30.クラヴェル家はなぜ君を手放したのだ?
ルシアンの配慮により、動きやすい服装を手に入れたマルグリットは、翌週からノエルに要請された〝お茶会〟の準備を始めた。
ユミラはあらためてマルグリットに謝罪した。
「……長いあいだ、ごめんなさいね」
(お義母様からそんな言葉が聞けるなんて……!?)
王都を離れ領地へ移ることが決まっていたために、ユミラも素直に新しい女主人としてマルグリットを認めることができたのだ。
おまけに、色眼鏡を取り払って見たマルグリットは、非常に優秀で。
「スタンダードなサレムとアーリンティーのほかに、ド・ブロイ領で採れるスラント茶葉もお出しするのですね。アーリンは深みがありますからスコーンにはハニーと生クリームを添えましょうか」
「……そうね」
「茶器は季節にあわせてオレンジ系を? それともノエル様もいらっしゃることですし白で統一したほうがよいでしょうか」
「任せるわ」
「では、お忍びということですし、オレンジで。お客様のお迎えはいつもどおりリチャード、給仕の担当はフェリスとドレア、お菓子はウェスト商会にお願いして……」
「あなた、お茶や食器の知識だけでなく、使用人たちも完全に把握しているし、わが家の出入りの商会も把握しているのね」
「クラヴェル領はド・ブロイ領のお隣ですもの。販路が似ているので、使う商会も同じところが多いのです」
感心したように呟くユミラに照れくさそうに笑いつつ、マルグリットは言う。
母亡きあと、クラヴェル家の茶会や晩餐会を取り仕切っていたのはマルグリットだ。一通りの知識は身についている。ただ、マルグリットが手配したそれらの会を楽しむのはモーリスやイサベラで、彼女は参加すら許されなかったのだが。
使用人たちの役割や能力を把握しているのは嫁いだばかりのころ彼らにまぎれていたため。
商会を把握しているのは、彼らは北の離れの前を通って通用口から品物を運び入れるからだ。遠目に見るだけで、顔見知りの商人や、彼らが何を運んできたかはわかる。
(……もしかしてこれは、拾いものなのでは)
ユミラもようやく、マルグリットに対するルシアンの評価を納得し始めていた。
***
ユミラの承認をとりつけ、マルグリットはルシアンに茶会の手配について説明した。
「……と、いうのが茶会に必要な準備と、当日の動きになります」
マルグリットの膝の上には、ノエルから贈られたネコが腹を出して寝そべっている。毛の色から〝マロン〟と名付けられた彼は、専属の使用人をつけられ、丁重に飼われていた。
マルグリットの声にあわせてごろごろと甘えるように喉を鳴らしていたマロンは、マルグリットの声が聞こえなくなるのと同時に顔をあげた。
マロンの目に映るのは、呆気にとられたようなルシアンの顔。
「これはすべて君が考えたのか?」
「はい。ですがユミラお義母様にも確認していただきましたので不備はないかと……なにか気になりますか?」
「いや、逆だ。完璧すぎて驚いたのだ」
ルシアンに茶会のことはわからない。だがわからないなりに、いくつかの疑問は持っていた。マルグリットの説明はそのすべてに答え、ルシアンに安堵を与えるものだった。
「クラヴェル家でも手配はしておりましたし、クラヴェル領はド・ブロイ領のお隣ですから」
ユミラにも言ったことを繰り返すと、ルシアンは思いついた顔になる。
「待て、それは他人に指示ができる程度に自領に詳しいということか」
気候や地形、特産品、交易、王都と領地を結ぶ交通、その中途にある都市など、〝自領〟と一言に言っても、必要な情報は多岐にわたる。
マルグリットはルシアンの驚きを的確に理解した。
「あ、はい、そうですね。ルシアン様のお手伝いもできると思います。わたしがド・ブロイ領の詳細を知ってもよいのであれば、ですが……」
実家でもモーリスを手伝い、クラヴェル領の一部はマルグリットが管理していた。
機密を明かされるわけがないと思い込んでいたので言っていなかったが、遠くないうちに当主になるルシアンを支えることも、マルグリットにはできる。
「……クラヴェル家はなぜ君を手放したのだ……?」
マルグリットを知れば知るほど、クラヴェル家の判断は首をかしげざるをえない。
「父が、妹をかわいがりましたので……」
「俺からは、君は完璧な妻にしか見えない」
「……ありがとうございます」
素直な称讃を口にすれば、マルグリットは頬を赤らめてはにかんだ。
ルシアンも自分の発言にハッとする。
互いに頬を赤らめながら、ルシアンとマルグリットはしばらく沈黙した。
撫でる手を止めてしまったマルグリットへ、マロンが甘えるように身をすりよせ、その視線がルシアンに向けられていることを知るや、「ニャアオ」と抗議の鳴き声をあげた。
絵に描いたような幸せなひと時。
だが、モーリスやイサベラからすると、今の状況は「不要な姉をド・ブロイ家に押しつけた」ということになるらしい。
(マルグリットよりもあの妹のほうが価値があると?)
一人になってから、そのことを考えると、怒りがわきあがってくる。
同時に、現実味のない判断に薄ら寒いものをおぼえ、ルシアンは眉をひそめた。