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29.愛されてるじゃないの

 ようやく熱が下がってきたもののまだぼんやりとする視界で、目を開けてマルグリットが最初に見たのは、ものすごく怒った顔をしたルシアンだった。

 ルシアンの手がやさしくマルグリットの頬を撫でた。ひんやりとしていて冷たく感じるのは、まだ熱がある証拠かもしれない。

 

 ユミラ夫人を泣かせてしまったあの日、自室でアンナをさがし当てたマルグリットは、「お顔が真っ赤です!」と彼女に悲鳴をあげさせ、すぐにベッドの住人となってしまった。

 

 そういえば前に夢うつつに起きたときにもルシアンがいた。マルグリットが話しかけようとするのを制して薬を飲ませてくれた。

 

(まさかあれからずっとここに……? あれはいつのことだったかしら)

 

 三日前のような気もするし、数時間しかたっていない気もする。時間の感覚がなくなっていてわからない。


「……ルシアン様」

 

 呼びかけると、ルシアンはぎくりとした顔をして手を引っ込めてしまう。

 それを名残惜しい気持ちで眺め、マルグリットは小さく息をついた。

 

「目が覚めたか。すまなかったな……やはり母上とのことが重荷だったのだろう」

「いえ、それはまったく……」

 

 むしろ、気疲れという点で思い当たるのは、突然豪華になった生活である。

 最初のうち真っ白でふかふかなベッドは汚しはしないかと怖かったし、複雑に飾りつけられた頭は重く、ドレスで動きまわるのは気を使った。

 

 そのことを説明するとルシアンはまた怒った顔になった。

 せっかくの厚意に文句を言われたのだから当たり前だろう。

 

「申し訳ありません、わたしが……」

「いや、俺の配慮不足だ。その、女性の服装など、晩餐会のものしか知らなかったから……」

「皆様も家ではもっと控えめな格好をされているのではないでしょうか」

「母上も、着飾りすぎだと言っていたな……」

 

 ユミラ夫人にけばけばしいと言われたことを思い出したのか表情を曇らせつつ、ルシアンは言う。

 しかしマルグリットにも、ほかの令嬢たちが普段どんな格好をしているのかなんてわからない。イサベラはイサベラで、それこそ家の中でも晩餐会に出るような格好をして自分を飾り立てていた。

 悩むマルグリットにルシアンは不思議そうな顔をした。

 

「わからないのなら尋ねればいいではないか」

「そうですね、シャロンに……」

「週末に仕立て屋を呼ぼう。君がいいと思う普段着を作ればいい」

「え?」

「リチャードに言って手配をさせる」

 

 そうと決まれば、と言わんばかりに、ルシアンは部屋を出て行ってしまう。

 あとに残されたマルグリットは――、

 

(……熱のせいで、頭がまわらないのかしら?)

 

 自分がいま聞いた言葉は幻聴だったのかもしれないと首をかしげつつ、ベッドに戻ったのだった。

 

 

   ***

 

 

「本当だった……」

「ねえ! これもかわいいわ! これも! これもどうかしら! ねえ、この布も合わせてちょうだい!」

 

 数日後、マルグリットは、呆然とした顔で突っ立っていた。

 

 ルシアンが言ったことはマルグリットの幻聴ではなかったのである。ルシアンはすぐに王都でも最高級の仕立て屋がド・ブロイ家を訪れるよう手配し、マルグリットの「シャロンに……」という呟きからミュレーズ伯爵家にもシャロンをよこしてくれるよう使いを出した。

 マルグリットを眼前にさえしていなければ、ルシアンはマメで有能であった。

 

 硬直しているマルグリットに巻き尺を合わせ、針子たちは慣れた手つきで採寸を進めてゆく。

 その隣ではシャロンが布を選び、邪魔にならない飾りを選び、髪をまとめるためのシュシュやリボンを選んでいた。

 

(こんなに……こんなに部屋に置けるの? いえ大丈夫ね……クローゼットはまだまだ余裕がたっぷりだった。でもこんな……いったいいくらかかるのかしら……)

 

 大量の贈りものが二度目ともなれば、さすがにマルグリットも困惑の表情を浮かべる。

 ルシアンがシャロンを呼んでいなければ、仕立て屋にはなにもせずに帰ってもらったかもしれない。

 

(王家の命令に背いていないことを見せるためとはいえ、やりすぎじゃないかしら?)

 

 本当はルシアンからマルグリットへの精いっぱいの愛情表現なのだが、愛情表現だとしてもやりすぎであることには変わらない。

 あいかわらずのすれ違いを続ける二人は、互いに互いを困惑させていた。

 

「ねえ、最近のルシアン様はどう?」

「そうね、毎日お花をくださるわ……」

「いいなあ、ものすごく愛されてるじゃないの」

 

 頬に手を当てたシャロンがうっとりと呟く。もう片腕には大量の布とレースが抱えられていた。

 マルグリットのこれまでを知っているシャロンは、ド・ブロイ家の財産で遠慮なくマルグリットの持ち物を増やすことに決めたらしい。

 

「そう……かしら……」

「そうよ、あなたの言うとおりルシアン様はすばらしい方ね、マルグリット」

 

 手放しの賛辞にマルグリットの頬が染まる。

 

(って、わたしが照れてどうするの)

 

 そう思うのに、頬がゆるむのを止められない。

 

「そうなの。とってもやさしい方なのよ」

「ならこのぐらいは仕立ててもらっても大丈夫ね」

 

 シャロンは追加で布を選び、そばに立つ職人にあれこれと言いつけている。それが本当に大丈夫なのかはわからないが――。

 シャロンが帰ったら、ルシアンを褒めていたことを、本人にも伝えよう、とマルグリットは思った。

 

 マルグリット以上に照れたルシアンが、挙動不審になってしまうとは知らずに。

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