12.晩餐会(後編)
兄にエスコートされてやってきたのは、明るいブロンドの髪とぱっちりと愛嬌のある目をした、シャロン・ミュレーズ。
「久しぶりね! 結婚式のときは顔を見ただけだったから」
「ええ、本当に」
二人は手を握りあい、再会をよろこびあった。
マルグリットが母を亡くし、身なりが落ちぶれ始めると、友人だと思っていた令嬢たちは徐々に疎遠になっていた。そんな中で、シャロンだけが変わらず手紙のやりとりを続け、マルグリットの身の上を心配してくれた。
マルグリットの、唯一といってよい友人である。
「ルシアン様、こちらはミュレーズ伯爵家のご令嬢、シャロン様です」
「ああ。はじめてお目にかかる。……俺は新しいワインをとってこよう」
挨拶もそこそこに、戻ってきたばかりのルシアンはそう言って足早に場を離れてしまう。
(きっと気を遣ってくださったのだわ)
と、マルグリットは思うことにした。そっけないが、シャロンも悪印象は覚えなかったようだ。
モーリスやイサベラとも顔見知りであるシャロンは、ルシアンの態度にマルグリットを傷つけようとする意図がないことくらいはわかった。
「見た目だけなら素敵な旦那様じゃない。それにマルグリット、あなた少し肉づきがよくなったみたい。ずいぶんと幸せそうだし」
「ふふ、わかる?」
唯一の友人に唯一境遇への理解を示され、マルグリットも大きく頷いた。
「あなたの妹は相かわらずだけど……」
両派閥のあいだにできた溝を超えるほどの大声で、イサベラはマルグリットの悪い噂を吹聴している。
わざと令嬢らしからぬ大げさな身ぶりで肩をすくめると、シャロンはマルグリットに笑顔をむけた。
「ねえ、どうなのルシアン様とは? 仲よくできそうかしら?」
「できると思うわ。やさしい方よ」
「さっきの態度からはそうは思えないけどね……今度お茶会に呼んでちょうだいよ。マルグリットの友人として見定めておかなくっちゃ」
「お茶会ね。できるかどうかはわからないけど……」
ユミラの顔を思い出し、マルグリットの言葉は尻すぼみになる。
サロンや茶会は妻の役割だ。だが、いまのところド・ブロイ家のそういった行事はすべてユミラによって執り仕切られている。
ルシアンは、今夜の晩餐会で務めを果たせばマルグリットが認められることもあるだろうと言ってくれたが――……。
「そういえば、今日は王家の方がいらっしゃるのではなくて?」
「わたしもそう聞いていたわ」
マルグリットとシャロンは顔を見合わせた。
晩餐会が始まって一時間はたとうとしているが、王族が訪れたという報せはきていない。そうでなければ両家ももう少し親交を取り繕おうというものだ。
(あら? でもリチャードがいないわ)
「マルグリット」
首をかしげたマルグリットを、今度は低い声が呼んだ。
ふり仰げばグラスを手にしたルシアンが立っている。心なしかその顔は緊張し、まなざしは強い。
「ルシアン様」
初めて名を呼ばれたことに気づき驚く間もなく、
「ミュレーズ嬢、失礼する。マルグリットはこちらへ」
まだ中身の入ったグラスを使用人に渡すと、ルシアンはマルグリットの手を引いた。
「来てくれ」
どうされたのですか、とはマルグリットもシャロンも問わない。よほどのことがあり、事情が説明できないこともわかるからだ。
小さく手を振ってほほえむシャロンに手を振り返し、マルグリットはルシアンに従った。
広間を出て、階段を下りる。
むかった先は応接室だ。
扉の前には、リチャードが青ざめた顔で立っていた。
ルシアンの表情がひきしまる。
扉を開け、マルグリットはその理由を理解した。
優雅なほほえみをたたえて席についていたのは、エミレンヌ・フィリエ王妃と、ノエル・フィリエ第三王子だった。






