9.独創性がないな、と……
昼食もアンナが呼びにきたが、「もうお許しください、キッチンに戻りますとわたしが泣いていたと伝えてくれない?」とお願いするとなんとも言えない顔つきになったあとマルグリットを置いて立ち去った。
しばらく待ったがふたたびの迎えはなかったので、ユミラ夫人も納得してくれたと思うことにした。
ユミラは対面せずにマルグリットを追い詰めることに決めたようだ。
「聞いていますか!? あなたはこの家にふさわしくない!! ド・ブロイ家は歴史あるお家柄です。その起源は王国建国のきっかけとなった白百合の合戦までさかのぼり――」
アンナがテーブルを叩く音と怒声とが激しくなった。
(いびられている……けれど、食事をとらせてくれるあたり、やさしいわ)
痩せ細ってしまっては晩餐会などに出席した際に王家に不仲が露見すると案じてのことなのだろうが、王家の命令を守ろうとしている時点でマルグリットの安全は保証される。
ユミラに対面したマルグリットには、怒鳴り声と騒音が彼女らの精いっぱいの示威行動なのだとわかってしまった。
そのため、いくらテーブルをバンバンされても、
(毛を逆立てている子猫ちゃんみたいだわ~……)
と、ついほんわかしてしまうのだった。
食事を終えて部屋に戻るとドレスや靴がなくなっていた。
隠されたのか、捨てられたのか。どちらにせよ、マルグリットの部屋に忍び込んだ誰かは、あまりの物持ちの少なさに困惑したことだろう。
唯一のアクセサリーである珊瑚のペンダントは普段からマルグリットが肌身離さずつけているから、なにをとりあげれば嫌がらせになるのかわからなかったに違いない。
マルグリットにとってペンダントの次に大切な本は、意味がないと思われたのか、そのまま残されていた。
(本を置いていってくれたのは幸いだったわ。これは図書室に置いておきましょう)
ド・ブロイ家の蔵書に紛れ込ませておけば、損なうことはできないだろう。
(さて、ドレスや靴をさがさなければならないわね)
今度こそ必死にさがし、見つからずに悲しみ、うらぶれてみせようとマルグリットは思った。
しばらくしてマルグリットは、一応ユミラの意に添えたことを知った。
北の離れから母屋へ顔を出した彼女を、待ち構えていた使用人たちが寄ってたかって貶めてきたからである。
「まあ、なんてひどい姿なの! どこかの物乞いかと思いましたわ」
「こんななりでよくド・ブロイ家に嫁げたものだな」
「わたしなら恥ずかしくて死んでしまうわ」
「せめてお綺麗にしてさしあげましてよ!」
どんっと突き飛ばされた。ついで、バシャーン!と頭から水がぶちまけられる。
マルグリットがその場にうずくまり、鼻をすすり始めると、笑い声をあげながら使用人たちは立ち去っていった。
「……」
彼らの声が聞こえなくなったことを確認するとマルグリットは真顔に戻った。
もちろん、まったく傷ついたりはしていない。
(及第点ではあるけれど、あともうひと息……っ)
ぐっと唇を引き結んで声に出ないようにしながら、マルグリットは眉を寄せる。
(まず、水が、泥水じゃないっ! ただの真水! 冷たいけどふるえるほどじゃない! 熱湯でもない! 中途半端、すべてが中途半端……っ! 嫌がらせのあとは立ち去るんじゃなくてその場にいて追い打ちをかけないと!)
おそらく彼らは巷の小説の真似をしたのだろう。マルグリットが図書室で読んだ本にも似たようなシーンがあった。お屋敷に働きに出た美しいメイドがこのような嫌がらせを受け、一人でシクシク泣くのである。
だが一人にされたということはこれ以上の嫌がらせは続かないことを示しており、マルグリットのような上級者(?)にとっては憩いの時間だった。
拳を握り、ぶるぶる震えながら廊下の隅にうずくまっているマルグリットは哀れな娘に見えただろう。実際の心の声は真逆だったが。
「こんなところで何をしている?」
かけられた声にマルグリットは顔をあげた。
見れば廊下のむこうからルシアンが歩んでくる。
ルシアンはマルグリットのそばまできて、彼女とその周囲がびしょ濡れであることに気づき、秀麗な顔をしかめた。
「なんだその姿は」
「いえ……」
「母上の命か?」
「……」
たぶん、と言いたいところだがわからない。黙り込むマルグリットの態度はルシアンの目には怯えと映った。
「母上を挑発するからだ。己の愚かさを思い知ったか。……なにか、言いたいことがあるなら言え」
「独創性がないな、と……」
「は?」
「いえ、なんでもございません。わたしの態度が悪かったのだと思っております」
「……そうか」
「どうしたら皆様のお気に障らないようにできるのか、考えているのですが……」
マルグリットは眉をさげる。
「晩餐会だ」
「え?」
「一週間後、母上がこの屋敷で晩餐会をひらく。王家の方々も訪れる予定だ。その場でうまくふるまえば母上の気もしずまるかもしれん。できると言っただろう?」
「はい」
マルグリットは頷いた。おそらく王家の命令を守っていることを見せるための晩餐会なのだ。ルシアンの妻として問題のない行動がとれれば、ユミラにも認めてもらえるかもしれない。
同時に、ユミラの怒りの理由もわかった。晩餐会の準備は女主人の仕事。ユミラはいま多忙でストレスを抱えているのだろう。それをマルグリットにぶつけたかったのだ。
「ドレスや装飾品はこちらで用意する。さすがにその格好では晩餐会に出せないからな」
「教えていただきありがとうございます。ルシアン様」
先のことも、ユミラの内情も知ることができた。
マルグリットの表情がぱっとほころぶ。
「やっぱりルシアン様は、やさしいお方ですね」
「……!」
息を呑んだルシアンは、礼に応えることもなく踵を返すと、さっさと歩み去ってしまった。
その頬がわずかに赤く染まっていたことを、マルグリットは知らない。
(そうと決まれば、少しでもお義母様のストレス解消に役立ちたいわ……!)
いつもどおり、明後日の方向に決意を固めていた。
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