プロローグ
これは物凄くありふれていて、それこそ現実世界にも創作世界にもありふれた話だけど、それだけありふれていてもやはり僕にとってはそれこそ彗星が日本に落っこちて男女の精神が入れ替わってしまうくらいありえない話だったから、少しくらいは書き留めておこうと思う。
彼女は空から降ってきた。正確には月からだ。夜、さくら舞う春の井之頭公園で煙草をくゆらせていた僕の前に古のお姫様を名乗る彼女は姿を見せた。名を「かぐや」という彼女は確かにその名に違わぬくらい美しかったし、静謐とした佇まいは高名な庭園を思わせたけど、初めは信じていなかった。
けどそれから一年、かぐやと過ごした今なら確かに言える。
上野のガード下の屋台で焼き鳥を貪る姿に威厳なんてなかった。僕の部屋で僕のYシャツを着て、それでいてゲームで台パンしてる姿に優美さなんてなかった。横浜の花火大会で綿あめを口の端に付けてるのは子供っぽかった。それに、キスをした時は随分と歳をいっているはずなのに初心な感じで可愛かった。
かぐやは月から降ってきたのと、原宿辺りを歩いたら周囲の視線を一身に集めるほど美人なのを除けば、世間知らずな普通の女の子だった。
だけど僕は初対面から確信していた。
彼女はまごう事なき。伝承に伝わるかぐや姫だと。
だってかぐやは地上に降り立った時第一声こういった。
「私をどこかにつれてって」
これはつまらない話だ。
だってそうだろう。平安時代から語り継がれている物語の続編なんて、誰も欲してない。手垢にまみれているし、この話はノンフィクションだけど本、当に美しいフィクションの続編は様々な才人によって造られている。だからこの話は全然、蛇足なんだと思う。これからの話だって、実際僕の日記帳から適当にかぐやとの日々を抜粋して、かろうじてストーリー的な物にしようという、大学三年春休みに暇つぶしとして己に課した宿題みたいなものだし、そこに文才とか情緒とかいうものを期待してはいけない。
なんせ、かぐやと出会ってから大学にはほとんど行ってないし、レポートなんていう単語すら見かけなくなって久しい。受験のためにつけていた知識なんて、とうに消えた。
だからとても拙い。だから読む必要なんてないし、誰に読ませるつもりもない。結局、これは僕の僕による僕のための備忘録だ。
作者は――本家にならって不詳にしておこう。
もとより、僕の名なんてかぐやに比べたらありふれてつまらない名前だ。それに備忘録に実名は必要ないからね。
さて、夜の井の頭公園で出会った僕とかぐやだったけど、はじめはどうにもギクシャクしていた。それもそのはずで、僕は彼女と出会った晩、恋人の浮気現場に遭遇したばっかで機嫌が悪かったし、かぐやは「どこかに連れてって」という割に目的地はいないし、そのうえ現代では誰も着てない十二単なんてけったいな物を着てたから動きづらいしで、散々だった。
まずは四月十二日、満月輝くあの日、星すら恥じらう午前二時に時を戻そう。今から一年前、陰険小男による昔話の再演だ。