40.恋の若葉(中編)
時間は少し遡り、ルシアンがマロンと部屋を歩きまわっていた頃――。
「できたわ……!」
図書室のテーブルで、マルグリットは両手で布を掲げ、しげしげとそれを眺めた。
「うん、我ながらいい出来」
ふんだんに使った青い糸は、染料に銀が混ざっており、きらきらと輝いて美しい。シャロンが伯爵家お抱えの商会の伝手を使って手に入れてくれたものだった。
図案はマルグリットが考えた。色の表現も図鑑や絵画集を参考にしたくて、図書室にこもりっぱなしだ。
(ルシアン様がいらっしゃったときには驚いたけれど、どうにか秘密にできたわ)
布をたたんで包みに入れ、リボンをかけると、道具を片付ける。
(ルシアン様はよろこんでくださるかしら……?)
正直、自作のプレゼントだなんて、失礼ではないかとマルグリットは思ったのだが、
「手作り、手作りよ! マルグリットが一番好きなもの。それがルシアン様にわかっていただけるようなものよ」
シャロンはそう断言した。
なんにしろ、誰かにものを贈るなんて初めてのことだ。奪われることはあっても、自分から、ということはなかった。
(わたしのものなんて価値がないのでは……)
そう思うのだが、シャロンに言わせるとそれも違うらしい。
「マルグリット、あなたはなんでも自分を卑下しすぎよ。自分に自信を持て、とは言わないわ。まずは……」
シャロンの助言を胸にえがき、マルグリットは思考を切り替えた。
ルシアンのことを考えながらすごしたこの数週間は、とても楽しかった。嫁いできてからのルシアンとの思い出を、ひと針ひと針に込めたつもりだ。
(受けとってくださるといいな)
頬を染め、気分を弾ませながら、マルグリットはルシアンの部屋へと向かった。
*
「――で、なんの用だ」
話は戻って、現在、マルグリットはいつにも増して不機嫌そうなルシアンと対面していた。
ルシアンの腕の中にはマロン。
ドアを開けたくなかったはずだとマルグリットは納得した。自分から部屋に入ってきたと言っていた。マロンはついにルシアンになついたのだろう。貴重な時間を、マルグリットが奪ってしまった。
「申し訳ございません、せっかくのマロンとの時間を」
言った瞬間、マロンはルシアンの腕を蹴って飛びだすと、マルグリットのドレスにしがみつく。
「にゃあああん!」
「マロン!?」
慌てて抱えたので爪を立てられることはなかったが、ルシアンは空っぽになった腕をまだ猫の形に構えて呆然と立っている。
マロンとルシアンの時間が、終わってしまった。
「も、申し訳ございません!」
マロンをルシアンに帰そうとするのだが、腕にしがみついて離れようとしない。意地のような「ゴロゴロゴロゴロ……」という喉鳴りの音が部屋に響く。
あたふたとマロンを抱えるマルグリットを、ルシアンはしばらく幽鬼のような目つきで眺めていたが、首を振った。
「いや、小細工を弄するなということだろう」
「?」
「それで、用件はなんだ」
首をかしげるマルグリットにルシアンは再度同じ質問をする。
「そうでした。不要なお時間を申し訳ございません」
(ずっと謝らせてしまっているな)
(やっぱりわたしのせいで怒っていらっしゃるのだわ)
あいかわらず、ふたりの想いは食い違う。
眉を寄せているルシアンを見上げ、マルグリットはマロンを抱く腕に力を込めた。
ルシアンに喜んでもらおうなんておこがましいのかもしれない――そう考えると、胸は塞がったように重くなる。
(いえ、余計なことを考えてはだめよ)
これ以上ルシアンに無駄な時間を過ごさせてはならないと、マルグリットはリボンをかけた包みをさしだした。
「これを、ルシアン様に」
「……!?」
ルシアンは目を見開いた。そのくらい、信じられなかったのだ。
おそるおそると受けとり、リボンの真紅に目を細める。
(彼女が俺に贈りものを……!? いや、まて、浮かれるのは尚早だ。贈りものとは限らないのだし、贈りものだとしても好意だとは限らない。俺の与えたものに対する形式的な返礼の可能性が……)
身体じゅうを満たす喜びのあとにブレーキをかける思考がめぐっていき、ルシアンははたと気づいた。
(……彼女もこんな気持ちだったのか)
ルシアンから物を贈られるたび、彼女に生まれていたのは困惑だったのかもしれない。
「……開けてみても?」
「はい」
マロンを抱いたマルグリットは緊張した面持ちで、リボンを解くルシアンの手元を見つめている。
とりだした布をひらいて、ルシアンはふたたび目を見張った。
「タペストリーなのですが」
照れたように言うマルグリット。
縁どりのされた布には、煌めく蒼糸で図案化された波紋が縫いとられていた。その狭間で遊ぶのは様々な海の生物たち。彼らといっしょに、楽しげに泳ぐのは――マロン。
マルグリットの腕の中から、マロンも興味ぶかそうに覗き込んでいる。
だが、ルシアンは無言だ。
(ルシアン様、反応がないわ……!?)
心配するマルグリットへ、ルシアンは顔をあげ――。
「……ありがとう」
その表情に険はなかった。
急に真っ赤になってしまったルシアンが、なぜかものすごく照れたような……はにかんだような笑顔を浮かべているのを見て、マルグリットの顔も赤くなる。
「そ、その、たくさん贈りものをいただいたのですが、わたしからはお返しをすることができませんでしたから……」
わたわたと言い訳めいたことを告げる口を、マルグリットはふとつぐむ。
違った。
自分が言いたいのは、そんなことではなくて。
「ルシアン様に喜んでいただきたくて、わたしの好きなものを、一番得意なことで表現してみたのです」
「……ああ、嬉しい。とてもいいものだと思う」
「……!」
まっすぐなルシアンの言葉に、マルグリットは驚いた。
シャロンから言われたときも、本当にこんなことがルシアンを喜ばせるのかと半信半疑でもあったのだ。
だが、ルシアンからしてみれば、マルグリット自身の情報は、なによりも知りたかったこと。
図書室での態度の理由もわかった。
怖がられていたのではなく、これを秘密にしておきたかったのだ。






