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19/62

19.気づいてしまった

 マルグリットが実家での暮らしについて口を滑らせたあの日以降、ルシアンはマルグリットと話をする機会を何度か持った。

 クラヴェル家での生活を根掘り葉掘り聞いてくるルシアンに、マルグリットは困った顔になっていたが、父や妹にド・ブロイ家よりもひどい嫌がらせを受けていたことだけは遠まわしに認めた。

 

「ルシアン様が結婚してくださらなかったら、わたしは未婚のまま、妹の補佐として家にいたと思います」

 

 元からモーリスはイサベラに婿をとり、家督を継がせる気であったという。ド・ブロイ家との結婚が決まり、断腸の思いで長女マルグリットをさしだしたわけではなかったのだ。

 マルグリットに執事の代わりをさせ、領地や家の管理を補佐させながら、イサベラの子どもたちが伯爵位を継いでゆく。モーリスが考えていたのはそんな未来だった。

 

(そんなもの、飼い殺しではないか)

 

 口をついて出かかった糾弾の言葉はあまりにも残酷で、マルグリットの前では言えなかった。

 

 絶対に誰にも言わないようにお願いします、と口止めされたからニコラスにも詳細は明かさない。しかしルシアンの胸の中にはいまでも憤りが燻ぶり続け、自分でも持て余している。

 最もルシアンを苛立たせるのは、本人があっけらかんとしすぎていることだ。父や妹の非道な行いが醜聞になるとは理解しながら、マルグリットは復讐心を欠片も持ちあわせていない。

 

 話を聞き、ニコラスは腕を組んで天井を仰いだ。

 

「はあ……なるほどなあ。深くは訊かんが、よほど酷い扱いを受けていたんだな」

「ずいぶんとものわかりがいいな」

「いや君の顔を見ればね……地獄の魔物みたいな顔してるぞ。怖くて聞けないよ」

「望めばド・ブロイ家の総力を挙げてクラヴェル家を叩き潰してやるものを、あいつは望まないのだ」

「そりゃあ、まあ、王命に背かせることになるからな」

 

 マルグリットの不憫な過去にルシアンが怒りを感じているのはよくわかった。

 しかし、とニコラスは内心で首をかしげる。

 

(結局のところ、今日の用件はなんなんだ)

 

 まだ話が見えないと不思議がるニコラスの前で、ルシアンはむっつりと黙り込んでいる。

 と思えば、じろりと睨むように視線をよこし、

 

「どうしたらいいと思う?」

「……なにが?」

 

 今日のルシアンはやはりおかしい、とニコラスは嘆息する。長年の確執のせいで、クラヴェル家に対する攻撃心が刺激されてしまうのだろうか。

 利害関係のない部外者からすれば答えは一目瞭然だ。

 

「べつに復讐なんかせずに、君が奥さんを幸せにしてやればいいだけの話だろう」

 

 まっとうなことを言ったつもりだったのに、ルシアンの表情はまた険しくなった。

 

「……もう、十分に幸せだと言うのだ」

「ただの惚気じゃないか」

「幸せなわけがあるか。あんな身なりであんな部屋に住まわされて。なのに心底嬉しそうに俺を見るのだ」

「……それはたしかに、もどかしいな」

 

 ニコラスも腕を組んで頷いた。

 幸せに気づかないというのも悲しいものだが、不幸せに気づかないのも端から見れば切ない。

 

「好きな相手ならなおさらだな」

「……は……?」

 

 瞬間、空気が止まった。

 ルシアンが目を見開いてニコラスを見る。

 

 遅れて、今日さんざん感じていた違和感の正体にニコラスは気づいたが、もはやどうすることもできず。

 諦めと呆れの境地に達した彼は、ソファに身を沈め、友人が現実を受け入れるのを眺めていた。

 

 驚愕の表情のまま固まってしまったルシアンの顔が、徐々に赤く染まっていく。同時に眉根が深く寄り、唇も歪んでいったため、見ようによっては憤怒の形相である。

 おそらく彼の脳裏にはこれまでのことが目まぐるしくよぎっていることだろう。

 

(だから話が噛みあわなかったのか)

 

 まさか自分の恋心を自覚していなかったとは。

 ルシアンはまだフリーズしている。

 

(そういえば昔から色事にはとことん疎いやつだった)

 

 幼いころから秀麗な見た目は数々の令嬢を引き寄せたが、実利を求める本人の性格と、教育というよりは監視のような母ユミラの庇護もあり、ニコラスもあえて女遊びに誘ってやろうとは考えなかった。

 マルグリットのような令嬢が似合いだと考えたのは当たりだったわけだが、

 

(素直にイチャつけるとも思えんなあ……)

 

 菓子と紅茶を口に運びつつ待っていると、古村に伝わる魔除けの置物のような顔をしていたルシアンがやっと口をひらいた。

 

「俺は……」

「うん、なんだ」

「……お前を愛するつもりはないと、言ってしまった」

「それはまた……」

 

 なんと言っても長年の政敵である。先手を打って相手の鼻っ柱をへし折ってやろうと考える気持ちはわからなくもない。

 それにしても馬鹿なことをしたものだと呆れつつ、彼女ならそれも許してくれそうだとも思い、

 

「彼女はなんて言ったんだ」

「〝わたしもあなたを愛する気はありませんので、どうぞご心配なく〟」

 

 ニコラスの問いに答え、ルシアンは一言一句違えずに答えを告げる。

 その瞬間、盛大に吹きだされた紅茶がルシアンの顔面を襲った。

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― 新着の感想 ―
オチで笑い死にしそうになった……
[気になる点] ルシアンも家ぐるみで嫌がらせしているのに、実家での虐待にこんなに怒るのはなんなのか。自分にも怒れよと思ってしまう。でも話の流れ的にルシアンと幸せになるのだろうなあ。クズがクズのまま幸せ…
[一言] とりあえず、どうしようもない使用人たちを紹介状なしで解雇してはいかがでしょうか?
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