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16.認識に齟齬があるようだ

 ふたりのあいだに数秒の沈黙が流れた。

 見つめあうまなざしには互いの認識に齟齬があるらしいという確信が宿っているのだが、それがなんなのかは二人ともわからなかった。

 

 口火を切ったのはルシアンだ。

 

「……領地へ行きたいのか」

「は、はい……」

「海……?」

「そうです。海を見るのが、わたしの夢で……」

「……そうか」

「はい……」

「そのためにド・ブロイ家に嫁いだのか?」

「ええと……」

 

 マルグリットは思い返してみた。

 一番の理由は王家からの命令であり、妹が嫌がったからなのだが、マルグリット自身の気持ちとしては、ド・ブロイ領に行けば海が見られるというのが重要だった。

 

「そう……ですね。そういう期待も大きかったです……」

 

 だから、素直にそれを口にしたのだが、

 

(なんだろう、すごく空気が重たくなったような気がするわ……)

 

 ルシアンの表情は真顔のまま、しかし微動だにしない身体からはなんともいえない威厳というか凄みがただよっている。

 

「そうか……」

「……あの、わたし、間違えましたか?」

 

 おそるおそる尋ねるマルグリットに、ルシアンはため息をついた。

 言いたいことがあるのではないか、というまわりくどい尋ね方がすでに自身の及び腰を表していたと気づいたからだ。

 

「わが家での暮らしはどうかと気になっている」

「ド・ブロイ家での暮らしですか? それはもちろん、すばらしいものだと思っております」

「……」

「……間違えましたか?」

「即答されると余計に立つ瀬がないな」

 

 マルグリットが本心からそう言っていることが、さすがにルシアンにも伝わった。

 最初の疑問どおり、マルグリットはド・ブロイ家の攻撃をまったく気にしていないらしい。

 

 妻となった女性とのあいだになにやらすれ違いがある。それはわかった。問題は、それがどこからくるのかわからないということだ。

 

「君と俺とでは価値観の前提が大きく異なっているようだ」

「申し訳ありません……」

「謝ることではない。だが、俺には君が今の暮らしをすばらしいと言う理由がわからない」

 

 ルシアンの言葉にしゅんと肩を落としていたマルグリットは顔をあげた。

 

「ああ、それなら、実家よりもよほどよい暮らしをさせていただいているからですわ」

 

 だから気にしないでください、というつもりで。

 にこやかな笑顔で、あっさりとマルグリットは告げる――それがふたたびの爆弾発言とは気づかずに。

 

「実家よりもよい暮らし……?」

 

(あっ)

 

 いっそう怪訝な顔つきになったルシアンがマルグリットを見据える。

 

「待て、実家でどんな暮らしをしてきたというのだ?」

「それは……」

 

 ド・ブロイ家での嫌がらせが生ぬるく感じられる程度の暮らしをしてきたのだが、それを告げることは、マルグリットが追い出されるようにして嫁いできた裏側を語るに等しく、いまさらながらに失言だったと気づく。

 口をつぐむも、時はすでに遅く。

 

「お前の妹が言っていた……」

 

 妹を出され、マルグリットの表情がはじめて硬いものになった。

 ルシアンの脳裏に晩餐会でのイサベラの台詞がよみがえる。

 

 ――あの姉を妻にするなんて、本当にお可哀想なルシアン様。

 

 あれは母ユミラへの意趣返しなのだと、ルシアンは受けとっていた。クラヴェル家からすればマルグリットは不要な存在なのだと主張することで、ド・ブロイ家を貶めようとしていたのだと。

 

(まさか……本心だったのか?)

 

 本心から、姉を邪魔者扱いし、政敵であるド・ブロイ家に嫁がされ虐め抜かれていることを喜んでいたというのか。

 ぞわ、と総毛立つような感覚。

 わきあがったのは怒りの感情だった。

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― 新着の感想 ―
ここまで読んできて、この話のタイトルで爆笑更に内容でも爆笑w おかしい、ようやく二人が近づいたのに…ここは泣かなければいけなかったはず!? わたし、何か間違えた????
[良い点] 登場人物は個性があって分かりやすい。 [気になる点] 何故、愛する妻との間に生まれた実の娘なのに、こんなに差があるのか? 可愛いがり方に差がつくのは分かるが、虐めるまでの理由が全く分からな…
[一言] 〉わきあがったのは怒りの感情だった。 え〜? もっと頑張ろうよ。貴族らしく、そして人としての品位を1858年のテムズ川に投げ捨てようぜ! いやまぁ、そんなことすると話の趣旨から外れるので行…
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