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24.こんなに幸せでいいのかと

「ル、ルシアン様、ルシアン様!?」

「ああ心配いらないよ。彼はいま()()()()()に気づいて放心状態なんだけど、その可能性はいまのところゼロだからね」

「……そうなのですか?」

 

 意識を取り戻したらしいルシアンがノエルに鋭い視線をむける。突然の険悪ともいえる空気にマルグリットはおろおろとふたりを見比べるだけ。

 ノエルはにこやかに頷いた。

 

「マルグリット嬢」

「はい!?」

 

 なぜか名を呼ばれたのはマルグリットで。

 

「ド・ブロイ家から嫌がらせを受けていたろう?」

「!」

「母上に言わなかったのはどうして?」

 

 知られていたのか、とルシアンもマルグリットも小さな驚きを表す。とくにルシアンにはその重大さがわかった。

 あのときマルグリットが自身の不遇を隠さず述べ、ド・ブロイ家を糾弾したならば、どれほどド・ブロイ家が弁明しようが王家は聞く耳を持たなかったということだ。

 

 ド・ブロイ家の運命は、マルグリットに委ねられていた。

 

 そのマルグリットは、ルシアンとともに緊張の面持ちを見せていたが、ノエルをまっすぐに見つめ返すと、あのときと同じ笑顔でほほえんだ。

 

「必要がなかったからですわ」

「必要が?」

「申しあげたとおり、ド・ブロイ家の皆様はわたくしにやさしく接してくださいましたので」

()()()()、ね」

 

 嫌がらせではあろうが、許容範囲だ。

 それに、ド・ブロイ家の非道を訴えるのなら、まずは実家クラヴェル家を訴えるほうが先だろう、とマルグリットは考えている。

 クラヴェル家を訴えない時点で、マルグリットにド・ブロイ家を責める資格はない。

 

「ノエル様」

 

 ノエルは相かわらずにこやかに笑っている。だが、その背後の感情は知ることができない。

 ならば自分の想いをぶつけるだけだとマルグリットは彼にむきあう。

 

 あの夜の王妃エミレンヌといい、いまの第三王子ノエルといい、ほかの貴族ならばふるえあがって堂々とした態度などとれなかったかもしれない。

 だがマルグリットからすれば、話を聞こうという姿勢を示してくれるだけ、エミレンヌだってノエルだって十分にやさしいのだ。

 

「どんな理由をつけても人は人を恨めますし、どんな理由をつけても許せるのです。なら、わたくしはよいところを見てゆこうと――そう決めました」

 

 母が亡くなって、家族が壊れ始めたときから。

 そうでなければ、小さなことを一つ一つあげつらっては人を責めなければ生きてゆけない父や妹といっしょに、マルグリットも壊れてしまっていただろう。

 正気をたもつことが彼女の精いっぱいの反抗だったのだ。

 そしてそれは報われたのだとマルグリットは思う。

 

「いまのわたくしの暮らしは、すばらしいものです。……こんなに幸せでいいのかと怖くなるくらいに。このドレスも、ルシアン様にいただいたものなのです」

 

 新しいドレスの手ざわりを確かめながら、マルグリットは蕩けるような笑顔を見せた。

 ノエルがルシアンをふりむく。

 そこにはかろうじて表情に出すことは抑えているものの、頬を赤らめたルシアンの姿。

 

「うん――ありがとう。ぼくが期待した以上の答えだ」

「?」

 

 きょとんとするマルグリットにノエルは笑う。

 

「ま、ぼくとしては、君はもう少し怒りを見せたほうがいいと思うけどね」

「そう、でしょうか……」

「許すのと逃げるのを混同してはいけないってこと、かな」

 

 マルグリットの答えは聞かず、ノエルはルシアンの肩を叩いた。

 

「ルシアン、君はもう少し笑顔を。それから――」

 

 マルグリットに聞こえないよう声をひそめ、

 

「贈りものよりスキンシップが有効と見たよ」

「っ!」

「じゃあね。今度お茶会でもするときは僕を呼んでくれ」

 

 言いたいことだけを言いきって、ノエルは一人屋敷へと向かう。ルシアンとマルグリットが慌ててあとを追いかけた。

 先日のエミレンヌ王妃といい、王族たちは人の心を揺さぶるだけ揺さぶって帰っていくのを得意としているようだ、とルシアンはため息をつく。

 

 だが、心の内でそんなふうに毒づいてみても、適うわけもなく。

 さっさと馬車を用意させ乗り込んでしまうノエルに、ルシアンは頭を下げ、マルグリットもまた夫に倣った。

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― 新着の感想 ―
[一言] 最初の方の第三王子からの呼びかけは嬢ではなく夫人にした方が良いのでは??
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