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39.恋の若葉(前編)

 図書室での一件は、ルシアンの心に相応のダメージを与えた。

 あれほど楽しそうにしていた趣味の時間を、マルグリットはルシアンが入ってきた途端に中断し、彼から隠した。

 

(……叱られると思ったのだろうか)

 

 以前のド・ブロイ家の者たちは、マルグリットの行動すべてに非難を浴びせてきた。その行動が悪いからではなく、彼女がするからという理由で。

 

(結局のところ、俺たちだってクラヴェル家の者たちと同じだ)

 

 イサベラの態度を思い出しルシアンは拳を握る。その怒りはそのまま自らへとむけられた。

 ド・ブロイ家にきたマルグリットが酷い仕打ちを受けても平然としていられたのは、それがすでに実家で彼女に対して行われてきたことだったからだ。

 嫁いだ先でも同じことの繰り返しで、これまで気丈にふるまってきた彼女が限界を迎えたとしてもおかしくない。

 

 マルグリットはよく笑顔を見せてくれた。そのたびに距離が縮まっていく気がして嬉しかった――なんて、自分の勝手な想像だったのかもしれない。

 

 そのうえルシアンから身勝手な告白を受けて、彼女がよろこぶはずがないではないか。

 

(自分の気持ちを押しつける前に、彼女の心を癒やさねば。ゆっくりと互いのことを知っていくのだ)

 

 ルシアンの反省は至極真っ当だったといえる。

 ただしそれは、マルグリットには当てはまらなかった。

 

   *

 

 数日後、マロンを腕に抱きながら、ルシアンは無言で室内を往復していた。

 といっても、マロンをあやしているわけでもなければ、運動をしているわけでもない。

 

 マルグリットは今日も図書室に閉じこもりっぱなしで、そこからひっぱりだす勇気はルシアンにはない。

 そうなると会えるのは食事の時間のみなのだが、近ごろではアルバンも食堂に顔をだし、あれこれとマルグリットに話しかける。今ではマルグリットの価値を理解したユミラも会話に参加するため、むしろルシアンとマルグリットの距離は広がっていた。

 

「ルシアンをよろしくね」

「いえ、そんな。わたしのほうこそ、ユミラお義母様のあとが務まるかどうか……」

「務まりますよ。わたくしが保証しますわ」

「……ありがとうございます」 

 

 照れたようにマルグリットが笑う。

 

「俺も――」

「こうして家族皆で揃って食事ができるのはマルグリットのおかげだ。本当にありがたい」

 

 自分も同意見だと言おうとしたルシアンよりも大きな声がそれを遮った。

 快活さを取り戻したアルバンの態度に少し恨めしいものを感じながら、それでもなにも言うこともできず、ルシアンは黙々と食事をした――。

 

 最近の様子は、こんなところだった。

 

(彼女に話しかけるには、図書室から戻ってくるところをつかまえるしかない)

 

 食堂でのタイミングを逃し続けているルシアンは、そう考えている。

 マルグリットがルシアンの部屋の前を通ったところで、「部屋に入り込んできたマロンを外に出してやろうとしたような顔」をしながら扉を開ける。

 それがルシアンの作戦だった。

 

 かすかな足音を聞き漏らすまいと、ルシアンの表情は険しく、唇は引き結ばれて無言だ。

 ルシアンを嫌っているマロンも、飼い主のあまりの真剣さに逃げ出そうとする気力を失ったらしく、おとなしく腕の中で抱かれている。

 

(……来た)

 

 聞き逃してしまいそうな小さな音だが、規則正しく床を蹴る靴の音がルシアンの耳に届く。

 足音は一直線にルシアンの部屋へ近づき、通りすぎて、マルグリットの部屋の前で立ち止まるはずだ。その瞬間を見計らってドアを開ける。

 

 片腕でマロンを抱き、片手をドアノブにかけ、ルシアンは待った。

 

(……? おかしい)

 

 いつでもドアを開けられる体勢のまま、ルシアンは眉を寄せる。

 足音が通りすぎないのだ。

 

 とはいえ、マルグリットが部屋の近くにいるのは確実である。

 

(様子がわからないが、外へ出よう)

 

 ルシアンがぐっとドアノブを握りなおした――。

 

 その瞬間だった。

 

 開けようとしていたドアから、コンコン、とノックの音がした。

 

「ルシアン様?」

 

「!?!?」

「フギャーッ!!」

 

 マルグリットの声に名を呼ばれ、今まさにドアを開こうとしていたルシアンは思わずマロンを抱きしめてしまう。突然の熱い抱擁にマロンは毛を逆立てて叫び声をあげた。手が出なかったのは、さすがに王家から贈られた猫といえる。

 

「な、なんだ?」

 

 上ずった声で尋ねてから、反応が早すぎたかとひやりとした。これではドアの前で待機していたのが悟られてしまうのでは。

 しかし答えるマルグリットの声は、少し沈んでいて。

 

「あの、少々よろしいでしょうか。お渡ししたいものが」

「!」

 

 顔を見ずに、ドア越しに対応する気だと思われたのだ。

 それに気づいたルシアンは、今度は大慌てでドアを開ける。

 

「すまない、マロンが、部屋に入ってきて……捕まえていたんだ」

「まあ、そうだったのですね」

 

 苦しすぎる言い訳にもマルグリットは納得したらしかった。

 ルシアンの腕の中で、抱かれすぎて毛に癖のついたマロンが、「うみゃ~~」と反論の声をあげた。

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― 新着の感想 ―
マルグリットに嫌われないように本能を抑える猫 ฅ(ↀㅅↀˆ) 王家の躾けがすげー
[一言] この回、何度読み返しても「マロン、頑張れ」と思います。 では。
[良い点] マロン、イイコ!(´;ω;`)
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