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星くだきの時間

 星の死がいを集めるのがぼくの仕事だ。ゴム底の長靴をはき、スコップを背負って、しっこくのマントを頭からすっぽりとかぶり、ぼくは夜を歩く。

 

目で見ることのできない、けし粒のような星は、静かに息を引き取って地上に落ちる。

 ぺんぺん草の葉が触れ合うような、かすかな音を立てて星は森に落ちてくる。

 星はこんもりとしげった緑の森を、やわらかいベッドと思っているようだ。

 

 ぼくは、ひいひいじいさんから管理していた森に入り、星の死がいを集める。

 さびしくて、へたな鼻唄をうたい、ランプをリズムに合わせて揺らす。

 黒光りする小さな玉を、見つけた。


 ぼくは近付き、土に埋まった星を掘り起こして、持ち上げた。まだ光が残っているけれど、地上に落ちたら夜空へは戻れない。

 ぼくは星を抱えて、森の奥へ向かう。

 森に、いきなり銀色の細長い石が、現れる。星のお墓だ。木のない、開けた場所の真ん中にあって、月の光で照らされている。


 ぼくは石の近くを、スコップで掘った。

 星の死がいをうめて、土をかぶせる。

 月におやすみを言って、ぼくは家に帰った。

 森の近く、村はずれにぼくは一人で住んでいる。一日が終わり、ほっとして、ぼくはベッドに入った。


 ニワトリの鳴き声で、ぼくは起きる。

 産みたての卵をとって、ニワトリにエサをやって、小屋を掃除する。そして、お店に卵を売りに行く。


「ご苦労さん」


 お店のおばさんは、あいかわらず、ぼくの顔を見ない。ぼくが村を歩いていても、だれも朝のあいさつをしない。

 ぼくはうつむいて、歩く。

 死んだ星にさわる者は、不吉だから。

 誰も、ぼくに近付かない。

 家に帰り、あとは夜を待つだけ。

 冬は、とくに星がよく落ちる。

 ときに雪にまざって、たくさん落ちてくる。

 冬は、眠りの季節だから。


 長靴を履いて、マントをはおり、ランプを手に森へ向かう。夜空を見上げると、小さな星が強く光るのが見えた。ああ、あの星が、落ちてくる。星は死ぬ直前に、ぴかっと最期に光るのだ。

 僕は森へと急いだ。

 枯れ木の根元に、星が落ちていた。


「こんばんは」


 ぼくは声をかけられて、星を拾おうとした手を引っ込めた。驚いて、ふるえたのが知られていないだろうか。ゆっくりと、ふり返る。


「こんばんは。あなたと会うのは、初めてね。挨拶をしようと思って、追いかけてきたのよ。

あなた、とても歩くのが早くて、ついて来るのが大変だったわ」


 ぺらぺらと、知らない女の子はよくしゃべった。ぼくと同じ年ぐらいの、赤毛をポニーテールにした、すっきりとした顔立ちの女の子だ。


「わたし、ミーファっていうの。この村に引っ越してきたばかりなのよ。あなたのお名前は?」


 ミーファはブルーのコートを着ていた。

 彼女からは、都会のにおいがした。明るさに、ぼくは圧倒されてしまう。


「ぼくは、マルクです……」


「どうぞ、よろしく」


 ミーファがごく自然に、あくしゅを求めて手を差し出してきた。ぼくは小さくおじぎをして、背中を向けた。枯れ木の根元から、星を拾い上げる。


「ねぇ、それは何?」


 ミーファが、ぼくの手元をのぞき込んできた。

 青い瞳が、きらきらしている。

 ぼくはあわてて、星をマントの下に隠した。


「……ここは、ぼくの森です。帰ってください。二度と、ここへは来ないでください」


 ぼくはミーファに冷たく言った。彼女の顔が暗くなるのを見たくなかったので、目をふせる。

 ぼくが冷たい態度を取ると、みんなぼくをいやな目で見る。人と仲良くできない、変な子、村になじめない子。こんな奴と関わっても、ろくなことはない。みんな、そういう目でぼくを見て、去っていく。


 軽べつには、なれているのに。なぜか、彼女から、そういう目で見られると、胸が痛むと思った。自分から、嫌な態度をとったのに。


「あら、ごめんなさい。そう、ここ、あなたの森なのね。だったら、話は早いわ。わたし、この森を管理している人を探していたのよ」


 明るい声が、近くで聞こえる。

 ぼくは顔を上げた。ミーファは、にこにこしている。


「わたし、細工職人なの。木で、小物を作っているのよ。材料の木材を、この森から分けていただけないかしら?」


 ミーファの気さくな態度に、ぼくは気が抜けてしまった。


「あぁ……いいよ。木なら、たくさんあるから……」


 ミーファの顔が、ぱっとかがやいた。


「ありがとう!」


 ミーファの声が、ぼくの中で、大きく響いた。

 ありがとう。人からそんな言葉をかけられたのは、とてもとても、久しぶりのことだった。ぼくがじっと見ていると、ミーファが不思議そうに、首をかしげた。


 見つめていたことが気まずくなって、うつむく。


「きょ、今日はもう遅いから、帰ったほうがいいです。危ないから」


「どうして? この村はとても平和じゃない。わたし、夜の森って好きなのよ」


 ミーファが笑い声を上げる。

 夜の森が好きな女の子なんて、とても変だ。

 ぼくはつられて、少し笑った。


「ところで、その黒いかたまりは、なに?」


 ミーファに質問されて、ぼくの腕に、死んだ星がずしりと重くのしかかってきた。体が冷たくなった。


「……これは、死んだ星です。今から、埋葬しに行くんです」


「死んだ星? 星って、死んでしまうものなの?」


 ミーファが不思議そうに言った。


「そうです。あの、ぼくは死んだ星を埋葬するのが仕事なんです。とても不吉なんです……」


 星を持つ手が、すこし、震えた。

 ミーファの明るさを、ぼくは見ないようにする。


「森の木は、好きにとってくれていいですから、ぼくに近付かないほうがいいです……不吉だから」


 ぼくは星を抱いて、走った。

 ミーファの呼び止める声を、振り切る。


 ありがとう。ミーファの声は、ぼくの中で、ふくらみ続けた。気がつけば、何度も頭の中で、繰り返していた。ありがとう。


 その夜は、星を埋めるのに、時間がかかった。

 

 やわらかい雪が降った。草を踏むと、ぱしぱしと音がした。雪にまざって落ちた、死んだ星をぼくはランプで照らす。


「こんばんは。冷えるわね」


 ミーファが立っていた。

 声をかけられて、ぼくはぎくりとした。

 気まずくて、そして少しだけ、わくわくする。


「……もう、来ないでって言ったのに」


「今日も、星が死んだの?」


 ぼくのつぶやきを無視して、ミーファが話しかけてくる。ぼくは黙って、星を持ち上げた。


「あのね、わたし、疑問なのよ」


 ミーファはぼくの後をついてくる。


「本当に、その星は死んでいるの?」


 ミーファの言葉が、引っかかった。ぼくは振り返る。彼女は、首をかしげていた。


「わたしは、まだその星が生きているように思えるの」


 ぼくは星を見た。真っ黒で、冷たくて、重い。

 もう光らない。ぼくは首を横に振った。


「そんなことない。この星は、死んでいるんだ。だから、埋めてやらないと……」


「本当にそうかしら? あなたの思い込みじゃないの?」


 ミーファが近付いてきて、ぼくが持っている星にふれた。ミーファの手は白くて小さい。


「わたしは、この星の声が聞こえるわ」


 星をなでて、ミーファがほほえんだ。細くなった目が優しくて、息がつまった。


 星は、死んでいるの?


 ぼくはそんなこと、考えたこともなかった。

 おじいさん、お父さんに教えられた通りに星をうめてきたんだ。星が死んでいない?

 もしそうだとしたら、今までの苦労は何だった? 何のためのお墓?


「何も知らないくせに、いいかげんなこと、言うなよ」


 ぼくが低い声で言うと、ミーファの顔からほほえみが消えた。


「君はこの村に引っ越してきたばかりだろう? ぼくのこと、何も知らないくせに……」


 都会から来た彼女は知らない。田舎の暮らし、ぼくが不吉なこと、ぼくの背負ったしきたり。何も知らず、のんきに心に踏み込んでくる。


「いいかげんなこと、言うな!」


 ぼくはどなった。ミーファは目を丸くして、星から手をはなす。ぼくは星を抱き、走った。

 彼女をどなったことを悪いと思う気持ちは、走っていると消えていった。これでよかった、と思う。これでもう、彼女はぼくに近付かないだろう。


 ミーファが村に早くなじむため、必要なことだ。


 うめる前に一度、星に耳をつけてみた。

 星からは、何にも聞こえなかった。

 ミーファは、星から何を聴いたんだろう。

 知りたかった想いも、星といっしょにうめた。

 

 それから、ミーファが夜の森に来ることはなかった。ぼくは誰とも目を合わさない、誰とも話をしない。

 卵を売りに行ったとき、村で楽しそうに話しているミーファを見た。彼女に見つかる前に、その場を去った。


 これでいい、彼女は明るい世界のひと。

 単調な、日々がもどってきた。


 なんだか、いつもより風が冷たく感じるのは、冬が深まってきたから。決してさびしい訳ではない。ぼくは靴下をもう一枚、履いた。

 夜空は洗いたての黒い布のようで、星はさんぜんとかがやいていた。冷たい空気はすみきっていて、息を吐くと白かった。


 フードをかぶって、ぼくは森へ行く。


 歩いていると体が温まって、ひとりっきりの夜が心地よく感じられた。

 東の空で、星が強く光った。かがやきは小さくなり、星が落ちる予感がした。


 土を踏むと、じゃりじゃりと、音が鳴った。

 木と木の間に、黒光りするものを見つけた。

 星だ。ランプで照らす。


 ぼくのお父さんも、おじいさんも、星をひろってうめてきた。おじいさんも、お父さんも、お母さんも、みんな早くに死んでしまった。村の人は言う。死んだ星にさわったから、あの一族は呪われて死ぬ。

 お母さんの記憶は、少ししかない。温かいスープをスプーンにすくってのませてくれた、ふっくらとし

た手のこと。 


 死んだ星がさびしがるから、集めてお墓にうめるんだよ、とお父さんが教えてくれた。

 死んだつめたい星、身を寄せ合って土の下で眠る。

 教えられてきたことに、ぼくは従う。


 ミーファ。彼女は、何も知らない、よその人だ。


「こっちを見て!」


 大きな声がして、ぼくは驚いた。

 赤いミトンが、右へ左へ揺れている。

 走ってくる音が聞こえた。土をけり、草を踏む音。ほっそりとした人影がぼくの前にくると、素早く動いて、森の奥へと走っていった。


 あ、とぼくは声をあげる。死んだ星が、なくなっている。


「待って、返してくれ!」


 ぼくは叫んで、人影を追いかけた。ランプで照らすと、ブルーのコートの背中が見えた。ミーファだ。


「何をする気なんだ! 返してくれ!」


 ぼくの叫びは、森にひびき渡った。


 ミーファは振り返らない。

 細長い石が見えてきた。星の墓の前で、ミーファが止まった。彼女は地面に星を置いて、

片手を上げた。彼女の手には、カナヅチが握られていて、黒光りしている。 


 ぼくは、とても嫌な予感がした。


「やめてくれ!」


 ミーファに、ぼくの声は届かなかった。

 カナヅチが、星に向かって振り下ろされる。

 ミーファの目はおそろしい。


 星が、真っ二つに割れた。ぼくは星のそばで、ひざをついた。


 光が、あふれていた。黒い星の中は、きらきらと光っていた。


「ほら、星は死んではいなかった。まだ光が残っているのよ」


 ミーファがやさしく言って、またカナヅチで星を割った。白い光が、ミーファの顔を照らしている。

 彼女の笑顔を、ぼくはぼんやりと見つめた。

 星が割れた。そして、生き生きとした光が出てきた。

 言葉が出てこない。ただ、目の前で起きた光景を、ぼくは見つめた。


「あのね、わたし」


 ミーファが言いながら、ポケットから砂時計を出した。木の枠にはめこまれたガラスの中に、砂は入っていない。


「この星をくだいて、砂時計の砂にしたいの。とてもきれいだと思うのよ」


 いいかしら、とミーファが心配そうな顔で問いかける。


 ぼくは砂時計と、星を見比べた。

 星は、命のかがやきを中に残していた。この光をこのままにしておくのは、惜しい気がする。

 何か形にしたほうが。たとえば、砂時計の中で、何万回も時をきざむとか。


「うん。とてもいいと思う」


 ぼくはうなずいて、笑顔を返した。

 ミーファはにっこり笑った。

 ぼくはミーファが、星をくだくのを見ていた。カナヅチを振り下ろすミーファの手が、力をなくしていく。ぼくは代わるよ、と言ってカナヅチを受け取り、星をくだく。

 こんなこと、してはいけないと思っていた 死んだ星を傷つけるなんて。

 けれど、星は細かく小さな粒になることで、いっそうキラキラと光っていた。星が、喜んでいるようにも思えた。


 星のかたまりが、砂になるころ、太陽が顔を出していた。


 朝日と夜の光が、出会う。ミーファが星くだきの砂を、ガラスの中に入れた。細いガラスの管を、星の砂が落ちる。


 ミーファとぼくの間で、砂時計が数分の、光りかがやく時間をきざむ。銀色の砂は、一粒ずつ大きく、管を通って下のガラスの中へと落ちていく。その一瞬のきらめき、さらさらとした音。


 ぼくとミーファがこうして向かい合い、言葉なく砂時計を見つめている時間が、とても大切なことだと教えてくれる。


「星をくだいて、よかった」


 ぼくは、しみじみと言った。

 そうね、とミーファはほほえんで答えた。


 なんてきれいな肌で、きれいな目で笑う女の子なんだろう。ミーファが笑うと、彼女の口から、たましいの美しさがこぼれ出てくるようだ。砂が全部下に落ちてしまうと、ミーファがあざやかな手つきで、砂時計をひっくり返す。また、砂が落ちていく。


 ぼくたちは、何回もそうして、銀色の時を二人で過ごした。          


           終                   

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