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3.人前では仲睦まじく

 王家の圧力もあり、ルシアン・ド・ブロイとマルグリット・クラヴェルの結婚式は翌月に行われた。

 

 驚いたことに、ド・ブロイ家との顔合わせは行われなかった。

 そのおかげで顔の傷跡は見られることなく終わったのだが、挨拶すらなく式の当日を迎えるという状況は両家のあいだに横たわる溝が深いものであることをあらためて感じさせた。

 

 ひと月のあいだにマルグリットは、自分が父モーリスの補佐として管理していた一部の領地の経営についてを、文書にまとめた。

 各村や町ごとの気候、特産物、主要な取引先などをリストアップし、三年後に目指すべき姿や現在力を入れている計画を書き留めておいたのである。

 

(あとはそれをお父様が見てくださればいいのだけれど……)

 

 ド・ブロイ家に嫁ぐことが決まってからというもの、モーリスとイサベラの態度は冷たさを増した。敵になる人間に教えることはなにもないと、マルグリットと領地の手紙のやりとりを禁止してしまった。

 おかげでマルグリットは結婚して経営から退くことすら役人たちに伝えられず、苦肉の策として引継ぎのための文書を作成したのだった。

 

 婚礼の日となっても、モーリスとイサベラの頑なな態度は変わらなかった。

 親類という立場になるド・ブロイ家を嫌い、蔑み続けていた。

 それはド・ブロイ家も同じであったようだ。

 

 ルシアンとマルグリットの婚礼は、稀に見る簡素なものだった。

 本来貴族同士の結婚といえば、披露の場も兼ねて両家の親類や周辺領の貴族などを呼びたてるものだが、そのあたりはすっぱりとカットされた。豪華な食事も絢爛な飾りつけもカットされた。

 王家の代表者と内務長官、司祭の前で、ド・ブロイ公爵家とクラヴェル伯爵家の者たちが集まり、新郎新婦が結婚の宣誓を立てるのみ。

 

 その宣誓も、ただふたりが夫婦になったことを宣言するだけで、永遠の愛や伴侶を大切にするといった文言は省かれた。誓いのキスもない。

 要は、とにかく婚礼という儀式をすませたいだけだったのだ。

 

 ただし、王族の代表者はすこぶる充実感にあふれた顔をしていた。

 王妃エミレンヌ・フィリエその人である。付き添いとして第三王子ノエル・フィリエ以下、複数の王族関係者も参加しているため、格式だけでいえば非常に高いものになる。

 

(この方が、かのエミレンヌ王妃……)

 

 シンプルなドレスを凛としてまとうエミレンヌを見つめ、マルグリットは息を呑んだ。

 はっきりとした目鼻立ちとつんとした顎は彼女の強さを示しているように見える。

 新郎新婦よりも高い位置に座るエミレンヌは列席者たちを睥睨すると、にこりと笑顔を浮かべた。

 

「このたびは、ド・ブロイ公爵家とクラヴェル伯爵家の結びつき、非常に嬉しく思う。若いふたりにはぜひ仲睦まじく暮らしてもらい、これまでのすれ違いを拭い去ってほしいものだ。ルシアン! マルグリット!」

 

 はきはきとした声で名を呼ぶやいなや、慌てる内務長官を残し、エミレンヌは椅子からおりてしまう。

 直立の姿勢で話を聞いていたルシアンとマルグリットも慌てて礼をした。そのふたりの肩に手をやって顔をあげさせ、エミレンヌはにっこりと微笑む。

 

「仲睦まじくね、()()()()()()()

「承知しました」

 

 ぐいっと顔を近づけられて、畏れおおさに慄きつつ、マルグリットはルシアンとともに頭をさげた。

 想像以上に強烈な人物だ。

 

「さあ! 若いふたりの門出を祝おうではないか!」

 

 諸手をあげるエミレンヌの言葉に、拍手がわき起こる――。

 

 だが、拍手がまばらになり、王族たちが退出すると、結婚式はあっさりと終わった。

 ド・ブロイ家とクラヴェル家の面々は、親戚となったというのに一言も挨拶を交わさずに帰っていく。

 

 マルグリットにもその理由はわかっていた。

 エミレンヌは仲睦まじく、と強調したが、この婚礼はそうとは受けとれない。内輪のみであり、儀式も省かれている。

 婚礼自体は不承不承であるという両家の本音であり、王妃が語ったのは建前。

 

 仲睦まじくしなければならない――ただしそれは、人前では、の話だ。

 

 人の目のないところでは、それほどすぐには変わらなくてもよい、という猶予に見える。

 

(いったい王妃様は、何を考えておいでなのかしら……?)

 

 ちらりと隣のルシアンを見る。

 だが濃紺の瞳はマルグリットを映すことはなく、彼もまた、さっさと広間をあとにしてしまう。

 

 マルグリットはしばらく悩んだあと、ルシアンの去ったほうへと歩んだ。

 

 少ない列席者とはいえ、その中で帰る家が変わるのは、マルグリットだけだ。



***



 王都にあるド・ブロイ公爵家の屋敷は、さすがに実家よりも大きく、華やかな建築様式だった。

 その中でもマルグリットの心をつかんだのは、室内彫刻や調度品に使われている蒼い宝石。日差しを受けて壁に淡い模様を反射させるそれらは、まるで海を誇るようで。

 

(なんて美しいの……! リネーシュ王国で海に接する領地を持つのは王家とド・ブロイ公爵家だけ。海への憧れを王都にも持ち込んでいるのかしら)

 

 夢中になっていたマルグリットは、案内をする使用人が一言も口を利かず無礼な態度をとっていることも、自分が寝室や客間のある場所から離れ、北の離れへとむかっていたことにも気づかない。

 

 長い階段をのぼり、ようやくなにかがおかしいと思ったところで、辿りついた光景にマルグリットはふたたび目を奪われた。

 

(図書室だわ……! おまけに、標本もそろっているじゃない)

 

 扉を開けると、吹き抜けになった円柱状の壁面はびっしりと本で埋まっている。階層ごとに通路がとりつけられており、中心には美術品や標本もあった。

 

「こちらがマルグリット様の寝室になります」

 

 不愛想にふりむいた使用人が指さしたのは、図書室の隣に据えつけられた小さな部屋だ。

 以前は管理人が住み込んでいたのかもしれない。いまはそこには誰もおらず、埃っぽいベッドが横たわっているだけだった。

 とても次期当主の妻に与える寝室とは思えない。

 

 マルグリットが怒りだし、離縁を言い出すのを使用人は待った。

 だが、マルグリットは何も言わない。

 実家のクラヴェル家ではもっとひどい場所に住まわされていたのだから当然である。

 

「ええ、ありがとう」

 

 嫌な顔ひとつせず素直に頷いたマルグリットに、使用人はぽかんとした顔つきになった。

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― 新着の感想 ―
[一言] この状況で離婚なんていい出す訳ないでしょうに この女中は馬鹿なのかな?
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