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47.愛の誓い

「――!?」

 

 呆然としているうちにルシアンは身を離す。

 マルグリットは慌てて口元を押さえた。まだルシアンの唇の感触が残っている気がする。それに、抱きしめられた腕の力強さも。

 

「ルシアン……様……?」

「証人になってください、殿下」

 

 状況についていけないマルグリットの隣で、ルシアンはノエルへと揺るぎない視線をむける。

 

「俺はマルグリットを永遠とわに愛すると誓います」

 

 紡がれたのは、婚礼の式の場でもされなかった、愛の誓い。

 

「待ってください! これはわたしの家のこと、わたしの責任です。ルシアン様にご迷惑をかけるわけには――」

「マルグリット」

 

 鋭く名を呼ばれ、びくりと身体が震えた。

 声色に滾るのは怒りだ。ルシアンを怒らせてしまった。だから――だから、責任は自分が負いたいと思うのに。

 

 怒っているはずのルシアンは、マルグリットを抱きしめる。

 

「俺は君の夫だ。泣く妻をあんな家に帰せるか」

「ルシアン様……」

「それとも君は、俺が嫌いか? この家が嫌いで、出ていきたいか」

 

 突き放すような言葉がつらくてマルグリットは眉を寄せた。

 我慢しなければならないというのに、ふたたび目からは涙がこぼれ落ちる。

 

「離縁したいのなら、そうだと言え。だが俺は……君のことが好きなんだ」

「!」

 

 眉を寄せ、顔を赤らめ、唇をひき結んで。

 まるで怒ったような表情でルシアンは告げる。

 

(――ああ、わたし、このお顔を何度も見てきたわ)

 

 ようやくマルグリットにもわかった。

 ルシアンがやさしかった理由。マルグリットを大切に扱ってくれた理由。

 

 涙はあふれて止まらなかった。

 

(ルシアン様は何度もわたしに寄り添おうとしてくださったんだわ。なのに、わたしはなんて馬鹿だったんだろう)

 

 愛されなくてもいいと思っていたつもりだった。

 嫌われたとしても、これまでの扱いに比べればよいと、自分を納得させていた。

 最初は本心からだったはずのその言い訳は、いつの間にか自分の臆病さを隠す盾になっていた。

 

 育っていく気持ちに蓋をして、見ないふりをして。

 けれど心にかけていた鍵を、ルシアンが壊してくれた。

 

「わたしも……! わたしも、ルシアン様といたいです」

 

 あの家には、あの悲惨な生活には戻りたくない。

 

 泣き濡れるマルグリットの肩を抱き、ルシアンは涙を拭ってやった。

 

「……ノエル殿下。これが我々の偽りない姿です。どうか公平な判断を」

「つまり、二人は愛し合っていると」

「はい」

 

 ノエルはあいかわらず笑みをたたえたまま、その内心はさぐることができない。

 ルシアンはそんなノエルを睨みつけるように対峙した。

 深海色の瞳には、マルグリットを奪われるくらいならどこまでも戦うという決意が込められている。

 

 ――が。

 

「なんなのよ、また自分ばっかり悲劇ぶっちゃって……」

 

 白けた声を出したのは、ノエルの隣に立つイサベラだった。

 ノエルの腕をとり、甘えるように顔を覗き込むと、イサベラは呆れたように笑う。

 

「ノエル様。以前の夜会でもこの二人は同じようなことを言っておりましたのよ。でもそんなの罰を逃れるための安っぽい芝居にすぎませんわ」

「そうか、以前にも」

「ええ、俺の愛する妻とか言っちゃって――」

 

 ぴたりとイサベラは動きを止めた。

 見上げるノエルは変わらぬ笑顔を浮かべているように見えて、その目はぞっとするほどに冷たい。

 自分の見間違いではないのかと目を瞬かせてみても、背すじを駆けのぼる悪寒は止まらない。

 

「君は彼らのあいだに愛情があることを知っていた。知っていて、ド・ブロイ家からマルグリット嬢への悪行をぼくに訴えてきた、と」

「あ……いえ、それは……」

 

 イサベラは口元を押さえた。いまさらに失言を悟るが、もう遅く。

 

 ルシアンとマルグリットの涙ながらの訴えは、彼女には退屈な芝居の序幕と同じ。むしろそれが終わってからの、ノエルが告げる彼らへの処罰が本番だった。

 苛々と終わりを待つうちに、飽きっぽく、配慮の足りないイサベラは、自分が演じるべき役割すら忘れてしまったのだった。

 ノエルはゆるやかに目を細めた。

 

「君は虚偽の訴えをしたということになるね? イサベラ嬢」

 

 イサベラの表情が凍りついた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 罠というより、ただただイザベラが自滅したという感じでしょうか。 流石に、ノエルや王妃はこんなおそまつな自滅無しでもイザベラを罠に嵌める用意はできいたと信じたいですね。
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