番外編①-3.結婚してください
情熱的な薔薇の花で飾られた室内を、ニコラスはそわそわと歩きまわっていた。
予定より一時間も早く、緊張を顔いっぱいに表して現れた侯爵令息を、馴染みのシェフはぽかんとした顔で迎え、「まあ、ニコラス坊ちゃんがそんな顔をなさる日がくるなんて」と呟いた。
少しでも大人びて見えるようにと、髪型はいつもと変えて後ろに撫でつけた。ジャケットもこの日のために仕立てたものだ。
指先は何度もポケットの中の小箱を探ってしまう。
受けとってもらえなかったら、ディナーをする気分にはなれそうもない。けれど、なにくわぬ顔で先に食事をすませることもできそうにない。
父からの了承を取り付けたニコラスは、シャロンへ一通の招待状を送った。
それがプロポーズの舞台となることはシャロンも気づいているはずだ。
諾の返事をもらったときは飛びあがりそうになった。
「ミュレーズ様のご到着です」
案内の者の声にニコラスは慌てて戸口へと駆けより、目を見張った。
シャロンもまた、この日のために仕立てたのだろうドレスを身につけ、髪をアップにまとめた艶やかな装いをしていた。
「……きれいです」
挨拶もそこそこに思わず漏れた台詞にシャロンが頬を染める。その表情に胸が締めつけられるようで、ニコラスの頬も赤くなった。
ルシアンは、思わず本音がこぼれてしまったと言っていた。その気持ちが今のニコラスにはよくわかった。
こうして自分を意識してくれるシャロンが、愛おしくて仕方がない。
まずはドリンクで互いに気持ちを落ち着けようだとか、そうしたらあらためて失言を謝ろうだとか、色々と考えていた段どりはすべて吹き飛んでしまった。
この想いを隠しておけというほうが無理というもの。
手をとり、テーブルではなくソファへシャロンを導くと、ニコラスは膝をついた。
驚きを浮かべるシャロンの前に、小箱がさしだされる。
クッションとサテンの敷かれた小箱の中に燦然と光るのは、ダイヤモンドの指輪だ。
「シャロン嬢。俺と結婚してください」
言うべきことはこれだけだったのだとニコラスは思った。ニコラスの名とシャロンの名、気持ちを伝えるのに必要なのはたったそれだけ。
シャロンにもその想いは伝わった。
潤んだ目が細められる。口元は花がほころぶようにゆるみ、まぶたの奥で潤んだ瞳がきらきらと輝いた。
「はい……!」
震えそうになる指でシャロンの薬指に指輪を通すと、ニコラスはその身体を思いきり抱きしめた。