43.花はいつ咲く?
マルグリットから自作刺繍入りのタペストリーを贈られ、思わず漏らした本音で互いに赤面してから、一週間。
ルシアンは焦れていた。
(もう限界だ。無理にでも告白しよう)
据わった目でそんなことを考えているルシアンに、マロンが「シャーッ」と威嚇の声をあげる。
先週、マルグリットからのタペストリーを自慢しつつ経緯を語り意見を求めたところ、ニコラスはルシアンの手を握り、
「そういうのでいいんだよ! やればできるじゃないか!」
と褒めてくれた。
「君はとにかく言葉を増やしたほうがいい。主語を自分にしろ。自分の思うことを素直に言え」
それがどんなに難しいことかは、ニコラスにもわかっている。
長らくユミラの言われたとおりに行動してきたルシアンには、自分というものがなかった。どうしても欲しいもの、譲れないもの、そんな感情は公爵位や領地経営には必要のないもの。
マルグリットへの恋心を自覚して初めて、ルシアンは自分の中にもそういった欲求があるのだと知った。 一方で、慣れない感情はときおり、爆発しそうなほど膨れあがることもある。クラヴェル家の夜会で、時間を置かなければ冷静に話すらできそうになかったときのように。
「……隠しておいたほうがいいのではないか、こんなものは……」
「今さら何言ってんだ君は。……あ、ごめん」
思わず出てしまった言葉に口元を押さえながら、ニコラスは言った。
「マルグリット嬢にだけだ。それならいいだろ? 素直になれ」
今、ルシアンはその言葉を思い出していた。
タペストリーを手渡されたあの日、素直な気持ちを口にした結果、ルシアンは手応えを得た。
マルグリットに嫌われてはいない――という、ニコラスに言わせればあまりにも今さらすぎる確信を。
だから今回も、ニコラスの言うことはきっと正しい。
だが、一週間がたって落ち着いたルシアンに対して、マルグリットは相かわらずで、ルシアンの顔を見るたびに頬を赤らめて逃げてしまう。
(かわいらしい)
これまでとは違う態度にそう思い、自分にそんな感情があったのかとまた驚く。
おまけに、どうやら顔は勝手にほほえんでしまっているらしく、目が合ったマルグリットがまた顔を赤くする。
正直に言って、こんな表情を自分以外に見せてほしくないと思うほどにかわいらしかった。
(……伝えたい)
その願いは膨らんでゆき、ついに抑えきれなくなる。
*
一方で、マルグリットは。
(ルシアン様の前に出ると、挙動不審になってしまうわ……)
自室で頭を抱えていた。
少し離れたところではアンナが明日着るドレスのチェックをしている。
悔しいけれど、マルグリットには敵わないと知った。ルシアンも自分の気持ちを伝えることに決めたようだ。
マルグリットに言われたように、いまのアンナの気持ちは、(ルシアン様がふさわしい相手と結ばれるのを見守っていこう……)というものである。
マルグリットだってしばらく照れて挙動不審になったあとは、ルシアンの愛を受け入れるだろうと、アンナは楽観的に考えていた。
「――マルグリット様?」
ふと顔をあげて、マルグリットの様子がおかしいことにアンナは気づく。
「マルグリット様、どうされたのですか!?」
「アンナ……」
マルグリットは血の気の引いた顔で、弱々しいほほえみを浮かべた。
「……変よね。とっても幸せよ。幸せなはずなのに……」
――お姉様は家じゅうの者から嫌われて、誰にも愛されずに生きてゆくのよ!
マルグリットの耳に、イサベラの言葉がこだまする。
愛されたいとは願っていなかった。実家よりに比べれば平穏といえる環境で、ちまちまとした嫌がらせを受けながら生活が保証されていればそれで十分だった。
それが、豪勢な部屋と衣装を与えられ、義両親とも笑顔で食卓を囲むことができるようになった。
なにより夫はマルグリットを尊重し、願いを叶えてくれようとする。
「わたしばっかりこんなに幸せじゃあ、罰を受けるんじゃないかという気がするの……」
すべてがマルグリットを祝福するかのように動いている。
幸せすぎて、急に怖くなったのだ。
マルグリットからすれば、今の環境は突然与えられたもの。
自分の力で手に入れたとはとても思えない。
「やっぱりわたしでは、ド・ブロイ公爵夫人なんてつりあわないわ。そんなことを考えてしまって」
「マルグリット様……」
今さらながらにアンナはクラヴェル家の呪いの根深さを知った。
アンナが垣間見たのは、晩餐会でのクラヴェル家の人々と、先日ノエル王子の威光を笠にマルグリットの部屋にまで入り込んできたイサベラの態度だけ。
でもそれだけでも、マルグリットがどれほどの悪意を浴びて育ってきたのかは十分にわかった。
アンナの目から、ぽろぽろと涙がこぼれる。






