48.あたしたち、姉妹でしょう……?
「あ……あ、あたし……」
ノエルは笑顔を崩さない。だが、それはイサベラを受け入れるための親愛の情を表すものではなく、拒絶の壁だった。
「ひ……っ」
イサベラの喉から潰れた悲鳴が迸る。
ドレスが汚れるのもかまわず床に身を伏せ、イサベラはノエルの足元に縋った。
「申し訳ありません!! あたし、あたし……本当にお姉様を心配していたんですの、あたしの代わりに嫁いでいった姉を……罪悪感で、すべてが悪いように見えていたのですわ。姉とルシアン様が愛しあっていたなんて知らなかったのです。反省します。だからどうか……!」
「イサベラ嬢」
ノエルの声は冷たかった。
ぞくりと背すじに寒気が走る。
「ぼくに嘘を重ねれば、それだけ罪は重くなるよ」
「……!!」
顔をあげることもできないまま、イサベラは最後通牒のような言葉を聞いた。
「ルシアン様!」
イサベラの手が、ルシアンの靴にのびる。
「おわかりでしょう? あなただって最初は姉が憎かったはずです。敵なのですもの! あたしが勘違いしても仕方がないと思いませんか」
(あなただって、だと……)
厚顔無恥な物言いに、ルシアンの身の内に怒りが滾る。
マルグリットに詰られるのならば甘んじて受け入れよう。お前も妹と同類だったではないかと言われるのなら、ルシアンに言い返す権利はない。
だが――。
「俺とお前を同列に語るな。その顔を踏みつけてやりたくなる」
殺気すら滲ませて自分を見下ろすルシアンに、イサベラは彼の怒りの深さを悟った。
「た、助けて、お姉様……っ!!」
「!」
もうこの場に縋れる相手はマルグリットしかいない。
ぼろぼろと涙をこぼし、乱れた髪が床に落ちるのもかまわず、イサベラは涙声で懇願する。
「お姉様、あたし、反省するわ。あたしが悪かったわ。だから許してちょうだい。ね? お姉様が言ってくだされば、ノエル様もルシアン様もあたしを許してくださるわ……!」
「イサベラ……」
青ざめたマルグリットの目からも透明な雫がこぼれ落ちた。
涙を拭うこともできず、マルグリットは呆然とイサベラを見つめる。
あの高慢な妹が、いつでも自分の美しさを誇っていた妹が、哀れな姿で床に額をこすりつけている。
(でも――自分のことばかりなのね)
イサベラの言葉には、マルグリットを傷つけたことに対する謝罪は一切ない。ルシアンにもそうだ。
あるのはひたすらの保身と憐れみを誘う言葉ばかり。
「お姉様! ねえ、お姉様……あたしたち、姉妹でしょう……?」
スカートの裾をつかまれ、マルグリットは身体をこわばらせた。
振り払うことのできない姉に、イサベラは期待に満ちた視線を向ける。ひきつった笑いが追い詰められたイサベラの心情を示していた。
「お姉様……あたしを助けて……許すと言って」
(イサベラにはもう、わたししかいないのだわ。わたしが強く言わなかったせいで……わたしは幸せになってしまったのに、わたしのせいでイサベラは――)
突然、目の前が暗くなった。
イサベラの歪んだほほえみが隠される。そのまま背後に引き寄せられ、身体が大きなものに包まれた。
「もういい」
耳元で聞こえてきたのはルシアンの声。
マルグリットの視界を塞いだのは、ルシアンの手。
「もういい、もう見るな。もう聞くな。あの家のことは君になんの関係もないんだ」
(いえ――いえ、ルシアン様、イサベラはわたしの――)
「お前はド・ブロイ家の――俺の妻だ、マルグリット」
ルシアンの腕に力がこもる。抵抗できずに抱き寄せられ、スカートにかかっていた重みは消えた。
「……結論が出たみたいだね。連れていけ」
「いやあああ……っ!!」
従者たちがイサベラを拘束し、マルグリットからひき離す。
「詳細は後日あらためて。ご協力に感謝するよ」
「いえ。見送りもできず無礼をいたします」
「気にしないで。マルグリット嬢を十分にいたわってあげてくれ」
上機嫌なノエルの声と、硬いルシアンの声が交わされ、それっきり部屋には静寂が訪れた。
すべては手際よく進められたらしかった。
ようやくマルグリットが気持ちを落ち着け、ゆっくりとルシアンから離れたときには、ノエルも彼の従者も、そしてもちろんイサベラも、気配すらなくなっていた。






