32.王子様とお近づきに
イサベラは終始ノエルと同じ席に座り、ノエルにむかってクラヴェル家がどれほど王家に忠誠を誓っているかや、領地の経営が順調であること、また、自身がクラヴェル家を継ぐ身であることや、このために父が相手探しに奔走していることなどを語って聞かせた。
「ノエル様のような方と結婚できたらすばらしいと思いますわ」
わざわざ椅子の位置を変え、ノエルのほうにしなだれかかるようにしてイサベラは流し目を送る。
「イサベラ! 先ほどからはしたない行いばかり……」
慌てるマルグリットに、ノエルが手をあげた。
「お忍びでもあることだし、君たちは気にしなくていいよ。両家には母上の無理を聞いてもらったのだし、情勢を知りたくもあるんだ」
そう言われてしまっては、ド・ブロイ家に嫁いだことによって実家とは絶縁状態になっているマルグリットに提供できる情報はない。
心配そうな顔をしながらも口をつぐむマルグリットに、イサベラはにやりと唇の端をあげた。
(ほら、許してくれたじゃない。ノエル様もまんざらではないのだわ)
イサベラの目には、ノエルの底知れなさは映っていない。ただ柔和で穏やかそうな王子とだけ見えている。
(王子様とお近づきになっておけば今後の役にも立つでしょう。見染められればいまよりももっと贅沢な暮らしだってできるわ。あたしは地位にはこだわらないから、正妃でなくてもいいし――)
別のテーブルのニコラスやシャロンからもちらちらと視線が投げかけられる。イサベラはそれを羨望だと解釈した。
彼らはイサベラと同格以上の子女であるが、ノエルの隣には座れない。
「ノエル様、お茶をどうぞ」
「ありがとう」
「タルトをおとりいたしましょうか?」
「そうだね、ではベリーを」
かいがいしく世話を焼くイサベラを、ノエルは受け入れる。
イサベラの中で、自信は確固たるものになっていった。
*
「外せない用事があってね。ぼくはこのへんで」
ノエルがほかの者たちより早い辞去を口にしたとき、彼とイサベラ以外の全員が内心で安堵のため息をついてしまったのは仕方のないことだっただろう。
「わたしたちも帰りましょうか、ニコラス様……」
「そうだね、これ以上は若夫妻を疲れさせてしまうだろうし」
ニコラスとシャロンも帰宅を口にする。
政局的には敵対する家同士であったが、ノエルの参加により、王家は本気で派閥争いに介入する気だということを、二人は感じとっていた。互いに嫌な印象はなかったから、手始めに友好関係を結んでおくのも悪くないだろうと考えたのだ。
「今度はぼくからお誘いさせてください」
「あら、楽しみにしておりますわ」
手をとり口づけるニコラスに、シャロンもにこやかに応じる。
(それに、ルシアンのためにマルグリット嬢の話も聞きたいし……)
(それに、マルグリットのためにルシアン様のお話もうかがいたいし……)
親友思いの二人は顔を見合わせると、もう一度笑いあった。
ニコラスとシャロンを見送り、残るはイサベラとなった。
だがイサベラは帰ろうとする気配を見せない。
「ねえ、せっかく来たのだし、お姉様の部屋を見せてよ」
そう言うと、ルシアンの了解もとらずに屋敷の中へと足を踏み入れる。
「ちょっとあなた、マルグリットお姉様の部屋へ連れていってちょうだい」
茶会の片づけを指揮していたアンナを呼び止め、さっさと階段を昇っていってしまった。
「申し訳ありません、ルシアン様。妹はわたしが相手をしますから、ルシアン様はお戻りください」
必死な顔で頭をさげられてしまえばルシアンにはなにもできない。
イサベラの茶会への参加はノエルの指示であり、ノエルに対する態度も本人が許してしまっている。ルシアンに彼女を屋敷から追い出す口実はない。
(ノエル殿下はいったいなにを……)
ノエルが王妃エミレンヌの命で動いているのだとしたら、ド・ブロイ家とクラヴェル家のあいだに波風は立てたくないはずだ。
今日のお茶会でイサベラの態度を許したのも、そう言った理由からに思えるが……。
一つだけ、思い当たることがある。
それをマルグリットに告げていいものか悩んだまま、ルシアンはその場を去った。






