17.わたしはとっても幸せです
殺気すら感じさせそうなルシアンの憤然とした表情に、マルグリットは飛びあがりそうになる。
(怒っていらっしゃる! わたしが、クラヴェル家にとって価値のない人間だとわかったから……!)
命令に応じて渋々とはいえ、ド・ブロイ家は次期当主であるルシアンをマルグリットの夫としたのだ。
そんなルシアンと、除け者にされていたマルグリット。釣り合いがとれないのは当然だ。
「お許しください!」
ルシアンの足元に伏せ、マルグリットは許しを請うた。ルシアンはぎょっとした顔になる。
「待て! なぜお前が謝るのだ」
「それは――わたしが、クラヴェル家を代表する人間ではないからです。ルシアン様はいずれド・ブロイ家を継ぐお方。けれどもわたしは――」
マルグリットでは、いくら父モーリスに友好的な態度を求めたとしても、モーリスは頑として応じないだろう。イサベラの言うことならなんでも聞くだろうに。
そのことは、嫁いできたときから考えていたことだった。
だからこそ役に立ちたいと願ってきたのだ。
いっぽうのルシアンも、マルグリットの言葉に焦りを感じていた。
なぜなら、彼の怒りの矛先は、クラヴェル家におけるマルグリットの立場に対してであるが――彼女が無価値だからではなく。
クラヴェル家が彼女自身を粗末に扱っていたことが許せないからだ。
「……顔をあげろ」
おそるおそるとルシアンを見るマルグリットには、常の明るさはない。彼女はただひたすらに、ルシアンの心情を慮っては、ルシアンに対して無礼を働いたことだけを心配している。
侍女も持参金もなにもないままに嫁いできたマルグリット。
ずいぶんと手の込んだ当てつけだと思った。
どうしてそのとき、当のマルグリット本人の立場を斟酌してやらなかったのか――。
「……もしかして、わたしのことを可哀想だと思ってくださったんですか……?」
顔をあげろと言ったまま黙り込んでしまったルシアンに、マルグリットが眉をさげる。
怒りの燃えたあと、悲しみにも似た色が深海色の瞳によぎったのを、マルグリットは見た。
マルグリットを一瞥し、ルシアンはまた顔をしかめた。
「……どうして笑っている?」
マルグリットは笑っていた。
室温にあたためられたクリームのように、やわらかくふんわりとした、それでいてどこか儚げな貌で。
「えっ、いえ、最近、つい笑ってしまうことが多くて……申し訳ありません」
マルグリットはまた顔を伏せた。
まさか、心配されるのが嬉しかったとは言えない。シャロン以外でははじめてかもしれない。
だがその内心はルシアンに伝わってしまったようだ。
「クラヴェル家のやつら、蛮族だと思ってはいたが、まさか自分の娘を――」
「ま、まあまあ。父や妹に悪気は……あるんですが。ほら、本の物語にはよくあることですし」
「よくあることではないから物語になっているんだ!」
つい大声を出してしまいハッと我に返るも、マルグリットは変わらずに笑っている。この程度には慣れっこなのだ。
それがわかるようになるとますます腹立ちは収まらず、笑顔が憎らしくさえ思えてくる。
(俺は、どうしてこんなに……)
困惑するルシアンを見上げ、マルグリットは真面目な顔を作ろうとするものの、つい口元がゆるんでしまう。
(やっぱりルシアン様はやさしいお方だわ)
自分の推測は正しかったのだ。夫になった人はやさしい人だった。ただそれだけ、と言われるかもしれないが、マルグリットにとっては涙が出るほど嬉しい事実だった。
ほかほかと湯気を立てそうに頬を上気させて、マルグリットは笑った。
「ルシアン様と結婚できて、わたしはとっても幸せです」
「――!!」
「ルシアン様?」
きょとんとするマルグリットを置いて、ルシアンは立ちあがると部屋を出ていってしまった。
突然あとに残されたマルグリットは首をかしげ、荒々しく遠ざかっていく足音を耳にすると、しょんぼりと肩を落とした。
(本当にそう思ったから言ったのだけれど、図々しすぎたかしら……?)
走り出しそうになるのを必死にこらえながら歩くルシアンが、真っ赤な顔をしていたことを、マルグリットは知らない。






