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五.



 二十四世紀に生を受けた私は、声を持たずに生まれてきた。神力があるから、声を天に落としてきたのだと周りの大人たちは私に言い続けてた。それが洗脳であったことはわかっているけれど、私は他の人間よりも祈る力や思いの力があると信じている。


 なぜなら、私は生きとし生けるものの感情を感じたり、奇跡を目の当たりにしてきたからだ。


 そう。私には特殊な力があった。隣を一生懸命歩くレオくんや、翔吾くんの感情の色が、彼らの体全体を覆うオーラとなり、揺れ動いて見える。レオくんは幸福の暖色。翔吾くんは……。


 私たちが今、渋谷の街を歩いているのは、私が翔吾くんに「ここではない違う場所に行きたい」とお願いしたから。きっと、翔吾くんは私と一緒にあの場所で終えてもいいと考えていたと思う。


 だけど、私が嫌だった。私を縛りつけていたこの場所で死ぬのは絶対に嫌だったのだ。


 私たちは夢を語りながら歩いた。果たされることのない夢だ。翔吾くんは電車が好きで駅員になりたかったのだと、目を輝かせて言った。全ての機械が人工知能によって動いている現代、駅員になることはかなり大変なことらしい。


 私はずっと世間との繋がりが断たれた神社にいたから、何も知らない。何が流行ってたとか、人工知能がどうとか、宇宙理論がどうとか……ほとんどなにもかもわからないのだ。


 翔吾くんはそんな世間知らずのわたしをバカにするでもなく、わからないことは丁寧に教えてくれ、真摯に向き合ってくれた。


「サヤコちゃん、行きたい場所はないの?」


 神社を出発する前、翔吾くんが私に尋ねる。


『ここじゃない場所なら、どこでもいい。だから、翔吾くんの行きたい場所に行こう』


 この時にはすでにお互い名前を教え合っていたため、名前で呼び合っていた。こうして、翔吾くんが最期の場所として前々から選んでいた高架鉄道の線路の上に向かうことにしたのだ。


「サヤコちゃんはそれでいいの?」と再三尋ねられたけれど、何も問題はなかった。私の望みはあの牢獄から逃げ出すことと……初恋の相手である翔吾くんと最後を遂げることだったから。


 おかしな話だけれど、数年前、初めて翔吾くんに会ったその日から、私の心はずっとずっと翔吾くんだけを追いかけていた。


 特定の人間としか接見できない神の子の私は、翔吾くんと出会うまで、世界には父母が連れてくる人間以外、存在しないと思っていた。もちろん、そうではないということは、知識としては知っている。けれど、実際私が会うことのできる人間は父母が連れてきた者たちだけだった。だから、私の世界、友好関係は限りなく狭かったのだ。


 祈ること、お金持ちの人たちに祝福を与えること、教養の時間、読書の時間……それらをこなしているうちに、次第に私は友達が欲しくなった。本の中に出てくるような、喜び、悲しみ、楽しみ、怒りなどの感情を共有できるような素敵な友達……。やがてその気持ちがピークに達した時に現れたのが、翔吾くんとレオくんだった。


 真っ赤なもみじがはらはらと散る爽やかな朝、陽の光で頬を赤く染めた翔吾くんが私の前に舞い降りた。奇跡だと思った。私の祈りが叶ったのだと本気で思った。


 初めて見る『普通』の人。金色に煌めく美しく純粋なオーラ。


 どくん。どくん。


 どくん。どくん。


 胸が激しく鼓動する。両親の操り人形だった私が初めて生きていると感じた。初めて心が揺れ動いた。私の運命の人だ。そう直感したのだ。


 初めて会った日以降、彼は謁見のために何度か私のもとに訪ねてくれたみたいだけれど、下級市民の彼は、階級をこよなく愛する母に邪魔されて会うことは叶わなかった。それでも、私はずっと望んでいた。彼に会える日を。彼と言葉を交わす日を。


 ——そして、地球が亡くなる日、つまり、今日。私は全身全霊で神に祈りを捧げたのだ。いや、祈りというよりも誓いに近かった。彼ともう一度運命を交差させる。そういう強い決意だ。


 ひらりと緑色の落ち葉が舞う。落ち葉を目で追うと、犬を連れた精悍な男性が石段の下で私を見上げていた。


 私は地球最後の日に奇跡を起こしたのである。



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