【バンダナコミック01向け調整版】原動力は配信力! 犯罪都市にヒーローロボット『ドローン・エース』は舞う。
人気は、財産。
注目されているものには、それに見合った力が投資される。
それが商業を優先するこの都市のルールだった。
「予定時刻まであと10分……落ち着け、落ち着けオレ……!」
男子中学生のビーイチは路地裏で一人、計画の最終確認中。
彼の人生では一大事で、当たって砕ける大勝負。
ビーイチはスマホを構え、この商業都市が推奨している高機能SNSアプリ『Joints』の画面を何度も何度も見返した。
今のところ彼の計画に狂いは生じていない。
まず、彼の通う中学校グループに新規登録されたアカウント“ドローン・エース”は、今朝早くにこう書き込んでいる。
『2年B組のキサキさん。伝えたい事があります。今日のX時に中央通り、銀行隣りのカフェにいらしてください』
それはなんてこともないサプライズ告白のための呼び出し。
ビーイチが潜んでいる路地も、舞台となるカフェの真向かい。
今回の事はビーイチの小遣いのほとんどを注ぎ込んでの大計画。
実はビーイチにはちょっとした特技があり、学校内ではNo.1を自負している。
Jointsでの特技の動画配信が彼の小遣いに少しの倍率をかけてもいた。
何度も繰り返した最終確認。
手元に構えたドローンのローターはきちんと回るか確かめる。
けれど今度に限っては動作確認しすぎて故障するのではないか、という危惧に至った。
何か手持無沙汰の意識を移せるものをと、彼が視線を持ち上げた先には街頭ビジョン。
そのサイケデリックな映像効果の中でチャーミングに歌い踊っていたのは、この都市で活動する大人気アイドルのクイン・ビィ。
『ヒーローの登場だよ! みんな、クイン・ビィを応援してね!』
映像はそこから踊る彼女を手のひらに乗せた機械の巨人“バズロード”をも映す。
アイドルのクイン・ビィと名前を共有するそのバズロードは“街を飛び回るダンスステージ”であり“ヒーローとしての武器”。
そう、彼女は歌って踊るだけのアイドルではない。
過剰な経済活動から事故・犯罪が増加してしまったこの都市において、逮捕や救難活動を行うヒーローアイドルだ。
そして『人気は財産。注目されているものには見合った力が投資される』
この都市の合言葉でもあるそれは、ただの言葉だけのものではない。
SNS Jointsでは注目数に応じたエネルギー送信帯域が割り当てられる。
当然、機械巨人バズロードも例外ではない。
アイドルとして人気のある彼女にはヒーローとしての力が備わり、ヒーローとして活動すればアイドルとしての注目も集まる、というわけだ。
――けれど。
そんな彼女よりも、ビーイチにとってはキサキの方が何倍も可愛らしい。
キサキはクラスでは、とにかく地味な立ち位置の彼女。
縁の太い眼鏡に着崩さない学校指定の制服、配色としてモノトーン。
一方で大人しく見えて正しいことは譲らない強さと優しさを持っていた。
二人の接近はただの偶然。
ビーイチは階段で足を滑らせ、辛うじて受け身を取った腕に大きく擦り傷を作ってしまったことがある。
その時、傍に居たキサキが駆け付け手持ちの救急セットで手際よく手当を施してくれた。
「もう大丈夫、だからね」
キサキは眼鏡越しの優しい笑顔でそう告げた。
以来、ビーイチにとってはキサキこそがヒーローでアイドルになった。
キサキの事で頭がいっぱいになったビーイチは、彼女のために動き出す。
といっても彼女が引き受けがちな雑用を肩代わりするぐらいが精一杯だったけれど。
それがもう三ヶ月ほど。
周囲からはビーイチへの冷やかしの声が増えてきた。
さっさと告白しちゃえよ、と。
ついにビーイチは決意した。
やるなら盛大に、自分の得意技能を活用した告白を。
計画の最終確認の最終……傍から見れば馬鹿馬鹿しい行動をしていたビーイチは、突然動きを止める。
彼の隠れる路地から大通りを跨いだ正面、奇妙に人だかりのカフェの前。
周囲を気にするキサキがそこにいるのが見えた。
ビーイチの全身の毛が緊張に逆立つ。
声を出して自身を勇気づける。
「おち、おちおち落ち着け……! 練習通りに――」
「邪魔だ、どけ! クソガキっ!!」
いきなりの暴力がビーイチを襲った。
四人の男が路地の奥から駆け出てきて、ビーイチを乱暴に押しのけて大通りへ向かう。
それでもビーイチも狭い路地で奇行を繰り返していた自覚もあって、声を荒げるようなことはしなかった。
ただ、ビーイチを押しのけた勢いで一人のポケットから何かが零れ落ちる。
しかし男達は随分慌てていたようで、その事に気付くことはなかった。
「なんだよ……あれ」
ビーイチは不審を口にしながら、男達を見送った。
見送ってから、彼らの落とし物に気付く。
地面に転がっていたのは、手のひらサイズの電子機器。
それを拾い上げたビーイチには思い当たることがあった。
「……え? まさか、これって……」
学校の噂話の中に、それは登場していた。
Jointsのアカウントと紐付けすることで起動する機械。
“マッチボックス”と呼ばれ、機械巨人を作り出す都市の火種――。
悲鳴!
大勢の悲鳴が、ビーイチの意識を手元の機械から周囲へと向けさせた。
続いて響いたのは轟音。
「――キサキ!?」
ビーイチは少女の安否を気にして、路地から大通りに飛び出した。
そこに待ち受けていたのは、大通りに立ち並ぶ三体の巨大な影。
群衆が口々に叫んだ。
「強盗だぁ!」
「バズロードが出たぞぉ!」
大通りを違法に封鎖した、黒い機械巨人の群れ。
一方で、まるで事前に何かあるかを知っていたかのような一部の群衆。
《予告どおーり!! 我らブラック・スクウェアはこの銀行を襲わせていただく!》
黒いバズロードの一体から、拡声器越しの声が響く。
更に他の二体は銀行の壁面を破壊、略奪を始めた。
「銀行強盗!? よ、予告って……」
ビーイチは呆然となって思ったことを声に漏らす。
それに、答える声があった。
「ああ知らなかったのか? さっき犯行予告があったんだよ。今日はここだってな」
気のいい野次馬からの回答。
彼は、手に構えた携帯端末で対岸の破壊行為を撮影していた。
そして“今日はここ”――。
――この都市では、こういった犯罪は珍しい事ではない。
行き過ぎた経済活動から、集まった富に自制が利かなくなった者達もいる。
それでもこのような大掛かりな事件はJointsへの犯行予告に注意を払っていれば、わざわざ巻き込まれずにも済む。
けれど今日のビーイチは告白大作戦に頭がいっぱいで、トピック検索を怠っていた――。
ここまでくればビーイチも気付く。
さっき、彼の傍を乱暴に通り過ぎていった四人の男が強盗団だったと。
一方でバズロードを用いる犯罪者は、怪盗を気取って予告をしているわけではない。
それは――。
《ばっかもーん!! 撮影するなぁ! 配信するなぁ!!》
パトカーのサイレンと共に、増幅された叫びが近づいてきた。
駆け付けたパトカー達の司令車に乗る警邏隊長から発せられた群衆への停止の要請。
それもあって群衆らの多くは犯罪シーンの拡散を自制し始める。
《いいかーっ!! 無責任な拡散が、奴らの力になってしまうのだぞーっ!!!》
警邏隊長の怒りの声が、騒然とした街角に投げかけられる。
しかし既に手遅れだった。
『人気は財産。注目されているものには見合った力が投資される』
この都市のルールだが、それは正の方向への注目に限らない。
SNS Jointsは巨大企業連合が、この都市で活動するための宣伝&エネルギー配分システムとリンクしている。
その権利構造は歯止めもできず、負の方向への注目にも等しく力を与えてしまっていた。
《残念だったなぁ、ポリ公! ここまで広がっちまえば自前の配信で十分だぜェ!!》
侮りの言葉を吐いた一体のバズロードは逃げ損ねていた群衆へと向かった。
そして、その巨大な機械の腕が群衆の中から哀れな一人を掴み上げる。
「きゃあああぁっ!!」
拘束されて悲鳴を上げた少女。
それはよりにもよってビーイチの告白相手、キサキだった。
警邏隊長は拡声器に向けて常套句で吼える。
《人質を解放しろぉ! 既に貴様らは包囲されているんだぞぉ!!》
《だったらますます人質も離せねえなァ!! それに!》
人質を手にしたバズロードは乱暴に突進しパトカーの司令車を蹴り上げた。
刺激的な映像が配信されて、犯罪シーンの拡散を助長していく。
《包囲されたって怖くもねェ! こっちは全員バズロードに乗ってんだからな!!》
強盗の操るバズロードはそう言って銀行の前に陣取りなおし、仲間の略奪を防衛しだす。
それを制止できるものはいない。
難を逃れた警邏隊長らは、路地に隠れ構える。
「重装機動隊が到着するまで、ここで連中の監視と情報収集だ!」
警邏隊長は自分達の行動を正当化した。
現状、彼らは何もできないのだ。
すると部下の一人がぼやき始める。
「そろそろクイン・ビィちゃんが助けに来ないですかねえ?」
「そうですよ、この地区なら彼女が真っ先にやってくるものじゃないんですか!?」
彼らが言う通りにそれは奇妙な話だった。
過去にこれだけの事件ならばクイン・ビィはすぐ駆けつけていた。
「ばかもん! 民間人に頼るな!」
部下らの他力本願に、警邏隊長は正論を返す。
「じゃあ、せめて警邏隊でもバズロード採用してくださいよ……」
若い隊員は一見妥当な話を持ち出す。
しかし――。
「新人よぉ……捜査情報をリアルタイムではオープンにはできねーのよ」
先輩隊員は、警察が抱えた切実な実情を漏らしだした。
「情報出せない誰も見ない、そんな帯域繋いだバズロードなんざデクノボーにしかならねえ」
現実を突き付けられた若い隊員は小さくなってしまった。
先輩隊員は、今度は隊長に向かって策を訪ねる。
「で、どうします?」
「強盗団の配信の炎上賞味期限切れを見逃さず、重装機動隊との連絡を密にするのだ!」
警邏隊長はそう言うと通信機器に耳を澄ます。
しかしそれは丸投げということだった。
――警察は、頼れない。
一連のやり取りを、ビーイチはすぐ近くで見聞きしていた。
それは強盗一味が落としたマッチボックスを警察なら活用できるのではと思っての接近だった。
期待を裏切られたビーイチは警官の一団越しに銀行の方をうかがう。
バズロードの手には依然としてキサキの小さな体が握られたまま。
距離があって彼女の細かい表情などはわからなかったが泣き叫んではいない。
あとは、その状態にあっても携帯端末を手にしているのは現代っ子の本能だろうか。
けれど、それがむしろ痛ましかった。
ビーイチは、彼女を人質にしたバズロードを睨み続けた。
そうするうちにある事に気付く。
人質を取っているバズロードの足元で、ちらちらと人影が動いている。
それは、強盗一味とビーイチだけが知っている情報。
一人だけマッチボックスを落とした――バズロードを出せない強盗が居る。
先ほど、人質を取ったバズロードからは、こう宣言があった。
『包囲されたって怖くもねェ! こっちは全員バズロードに乗ってんだからな!!』
これは嘘だ。
何故人質を取った?
簡単だ、連中は計画が万全じゃなくなって怖いんだ。
バズロードが揃っていないから、何かあれば一人だけ確保されてしまう――犯罪計画が崩れるんだ。
だからわざわざ人質を取った――。
――じゃあ、もっと計画を乱せば。
それはあまりにも中学生少年の無計画だった。
好きな女の子の危機に対する混乱だった。
けれど、ビーイチには強盗一味を二重に混乱させられる手段があった。
ビーイチは、路地の奥へと駆けだす。
裏通りは表通りの強盗事件に人を吸われ人目もない。
「噂通りの操作法であってくれ!」
ビーイチはマッチボックスを弄り回す。
すぐ起動スイッチが入って光が灯り、そして――。
『ユーザー:BS4が確認できません。接続を確認しなおすかJointsのアカウントを新規登録してください』
機械音声は噂通りにJointsとの連携を求めてきた。
戸惑うことなくビーイチはスマホをかざして認証を通した。
『ユーザー:ドローン・エースを新規登録しました。バズロードを構築します』
それはビーイチにとっては既に捨てアカウント。
やるべきことは強盗一味を脅かして、あわよくばキサキを助け出す。
『Joints接続機器とのリンク融合中……完了しました』
少し、よくわからない文言が語られた。
それを理解しかねたビーイチだが、その間にJointsへ書き込む。
『銀行強盗を挫き、少女を助ける。ヒーロー配信スタートだ!』
次の瞬間、ビーイチは光に包まれた。
強盗団は苛立っていた。
彼等の持っていたバズロードは出力重視型が3、精密作業型が1。
その内の、よりによって精密作業型を失ってしまっている。
できることは力任せに足が付きやすい金券を奪うことだけ。
金庫室の貴金属類は手に入らないだろう。
挙句に不足をカバーするためとはいえ人質を取り、罪状が加算されている。
いっそこの人質からの身代金でもせしめようかとリーダーが考え始めた頃だった。
周囲に、衝突音が響く。
野次馬の群衆がまず振り向いた。
続いて警察らが路地から飛び出て確認に動いた。
強盗団も警戒をそちらに移した。
それは隣の交差点。
信号機柱に正面衝突した、蛍光黄のバズロードの姿があった。
謎のバズロードは、折れ曲がった信号機を気まずそうに見た後、移動を再開。
しかし、そこからの動きも酷かった。
よろよろ歩きで店舗に突っ込み、それを補正しようとして明後日の方向に歩きだす。
場にいる全員が、その残念さに呆気に取られていた。
その中でみそっかす強盗が身内への通信へ叫ぶ。
《あれ、俺の4番です! 新規アカに乗っ取られてますけど……!》
《誰かがマッチボックスを拾って、起動させやがったか!》
強盗団が状況を理解した頃、背中に蜂翅を生やした蛍光黄のバズロードは何とか現場に到達した。
そのまま強盗団から30度ずれた方向へ指を突き出し、宣言する。
《ドローン・エースのヒーロー配信だ。人質を放して降参するんだな》
成人男性の、気取った喋りが通りに響く。
無論、この残念バズロードを操っているのはビーイチ。
しかし外に向けた音声は彼の持っているスマホ経由。
“Vivid Virtual Voice 5.0”――誰でもバーチャルアイドル!という触れ込みのアプリは、ビーイチが級友との遊びで入れていたもの。
それが今回はバズロードと合わせて正体不明のアバターを成立させてはいた。
しかしバズロード、ドローン・エースに誰も脅威は感じていなかった。
あまりにも不様な登場からの、操縦の未熟を露呈した挙動では当然の話。
「ばっかもーんっ!! ふざけるな民間人!!」
警邏隊長からのお言葉。
周囲の人々もこれはダメだと言わんばかりの視線を送る。
《せめてバズロード乗れる奴を連れてくるべきだったなぁ》
キサキを手にしている強盗バズロードは軽口と共にドローン・エースへと近づいた。
ドローン・エースが、まともな戦闘行動をとれないと侮りきった態度。
ビーイチが傍に来たキサキに気を取られた、次の瞬間だった。
強盗バズロードは素早く踏み込み、ドローン・エースを激しく蹴り上げた。
その容赦なしのケンカ蹴りはドローン・エースの全身を吹き飛ばす。
ドローン・エースは轟音を立てて後方の壁面に叩きつけられた。
「ぐあっ……!!」
バズロードの構造がダメージに耐え、それでも残った衝撃がビーイチに襲い掛かる。
シートに強烈に押し付けられた打撲の痛みがビーイチを苛む。
「お、おい! 大丈夫か民間人!?」
生真面目に不審バズロードの乗員を心配する警邏隊長は、しかしすぐに危険を察知して後退した。
そこへ強盗バズロードが呼びかける。
《おい、中の奴! 死にたくなけりゃ、そのバズロードを返しな》
強盗のリーダーは、最後通牒を突き付けた。
しかし――。
ビーイチは激痛の中にあっても、目標を捕らえ続けていた。
狙いはバズロードが掴んでいるキサキだけ。
そして相手は計画の“射程内”に入った。
《てめぇ、聞いてんのか?》
強盗が喚く。
ビーイチは、このバズロード――ドローン・エースが起動してすぐ、何ができるかを試していた。
歩行だけは最後まで上手くいかなかった。
しかしビーイチの特技はそんなところには無い。
彼は、サプライズ告白のために街に仕込んでいたものを起動させる。
《もういっぺん蹴り飛ばされたいか……あぁっ!?》
脅しを怒鳴った強盗リーダーの目にはピンクのハートが映っていた。
空中に描かれた、巨大なピンクのハートマーク。
それは、ビーイチがキサキに告白するための舞台装置、小遣い全投入のドローン群れが投影したもの。
巨大なハートはそのまま壁となって強盗バズロードにぶつかっていく。
《なんっ……だぁっ!?》
視界がピンクに染まった強盗リーダーは、それでもドローン・エースから距離を取った。
巨大ハートも、実体のない目くらましだと気付く。
そして後退した場所はドローン・エースには何もできない範囲だと侮った。
しかし次の瞬間、強盗の視界を覆う光の壁から蛍光黄の拳が突き出る。
強盗バズロードは人質を害さないため角度は水平に突き出したままだった。
そのすぐ傍に現れたドローン・エースの拳。
強盗リーダーは相手が狙い損ねたのだと一瞬勝ち誇る。
直後、ドローン・エースの手首から垂直放射方向に複数の鋭い刃が伸びた。
《なっ……あ、プロペラ!?》
強盗リーダーが、その形状を理解した時にはドローン・エースの腕部ローターブレードが閃く。
それは鋭く強盗バズロードの腕を切り落とした。
ドローン・エースは零れ落ちたキサキをキャッチし、そのまま“空”へと突き抜ける。
《ドローン・エースは伊達じゃあない。大空のエースだ!》
ビーイチの声が変換されて、大通りの上空から響く。
ドローン・エースは片腕にキサキを抱え、もう片腕のローターをフル回転させて、空を飛んでいた。
彼の特技は、ドローンの操演だった。
ビーイチ操るドローンはローソクの火を消さずに間を飛び、ローターブレードでキュウリを切り、素早く宙返りをこなす。
ドローン・エースが裏通りに立った直後にビーイチは一通りの機能を試して、その飛行能力を知った。
機能追加の原因は彼が抱えていたドローン――告白計画でハートマークの中心役だったもの。
それがマッチボックスに取り込まれ、ビーイチに最適なバズロードを作り上げた。
ビーイチは自身の計画が円滑に進むと理解してから行動を開始したのだ。
そして強盗団はドローン・エースを侮って、罠にかかった。
あとはこのまま、キサキを救ったまま飛んで逃げれば万事解決。
――しかし、ドローン・エースはそこで墜落した。
機体を浮かばせていた腕部ローターが停止している。
『お試しパワーパケットが枯渇します。ジョイント帯域の確保か、スーパージョイントからポイント転換を行ってください』
機械音声は無慈悲にバズロードの仕様を伝える。
帯域か、スーパージョイント――投げ銭が必要。
ビーイチは、そんな仕様は知らなかった。
力を失っていくドローン・エースは機体色まで灰色に変わっていく。
ビーイチは機体最後の出力でキサキを庇い、ドローン・エースは一度飛び立った路面に落ちた。
そこに待ち受けていたのは――。
《脅かしてくれやがって……!!》
怒りに燃える三体の強盗バズロードが人質を取り返すべく一斉に襲い掛かった。
地に堕ちたドローン・エースは蹴り飛ばされ、叩きつけられ、踏み躙られる。
その暴力を止める者はいない。
その力を持つものがいない。
ヒーローがいない。
ビーイチは機体を揺るがす衝撃と絶望の中に居た。
今、彼に出来るのはドローン・エースを亀の構えにして機体下にキサキを庇い、あるかないかの好転までは諦めない事。
バズロードの仕様を把握していれば、さっさと逃げていれば、キサキだけでも逃がせていれば――……。
幾つもの後悔がビーイチの中で膨れ上がり、それが言葉になって溢れ出る。
「キサキさん……! 君だけでも助けたかった……!」
ドローン・エースの中のビーイチと、外のキサキまでの距離は1mもない。
けれどバズロードの構造はビーイチの言葉を遮断して彼女まで届かせない。
――軽快な電子音が聞こえた。
それはビーイチのスマホから。
聞き慣れたJointsの着信音。
こんな時に、と思いながらビーイチは画面表示に目をやる。
『大丈夫? 怪我はしていない?』
それはアカウント:ドローン・エースへのコメント。
送り主はキサキの学校アカウント。
怪我をしていないか心配なのは彼女の方なのに。
軽快な電子音が聞こえた。
『そこから負けるんじゃねえよ! ちゃんとキサキを助けろ! 怒』
それはアカウント:ドローン・エースへのコメント。
送り主は学校の級友。
軽快な電子音が聞こえた。
『出オチヒーローは笑う まあガンバレ』
それはアカウント:ドローン・エースへのコメント。
送り主は名も知らない誰か。
急激にドローン・エースの惨状を映した配信のPVが増えていく。
軽快な電子音が聞こえた。
軽快な電子音が聞こえた。
電子音は聞こえ続けた。
誰かが、ドローン・エースの配信を拡散させているのだろうか?
そんな影響力のある人物に注目でもされたのだろうか?
ビーイチが疑問に思う間も接続帯域は増加し続け、ドローン・エースは再び蛍光黄に彩られだす。
一際重く響く電子音が聞こえた。
『クイン・ビィ さんが スーパージョイント999,999ptsを投入しました!』
『新しいヒーローの登場だよ! もう大丈夫、だからね!』
《……え? ス、スパジョイ、ご支援ありがとうございます。ただご無理のない範囲で――》
ビーイチは戸惑っていた。
戸惑って反射的に普段見ている配信者のお礼コメントを真似てみた。
けれど、よく見てみれば投げ込んだ人物は驚きで、投げ込まれたポイントの額はさらに驚きだった。
「――クイン・ビィ!? それに限度額!?」
とんでもないインフルエンサーが食いついていた。
一体どんな経緯でこのアカウントに辿り着いたのだろう。
更にビーイチは、彼女はこの事件を知っているのにどうして助けてくれないのだろうかとも思った。
だが支援されておいて良くない考えだと、頭から追い出す。
「……ん? あれ?」
そこまできて、やっとビーイチは気付く。
外部映像では強盗バズロード達が攻撃を続けているのに、衝撃が伝わってきていない。
だからこそビーイチには戸惑える余裕が生まれていた。
――警察らが騒いでいるのが聞こえる。
「強盗どもめ! ついに炎上の燃料切れを起こしおった! ……か?」
――強盗らが悪態をついているのが聞こえる。
《クソがぁっ!! まだ十分に帯域が繋がっててなんで押し負ける!?》
ここまでくれば、ビーイチでも分かる話だった。
今あるのはクイン・ビィから貰った力だということも理解しながら。
それでも散々にやりたい放題をしてくれた強盗どもへ、体の痛みの恨み分を言い返す。
《……女の子を人質にとる悪党なんかより、ヒーローに注目が集まるのが不自然かよ?》
投入された額に疑問こそ持ってはいたけれど、それ以外は考えようが無かった。
『人気は財産。注目されているものには見合った力が投資される』
強盗らよりも、ドローン・エースが注目と人気で上回ったのだ。
もはや強盗バズロードの打撃は、莫大な力を得たドローン・エースに通用もしない。
ドローン・エースは、相変わらず片手でキサキを庇いながら、立ち上がる。
その背中の虫翅がXの字に展開して、しかし羽ばたかずに回転を始める。
攻撃の意思が、強盗バズロード達へ向いた。
《――!!? やめろぉぉおお!?!?》
“腕のプロペラ”の危険性を知っている強盗リーダーだけが悲鳴を上げた。
先ほどのプロペラより、ずっと巨大なプロペラをドローン・エースは背負っている。
ドローン・エースは、軽くステップして強盗バズロード達へ突撃した。
武器は片腕のローターブレード、そして背中の巨大ローターブレード。
空を舞う回転斬撃が、敵を切り刻む。
《ドローン・エース――スカイ・スラッシュ》
一瞬の後に、強盗バズロード達は両手両足を切り落とされ、残骸が路面に転がった。
ただしコクピットのある胴体部だけは無傷のまま。
《安心しろ、殺しの趣味はない》
ビーイチの、調子に乗って気取った捨て台詞が響く。
それは、クイン・ビィのスタイルの真似だった。
彼女はあくまでも救難支援と、犯人逮捕への協力を行うヒーロー。
その彼女から投資を受けたのだから、その分の礼儀のつもりだった。
全てを終えたドローン・エースは、強盗どもを切り伏せた勢いを殺すための宙返り。
その挙動でキサキを怖がらせてしまったかと反省しながら、大通りに降り立つ。
周囲からヒーローの凱旋に歓声があがった。
「あ、ありがとう。ビ……ドローン・エースさん」
手前に居たキサキは何か申し訳なさそうな表情で、機械越しにビーイチを見つめていた。
《どういたしまして。可愛いお嬢さん》
ビーイチは後先を考えずに気取って応える。
こうして配信ヒーローと配信犯罪者がひしめく都市に、期待のニュービーが加わった――!