルクの様な犬が人間と伴に狩りをし、人類の友として暮していた時代があったという。それはもう遠い昔のことなのだ。今や人間に飼育されている動物、それらを昔は「ペット」と呼んでいたらしいが、現代にその習慣はない。マジモンがそれに取って代わった、と言うわけではない。その昔、人類自身すらも危機に瀕するような大災厄があったのだという。その事実を殆んどの人々は知らないし、知るすべを持たない。記録が殆んどないのだ。


 かつて生息していたシュナウザーの性格を検索した時は笑ってしまった。

『知的で、好奇心旺盛。飼い主に従順な反面、見知らぬ人には警戒心が強く、吼えまくる。人の感情に敏感で、繊細な一面もあり、基本的に怖がりである』

 これは自分の性格に面白いほど合致している。さらにヴァルクの配色は赤がメインでメッシュに青がところどころ見られる。色のおさらいもしておこう。

 そういえば、今頃は子ども達のタマゴにうっすらと色が付き始めている頃だろう。


「笹川先生、勉強熱心ですね」職員室の入り口からこちらに歩いてくる人影があった。それにこの柔らかい声。これは篠宮先生だ。

「え、ええ」

 急に心拍数が跳ね上がった。思わぬ人物の来訪に驚き、それは自分にとって嬉しい種類のものだ。夕暮れ時の職員室は朱色に染まり、自分の頬が紅潮していたとしても相手には分からないだろう。

「明日ですものね」

 五年生のタマゴが明日孵化することを篠宮先生は言っている。

「だから復習を」

 ありきたりの返事しかできなかった。何か気の利いたことの一つも言えないものか。他の教員たちは他校との合同会議に出払っている。折角放課後の職員室で篠宮先生と二人きりなのだ。こういうチャンスを逃してはいけない。

 篠宮先生は僕よりも四つ年上で、現在は六年生の担任をしている。大学の専攻が心理学だったこともあって、彼女は若いながらも五、六年生の担任を任されている。マジモンに関してスペシャリストで、自分としても教わりたいことは山ほどある。

 ただ、正直に言うと下心もある。篠宮先生の長い黒髪は腰ほどまであり、前髪は切り揃えられている。身長もそれなりにあるが、細身で手足が長い。胸の膨らみも十分で、しっかりとした母乳が期待でき、育児も子作りも申し分ないだろう。くっきりとした目鼻立ちは意志の強さを感じるが、物腰は柔らかい。一度話せばすっかり安心して打ち解けることができる人物。しかし、それでいて自分の意見をしっかりと持っていて、公の場でも物怖じすることなく発言している。人間的にも魅力的で、女性としても非の打ち所がない。


「笹川先生のクラスは魅力的な子が多いから、きっとマジモンも粒ぞろいよ」

 きっと星川や小林のことを言っているのだろう。あるいはお調子者の村上か。佐藤の運動神経も見過ごせない。

「小林や星川はとびぬけて優秀ですし、転校生の村上はクラスのムードメーカーです。佐藤は地域のスポーツ大会でも必ず優勝しています」

 角の立った生徒の名を連ねただけだが(良くも悪くも)、彼らのマジモンがどのようなものになるのか非常に楽しみだった。

「んー。確かに今笹川先生があげた子達は優秀で、個性もある子達だわ。でもね、そうじゃないのよ。マジモンは」

 篠宮先生の言いたいことが全く分からなかった。

「どういうことです」

「例えば宇佐美さんは?」

 宇佐美? 

「宇佐美ですか? 勉強の遅れが目立つ子ですけど。三年生の学習がやっとという子ですね。精神的にも未熟ですし、同学年の教師間で、宇佐美は軽度の知的障害かもしれないって話も出ている生徒ですよ」

 宇佐美は時計を裏表にしてつけていたり、教科書を逆さまに持って授業をうけていることも多い。何故、篠宮先生は宇佐美の名を出したのだろうか?

「そう。まあ、いずれ分かるでしょうね。彼女の表面と内側では大きな隔たりがある。これはヒントね」

 指を立て、首を傾けて篠宮先生は笑った。

 うーん。さっぱり分からない。

「考えておきます」

 篠宮先生の肩には、可愛らしい文鳥がいつも乗っている。それが彼女のマジモンだった。

「あと、辰野君ね。彼に関してはどうかしら?」

 どうかしら? 

「兄は非常に優秀なようですね。高校二年生で世界選手権にでている位ですから。だから辰野は気に留めておいたほうがいいと? でも彼は極めてパッとしない生徒ですよ?」

 辰野はこれといって特徴もないような生徒だ。ただ、自己評価が低く、劣等感が強い様にも見える。

 篠宮先生は腕を組んで考えているような素振りをした。

「それだけ?」

「うーん。兄が優秀からなのか、それがコンプレックスになっているようなところがありますね。あまり明るい性格ではないですし。母子家庭だということも彼の性格に関係があるかもしれません」

『何にもわかってねーな、このおっぱい星人が』

 甲高い少年のような声がした。言ったのは彼女の肩にとまっているマジモンの文鳥だった。マジモンは所有者の言語能力に応じて喋ることができるといわれている。ちなみにヴァルクは喋らない。自分は頭脳に関しては少し残念なほうだ。大学も体育学が専攻だったし。という言い訳を自分に何度もしてきた。教師のマジモンは殆んどが喋れるから。

「ちょっとブラオ。勝手に喋らないの。笹川先生、気にしないで下さいね。先生がこっそりと私の胸を見ていたのは知っていましたよ」

 ブラオとは文鳥の名前だ。篠宮先生はブラオに話しかけつつも、こちらの厭らしい視線を指摘してきた。途端に耳まで赤くなる。小さくすみませんと言った。それに「くす」っと篠宮先生は笑ってくれたので、少し救われた気がした。

 実はマジモンが喋る言葉は所有者の本音であることが多い。言いたいことをぐっと堪えているときなどに、マジモンがぽろっと言ってしまうのだ。迷惑極まりないが、本人が言うのとマジモンが言ったのとでは、相手への伝わり方に違いがある。言いにくいこと、つまり自分にとって言われて嫌なことでもマジモンに言われると、さほど嫌な気がしないのだ。そしてコミュニケーションとしては真意がダイレクトに伝わりやすく、話が進展しやすい。

「そうですよね。自分、生徒の性格や特徴を見るのはあまり上手くなくて」

「誰でも最初はそうなのよ。これから、これから。じゃあ、ヒントをあげるわ。笹川先生のクラスって、いじめが殆んどないわよね?」

 確かにそうだ。他のクラスでは大小の差はあれど、いじめらしき行為はある。ただ、うちのクラスではそれが殆んど、というか全くない。自分が把握していないだけ、とも思ったが篠宮先生がそう言うのならば、そうなのだろう。

「そうですね。確かにいじめはないです。でも、それと辰野が関係しているのですか?」

「これ以上は言えないな」

『ちょっとは自分で考えな、むっつりスケベ』

 ブラオは厳しい。少し口汚いところがあるのは教員の中でも有名だった。青い嘴に、薄ピンクの羽毛のブラオは一見可愛らしい桜文鳥なのだけれど。

「そうですか」

「そういうこと。じゃあ、お先ね。あんまり根をつめちゃダメだぞ」

 篠宮先生は優しく笑って席を立ち、職員室を後にした。彼女の残り香が鼻をくすぐって、気持ちが浮わついている。ヴァルクは起きてじゃれてきた。「まあ、頑張れ」、そう言われているような気がした。

 気を引き締めてデスクに向かう。


『マジモンの体色について。

 マジモンは所有者の性格によって様々な色を呈します。例えば柴犬のマジモンであっても、その体色は淡い黄色であることは稀です。赤や青といった柴犬もいます。まだらなブチやストライプといった変わった配色となることもあります。この配色は成長や心理的な変化によって暫時変化し、およそ三十歳前後で固定します。

 以下に体色と性格との関係、模様と性格との関係、体色の濃淡と性格との関係を示します。


 基本五原色


 白…純粋。清廉。率直。無垢で、純粋、実直であるが、何ものにも染まりやすい。周囲に流されやすく、主体性に欠ける。必ずブチやストライプなどの模様がまざり、その色が性格を反映しやすい。

 黒…暗黒。暗闇。虚無。暗いイメージが先行しやすいが、確固たる意志の象徴でもある。他の色を飲み込む程の力もあり、周囲への影響力が強い。基調色になることはなく、ブチやストライプなどにしばしば見られる。性格や生育に仄暗い過去をもつ場合が多く、生涯不偏的に残る。

 赤…激情。情熱。興奮。暖かい。小さなことでも反応してしまう。感情が豊かで燃えるように激しい。危険の象徴でもあり、強く我を通すと、周囲が消えてしまう。

 青…冷静。冷酷。爽やか。清々しい。冷たい。クールで冷静沈着。しかし、一方で情に欠け、共感性に乏しい。空や海といった象徴を持ち、濃い青は畏怖を伴う。

 黄…豊潤。快楽。歓喜。エネルギーの象徴であり、豊かさを想起させる。ユニークさや笑いといった性格を反映しやすい。


 模様


 単色型…五原色に加え、緑、茶のみという単色のマジモンがこれまで確認されている。種類と色の性格に忠実で、基本的に単純な性格と言える。この場合、ウマ(馬)で茶色というような、実在の動物に忠実な配色は所有者の能力が高いことを意味する。

 ブチ型…色が点在していることから、むらのある性格と言える。場面場面でころっと性格を変えられる器用さでもある。

 ストライプ型…部分的(ある場面や状況)に確固たる意志によって性格が固着している場合に発現しやすい。例えば、基調色が青で、ストライプに赤が入っている場合、普段は冷静であるが、ある物事に関しては非常に熱中しやすい、など。

 部分型…目や爪。あるいは歯や嘴、角といった末端部だけ色が付いていて、アピールポイントとなる強みや、長所に関連した部位であることを意味する。


 濃淡


 色には明るさや濃さ、といった色調の強弱が存在する。これをもって色の濃淡とする。単純に言えば、薄い色はそれだけ、その性格が薄いことを意味するし、その逆もまた然り。例えば「青」を例にとると、薄い青では性格として、純粋で爽やかなどと解釈できる。逆に濃い青では、冷静で強い意志を持っていると考えられる。

 しかし、この濃淡に関しては薄い青とは青と白を掛け合わせた色、濃い青は青と黒を掛け合わせた色、という見方ができる。つまり色を掛け合わせることで、違う色とできることからも、その色のもつ性格を掛け合わせることができる。例えば緑が良い例である。青と黄をもって緑となるが、緑は植物的なイメージがあり、豊かさやエネルギーの生産源となる。そして静的イメージが伴う。つまりこれは黄色と青のイメージを掛け合わせたものになるのだ。

 人間の性格が多種多様であるように、色にも様々な組み合わせができるのである。色相環はそれを円状にあらわしたものであり、マジモンの配色と性格を理解する上で重要である。そして、この配色を語る上でマジモンのエレメント属性が大いに関係している』

 マジモンの色に関してはかなり複雑だ。人間関係に疎い自分は苦手で、それはさっきの篠宮先生とのやりとりにも如実に現れてしまった。ただ、エレメント属性に関してはさほど難しいことはない。


『エレメント属性について。

 マジモンにはエレメントという属性があります。これは火、水、土、雷、風の五属性からなるもので、円環上に優劣が決定します。例えば火は風に強いが、水に弱い。雷は水に強いが、土に弱いといった関係です。

 このエレメントによってマジモンは様々な能力が発揮できます。これはかつてマジモンが家庭用ゲームあるいは携帯電話機のコンテンツとして誕生した経緯が関係しています。それはマジモン同士を戦わせることができるといった、ちょっとした遊び心が発端でした。しかし、この遊び心は現在でも継承され、大きな産業構造を持つに至っています。マジモンの格闘はかつての人間同士の格闘技や、オリンピックの様な国家間での個人的な力量の競合を演出しています。もちろんそれらはエンターテイメントとしての要素もあります。精神面での鍛錬を積むことで、マジモンを強くすることができるのです。肉体や体力に優れていない者でも、努力次第ではマジモンを強くできることは多くの人に支持されてきました。そしてそれは限りない自己研鑽につながるのです。この構造はマジモンが教育課程に導入される以前から注目され、反響を呼んでいました。

 このエレメント属性は、マジモンの配色と密接に結びついています。以下にその関係性を示します。


 エレメント属性と色


 火…赤

 水…青

 雷…黄

 土…黒(緑、茶)

 風…白(水色、桃色、薄黄)

 

 エレメント属性は基本五大色に対応しますが、注意が必要です。何故なら、土属性は黒の配色で発現しません。必ず緑か茶の配色が必要です。同じく、白の配色で風は発現しないのです。水色、桃色、薄黄で発現することが確認されています。これは色の濃淡に関係があります。色が濃ければ濃いほど、そのエレメントはマジモンの体に密着した形で能力を展開できます。例えば、濃い赤のマジモンは、全身に炎をともすことができるのです。

 逆に色が薄いマジモンは、体から離れた位置で能力を展開できます。例えば、薄い赤のマジモンは、遠く離れた物体を発火することができるのです。

 緑の配色では遠くの植物を操ることができ、茶の配色では接している地面の土や泥を操作することができます。

 風属性はかなり特殊です。そもそもこの属性を持っているマジモンは希少で、滅多に見ることができません。一説では風属性はすべての属性を駆使できるとも言われています。

 マジモンの色の濃淡で能力発動の範囲が限定されます。一見色が薄い個体が有利に思えますが、濃いほうが強くエレメントを発動させることができます。つまり色の濃さとエレメントの展開範囲の関係は反比例しているのです』

 

 この色とエレメントの関係は興味深く、そして複雑だ。マジモンの色自体が、所有者の心理的な変化で様々に変化し、それに伴ってエレメントも変化する。ヴァルクの配色に関しては赤を基調にしているが、時折メッシュのように散りばめられている色が変化する。今は青だが、かつては黄色であったり、白だったこともある。なんとなくこの色の変化と、自分の心理的な変化が関係しているようだったが、突き詰めて考えたことはなかった。

 今日はだいぶ疲れてしまった。最後の項を見て切り上げよう。


『マジモン教育についての留意点


 マジモンは昨今、教育的な用途からエンターテイメントにいたるまでに、幅広く利用されています。しかし、マジモンが教育現場において生徒の健全教育を主眼においていることは普遍的です。生徒の娯楽のためにマジモンがあるのではないということは、教育をする上で常に意識しなくてはならないことです。生徒の精神上、心理上の健康に配慮したときに、マジモンを通して出るサインがあります。

 マジモンの色が極端に薄くなってきた場合、その生徒が精神上のエネルギーに乏しい状態にあり、うつ状態にあることを示唆します。仮面うつのような症状では、生徒本人はいたって普通ですが、マジモンに変化が如実に出るのです。教師間で検討会議を行うことは必須ですし、家庭環境や友人関係を見直すことが必要になるでしょう。

 個体が完全に白、あるいは黒一色に変化した場合(元の色が白や黒ではなく)、これは精神上重篤な状態にあることを意味します。統合失調症や、反社会的な性格傾向に歯止めがきかなくなっている、自殺の衝動が強い、などの状態にあります。医療機関や行政機関へ連絡をし、専門家に助けを求めるべきです。

 マジモンの孵化段階で、タマゴが孵化しない場合はその時点で生徒が心的に問題を抱えていることを意味します。あるいは真っ白もしくは真っ黒な個体で生まれてきた場合もこれにあたります。過酷な環境で育ってきた結果、マジモンが孵化したことでその状態が発覚することは珍しいことではありません。

 白い個体、黒い個体に関しては、エレメント属性に縛られない能力を発動することがあります。思念と呼ばれる能力で、周囲に甚大な影響を与え、破壊的なものとなることがしばしば起こります(参照:ヘンドリック事件、ベラの大量不審死事件)。そのため、教師が精神的に不安定な生徒のサインにいち早く気づくことは大変重要なことです。

 リュウ(竜)に関しては北半球国際条約での対応の通りです』


 ヘンドリック事件とは、ヘンドリック中学校に通う生徒が突然発狂し、そのマジモンがクラスメイトと教師を惨殺してしまった事件だ。生徒の発狂と伴に教室にいた生徒はねじ切られるように体躯を曲げて息絶えた身の毛もよだつ事件であったと記録にある。ベラ大量不審死事件とは、街中でパニックになった少女ベラの周囲一〇〇メートルにいた人間が不審死を遂げた。司法解剖の結果、不審死した全員が心臓を破裂させていた。どちらの事件でも加害者は精神疾患を発症したことが裏付けられている。

 リュウに関しては、まあ、うちのクラスでは関係ないだろう。今日はここまでにしよう。明日は楽しみ半分、不安半分。篠宮先生の言っていたことは気になるけれど、今の自分にはどうすることもできない。宇佐美や辰野はどちらかというと、心配で気にかけている生徒だった。彼らのマジモンがどうなるかは心配の種でしかない。そう思うと、篠宮先生なりの警告だったのだろうか。


 翌日職員室に出勤すると、同僚の内山先生と、養護教諭の春川先生が談笑していた。その他の先生達もまばらに出勤している。内山先生は向かいのデスクで、春川先生は隣のデスクだ。

「おはようございます」私はデスクの椅子を引きながら挨拶した。

「おはようございます」ツンとした声で挨拶を返した春川先生は、いつもブラウスのボタンを二つはずしている。目線のやり場に困る。彼女は肉付きが良くて、胸も大きい。生徒からの信頼も厚く、保健室の頼れる先生だ。養護教諭と言うだけあって、生徒の心理的なケアも行っており、ことマジモンにおいては篠宮先生以上のスペシャリストである。

「おっぱよう、笹やん。今日も春ちゃんのおっぱいさりげなくガン見したねぇ。さすがむっつりおっぱい星人」

 陽気に言ったのは内山先生だ。教師になったのは同期で、赴任先もお互いこの学校が始めてだった。しかし、彼は社会経験があるために自分より年上だ。

「やめろよ。朝から」

「事実だろ。俺はオープンエロで、君はムッツリエロだ。根底に流れている欲情は一緒だろ?」

 横で春川先生がものすごく睨んでいる。

「欲情なんてしていない」

 ぶっきら棒に言って、目をこすった。紙束を叩きつけるようなバンという音がする。

「していないんですか?」と春川先生は立ち上がった。

「え、あ、まー」 

 自分はしどろもどろに、状況が飲み込めずにいた。なんだこれ。

「春ちゃん変なとこで食いついた!!」

 内山先生は声を上げて笑っている。隣の島(隣のデスクの塊)で篠宮先生がやれやれという表情をしている。

 小さな溜息がでた。春川先生は今年で三〇歳になる。彼氏なしの独身。婚期を逃すまいとする焦りが懇々と伝わってくる。それが服装にもあわられているのだ。肉食系女子もとい肉付系女子。現代のジャポネでは遺伝的なマッチング制度からあぶれた人々にとってマジモンを介したお見合い結婚が主流なのに、春川先生はそれをしていない。そして肉付系女子も需要は必ずあるのに。マジモンのお見合い結婚は、その後の夫婦関係が抜群によいという研究結果もあるそうだ。なにせマジモン同士の相性が合えば、性格的に合うことは間違いないのだから。芸能人が毎回離婚会見でいう「性格の不一致」なんてことは起こりえない。

 この国の不可解な結婚制度は置いておくとしても、男女間の色恋にもマジモンが大いに関係している。


「春川先生の胸が魅力的で、じっと見てしまいました。申し訳ありません」 

 自分はそう言って謝った。こういえば、春川先生も自身の肉付いた体の魅力に気づくかもしれない。向かいで内山先生は噴きだしている。「笹やんー」と叫んでいた。何が可笑しいのか。

「そうですか。じゃあ、考えておきます」

 そう言って春川先生はデスクに向き直った。きっと自分の肉付きボディーの魅力について考え直してくれるのだろう。

「ええ。どうかご高配を」

 祈るような気持ちで言った。それを聞いた内山先生はゲラゲラと笑い、机をバンバンと叩く。

 教頭と校長が職員室にやってきて、朝会が始まった。

「五年生は今日が特別な日であること、教師として生徒一人ひとりの心に気を配って欲しい」と校長先生が言った。

 

 今日の五年生は誰もが浮ついていた。教師ですらそうだった。友達同士で、自分のマジモンについて語り合っている。そもそも小学校五年生という時期は発達段階でも大きな変化が出始める頃でもある。抽象的な思考が可能になりはじめ、自分をより客観的に見ることができるようになる。そして身体的には第二次性徴が始まる時期でもある。男子なら精通が始まり、女子ならば乳房が膨らみ、初潮を迎える。マジモンはそんな不安定な時期に与えられる、心を見つめる相棒のようなものだった。

 あっという間に五時間目になり、いよいよ生徒達のマジモンが孵化する時間になった。

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