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空色アスカ

「空色アスカ」シリーズを1本にまとめて、大幅なリファインをいたしました。

 恋人同士で来たくなるようなお洒落なカフェ。それでいて学生も気軽に訪れる価格設定。通りに面した席で頬杖をつく少年の名は空色アスカ。空の色と書いて『そらしき』と読む面倒な名字、アスカと名付けて男の子という面倒な名前。

 彼はちらりと外を眺める。このアーケード街はデートスポットだから恋人たちがそこそこ多く歩いている。ツンとした瞳の少年だが、カップルの男女を見つめる彼の瞳は優しかった。

 テーブルに置かれたアイスカフェオレのグラスにはストローがささっている。細い指でグラスを掴むとストローをくわえてゴクリと飲む。ちょっと気取ってみた。

「あ、アスカくん。はろー」

 笑顔で手を振ってきた少年の名は天瀬翼。もう片方の手は肩にかけたバッグのヒモをつかんでいる。彼はアスカの向かいの席に座る。

「ごめ~ん、ちょっと遅れちゃった」彼は苦笑いで手を合わせる。無意識に首をかしげることまで。

「何か面倒なことでもあったか?」

「いやー。最近さ、急に寒くなってきたじゃん。今日のシャツに合う上着がなかなか決まらなくてね」

 翼はそこまで説明するとメニューを手に取る。

「この【ミルクとチョコレートソースたっぷりカフェモカ】にしよっと」キラキラ光る翼の瞳。

「……太るぞ」

「その分運動すればいいでしょ」パタンとメニューを閉じる翼。

 まあ、そうなんだけどね。活発なコイツにはむしろそれくらい栄養がいる、アスカはそう思った。

 翼が呼び出しのベルを押す、楽しそうである。その姿はバスの下車ボタンを押したがる幼児に見える。

 すぐにウェイトレスがやってくる。その人は新人アルバイトらしい。歩く速度は遅く、視線はキョロキョロしている。

「あ、はーい! こっちですよー」

 翼は手をピシッと挙げて彼女に笑顔を見せる。

「このカフェモカ、お願いします」メニューを指さして注文する。

 注文を運んできたのは同じ子だった。

「こくん、こくん……はぁ」

 翼は両手でカフェモカのグラスを持ち、味わう。

「んー、もう! おいしーい」頬に手を当てて感極まった表情を見せる。その周りには花が咲いて見える。言ってしまえば普通のドリンクでここまで幸せを感じることができるのは並大抵の感性ではない。

「あ、あっちに座っているカップル、あーんしあってるよ。ボクたちも彼女さんができたらやってみたくない?」翼はストローでカフェモカをクルクルまぜながら言う。

 実は、ふたりとも恋人がいた経験はない。恋人に求めるものは色々あるだろうが――

(可愛いは、翼で間に合っているからな)

(カッコイイは、アスカくんで間に合っているからね!)


――学園にて

「ん~、ないね」背伸びして本棚の上段を確認した。

 わたしは学校の図書室で資料を探していた。うちは変わりもの学校で、教育熱心な進学校でもないのに図書室はやたらと広くて多様な蔵書があるし、その蔵書の内容も独特だからもしかしたらと思ったんだけど。

「み、見当たらない……」目星をつけたコーナーを全部見て回ったけど全滅だ。ものすごく期待していたわけじゃないけど、ガクッとする。

 しかたない、図書委員に聞こう。もしかしたら無いかもしれないけど、一応ね。

 カウンターで待機しているのはメガネをかけた男の子だ。大人しそうで、いかにも文学少年という感じがする。その子は本を読んでいるけど、チラチラと図書室全体にも目をやっているみたい。うーん母性本能あふれるお姉様方にモテそうな子。つまり、わたしは範囲外にある。

「あ、あの」

「はい、なんでしょう?」

 わたしが声をかけると、図書委員くんはテーブルに置かれていたしおりをページにはさみ、本を閉じて置いた。

 席に座っている彼は、わたしを見上げて見つめる。温和で優しそうな瞳、くいっとメガネの位置を直した。背の低いわたしが誰かを見下ろすかたちになるのは新鮮だ。

 相手が聴く態勢になったのを確認して口を開く。

 はあ、こんなことを聞くのは、少しためらうんだけど。

「幽霊の憑依に関する資料はありますか?」

 すると彼は当然ながら困り顔をした。だけどすぐに真面目な顔をする。

「幽霊の憑依ですか。察するに、ゴシップではなく真面目な内容のですね?」

 数秒の沈黙、わたしは否定をしなかった。うなづきは気づくかどうかというレベルだ。

「一応あるんですが、特別資料なので許可なく閲覧はできないんですよ」

「そ、そうなんですか」ただのオカルトなのに? やっぱりこの学校なんかおかしい。

「幽霊がらみの現象について知りたいなら、オカルト研究部をあたってはどうでしょう」

「う、うーん。確かにオカ研のウワサは聞いたことあるけど」

 他にアテがないので頼ることにした。しかし、その道は険しい。オカルト研究部は部活動でも目立たない存在なので、部室がどこにあるのか分からないのだ。とりあえず部活や委員会の部屋が集まる特別棟に向かう。

 誰か、知っている人がいないかな。そんな期待をして歩いていると――

 目の前にひとりの男子がいた。鳥打帽を被っていて、万年筆を手に持っている。あれは報道部員の西園寺優也くんだ。あんな格好をしているのは他にいないし。

「あのー、西園寺くん」

 記者らしいからという理由で、鳥打帽と万年筆を装備しているという変な人だけど、しかたない。

「どうしましたー、このおれに聞きたいことでも?」

 西園寺くんは背が高めだ。そんな彼は背が低いわたしに合わせて背を曲げる。

「オカルト研究部、探しているんですけど」

「ああ、オカ研の部室はわかりにくいですからね」

 西園寺くんは丁寧に道順を説明してくれた。話を終えた後、優也くんは手帳を取り出してサラサラとメモを書く。

「選ばれし者はオカ研に導かれるものですからね」彼はそんな軽口を言いつつペンを走らせる。

 びりっとページを破くとわたしに渡した。文も図もわかりやすい。こういうのは情報の伝達を担う役目の彼が磨いているスキルなのかもしれない。

 それにしても、特別棟の構造は複雑だ。無計画に設計をしたね。

「あ、これならわかります。ありがとうございました」

「いえいえ、人々に必要な情報を提供するのが、報道おれたちの使命ですから」

 彼は得意げな顔をする。わたしはその場を動けずにいた。少し沈黙が起きる。

「なにか気になることでも?」

「あ、いえ。拍子抜けだなーって」

「もしかして、あなたがオカルト研究部を訪ねる理由を、おれが聞かないからですか」

 言い当てられて無意識に反応したらしい。西園寺くんは静かに頷いた。報道の人は、何かと知りたがるものだけど。

「べつに、なんでもかんでも記事にする必要なんてありませんから」

 とにかく、教えられた通りに進んだ。そして『オカルト研究部』と書かれたドアを見つける。

 わたしは恐る恐るノックした。

「どうぞ」中から爽やかな少年の声がした。

 わたしは思いきってドアを開けた。

「ようこそ、お客さん」

「あっ……!」

 わたしは思わず両手で口元を覆った。

 わたしを出迎えたのは美少年だった。細い体だけど男の子らしい体つきだ。

 あと、わりと色白でインドア派みたい。

 瞳は大きいけど横長で、ツンとしてキリっとして知的な感じがある。髪型は女性でいうとショートヘア、男性の基準では長いかもしれない。そしてサイドの髪を伸ばしている。わりと童顔で、もっと髪の毛を伸ばしたら女の子と勘違いしてしまうかも。

 彼は小さい体ながら、スッと立っていてカッコいい。

「オレはオカルト研究部部員の空色アスカ」

 アスカ? 女の子なのかな。そういえば可愛い感じもある子だ。最近流行りのイケメン女子だね。

「……男だぞ」アスカくんは、そう付け足す。苦労してるみたいだね。

「あ、いや。えっと、わたしは雪内桃花です」

「ん、あんた悪霊に憑かれているな」

 彼は普通にそう言った。

「え」

「まあ、席についてくれ。いろいろ聞きたいことがある」

 わたしは手で指し示されたイスに座った。

「ハーブティ、飲むか?」

「……はい」

 彼はティーポットにティーバッグを入れると、小型ポットからティーポットにお湯を注ぐ。しばらく待った後、カップにお茶を注いだ。

 机の上にティーカップが置かれる。わたしは一口飲んだ。

「おいしい、ですね」ふっと体の緊張がとけた。

 そしてアスカくんにいろいろと話をした。他人とじっくり話をするなんて新鮮な気分。

「ふむ、先週から背筋がゾクっとしたり、何かの気配を感じたりすると」

「うん、そうなんです。気のせいとかじゃ済まないくらいヒドイので」

「それに……昨夜は夢にも現れました」

 アスカくんはピクッと反応した。

「悪霊に憑かれるには、何らかの理由があるはずなんだが。心当たりはないか?」

「べつに、心霊スポットに行ったとか、罰当たりなことをした記憶はないです」

「ま、そうだろうな。そういうわかりやすい理由で憑依されるほうが珍しい」

 そういうものなの?

「意識してなくても、悪霊に狙われるやつがいるものだ」

「それは、どういうことですか」

「理不尽だから悪霊なのさ」

 そっけなくそう言った。

「オレも調べておく。ただ君も知識を持った方がいいだろう」

 そう言うと、彼は名刺みたいな紙に何かを書いた。

「ほら、これを図書委員に渡せば必要な資料を用意してくれる」

「そんなシステムがあるんですか」さすが変な学校だ。

 わたしは紙片を受け取る。

 そして再び図書室へ。さっきの図書委員くんに紙片を渡した。

「なるほど、こういうことになりましたか。少し待っていてください」図書委員くんは席を立つ。

 わたしは彼を待つ。ちらっと新規入荷のコーナーを見た。アニメ化作品の原作本がずらり、どの本の表紙も可愛らしいヒロインが飾っている。

「はあっ」自分と比較したわたしは陰鬱に気分になる。これらの作品のヒロインはフィクションだけど、現実の男性の好みを反映しているんだろう。現実を度外視して極端に理想化されたヒロインと比べること自体がナンセンスだといえばそうなんだけど。

 最近は男の子を甘えさせてあげる、母性溢れる女性がトレンドだ。そういえば、保育士さんは男性からモテるという話を聞いたことがある。

 もうひとつのトレンドは、強気でパワフルな女の子。男主人公をグイグイ引っ張っていくのだ。現代では、武器を持って戦う女の子が男の子を守るのが当たり前じゃないかな?

 わたしは人気シリーズの最新刊に目をやる。表紙を飾るヒロインは、ムチを握りしめている。

 そう、こーゆーヒロインも人気なのだ。男の子って、実はMが多いの?

 いや、確かにね、魅力的な異性に痛めつけられたり罵られたりするのは快感だよ。だけど、男の子の方がそういう趣味に目覚めたら、わたしは困るのだ。

 アスカくん、冷たくて鋭い瞳だったな。あれで蔑まれたら、わたしはきっと……。

 妄想したわたしは、ぶるぶる震えて自分の体を抱きしめた。本人に打ち明けたら、軽蔑して虐めてくれるかな?

「おまたせしました、こちらです」

 図書委員くんの声がして、妄想世界へのトリップから帰還した。彼は大きな本を抱えて戻ってきた。その姿、ちょっとカワイイかも。

 手渡された本は、ファンタジーに出てきそうな装飾的な一冊だ。表紙には『悪霊憑依入門』とある。

「ありがとうございます」

 近くの席について本を広げた。入門とあるだけに、初歩的なことから書いてある。


――真っ黒な遮光カーテンで包まれた部室、闇への耐性がなければそれだけで陰鬱になる。照らし出すのはロウソクの灯、床に作られた魔法陣。アスカは桃花に憑依した悪霊との対話に成功していた。

「ふむ、どっかの男の霊か。彼女になんの恨みがある?」

 悪霊は、よくぞ聞いてくれたとばかりに反応する。

 アスカの瞳は冷たく射貫く、口はしっかりとかみしめて白い歯が見える。何としてもこの悪霊を退治してやるという真剣な決意が露わになっている。

『ぼ、ぼくは虐められるのが好きだけど、誰も相手にしてくれなかった。だから同じ趣味を持つ美少女に憑依した』

 アスカは険しい顔をした。

「あいつ、そんな趣味があったのか。これ、報告していいものか……。好きでもない男には、バレてほしくない趣味嗜好だろうし」

 アスカ、ふっと息を吐く。

「とりあえず、お前には望みのモノをくれてやるからサッサと【向こうの世界】へ行け、変態!」

 魔術道具のひとつらしい、ムチで思いきり悪霊を叩きのめすのだった。


――読み終えた後、わたしは体が軽くなっていた。不思議なものだ。明日になったらアスカくんに伝えよう。

 翌日、わたしはオカ研へやってきた。

「浄霊できたはずだ」

「へえ! すごいですね」

 アスカくんはその澄んだ瞳でわたしを見つめる。

「……うん、憑依の影響は完全に消えたみたいだな」

「悪霊の、はですね」わたしは……アスカくんに憑りつかれてしまったのだ。

 わたしは、帰宅部なのに部室に行く日課ができた。

 オカルト研究部は妖しげなイメージがある。その部室は不気味で、不思議なアイテムが転がったカオス空間を連想する。

 だけどこの学校のオカ研部室は、整然としている。キレイに掃除がされていて、部室そのものが神様をお祀りする場所のように丁寧に扱われている。

 目の前にいるのは、わたしの悪霊祓いをしてくれた空色アスカくん。

「で、どうして今もウチの部室にいるんだ?」アスカくんが尋ねる。

「それは、その。また憑依される恐れがあるから。だから、アスカくんのそばにいたいんです」

 というのは建前だ。アスカくんはカッコいい男の子だから、一緒にいられる口実を考えた。

「オレにそういうご利益はないぞ」ぼやかれた。わたしにとっては同じ部屋にいるだけでご利益たくさんなのにね。

 とはいえ、どうしよう。アスカくんはわたしの恋人にはなれない人だ。だって、この人には女の子を虐めて楽しむ趣味がない。

 そもそも、好きな男の子よりも……。はっ! 危ない危ない。学校で変な妄想はしないようにしないと。

「悪霊が怖いなら、こいつをあげようか?」彼は、あきれたようなジト目でわたしを見つつ『悪霊退散』と書かれたお札を掲げる。うわー、そのお札ってほんとうにあるんだ。

「そのお札があるなら、あの時のわたしをすぐに助けられたじゃないですか」

「これは依代のない悪霊がとりつくのを防ぐもので、憑依されてから使っても効果ないんだよ」

 アスカくんがお札を置いた後、ドアが元気よく開いた。

「やっほー、アスカくん。ボクが来たよ!」

 元気な声で入ってきたのは、いかにも活発そうな男の子だった。くりっとしたつぶらな瞳がキレイだ。明るくて元気、太陽みたいな子。その場にいるだけでみんなに熱を与えるような……。

「翼、おかえり」そう応じるアスカくん。この子、翼っていうんだ。たしかに翼という名前が似合っている気がする。大空を自由に飛んでいそうなあたりが。

「うんうん、ボクがいなくて寂しかったでしょ?」

 翼くんはアスカくんに駆け寄るとギュッと手を組んだ。アスカくんは、ふっと表情を崩した。

 わたしは翼くんをじっと見てみた。……可愛い系だね、これほどの逸材が女の子じゃないのは男性にとって大いに不幸だろう。

「それで、キミは?」翼くんは、わたしに尋ねる。

「どうも、わたしは雪内桃花です」

「そうなんだ。ボクは天瀬翼。よろしくね」手を差し出されたので握手する。

「えと……」

 どう説明しよう? 説明に詰まる。

「キミのことはアスカくんから聞いているよ」口元に手を当てて笑う翼くん。それなら平気か。

 笑顔が素敵な人だ。いつも悲しそうな顔をしているらしいわたしとは全然違う。

 翼くんは、わたしを見つめる。

「ふーん、そうなんだ、へー」

「どうかしましたか?」

「ま、アスカくんはカッコいいからねー」翼くんはニヤリと笑う。

「桃花、お前そういう意味で居座っているのか?」

「えっ! そういうワケじゃ……」カッコいいから惚れたなんて思われたら軽い女扱いされてひかれるよ。いや、その方がわたしの趣味的にはいいのかもしれないけど!

「オレはフリーだけど『告白されたから好きになる』ような節操無しじゃないからな?」

「あうっ」

 今のわたしは、赤面しているはずだ。

「ん、こういうことを言うのは意地悪だな。申し訳ない」

 いえ、意地悪な責め、大歓迎です!

 アスカくんはぷいっとソッポを向いた。その横顔は複雑そうだ。彼自身も恥ずかしいのかな。

「あははっ! 道は険しいね」

 翼くんの表情や身振りは大げさだ。でも、浮いているとかスベっている感じがない。ライトを浴びて舞台に立つ主演のよう。

「ま、アスカくんを好きになる女の子は、ボクというライバルがいるわけだから、当然だけどね」翼くんは得意げなドヤ顔で語る。

「え、おふたりって、そういう関係なんですか!? それとも、翼くんって女の子?」

「この男らしさバクハツ美男子を女の子と間違えるぅ? それと、ボクたちは友情の関係だよ」翼くんは自分を指さしてションボリ顔をした。

(いや、男らしさって……)

 い、いろいろツッコミたい。でも、わたしはこの男の子に決して敵わないんだな、と思った。

「その通り。そもそも、翼は女子って感じはしないだろ?」……可愛いことと女の子であることは全く別のことだ。

「ま、この『ツバサ&アスカ』は無敵というだけは覚えておいてね」

 今時にしてはシンプルなコンビ名だね。というか、翼くんの方が先なんだ?

「そうそう、アスカくん。しっかり手に入れてきたよ」翼くんはカバンから何かを取り出す。それは赤い木の実だった。

「ほら、スィーロの実」

 最初は聞いた事がない、と思った。けどそうではなかった。前にヒットしたファンタジーアニメを見た時に出てきた言葉だ。

「よくやった。さすが翼だ」

「えへへ」

「あのー、これはいったい?」

 わたしは説明を求めた。

「これは魔術の世界では有名な木の実だ。食べると力が増す。桃花も食べてみるか?」

「いいんですか?」

 机に置かれた木の実を手に取ろうとした、そこへ翼くんが口を開いた。

「このままでもいいけどさ、せっかくだからドリンクにしよ? 魔力を吸収しやすいから」

「悪くない選択だが、調理室を使えるのか」

「あー、それならだいじょうぶ」

 翼くんは元気よく部室を出て行った。

 そして、わたしたち3人は調理室にいる。カラッポの小さなお弁当箱がひとつ。

「でも、どうしてドリンクだけじゃなくて、お弁当を作らないといけないんですか」

「それはねー、斎藤くんがお弁当を必要としているからだよ」

 翼くんはそれがさも明瞭な解答であるかのように答える。

「なるほど、斎藤の弁当を作るのが、調理室を使用する条件というわけか」

 その斎藤くんって何者なの?

「桃花ちゃんも料理するの? 見てるだけもいいよ」

「いえ、せっかくなので、わたしもやります」

 わたしたちは自前のエプロンを身に着けて調理を開始する。アスカくんも翼くんも男の子にしては小柄なので、男子向けエプロンのサイズが合わないんじゃないかと思ってたけど、そんなことはなかった。むしろピッタリだ。

 もしかして自作なのかな? いや、まかさね。家庭にミシンがいらない今の時代、布から服類を作る人なんてそうはいないと思う。

「あ、ボタンとれた」と翼くん。「けっこう使ってたからね~」

 すると、ソーイングセットを取り出してあっという間に縫い上げた。その時の表情は楽しそうだった。それに、糸を歯で切る姿は可愛くてサマになっていた。

「これでよし!」

 わたしは少しあっけにとられていた。

「どうした桃花、あいつが裁縫をするのが意外か?」いや、意外じゃないけど。

「今の時代、お裁縫なんて一般人には不要ですから」

「そうとは限らないようだな。ほら、お前のエプロンもボタンが取れかかっている」

 アスカくんはそう言いつつ、縫い直してくれた。なんでこの人たち針と糸を持ち歩いているの?

「オレたちの裁縫スキルは、あの時に磨かれた……連日バカスカぬいぐるみを量産するハメになったあの日々に」

 こ、このふたり、過去に何があったのー?

「じゃあ、斎藤くんのお弁当を作るよー」翼くん、なんかポーズ決めてる。

 翼くんはニンジンをまな板の上に置くと、凄まじい速さで切っていく。

 アスカくんはゴボウをそれなりの速さで切っていた。

「えーと、わたしは何をすればいいんですか」

「そーだねー、卵焼きを作ればいいと思うな。味はなんでもいいから」翼くんはニンジンを切る手を止めずに答えた。あ、ニンジンを花形にしてる。

「え、ええと。卵は……」

「ここにある」そう言ったアスカくんは、卵を放り投げた!

「うわっ!」わたしは両手で卵をキャッチした。

「な、なんで……」

「キャッチできただろ?」笑みを浮かべるアスカくん。

 とりあえず卵を割る。あ、黄身が赤色だ。

 ボウルにあけた玉子をちゃかちゃかとかき混ぜる。普通にフライパンで焼いた、味付けはお砂糖。

 男の子の胃袋をつかんでハートを射止めるために、料理はそこそこ練習している。どうして男の子は女の子の手料理に弱いのかという仕組みはわからないけど。

 卵焼きができた後、アスカくんと翼くんの合作であるきんぴらごぼうができていた。

 それにしても、きんぴらに花形ニンジンを投入する人は初めてだ。

「できました」

「あ、ありがとー」翼くんの顔がニコちゃんマークになった。

 翼くんはわたしのフライパンを握る。

「うん、桃花ちゃんの卵焼き、見た目も匂いも美味しそう! ボクが食べられないが残念でしょうがないや」

 翼くんは菜箸を手に取る。

「それじゃー、これをお弁当箱に詰めれば完了!」翼くんはパッと詰めこんだ。

 お弁当箱を掲げた翼くんは、窓に向かっていく。

 ガラッ! 窓を開けた。

「てりゃー!」お弁当箱を思いきり投げた!

「ええっ!」驚いたわたしは窓辺へ駆けていく。あ、誰かキャッチしたみたい。あれが斎藤って人?

「さあ、これからドリンクを作るぞ」

 そうだった。これが本題だった。

「と、いっても簡単だよね。ガリガリとすり潰して、抽出して希釈すればいいだけなんだから」

 その通りで、ドリンク作り自体が特別印象に残るようなことはない。抽出を待つ時間、話をする。

「おふたりは料理するんですか?」

「ごくフツーにね。アスカくんと一緒にキッチンに立っているよ」両腕で頬杖つきながら、ドリンクを見つめながら翼くんはいう。

「学校の家庭科でやるだけじゃ、物足りないだろ。料理ってやつは」

 ……詮索はよそう。そこで気になることを尋ねてみた。

「あの、料理が得意な女の子って、男の子的には嬉しいですか」

「料理が得意な男子でも高評価じゃないか? 自分の食べる物を他人に依存するのは生存戦略的にはリスキーだ。分業体制をとるなら、その対策を用意しておかないとな」

「だろーね、人間に必要な『食』を司るんだから、それだけ人間としての力があるってこと。男女関係なく魅力的だよ」

 このふたりは、普通の男の子と同じ感覚じゃだめだ!

 調理室でドリンクを飲むことにした。魔術的材料のわりに、作り方は普通だったね。

「じゃあ、せっかくだから乾杯しようよ!」と翼くん。ぜったい言うと思った。

 かちゃん、乾杯の後、わたしはこくこくと魔法のドリンクを飲んだ。アスカくんと翼くんのふたりを見ながら。

 魔法の力を秘めたドリンクかあ。

 翼くんは明るくて元気な人だ。わたしがかすんでしまうくらいに。これじゃ、アスカくんは翼くんとの男同士の友情をためらいなく選ぶに違いない。

 ……でも、まだ負けは認めたくない。翼くんに負けない力がほしい。

 こくんと最後の一滴を飲み込んだ。それと同時に体が熱くなる。

「う、ううっ! うぐっ!」な、なんかヘン……! 苦しい、それが気持ちいい。

 わたしの異常に、ふたりは素早く反応した。

 アスカくんはわたしの後ろに回ると背中をさする。彼の手から何か特別な力が流れてくるのを感じた。

 翼くんはわたしの両肩をつかむと可愛げのある瞳でわたしの瞳を見つめる。必死な顔だ。真面目な顔をしているけど、愛嬌がある。

「パピレット・ムーラッカ ・ビータロン!」

 彼がそう唱えると、わたしの体から熱がひく。心の波も静まっていく。

「桃花、何か悩んでないか? それもどこかシンプルじゃないような」アスカくんは背中から語り掛ける。


 とある日の放課後、オカルト研究部にて。アスカ&ツバサ、男ふたりでお茶会を開いている。

「まったく、桃花ときたら」アスカは困り顔をしている。

 彼はティーカップを見つめつつ親友に語る。

「ああいう好意の向けられ方は対応に悩む」

「好かれているのは良いことじゃない。アスカくん、女の子とうまく付き合うの逃げてばかりいるけど、いつまでも逃げられないってことだよ」

 翼はほがらかに笑う。翼の場合、大抵の女性より男を惑わせる女性的魅力にあふれているので、彼に恋愛相談してもアテにならないが……。

「……最近は、お前にも好意をもっているだろ」アスカは重々しく言う。

「べつに、桃花ちゃんはアスカくんの正式な恋人じゃないからね。男を天秤にかけても悪いことじゃないでしょ。彼女ぐらい美少女なら、それくらいの贅沢したって文句はいえないよ」

「それが桃花の意志薄弱を表しているように思えてな」

「あははー。アスカくん、なんだかんだ桃花ちゃんのこと気にしてるじゃない。正式に付き合ったら、ボクを差し置いて最優先になっちゃうんだろうなー」

「翼は時々、当たり前のことを大げさな感情で言うよな」

 紅茶を飲みつつ語る。

「ん? まーね、恋人は最優先して当然だけどさ。キミにほったらかしにされたら、ボクとしては寂しいわけですよ」照れた笑みの翼。

 ぱきっ、翼はクッキーをかじる。飲み込むまで沈黙が生まれる。

「あー、これ砂糖の量まちがえたかも」

 翼につられてアスカもクッキーを食べる。ボリボリと噛んで飲み込んだ。

「甘いな」

「甘い物は美味しいんだよ。糖分の摂り過ぎが気になるだけで」

 翼は自分自身にスタイルの良さを求める少年である。学生食堂でまっさきにサラダを注文する男子は彼ぐらいだ。

「ま、運動量を増やせばいいからね」

 翼はごく普通に言い、もう一枚食べる。この少年、かわいい顔して意志が強いから油断ならない。

 アスカはそんな翼を見ているだけで、二枚目は食べない。

「そういえば、今日は桃花ちゃんはこないの?」

 半分に欠けたクッキーを手にしたまま尋ねる。

「病院に行った。最近、めまいとか頭痛がするとのことだ。一応、オレも見てみたが魔力や霊力の問題じゃないな」

「あー、あの子は虚弱そうだからね。ま、儚い系美少女は、それが似合っちゃうけど」クッキーの残りを放り込む翼。

 ふと翼は、何かの気を感じてそちらを向く。それは一冊の小説、表紙とタイトルで中身を察した。変態と呼ばれることを誉め言葉とみなすような男でも、ここまでのぶっ壊れ性癖はそうそういないだろう。

 口に入れたクッキーを味わって飲み込んだ後、口を開く。

「うわー、こういうものを学校の部室に、見えるように置いておくのはどうかと思うな」

 その小説本を見つめつつ、アスカに指摘する。いかにこの学校がフリーダムな校風とはいえ、誰もが同じことを言うだろう。

「……わかってるだろ、桃花が置いていった」

「でもさ、見えないトコに置いとこ?」

 翼の顔はひきつった笑みだ。

「あいつがいうには、自分の趣味をさりげなく明示したいらしい」

「うーん。やっぱりボク、あの子のことが分からないや」

 天井を見上げる翼。

「ま、アスカくんに惚れこむのはわかるけど」

 ぐいっと最後の一滴まで紅茶を飲み干した。そして立ち上がり伸びをする。

「ん~、それじゃ食べた分は動こうっと」

「運動部に飛び入り参加するのか?」

「それもいいけどさー、裏山でセロパス草を集めるよ」

 この言葉を聞いて、アスカも席を立つ。

「ふむ、オレも参加しよう」

 廊下を並んで歩くふたり。

「セロパスを精製したクリームは、お肌にツヤを与えてくれるからさ。ストックしておきたいんだよねえ」

 翼は自分の頬をぺたぺた。

「いつも思うが、化粧を使うまでもないと思うんだけどな」湯上りとか寝起きとか、翼のすっぴんを知っているアスカの疑問。

「そう? 容姿イケメンになりたくないのは、男の子の悪い癖だと思うんだけどな」

「顔が良いだけではモテないだろう」可愛い系のコイツもイケメンの範囲内なのかと疑問である。

「女の子にモテるかどうかは二の次だよ」翼はアスカに微笑んだ。

 では何が目的だ? 男の体、見た目は女、中身は男がときめく女っぽくて、恋愛の対象にしているのは女で、女よりも男が大事で……アスカは混乱する。

「ま、桃花ちゃんのことは心配しなくても大丈夫だよ。ここから『まったく別の男を選びます』なんてオチもありえるから」


――なんだろう、誰かわたしのウワサをしている気がする。病院の待合室は患者さんが多いのと、いつ呼ばれるのかというドキドキ感から、ココロが不安定になる。

 お医者さんいわく、ひんぱんに心身の不調が起こるのは、食が細いことによる栄養不良。そこへ精神的な特質(弱くて脆いと言いたいのだろう)が合わさっているそうだ。

『貧血とかでフラッとして男の子に寄りかかる、彼はお姫様抱っこして保健室へわたしを運ぶ。ベッドに寝かしてくれたけど、他には誰もいなくて、辛そうに横たわるわたしの姿に彼は男の嗜虐心をそそられ……』

 わたしは平常運転を確認しつつスマホを取り出し、アルバムを開く。アスカくんの写真をタッチする。

「はあ~」

 これは一番お気に入りの一枚だ。撮影の角度が良いのかもしれない。

 ドタドタドタ! 濃い顔の男性集団が歩いてきた。

「うわ」

 この人たちは、プロレスラーかボディビルダーと連想する肉体の持ち主だった。まるでナントカ陣形を組む古代帝国の戦士を連想する屈強な男性たちだ。こういう体の男性にはドキッとする。わたしを壊してくれそうだ。彼らがわたしを取り囲んだらそれだけで、もう、ね……。

 残念ながら彼らはわたしには目もくれず病院を出て行った。

「しつれいします」入れ違いに男子が入ってきた。あ、この前お世話になった図書委員の男の子だ。彼は本が入ったカゴをさげている。

「待合室本棚に収蔵する本、持ってきました」

 彼は受付にそういうと、本棚へ向かう。カゴの本を入れる。わたしはその作業を眺めていた。

「あ、雪内桃花さん」

 作業が終わると、彼は私に気づいた。

「わたしの名前を知っているんですか」わたしは彼を知らないけど。

「うん、まあね。委員会の仕事で」彼は一方的に名前を知っていることをそう説明した。詳しいことはわからないけど、男の子が女の子の個人情報を一方的に知っているなんて気持ち悪い、という反応へのフォローなのかも。

 図書委員くん。メガネをかけて内向的な雰囲気を持つ、いかにも文学少年だ。

「自己紹介が遅れたね。ぼくは図書委員を務めている栗山奏多」

「わたしは雪内桃花」

 奏多くんか……。なんだろう、温和な感じだけど気弱さは感じない。むしろ内からにじみ出る強さを感じる。ちなみにわたしは誰から見ても気弱そうだと言われている。強い男性に守ってもらうことしか考えていないから、それでいいんだけど。

「図書委員って、こんな活動もしているんですね」

 わたしは奏多くんの背後にある本棚を指さす。

「そうだね。どんな本を選ぼうかなんて、病院の人たちが考えているヒマはないからね」

 奏多くんは本棚を見つめる。

「病院の待合室に相応しい本を選ぶの、わりと難しいけど」

「そうなんですか?」

「病院に来なきゃいけない患者さんに、人があっさり死ぬようなマンガは読ませられないから」

「ああ、そうですね」

 うちの学校の図書委員会、そういう気配りができるんだ。学校なのに流行りのマンガとかたくさん入荷するから、好き勝手に選んでいるんだと思ってた。

 どうせなら、わたし好みの本も入れてほしいけど。無理だろうね。

「読む本にもTPOがあるんですね。いつでも好みの本を揃えるわけにはいきません」

「桃花さんの好み、知ってるよ」

「え!?」

 わたしの性癖を知ってるんだ。それなのに普通に話ができるなんて、実はすごい子なのかも。

「本を読んでいる人は気になるんだ。ちらっと表紙を確認するクセがあってね」

「他人の愛読書が気になるんですか。職業病ですね。むしろ、他人に自分の趣味を知ってほしい人もいますけど」

「ぼくがカウンターを担当していると、待ってましたとばかりに『おねショタ』物を借りに来る人が多いんだよ。みんな男子だけど」

「男子ばっかりなんですか、そういうのジャンルが好きな女子もいると思いますけど」

「ショタコンお姉様は、保育園と幼稚園の業務体験学習に行ってるんだよ。母性とは子供に対して向けるものだからさ」

「奏多くんって、男の子にとっても憧れの存在だったんですね」好きな子だから虐めたくなるのは男心、それがわたしに向けられないのは残念だ。

「女の子に甘えたい男は多いけど、この前は『おじさんと女子校生の赤ちゃんプレイ』を繰り出してきた人がいたっけ」

 なんでそんな本が収蔵されてるのーっ!

「桃花さんの好きとは違うよね」

「そ、それが好きな男性は……いまいち想像できません」

「まあ、自分が嫌いなモノを好きになるのはみんなの自由だけどさ」

「雪内さーん」その時、会計に呼ばれる。

「じゃ、また学校で」奏多くんは控えめに手を振る。大人しい系のショタは範囲外だと思っていたけど、ときめいた。

 病院を出ると寄り道しようかな、という気がでてきた。でも、どこにしよう。

 とりあえず、ふらっと歩きまわった。

「おや、桃花さんじゃないですかー」

 わたしに声をかけてきたのは、西園寺優也くんだ。報道部員の男子。いつも通り、記者らしさアピールの鳥打帽と万年筆を身に着けている。

「じつはですねー、さっき病院に入ったところを目にしていました。まさか街をぐるっと一周して戻ってくるタイミングと合うなんて奇遇ですね」

「そうだったんですね、わたしは気づきませんでした」

 西園寺くんは、万年筆でペン回しをしつつ語りだす。高級で気品ある万年筆でペン回しはミスマッチな気が。

「おや? 髪型を変えたみたいですね」

「気づいたんですか?」

「ツインテールの房の太さが変わってます。それに結わく位置も昨日までと違いがありますね。それは意図的でしょう」

「いや~、男の子って気づかないと思ったんだけど」わたしは少しテレる。西園寺くんもカッコイイ男子だし。アスカくんとは違う種類の美形、背は高めで体格もちょうどいい。あれ、わたしってあの男もいい、この男もいいって目移りしてばかりしているような……?

「記者は観察力が必要ですから」

 好感度稼ぎではないらしい。

「そっちの理由ですか。そうですよね、男の子にとって女の子のお洒落なんてどうでもいい事ですからスルーしますよね」いじけたわたしは、つい面倒なことを言い出す。……ごめん。

「あははー、おれみたいな仕事は知らない世界の面白さを伝える役目もあるんですがね」

「西園寺くんは、必要となれば女性下着コーナーでも平気で突撃しそうですよね。下着をじっくり観察して買ったりして」

「……おれをパパラッチか何かと一緒にしないでほしいんですがね」

 西園寺くんはひきつった笑みを見せる。だけど、それは自分の意志を伝えるための意図的な表現なのかもしれないと思った。この人の普段の言動を知っていると、そういうことは普通にやりそうだ。

「でも『女性下着の神秘!』とかいう記事はウケそうですよ、思春期の男子に」

「男子が知ったところでどうするんですか、それ? おれの読者に野次馬なんて必要ありません」

 西園寺くんは少し沈黙したあと、思い出したかのように口を開く。

「翼くんは、魔法使いの世界で受け継がれているハーブの知識を使って化粧品の調合をしているんですよ。大量生産はできないみたいですけど、相談したら融通してもらえるかもしれません。本人が愛用しているから効能はお墨付きですよ」

「へー、翼くんは可愛い子ですからね。あのレベルまでいけば、開き直って女の子として振舞ったほうがいいのかもしれませんね。女の子じゃなくて男の子が寄ってきちゃいそうですけど」

 わたしが思いついたままを言うと、彼はわたしの方を向く。

「女性だって、可愛くなりたいのは、男を釣るためじゃないでしょう?」さらっとした世間話風に語った西園寺くん。チェスで奇抜な一手を指し、相手に揺さぶりをかけてきたような……チェスなんて知らないけど。

「西園寺くん、女の子にお洒落する理由を取材したことが?」

 質問に質問で返した。

「ふう、あなたは賢い女性ですね。単なる学園報道部員の男子でしかないおれの立場では、そういうことは手を出せないんですよ」

「男の的外れな女性理解だと不快に思ったのなら聞き流してくださると幸いです」

 記者として人と話す機会が多いという意味でも、モテそうという意味でも、西園寺くんは女の子と接する機会が多いと思うんだけどな。

「わたしのような子が女性全般を代表するのはおこがましいですよ」

「大丈夫ですよ。桃花さんレベルの女の子でしたら、男の方が合わせてくれます」

 わたしレベルの変態に合わせてくれる男の子か……。どうせなら元から変態趣味の男性が望ましいな。男は調教する側じゃないと。

「桃花さん……なにかヤバいこと考えてません?」

 西園寺くんは、わたしの複雑な表情を見ていた。

「病院といえば、おれの爺さんが通院を続けていますよ。骨格に歪みがあって、トシと共に筋肉も衰えてイロイロ大変みたいですね」

「ご高齢になったら、多くの人がそうなりますよねえ」

「まったくです。元気なうちから体はいたわらないといけませんね。それと健康に関する知識も学ばないといけませんか」

「そうですね、勉強しないと」

「ああ、ですが健康情報なんて一般常識でしたね。偏食して運動不足なら不健康になるのは、誰だって知ってます」

「そ、そうですね……」

「だから後は実行するのみ。ま、あまりに清く正しい健康的な生活というのはツマラナイかもしれませんがねー」

 彼は万年筆をクルクル回した後、前を指す。それはまるで武将が軍配を振るうかのようだった。

「……はあ」わたしはため息をついた。

 優也くんは黙ってそれを見ていた。

「さて、おれはそろそろ行きましょう」足早に去って行った。

 アスカくんにアプローチしないとな……。男の子というのは、追いかける恋より追われる恋が好きなハズだ。


 学校の生徒会室は、学校中の情報が集まるのだ。そこには知られたら多大な衝撃を与える機密情報もあるかもしれない。

 ただの学校に、世界を揺るがすような機密があるわけないけど。普通なら。

「会長、各部活の報告書、あがったぜ」副会長の男子、朱島聡士は、ファイルを手渡す。その声はいつも熱さがある。

「ん、ありがとな」それは落ち着いた声質だ。冷たいと感じるかもしれないが安らぎも感じる不思議。

 結城レオ生徒会長は、ファイルから書類を出す。一通り目を通す。理解しやすいように作られているから、すぐに読み終える。

 レオの髪の毛は淡くて上品な色をしている。その顔は整っている。クール系というより落ち着いた感じである。風貌と内面が一致している人間は、意外性がないのでつまらないと感じるかもしれないが、安心感はあるものだろう。

「オカルト研究部の空色アスカ、か」

「有名な生徒のひとりだよな。カッコいいし」

「そうだな、ガールフレンドのひとりでも作ればいいのにな」以前、本人にそう言ったところ『友達に同性も異性もあるか』と返された。

「そういうの、お節介じゃねーか。親戚のおばちゃんみたいな」

「ああ、そうなんだけどね。イイ男に飢えている女子たちが多いから」

 これを聞いた朱島は『だったらお前が女子と関われよ』とツッコミたくなった。

「そういえば、修学旅行で大浴場で一緒になったとき感じたが、アスカの体って芸術的だぞ」

「おやおや! お前がそんなに変態だとは思わなかったな」レオは穏やかな声で感想を述べた。表情は多少の変化こそあるが、その心中は察せない。

「いや、そういう意味じゃない! 男の子だと分かるけどマッチョという感じじゃない。あの顔じゃ細マッチョでも行き過ぎだが、バランスが取れているって感じだ」

「ん? それなら天瀬翼もそうじゃないか。水泳の時、男子をドキっとさせてるぞ」きょとんとした顔をするレオ。

「文化祭とかの行事じゃ、彼を女装させるのがお約束だし」

 レオの脳裏にミニスカメイド服を着てポーズを決めた翼が浮かぶ。ローアングルで撮影する男が続出して、風紀委員が注意するべきか否か苦慮して、自分が裁定するハメになったのを思い出す。

『翼くんもこう言ってるし、男同士なら問題ないと判断する。とはいえ、言うまでもないが、女子にやるんじゃないぞ!』

 朱島はレオの苦笑いをスルーした。何を考えているのか察したから。

「可愛ければ男でもいいのか? 男心って男でも分からないもんだ」

「かもな。男ってやつは、肌の露出が少ないコスプレ写真で満足できるじゃないか。いやむしろ、男だから良いんだろう。男同士なら手軽だ」

「ま、アスカは名前が女子っぽい。なんであんな名付けをされたんだか。親に聞いてみたいぞ」

 おそらく、どうでもいい理由である。

「名前の男女差なんて、所詮は人々にそう刷り込まれているだけだけどな。まあ、音の響きもあるが」

 レオは机を指でなでながらつぶやく。

「ネーミングセンスってやつに、マニュアル的な真理はない」

 と、そこへドアを開ける音。

「会長さんと副会長さん」

 雪内桃花、アスカに入れ込んでいる女子として生徒会の男子ふたりは認識している。もっとも、アスカの親友である翼にもふらついている。最近はふたりともモノにしたい。というより、ふたりの所有物にされたいという変態女子である。

「ツバサ&アスカのお話ですか?」

「単なる雑談だぜ。そういえば、コンビ名って翼が先なんだな」と朱島。

「いえ、語呂が良いと感じる方を独自に使ってます。公式には設定されていませんよ」その公式とは誰を指すのか?

「アスカ&ツバサって言うことも多いですから」

 正副会長は、なるほどとうなずく。

「最近は、比翼連理コンビというネーミングが人気みたいですけど」

「なーるほど! 『アスカ(飛鳥)』と『翼』で、どっちも鳥に関係するからな!」

 朱島は手を打って得心する。しかしレオは眉をぴくっとさせた。

「……比翼とは、オスとメスが一体になった伝説の鳥。その四字熟語は夫婦の仲が良いことのたとえだろう」

「そ、そういえば……朱島くんは、修学旅行で一緒にお風呂に入ったんですよね」

「大浴場だからな!」

「で、でしたら……あのふたりのゴニョゴニョ」

 レオはよく聞こえなかったが、大体察した。

「ああ、それなら」

「な、なるほど……大きくないけど形が良いと。私も生で見てみたいです」

「おい、男女でする会話じゃねえよ」


――ふう、生徒会室って緊張するね。会長さんは優しい人なんだけど。それにしても、わたしにオカ研について聞きたいってどういうことなんだろ。

 わたしはアスカくん目当てでオカ研に通っているだけで、正規部員ではないから、知らないことも多い。

 とりあえず、会長さんの質問には答えられたからいいか。そう思うことにして、部室に行く。

「桃花、遅かったな」アスカくんが出迎えてくれた。

「生徒会室に行ってました。このオカルト研究部について聞かれました」

「聞き取り調査か。オレもよく答えてるよ」

 アスカくんは何かの本を見ながら話す。ファンタジー映画の小道具みたいに装飾されたものだ。すくなくとも、本屋さんにあるのは想像できない。

 この部室は整理整頓されているから、デキる男の仕事場みたいだ。そういえば、生徒会室もデキる人の集まりって雰囲気がある。わたしは、お仕事を完璧にこなすイイ男の心と体を癒す役割になるのが将来の夢なんだ。

「そういえば、このオカルト研究部って他の部員はいないんですか?」

「んあ? みんな出払っているよ。部室に全員集合するのは、月一の会合ぐらいだな」

 そ、そうなんだ。今まで抱いていたオカルト研究部のイメージと違うなあ。

「アスカくんはいつも部室にいますね」

「ウチの部にも担当がある」

 そういえば気になることがある。

「あの、翼くんは部員なんですか」翼くんは普通に部室に来るけど、部員なのかな。

「あいつは非公式部員だよ。正式にはどの部活や委員会にも所属していない。毎日、どっかに飛び入り参加してるぞ。ただ、非公式とはいえ部員という扱いになっているのはココだけどな」

 言われてみれば、サッカーしてたり野球してたり、書道やったり茶道やったり、放送委員してたり美化活動してたり、風紀委員の腕章つけてたりしてるね。

(学び舎を駆ける大彗星……)

 わたしは学校中を駆け回っている翼くんを想像した。そういう男の子もいいなあ、わたしをグイグイ引っ張ってくれそう。

「桃花、部員になるか?」

「えっ! その、あの……」

 アスカくんと同じ部活ができるのは嬉しいけど……。

「ま、即断はできないよな」

「ご、ごめんなさい」

「謝ることじゃないさ、そんなに簡単に決めることじゃない」

「深くて暗いオレたちの世界に入っていくのはね」

 アスカくん、わりと中二病だ。

「しかし、桃花にウチの部活について聞き取りしたって事は、キミがオカ研に通ってるてこと、知ってるんだな」

「あ、そうですね」

 そんな簡単なこと、見落とすなんて。

「定期報告でも、キミのことは話してないんだが」

 アスカくんは窓の外を眺めている。その横顔は、何かを憂いているようだった。いつもかもしれないけどイケメンが似合う表情をすることにマンネリなんてない。アスカくんだったら、その知的で鋭い感じから、暗い顔しても陰キャにならない。

 そこでスマホの着信音がした。もちろんアスカくんのだ。

 アスカくんはスマホを確認する。そしてちゃちゃっと操作してまたしまった。

 なんだろう。メールが来て返信したのかな? それにしては返信完了が早すぎる気がするけど。あれだと一言程度の短文だ。彼のスマホが、どこへつながっているのか気になる。

「翼のやつ、今日はバスケ部に行くみたいだ」

 突然そんなことを言われた。

「へえ、翼くんがバスケを」

 あの小さい体で活躍できるのかな?

「今日は来れないと言っていた」

「そうですか。それはよかっ……」よかった、と言いそうになって止めた。

 だって翼くんがいると、わたしの出る幕がないんだから。

「翼のやつは、何もやってもそれなりにこなせるんだよ。それだけだと器用貧乏なんだが、あいつの場合それ以上の力を出せる」

「へー、それはすごいですね」

「それに、どこへ行っても好感度が高い愛されキャラだ」

 たしかに翼くんには嫉妬を感じる。だけど敵意は覚えない。だから翼くんにもふらついているんだけど。いや、これはただの言い訳だよね……。

「翼は誰とでも仲良くなれるんだ。バスケ部の面々から『お前のようなチビにバスケができるか』と笑われても、うまく付き合えるくらいには」

 う、うーん。それはスゴイことに思えるけど、わたしはそんなに多くの人と付き合いを持つ気はないかな。

「勉強を教えることもある」

「それは意外です。翼くんって無邪気というか幼い振る舞いが多いから、アホの子だと……」あ、これはマズい。

「あいつはアタマが良い」

 アスカくんは即座に答える。親友をけなされたと思ったら誰だってそうなるよね。

「……今日はもう帰るか」

「え。もう、ですか」

「桃花、アーケードにでも行くか?」

 そ、それって放課後デート?

「あの、それって……どういう……」

「キミはウチの部員に近い存在だからな。一緒に遊んでもおかしくないだろう」

 あれ、部の関係者にされてるー! わたし、アスカくんとは個人的なつながりなのに。

「翼の代わりにされたくないなら断っていいぞ」

 うぐっ、わたし……やっぱり翼くんに及ばない存在なんだ。

「いえ、せっかくですので行きましょう」


――体育館にて。

 翼は瞳をキリっとさせてボールをギュッと構える。瞬時に状況を判断し、自分のとるべき行動を決断する。

「えいっ!」

 ボールを投げると戦況が一気に動き出す。

 中堅バスケ部員が果敢な攻めを見せる。

「うぎゃ!」それは空回りして転倒する。ヒザを打ち付ける。

「いたたっ、血がでた」

 それを聞いた翼はただちに彼のもとへ駆け寄る。

「だいじょうぶ? 見せて」

 翼は彼のケガをチェックする。

「うん、傷は浅いね」

「で、でも、けっこうジンジンするんだ」

「ほーら、スポーツマンがこんなかすり傷でうろたえない」それはあやすような声だ。

 そこへ補欠部員が持ってきた救急箱を受け取る。慣れた手つきで手当てをする。

「こんなケガするくらい勇猛ゆーもーなんだから、スゴイよ。きみは頑張り屋さんだね」翼の笑顔は薬だ。

「ああっ!」

「ごめん、痛かった?」

「い、いや。昔、公園を駆けて転んでケガした時、母親にバンソウコウをはってもらったのを思い出してな」

「ボク、ママ?」


 わたしたちは、学校を出てアーケード街へ。実は、アーケードに行くのって初めてなんだよね。

 その道中、アスカくんは話を続ける。

「アーケード街は、最近になって再開発されたんだよ。そこから有名になった」

「なるほど、だからわたしが小さい頃は知られていなかったんですね」

「元々は神社の参拝客目当ての商人が集まって商店街ができた」

 わたしは話がうまくないから、ふたりきりで歩くと沈黙が辛いのではないかと思ったけど、そんなことなかった。

「この辺は来たことないですね」わたしはいつも以上に周囲をキョロキョロ。

「友達と遊びに来たりしないのか?」

「わたし、女友達もいないんですよ」

 普通に打ち明ける。

「その、男の子に依存する態度が好かれないみたいで」

「そうなのか? 女子と話しているところを見かけるが」

「浅い付き合いなら楽しいそうです。でも一緒に遊んだりはしませんね。特に、男の子も来る場合は絶対に呼ばれません」

 それを聞いたアスカくんはなるほどとうなづいた。何に納得したんだろう。

「まあ、現代では結婚相手とはいえ、寄りかかってくるやつは好かれないだろうな」

 そう述べた後、何か思いだすような振る舞いをした。

「家事を丸投げしていて、奥さんが旅行に行けば一気に生活が崩壊する旦那の笑い話は昔から多い」

 そーいえば、昔のマンガにそういうのがあったっけ。

「ところで桃花、今朝の部室でな……」

 アスカくんは世間話を始める。それだけで時間を忘れる。

「ここが、アーケード……」わたしはつぶやいた。

 キレイでお洒落なアーケードが空にかかっている。その道幅はかなり広い。林立するお店も最先端な感じだ。

「あの、あそこに書いてある『青緑』ってなんでしょう?」

「あれはこのアーケードの名前だ。青緑商店街っていうんだ、ここは」

「へ、へえ。なんか、今時にしては単純な名づけですね」

「名前で中身が決まるわけじゃないからな」

「でも、アスカくんは『アスカ』って感じですよ」

 わたしは、自分でも意味不明な軽口を放った。

「そりゃ逆だ。アスカという言葉の意味はオレが決める」

「……それは、どういう意味ですか?」

「初対面の人に自己紹介すると『女の子みたいな名前だね』って突っ込まれるんだよ」

 あははー、わたしもそうだった気がする。

「だから、オレが活躍して有名になれば『アスカという名前は男性名としても普通だ』と思えるようになるだろ?」

 なんだろう、アスカくんのご両親に一言いたい。

 商店街というと、時代の流れに取り残されてしまったシャッター街を連想する。家の近くにある商店街がそうだから。わたしが小さい頃は、けっこう賑やかだったんだけどな。

 だけど学校の近くにある商店街は、人の集まるアーケード街。その道幅は車が3両並べるほどの広さがあり、それだけのキャパが必要なほどのにぎやかさがある。

 そんなアーケードの奥にそびえるのは、荘厳な神社だ。アスカくんによると、あの神社に参拝客が集まって、参拝客を目当てに商人が集まって、商店街が形成されたそうだ。

「あの神社からは、力を感じるんだよ」アスカくんはそう述べる。

「神社だから、ですか?」

「それはまだわからないな。元々存在する力を感じとって、神社を築いた可能性もある」

「なるほど」

「そうだとするなら、建立した初代は大物か……」アスカくんは遠くの神社を見つめる。

 はあ、わたしのお願いを誰か叶えてくれないかな。荒唐無稽な思いだけど、欲求不満を感じて時々そんなことを考える。

「さあ、ぼんやりしても始まらない。行くぞ」

 わたしたちは歩き出す。

 こういう明るくて賑やかな場所は、わたしには似合わないな……。

「桃花、こういう場所は苦手か?」

「いえ、たまには悪くありません」

 

(苦手なのかよ! 先に言えよ!)

(ごめんなさい。わたし、自分のことがよくわかってないの)

 表情だけで会話するふたり。

(連日訪ねてくるから、たまには労ってやろうと思って軽い気持ちで誘ったら、いきなりつまづくとは……)

 アスカは自分の動揺して紅潮した顔を桃花には決して見せなかった。


 アスカくんは無言でてくてくと歩いてわたしの前に行く。立ち止まってくるっと振り返る。

「それじゃ、今日はオレが新しい世界をエスコートしてやるよ」

 とりあえず、わたしたちはアーケードを歩く。あくまで友達として。

 カップルが多いね、幸せそう。恋人同士で楽しめる場所なのかな? わたしたちは無言で歩く。べつに部活仲間だから、これでもいいのだけど。

 アーケード街にはたくさんの施設が揃っている上、学生も多く訪れるため、いろいろなところから様々な音や声が混ざり合って聞こえてくる。 

「聖夜祭のイルミネーションとかもう準備してますね。生で見るのは初めてな気がします」

「桃花、筋金入りのインドア派だな」

 アスカくんの背後にはゲームセンターがあった。

「あれ……気になります」

 たまには、挑戦的にいこう。

「うわー、ゲームセンターって初めてです」

 騒がしい……賑やかな所だ。ハデに飾られた筐体がずらりと並んでいる。とはいえ、さっぱりした感じでライト層を意識していると感じた。こういう感じは悪くない。わたしは陰のある場所が好きだけどね。

「あ、あれって……」よく見聞きしている人気のゲームだ。アスカくんも同じ方向を見つめた。

「あの人気作に興味があるのか?」

「そ、そうなんですけど」実は詳しいことは知らなかったりする。

「初心者から上級者まで楽しめる良作だ」

 わたしたちは、二人協力プレイで遊んでみた。

「わりと、楽しいですね」

 悪霊を退治するというゲームだ。遊びやすさもそうだけど、ストーリーの出来ばえもスゴイと思う。あくまでゲームの添え物に徹しつつも引き込む力がある。つい先の話を見たくてプレイを続けちゃいそうだね。

「桃花、けっこう楽しんでたな」

「うん、アスカくんのアシストがあったらからね。ゲームはそれほど詳しくないけど、スゴイ人が開発したという感じは伝わるよ」

「このゲームを開発したのは【パーマ】というメーカーだ。開発チームのディレクターである高井孝男はこれで能力を評価されて昇進した……」

 へー、アスカくんはゲーム業界にも詳しいんだね。

「現代黒魔術世界の話では、ひんぱんに彼の名前が出てくるんだよ」

「なるほど、だから詳しいんですね」もう、これくらいのことじゃ驚かないよ?

「桃花、3面のボスには苦戦したよな」

「うん、こちらの心理を突くような攻撃してきたし」

「あれは初心者の壁として有名なんだ」

 感想を話し合ってると、近づいてくる気配がした。

「おや、アスカさんと桃花さん」

 西園寺優也くん。変わり者の報道部員がここにいるなんて。

「ゲーセンであなたたちに出会うとは、意外でした」

「ああ、西園寺。ゲームセンターの取材か?」

「そうですよ、聖なる夜をゲーセンで過ごす予定を立てている人が多いようで」

 すごいカルチャーショックだ。なんでそんなことになっているんだろう。

 その後もわたしたちはアーケード街を見て回った。

「この書店は、白魔術関連書籍が充実しているぞ」 

「白魔術と黒魔術って何が違うんですか。ファンタジー作品ではよく聞くけど」

「おっ? 桃花も興味があるのか」

 今、アスカくんキラッとした。

「い、いえ。レクチャーはまた今度聞くことにします」

「ま、簡単な話なんだけどな」アスカくんはそう言った。

 きょろきょろするわたしの視界にメガネ少年が。

「あ、アスカくんに桃花さん」彼もわたしたちに気づいた。

 栗山奏多くん。内向的だけど強さを秘めている。

「一緒なんだね、少し不思議」とかいいつつ控えめな笑顔だ。

 図書委員の文学少年が本屋さんにいるのには、なんの不思議もない。

「書店巡りか」

「昨日、図書室に入荷させる本の審査が終わったからね。街の書店を見て回る時間ができたから」

 へー、この子がやってるんだ。

「大要塞の奏多、一休みってわけか」

「……なんですか、それ」

「こいつ、審査に上がる大抵の本を『読む価値なし』として落としてるんだよ」

「それは大げさだよ。それに、漫画や小説はみんなが楽しめるなら通してるし。そうでなくても、他の担当が採用することも多いしね」

 そういう奏多くんの声には冷たさがあった。

「図書室の常連さんからは、同時に入荷した本の数と中身の傾向で、誰が担当したか分かるって言われているよ」

 面と向かって聞けないから、そういうことから察知する力に長ける人はどこにでもいるのかあ。

「聖夜に向けて動き出しているみたいだね」

 奏多くんはそう言うとお店を出て行った。

 パン屋さんからは良い香りが漂っている。お店の外観や内装は平凡なのに、目には見えない香りで大きな存在感を放っている。そのお店から出てきた人が。

「ん、アスカじゃないか」

 結城レオさん、我らが生徒会長だ。パンを詰めた袋を持っている。

「それと桃花さんか」

 わたしを見るレオさんの瞳は優しかった。

「人の集まるこの場を楽しんでいるようだな」

「ええ、このアーケードはレオ会長と同じだ。多くの人に慕われている」

 それを聞いて会長さんはふっと笑った。

「お世辞も素直に喜んでおこう」

 会長さんの後ろから駆けてくる人が見えた。

「会長、お待たせしました」生徒会副会長の朱島くんだ。彼は大きなバッグを担いでいる。

「その荷物、俺が持ちますよ」会長さんの荷物を半ば強引に持つ。

「ありがとな」

 その姿を見て、わたしは昨年度のことを思い出した。

『レオが生徒会長やるなら、俺は副会長やるぜっ!』と全校生徒の前で叫んだ朱島くんの雄姿。わたしにそんな勇気はないけど羞恥プレイならもちろんやるよ、アスカくん。そう、どんな姿でもセリフでも。

 ふたりを見送ると、そのままわたしたちは歩いていく。このアーケード街はアスカくんみたいに底知れないね。

 アスカくん、足を止めた。横のお店を指さした。

「このカフェ、良い店だ。入ってみるか?」

「高品質コーヒーですか、気になるかも」

 わたしは別にコーヒーマニアというわけではないけれど、高品質という点が気になる。【○○豆使用】とか、具体的でないあたりが。

「じゃあ、入るか」

 そう言ったけど、アスカくんは動かない。

「奢られるのは嫌いか?」

「えと、部活仲間の遊びですから、自分で支払います」

 アスカくんはうなづいた。他人には言ったことないけど、わたしは経済的にも依存してしまいたいという願望がある。ううん、依存というよりも支配下で管理されることだ。だけど今くらいの距離感で性癖を押し付けるのはマズい気がする。

「一応、聞いてみた。気を悪くしないでくれ」

 中に入り、店員さんに誘導されて席に着いた。向かい合うかたちだ。注文するのは、気になっていたコーヒーだ。

「おいしい、です」いや、そんなに味覚が肥えているわけじゃないんだけど。具体的な批評はまったくできないな~。

「高い銘柄ではなく、良い豆を選別したコーヒーか。手作業でやったらしい」

「そうなんですか」

「メニューに書いてあった」

 この人は、説明書を熟読するタイプなんだね。わたしが見つめるアスカくんはわたしの口元から首を辺りに視線を向けている。目の見つめるのは威圧的だけど女性の胸を見つめるのは失礼ということなのだろう、わたし個人は歓迎だけど。見つめられるだけなら、どんな男性からでも興奮できる。日焼けの心配がないなら、夏場は休日のたびに海に行っていい。

 わたしの思考を知るハズのないアスカくん、優しさに少し憂いを秘めた顔に今日もドキッとした。

「それにしても、すっかり聖夜祭ムードだな」

「この時季ですからね。プレゼントを贈り合う、大事な日です」

 わたし、伝説の『プレゼントは、わたし』をやってみたいんだよね。いや、それだけじゃ不足だ。ムチとか縄を一緒にして……

「聖夜祭は世界に満ちる魔力が活発化する、と説明されたら信じるか?」アスカくんは真剣な目で尋ねる。

「え、えと。聖夜というくらいですから、そうだとしても不思議じゃないと思います。不思議なことが起こりそうな日ですから」

「ふふっ、乙女チックだな。いや、男のロマンでもあるか」アスカくん、不思議なことを言う。

「聖夜祭は、オレたちオカルト研究部のヤマ場なのさ」

「もし、ウチの部活に仲間入りするなら、聖夜祭は一緒に活動することになるぞ」

「それも楽しそうですね」

「もし、その気があるなら……聖夜祭の午後8時にこの店に集まるといい」

「ここに来たのって、下見なんですか?」

「そう思わせてしまったのなら謝罪する」

 アスカくんは頭を下げる。

「いえ、それはいいんですが。どうして当日にココなんですか?」

「あー、今は詳しく言えないが。この商店街の神社を調べるから」

 そっか、聖夜祭の神社は不思議な感じがするからね。

「プレゼントは愛がこもってないといけない。だからといって愛さえあればいい、というわけにもいかないもツライ」


――後日。

 魔術師はキレイ好きである。ゴミや汚れが魔力の流れを乱すから。魔術を行使する部屋は常に清潔にしておくのだ。

 オカルト研究部の校外拠点というべきアスカの家は、アスカと翼が掃除している。

 部屋の掃除が完了した。ふたりともソファに座って一休み。

「ねー、アスカくん。この前桃花ちゃんとアーケードへ行ったんだってね」

 翼、クッションを抱きしめながら聞く。

「部活の関係者としてな」

 翼は微笑んだ。

「それで~、どうなのさ? 桃花ちゃんとの関係は」恋バナにイキイキする。

「彼女は、そんなにアタックしてこないぞ」

「いや、桃花ちゃんの好意に気づいているんだからさ、それなりの対応をしてあげたら?」

 翼はさらに言葉を続ける。

「相手に好かれたから自分も好きになるのはカッコ悪い。なんて意地はらずにさ」

 そこでアスカは難しい顔をする。

「……あいつがオレの恋人や結婚相手になっている様子は、想像できないんだよ。しっくりこない」

「アスカくん、なかなか辛辣だね!」

 翼は驚き顔をする。

「明確に告白されてるわけじゃないから、お断りもできないか」

 翼、珍しく険しい顔をする。

「桃花ちゃんの頑張りに期待するしかないかあ。ボク、けしかけてみる?」

「あのなー『オレのことが好きなら、オレを惚れさせてみせろ』なんて思考は酷いだろう」

「あー、そうだね。そんなのが許されるのはツンデレ美少女ぐらいだもん」

「一応、聖夜祭の活動に誘っておいた。冬休みに入ると会えなくなるからな」

「そっか、それがアスカくんなりの気遣いかあ」

 翼、少しにやける。ふたりと桃花は連絡先を交換していない。桃花は言い出せないし、アスカはそこまで踏み込むことはしない。翼は積極的だが、桃花からは誰かとスマホで繋がること自体をためらっている思いを感じているから、控えている。

「だが、オレからやるのはこれだけだ」

「ま、だいじょうぶでしょ。桃花ちゃんが好きになれる男の子は、アスカくんだけじゃないはず。きっと、もっと魅力的な男子が現れるって!」

 翼、ビシッとグッドサインを決める。それはどういう意味があるのか……。少なくとも、翼とアスカと関係だからこそ成立する。

「あいつの相手としては、オレ以上の適任はいくらでもいるだろうし」ふっと笑みを浮かべたアスカ、そんなことを口にする。この親友の前ではどんな無意識の秘密も照らし出されてしまいそうだ。

「ま、難しい話はこれまでにしよう。コーヒー豆をもらったからさ、一緒に飲もっ!」

 翼はコーヒー豆のパックをテーブルに置く。

「お、これは高いだろうに」アスカはそのパックを手にとり、銘柄を確認する。

 翼はパックを開封する。コーヒー特有の香りがする。

「まー、淹れるのはコーヒーメーカーなんだけどね」ふたりともハンドドリップ、自分で淹れることもできるが、アスカも翼もそこまでこだわるわけではない。それに、ここにあるコーヒーメーカーは優秀だし。

 豆をセットしてスイッチを押す。豆を挽くところから始めるから、ガーっというそれなりに大きな音がする。

(桃花のやつは、この大きな音にビビるだろうな)

(桃花ちゃんは、この大きな音が怖いだろうね)

 ふたりとも正解。

 しばらくしてコーヒーが仕上がり、サーバーがコーヒーで満たされる。その香りが部屋に満ちる。

 サーバーに満たされたコーヒーを翼がふたりのカップに注ぐ。

 ごくり。ふたりは無言で最初の一口を味わう。

「うん、おいしいね」

「そうだな」

「まー、ボクはコンビニのインスタントコーヒーでもおいしいんだけどね」と照れ顔の翼。

 むろん、こんなセリフは家だから言える。翼はお喋りだが、場の状況が読めないわけではない。

「お前はそういうやつだよ」それは、ひときわぶっきらぼうに聞こえた。

「だ、だってさ! 工場の機械が大量生産したコーヒーだって、元々は農家の人たちが作り上げたコーヒー豆だよ。それに、機械を製造した人たちの気持ちがこもってるんだから!」

 翼、少々早口になる。

「お前の気持ちはわかっているさ」

 とはいえ、経済性を優先した製品に【愛】を感じる翼の感性は不思議だ。

(オレは、桃花からの愛を感じられないからな。もう少し人間にも鋭くあるべきなのか?)

 多くの人が様々な気持ちを抱えたまま、終業式、そして聖夜祭へ。


 オカ研の集合場所になっているカフェ。いつもの席に隣り合って座るのは、アスカと翼だ。聖夜祭が過ぎ去った後のいつもと変わらないある日のこと。

 翼は甘いカフェオレのマグカップを両手で持ち、こくんと飲む。聖夜祭の記憶が鮮明に蘇る。そう、雪内桃花という新しい仲間と一緒の聖夜祭である。

「……なんだったんだろうね、桃花ちゃんは」

 さすがの翼もひき気味である。

「まあ、アイツらしかったな」

 聖夜祭の夜。アーケードはきらびやかに飾られていた。華やかな雰囲気に人々が集まり、その中にはオカルト研究部の部員も含まれる。もっとも、彼らの目的は祭りではなく、聖なる夜だけの特別な魔力にある。だが、雪内桃花という少女は何に導かれたのか? お気に入りのアスカだろうか。

「桃花がどれくらいの人物かはわからなかったが、異常をきたした魔力と戦う力はあると感じていた」

 アスカは深く黒いコーヒーにスティックシュガーを注ぐ。どちらかというとブラックが好きな彼だが、今日は甘いコーヒーが飲みたい気分。

「今回のボクたちは、最低でも魔力の異常が発生した原因を突き止めたかったからね~。ボク個人は、今年こそ神社の秘密を突き止めてやるって思ってたけどさ」

 その魔力異常の原因は、神社のもたらす結界の力がほころんでいることが理由だとは容易にわかったが、なぜそうなったのかは簡単には分からないものだ。

「本来、あれほどの事態なら本部のエリートを呼び寄せる必要がある」

「そうかもね~、ボクとアスカくんがいるとはいえ、万全を期す必要があるし」

「神社の人も悪戦苦闘していたようだったな。だからといって、参拝客を不安にさせるわけにはいかないから。虚勢をはっていた」

 アスカはごくりとコーヒーを飲む。ほど良い甘みがある。

「桃花がカギになるとはな……」

「ほんと、びっくりしちゃった。桃花ちゃんの力で神社の神様と対話ができるなんて思ってもなかったよ」

 神社の結界の綻びは、神がテキトーに降臨したせいで、結界がダメージを受けたせいらしい。

「自分で結界を壊しておいて、ボクたちに直してもらうなんて新人かな?」

 アスカと翼の力で結界は修復されたが、神の表情は暗い。

「……私は未熟ですね、修行をやり直さねば。これで失礼します」

「あの! まってください!」神界に帰還しようとした神を桃花が止める。

 それを聞いて、神は振り返る。

「わたしを生贄にしてください! そうすれば、すぐに必要な力を得られるのでしょう?」

「生贄、ですか? それなら、必要なことがあります」

「なんでしょう? わたしに出来ることならなんでもします」

「それは代償です。生贄というのは、願いを叶えるために捧げるもの。人に報いることをしないで受け入れるわけにはいきません」

「そ、そうなんですか……願いを考えろということですね。魔法のランプみたい」

(なんか違う)

「思いつきました。わたしの願いはアスカくんです」

 それを聞いてアスカと翼はハッとする。

「わたしは、アスカくんの大切な女性になりたいんです。だから……」

「わたし、アスカくんの母親になりたいんです」

 その爆弾発言を思い出す。アスカはふっ、とため息をつく。

「まるで、オレがマザコンみたいじゃないか」

「生贄に捧げられる人を、すでに存在している人の母親にするって、神様でも難しいよね」

 翼は棒状の焼き菓子を食べる。

「そもそも、アスカくんの大切な人になりたいんならさー、アスカくんの隣にいればいいのに」

「……お前がいるから、それができないんだ」アスカは物理的にも隣にいる自分の親友に突っ込む。

「はあ、ボクがいるくらいで諦めちゃうなら、結局その程度だったってことだよ」

 翼は両腕を大きく広げてヤレヤレ顔をする。わざとらしいが、大げさな身振りをするのは彼の癖だ。

「生贄になってもいいくらい強い気持ちがあるなら、どうして本人にぶつけないのさ?」

 翼がしばしば見せる、わざわざ暗い方向に進んでいく人間の気持ちに対する不思議な思いがでた。

「いや、生贄になりたいっていうのは、桃花の性癖だと思うんだが」

「あははー、それじゃ桃花ちゃん的には良かったのかな。残された人は別として」

「神様も鬼悪魔じゃない。そのうちひょっこりと帰ってくるさ」

 アスカ、温かさを感じるカップを手に外を見る。あの日の翌日を思い出す。それは生徒会室での一幕。冬休み中の校舎で限られた生徒しかいない場所で。


「……そうか。桃花さんが」

 レオ会長は静かにつぶやく。

「辛い結果だな。君と翼がいれば十分だと思っていたが……俺が見誤った」

 生徒会長という立場がそうさせるのか、レオは感情の表現を抑えているようだ。それでも鋭く横を見つめている。

「彼女の親御さんは?」レオの声は平坦だ。

「冷ややかな反応だったぞ。神々が何か手を加えている、オレたち以外の連中は術にかかっているな。わからないなら、それはそれで幸せかもな」

「そうだとしても、俺が頭を下げにいく」

 そう語るレオは、生徒会長のイスから立つ。ドアに向かって歩き出す。生徒会室のドアがぱたんと閉まる。


(レオのやつ、他人に甘えないからなあ)

 ふたりには聞こえないが、カフェの出入り口ドアが開いた。

「いらっしゃいませ」

「……では、あちらの席にどうぞ」

 ふたりのテーブルに新参客が。

「アスカくん、翼くん。久しぶりですね」

 そこに現れたのは、雪内桃花その人だった。

「うわあ!」翼、いろんな意味で驚く。それでも周囲の人の迷惑にならないように加減された叫び声である。

「……戻ってきたか」アスカ、そう反応するしかない。

 桃花も席につく。男子ふたりの向かいである。その様を合コンと勘違いした客がいたのは内緒。

「案外、待遇よかったです。拍子抜けというか、期待ハズレでした」

 変態ドM少女、しれっと言ってのける。

「あのさ、生贄の話はナシになったの?」

「それがですね。わたしの願いを叶えてくれることになったんですよ」

「? それはどういうことだ。オレの母親になるなんて、どうやって」

「転生とか並行世界とか、そういう感じで実現するみたいです」

「それでいいの?」

「なるほど」そんなことを言ったが、アスカにとって桃花の母親願望などどうでもよかった。早くレオ会長に伝えてあげたいと感じていた。しかしスマホを手に取る空気ではない。

「桃花ちゃんの無茶ぶりに、神様も苦労しそうだね」

「ああ、詳しいことはわからないですけど、あちらの人たちも色々企みがあったんです。それでわたしの存在は渡りに船だったそうで」

「うわー、アスカくんと血縁関係になれるなんてスゴイ! まさかの逆転劇だよ」

 翼、笑顔で拍手する。

「そ、それが……翼くんは、アスカくんと合体させるみたいです」

「え? ボクたち、すでに合体してなかったの?」

 その、誤解を招きそうな言葉の表現は、ワザとなのか……。アスカと翼の魂が共鳴しているのは事実だけどね!


――自らこの世界を捨てようとしておいてだけど、捨てたはずのものが戻ってくると考えは変わるらしい。

 幸いなことに、わたしは冬休みが明ける前に帰還できた。始業式はゆったりと進んでいく。なんだかんだ、式典とか行事でみんなと一緒にいられるのは嬉しいな。

『それでは、生徒会長のあいさつです』

 レオ会長が壇上にあがる。全校生徒が見ているのに、ビクともしていないカッコイイ姿だ。わたしだったら恥ずかしくって無様な姿を晒すと思う。だから興奮するんだけど。

「みんな、冬休みは楽しめたか? 気が早いかもしれないが、あっという間に新年度がくる。そうなれば今までとは違う環境の日々が始まる。今のうちにやり残したことは済ませておくといいかもな」

 放課後、いつも通りオカ研に行こうとしたら、教室に副会長さんがやってきた。

「桃花、いいか?」

「どうかしましたか?」

「会長が呼んでるぜ。生徒会室へゴーだ」

 そして。レオ会長は笑顔を見せてくれた。

「雪内桃花さん。きみがあっちの世界から無事に戻ってきてくれたこと、感謝するよ」

「いえいえ、わたしなんて……」

「桃花、あんたって見た目からは想像もできないほどのパワーがあるんだな」朱島副会長は尊敬の眼差しだ。

 生徒会室には、正副会長、アスカくんと翼くん。さらに西園寺くんと奏多くんまでがいた。

「いやー、こういう展開は珍しいんですよね」西園寺くんは感慨深いようだ。

「インタビューするんですか?」わたしはくすっと笑う。

「あなた的には、自分だけの思い出話にしておきたいんじゃないのですか?」

「語りたいのなら、いくらでも聞きますけど。桃花さん、この前いってたじゃないですか、自分はネットの動画にコメントすらできないほど自分を語るのが苦手だと」

 あ、うん。そうなんだけどね……。恥ずかしくて視線をそらすと奏多くんと目が合う。

「他人に伝えるのが苦手なら、自分だけの本にするのがいいかもね」図書委員らしい言葉だ。

「奏多くんは、わたしの体験記って興味ある?」

「あるに決まってるよ。だけどね、本を読んでこの世の全てを理解できるわけじゃないからさ」

 そこへ翼くんが口を開く。

「みんなキミを想っていたんだよ」

 翼くんの隣にいるアスカくんは相変わらずの平静な振る舞いをしていた。

「桃花は自分が思っている以上だぞ?」

 それは客観的な口ぶりだった。脈ナシと思ってしまいそうなくらいに。

 今気づいた、この生徒会室はわたし以外はみんな男の子だ。妄想力が刺激される。

「我が学園の3学期は、新年度を迎える準備期間だ。きみはゆっくり休むといい」

 レオさんの言葉通り、しばらくは平穏な日々が続く予感がした。3学期における学園の日々は平穏だ。そもそも、卒業生とは無縁の在校生にとっては単なる消化試合で、教室に集まる理由付けでしかない。

 そんなある日の休日。わたしは家にひとりでいた。今日のお昼ご飯はカップそばだ。お料理は練習しているけど、自分ひとりのために手の込んだ物を作る気がしない。そんな具合で、誰も招くことがないお部屋を掃除する気もしなくなる。

 自分ひとりのリビング、麺をすする音だけが響く。あんなことがあったのに、わたしはいまだにオカルト研究部に正式入部することをためらっているから、休日になるとアスカくんとは空想でしか出会えない。ひとりの食事は寂しいけど、気楽でもある。愛想笑いをしたり、相手に話を合わせる必要がないから。学食で、グループで食事をするとそれを痛感する。同年代の子が相手でもそうだ、前に体験実習で幼稚園に行ったとき、園児の子たちとマトモに会話ができなくて散々だった。

 子供の扱いは苦手、というのは大きなマイナスだ。愛する人の大切な子供を愛せないかもしれないのだ。


 アスカの家にて。キッチンでは料理の音と会話が響いている。アスカは長ネギをトントンと切っていく。使っているのはただの包丁である。言うまでもないが魔術的なナイフなどではない。

 彼の隣でゆで卵のカラを丁寧にむいていくのは、やっぱり翼である。

「ただの袋めんでもさ、トッピングを工夫すると美味しさ倍増だよねえ」

「美味しさというか、手間をかけて飾ったことによる感覚だろうな」

 手軽に食べられる袋のラーメンを手間暇かけて作るのはどうなんだ? とアスカは思っていたが、翼と一緒に調理しているうちに考えが変わった。

「生徒会は今日も登校してるんだってね。大変なお仕事だよ」

「ああ、レオと朱島しかメンバーがいないからな」

 生徒会役員が2人しかいないのは少ない気がするが、他にやりたがる生徒がいないのだから仕方ない。誰だって面倒な役目は負いたくない。とはいえ、その人選は的確である。オカ研にとっても。

 学園にて、生徒会室の時計が正午を指す。

「会長、昼休みだ」

「そうだな」

 などとやりとりをしつつ、ふたりはカバンから弁当を取り出す。

「朱島の弁当は、いつ見ても豪快だな。いかにも男っぽい」

「そうかもな。丁寧に作ることもあるが、別に彼女とのデートというわけじゃないし、雰囲気をぶちこわす、なんてこともないだろ」

「ああ、そういう意味じゃないよ。男らしいといっても、粗暴とか雑という意味じゃない」

 レオは上品に扱う箸の動きを止めてフォローする。

「そういうレオだって、いつ見ても優等生な弁当だよな。朝からそこまで手が込んだ物を作るのは大変だろ」

「昨日の夕飯の余りを再利用してるからそれほどでもない。余りというか、明日の弁当に転用することを見こして作ってるな。まあ、昨日は風呂掃除に時間かけすぎて夕飯も簡単になったんだが」

 朱島は少し真面目な顔をした。

「大変だもんな」朱島は知っているが、結城レオという男、大きな問題や悩みに直面して根を詰めると家事がやたらと丁寧になるという癖がある。無心にこなして気晴らしをしているつもりらしい。

「学園新聞の方はどうなった? 図書室に保存してあるバックナンバーを確認しておかないと」

 学園の近くにある幼稚園では、学園図書委員会による絵本の読み聞かせ会が開かれている。担当は栗山奏多。

「そこでコグマくんは言いました。『ねえ、白鳥さんはどこで遊んでいたの?』。そう聞かれた白鳥さんは、静かに答えました」

「『それはね、あの湖の向こう側だよ。そこでコレを見つけてきたんだ』。そう言いながら、白鳥さんは大きな果物を置きました」

「コグマくんはビックリです。『ええっ! これは、あの……トントンのリンゴじゃないか!』」

「白鳥さんは笑います『そうだよ、一緒に食べよう』」

 幕がおりた後。

「うん、練習どおりにできたかな」奏多は振り返る。

「奏多くん、お疲れ様です」報道部として取材にきていた西園寺が労いの言葉をかける。

「内向的な雰囲気ですが、奏多くんは読み聞かせが上手いですね。言葉に感情がこもっているだけでなく、表情も名演技ですよ。最近になってますます磨きがかかってます」

「初めての人は、みんな驚くんだけどさ。ぼく、そんなに感情的に冷たい人に見えるの?」

 物語に触れる人が情緒豊かなのは当然だと奏多は考える。むろん、理知的な分析が必要な時もあるが。

「感情も伝える手段ですからね。ま、おれの場合は感情優先の伝達はダメですが」

 ふたりが雑談していると、園児たちが寄ってくる。

「メガネのおにーちゃん、ありがとー、おもしろかったよ」

「うん、おにいちゃんもみんなが楽しんでくれて嬉しいよ」イスに座った奏多は笑顔を見せる。

 西園寺は膝をついて園児に語る。

「みんな、このおにーちゃんのお話が楽しかったんだね」

「うん」

「そのお話で、一番好きなところってある?」

 園児たちはしばらく考える。

「コグマくんがリンゴをたべたとき!」

「あー、そうだよね。コグマくんはすごく食べたかったからね。キミまで嬉しくなっちゃうよね」

 そういう西園寺の顔も嬉しそうである。

「わたしはコグマくんのかけっこかな」

「うんうん、わかるよ。みんなのためにすごく頑張ってたからね。お兄さんも、あの時のコグマくんはかっこよかったなあ」

 西園寺はちらっと暗そうな雰囲気を持つ男児に目をやる。その子に落ち着いた声で声をかける。

「きみは、すきだったところとか、あるかな? 気になるーとか、こういう気持ちになった、とかでもいいよ」

「……だったら、白鳥さんが森の中にいるところ」

 西園寺は大げさに驚き顔をする。

「へえ! そうなんだ。あの時の白鳥さんは、大変だったよね。たぬきくんとのことがあったから……」

「その時の、悲しいひとりごとをよく覚えている」

「うん、あの時の白鳥さんは悲しい気持ちでいっぱいだったと思う。それが気になったんだ~」

 西園寺が感想を聞いて回っているのを気にしつつ、奏多も園児と交流する。

「へー、昨日はみんなでお散歩をしたんだ」

「うん、きれいなお花を見つけたよ」

 園児の話を熱心に聞く奏多。今度は奏多が聞く番だ。

「なるほど、この季節に咲いて、そんな特徴があって、あまり見かけないっていうと。たぶんだけど……」

 するとひとりの子が本棚から本を持ってきた。

「すごーい、かなたお兄ちゃんの言ってたとおりだ!」

 奏多と西園寺には、お土産としてリンゴを1個ずつ渡された。学園に戻ると調理室で食べることにした。

「小さな子供の相手は楽しいですよね。実際に自分の子供と1日中接するのなら、こんなものじゃないのはわかっていますけど」

 西園寺はリンゴの皮を途切れることなくむいていく。慣れた手つきでウサギにする。

「まあ、どんな相手でも相手の視点に立つ。それは本を読む時と一緒だね」奏多の声は、いつもより柔らくて温かい。そんな彼は包丁でリンゴでウサギを作る。少し不格好だけどかわいい。

「それで優也君。桃花さんのことだけど」

「彼女ですか。おれたちの全力を尽くすまでですよ」


――3学期の終業式は、新しい戦いの始まりを告げる式典だった。

 まさか、また異界に来るとは思わなかったな。

 わたしの周囲に広がる風景は平野と森林、のどかな感じはなくて歪みのようなものを感じる。

 得体のしれない獣が歩き回っているけど、明らかに敵意がある。

「ほらーっ!」獣がわたしに気づいて襲いかかってきた。虚弱体質なわたしに戦うという選択肢はない。はーはー言いながら逃げていると、突如大きな音がしたので振り返る。

「朱島くん!?」

 なぜか朱島副会長がいた。獣は倒れている。

「桃花。危ないところだったじゃねーか」

 わたしは情報の処理が追い付かない。いや、完全に停止している。

「ど、どうなってるの?」

「この世界で、特別な動きがあるんだよ。それは生贄になった桃花がカギになっている。そこでオマエをこの世界に引きずり込んで倒そうってこった」

「そんなことが!?」

「安心しな、絶対に愛しのアスカの所まで送り届けてやるから」

 朱島くんはそう宣言した。

「ほら、こっちだ」朱島くんは先導する。周囲のことは目に入らない。

「桃花、無事だったか」アスカくんの姿を見ると、ホッとした。

「うん。朱島くんが守ってくれたから」

「オレが行こうと思ったが、状況的に朱島が適任だった」アスカくんは、レイピアを持っていた。

「そっか、ありがとね」

「アスカくーん」翼くんが駆けてきた。

「あ、桃花ちゃん。合流できたんだ」

「翼くんもいたんだ」

「うん。仲間はまだいるよ」

 翼くんはある方向を向く。そこには見覚えのある人たちがいた。あ、奏多くんと西園寺くんだ。どうして?

「うー、ぼくは情報担当だから、前線に出るのは久しぶりだよ」そう語る奏多くんはシンプルで上品なデザインのナイフを握っている。

「奏多くんのスキルは、支援向きですからねー」西園寺くんは拳銃をもっている。現代的な見た目じゃなくて、歴史物に出てきそうなやつ。

「優也君のスキルも搦め手でしょ」

 何か言わないと、そう思ったけど別の方向から声がした。

「ああ、みんな揃ったみたいだな」

 レオさんだ。彼が現れると自然と会議が始まる。彼はいつもの通り穏やかに話す。

「まず、今の状況を説明しよう。敵の狙いは桃花さんだ。桃花さんを帰還させることが第一の目標だ」

「そして、敵は青緑神社に潜む大悪魔だ。コイツも倒す」

 レオさんがそう告げると場の空気がピリッと張り詰めた。

「あの大悪魔はそこそこ有能らしいな。もうオレたちを囲んでいる」アスカくんが静かに告げた。

「これは下級の群れだな。戦力の計算はできなかったらしい」朱島くんが余裕の声でいう。

 と、同時にみんなが瞬時に跳ぶ。わたしを守護するように円陣を張った。

 怪物の群れが押し寄せてくる。う、見た目からゾクっとする。

 みんな武器と魔法らしいものを駆使して怪物を倒していく。

「うわっと!」わたしの正面に立った翼くんが敵の攻撃で転がる。追撃しようとする怪物をアスカくんが遮る。

「よし、オレが桃花をガードするから、お前たちは雑魚どもに攻勢をかけろ」

 アスカくんがわたしのそばに立つと同時に大きな怪物が突っ込んできた。

 こ、これは、明らかにボス格だ。

 剣を構えて前に立つアスカくん、顔をこちらに向ける。

「桃花、今度は君を犠牲にはしない。君がそれを望んだとしてもな」

 う、うん。

「その少女は、我らの主の脅威だからな」え? 何を言っているの? この怪物。

「だから、消し去ってやるのだ」

 怪物の声に合わせるように、アスカくんは剣を構えなおす。

「残念だったな、オレは一撃でお前を倒せるぜ」

 ……宣言通りだった。

 アスカくんが敵を倒した時には、みんなも敵を全滅させていた。ボスが倒れた所には、大きな宝石が残されていた。アスカくんはそれを拾い上げる。

「この魔石は……!」

 怪物の群れを撃退した後、わたしたちは話を始める。わたしを中心にした円陣で。

「桃花は連中の主の脅威らしい」

「桃花ちゃんにそんな力が?」

 驚く翼くんの隣で、奏多くんが考えながら口を開く。

「特定の存在や力に大きな影響を与える特異体質、みたいなものかな?」

 わかったようなわからないような。

「みんな、ボスがコイツを残していった」アスカくんは魔石を披露した。

 するとみんな沈黙した。

「俺たちの目的は、大悪魔の打倒でもある。桃花がその力になるなら、戦いに参加してもらうという選択肢がある。しかし、君には戦う力がないから無理にはできないな」

 わたしでも判断ができないよ。よく知らないし。

「俺たちが守りつつ進む必要がある。それが可能かどうか、もう少し情報を集めるか」

「レオ会長、その必要はないみたいだ。敵の第二派がやってくる」

 アスカくんは上空を見上げる。わたしは何も感じないけど。だけどみんなには分かるみたいだ、わたしにも説明してほしいな。

「どうやら答えは出ているみたいだ」アスカくんは手に持った魔石に力を込めた。ピカピカ輝きだすソレをわたしに投げてくる。するとわたしの体が光に包まれる。

 わたしは直感的に理解した、これは元の世界に帰還する魔法だ。

「心配するな、後からオレたちも揃って帰還する」

 直後、強い衝撃が走って目を閉じた。

 目を開けると学園の校庭だった。部活中の生徒が駆けまわっている。

 平凡な春休みの日々が始まる。

「はあ~」こんなに憂鬱な春休みは初めてだ。

 アスカくんが憂いの顔で見渡してなくて、翼くんが輝きながら駆けまわってなくて、奏多くんが静かに本を読んでなくて、西園寺くんが話を聞いてまわってなくて、レオさんが見守ってなくて、朱島くんが何人分もの仕事をさばいていない学園は切ない。

 わたしは今、生徒会室にいる。生徒会役員が誰もいないので、わたしが最低限の仕事をこなす代理役を志願した。

 バタン、とドアが開いた音。振り返ると、一番そうであってほしい来訪者たちだった。

「桃花、宣言通りに帰ってきたぞ。オレたちは」

「うわぁ!」わたしは彼らに駆けて行った。

 みんな、厳しい戦いから帰還したことが見ただけで分かる。

「西園寺くん、トレードマークの帽子が……」

「いえいえ、心配はないですよ。この帽子はいくつもありますから」

 万年筆で帽子をトントン叩く。

「奏多くん、今まで以上に強くて優しい目をしているね」

「そう? まあぼくも少しは成長したのかな」

 くすっと笑う。

「朱島くん、よく見ると傷だらけだよ」

「心配ないぜ、傷痕は残らないからな」

 得意げな顔だ。

「レオさん、オーラが増してます!」

「ありがとな。まあ、これから生徒会の仕事をこなさないといけないから、やる気が出てるのか」

 いつもと変わらない。

「翼くん、きみのいない学園は寂しいよ」

「ボクもだよ。学園のみんなと会えないのはね」

 全身で喜びを表現する。

「アスカくん……言いたいことがたくさんあるのに、言葉がでない」

「無理もないさ。キミも辛い日々だったんだろうから」

 ああ、わたしはこの人たちにヒロインにしてもらってたんだ。

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