34.クラヴェル家の夜会
ド・ブロイ家での茶会を終えてすぐ、イサベラから夜会への招待状が届いた。
イサベラと親しい令息令嬢たちを呼び、お姉様とお義兄様にもお越しいただきたい、と招待状には記されていた。
実家へ行くとは約束した。
しかし夜会だとは聞いていない。マルグリットは日中にクラヴェル家へ戻り、領地の経営について確認するものだとばかり思っていた。
(それに、ルシアン様も……?)
迷惑をかけるのではないかと不安げに見上げたルシアンは、相かわらず不機嫌そうな顔をしていて、マルグリットと目が合うと顔をそむけてしまう。
その頬がほのかに色づいた。と思ったところで、
「もちろん、俺も行く」
眉を寄せたままルシアンはマルグリットに向き直った。
「君は俺の妻だ。……妻の家を訪ねるのは当然のことだ」
妻とはいえ、婚姻は政略上のものであり、実家は政敵同士なのである。
なんだか無理をしているようにも見えるのだが。
ルシアンがいてくれればマルグリットにとっては心強い。
「……では、お言葉に甘えさせていただきます」
嬉しそうにほほえむマルグリットに、ルシアンはまた頬を赤らめた。
***
夜会の夜、マルグリットはルシアンから贈られたドレスと髪飾りをつけ、ルシアンにエスコートされながら、数か月ぶりに実家クラヴェル家へと戻った。
(使用人が少なくなっている……?)
一目見て思ったのはそれだった。
馬車や馬の世話をする者や案内役の侍女たちがいない。ルシアンとマルグリットは馬車を降り、誰もいない玄関ホールを通って広間にむかった。こんなことはマルグリットが実家を訪れているからできることであって、本来ならば無礼に当たる。
広間の周囲ではメイドや下男たちが忙しそうに料理を運んでいた。
マルグリットが住んでいたときには夜会をひらくのに十分な数の使用人がいたはずなのに、どうしたことだろう。
状況を反映してか、屋敷の中もどこかうら寂しく、床の隅には汚れが目立つ。
(クラヴェル家の財政は思ったより悪くなっているのかも……)
ルシアンも同じ危惧を抱えているようで、二人は無言で顔を見合わせた。
そんな不安を無理やり払拭するかのように、広間では豪華な夜会が繰り広げられていた。
数十人の令息令嬢たちが思い思いに着飾り、酒を飲み、料理に舌鼓を打っている。
「あら、お姉様! いらしてくださったのね」
「イサベラ、案内の者がいなかったから、自分たちでここまで来たのよ」
「ああ、そうね。あとはお姉様たちだけになったので、まだかと思ってワインをとりに行かせてしまったの」
「領地について学ぶという話は……」
「いいのよ、今日は」
悪びれた様子もなくイサベラは言い放つと、「そんなことより」と背後の友人たちをふりむいた。
「みんな、ド・ブロイ家に嫁いだあたしのお姉様よ! こちらは次期公爵のルシアン様」
稚拙な紹介の仕方にルシアンが眉をひそめる。
次期公爵、と聞いて令嬢たちの中から黄色い声があがった。媚びを含む歓声は、妻であるマルグリットが隣に佇んでいることをわかっていないとしか思えなかった。
(こんなことではまともな方々はクラヴェル家との付き合いを遠慮してしまうわ……)
危惧どおり、夜会に集まった令息令嬢たちは、あまりよいとはいえない家柄だった。
紹介されたのは新興の下級貴族や豪商の娘たちなど。爵位だけで領地も持たず、礼儀やマナーを知らず、国の歴史も知らぬような者ばかり。
その理由はすぐに知れた。
「どう? あたしの家は公爵家とも親戚なのよ。この前なんて、第三王子のノエル様とも会ったんだから」
意気揚々としたイサベラの言葉に彼らは羨望のまなざしを向ける。
彼らはイサベラの虚栄心を満足させるため集められた、イサベラよりも階級が下の者たちなのだ。政敵であったド・ブロイ家まで、公爵家とつながりがあるということを示したいがために利用する。
「いつかこの夜会にもノエル様を呼んであげるから」
「ああすごい! お願いよ、イサベラ」
「王子様と知り合いになれたら、家の事業もはかどるというもの」
イサベラの台詞に仲間たちは興奮した声をあげる。
その様子をマルグリットは青ざめた顔で見つめているしかできない。
だが、イサベラの牙は、当然マルグリットを狙っていたのである。






