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10.晩餐会(前編)

 ド・ブロイ公爵邸の広間は、華やかな喧騒に包まれていた。

 集まった人々は好奇心に満ちた視線をルシアンとマルグリット夫婦にむけている。今夜の晩餐会にはド・ブロイ公爵家とクラヴェル伯爵家それぞれの親類や親しく付き合いのある貴族たちが呼ばれていた。

 婚礼の際にできなかったお披露目をしようというのだ。

 

 両家に関わりのある貴族たちは、ルシアンとマルグリットの婚姻を知らされていたし、その背後に王妃エミレンヌがいるということも察していた。

 

 マルグリットはルシアンとともに来客たちへの挨拶にまわり、笑顔をふりまいていたが、ふとしたときに表情は曇る。

 ただし、それは皆が思うように「政敵の家に嫁いでイビられているから」ではない。

 

(結局ユミラお義母様にスカッとしていただけなかったわ……)

 

 どうしても「この程度のイビりで衣食住が保証されるなんて天国にしか思えない」という気持ちが勝り、悲しい顔が続かないのである。

 おまけに自己申告どおりマルグリットの礼儀作法には何の問題もなく、ユミラ夫人は最も期待していた「娘に基本的な作法すら教え込んでいない獣のような家」という評価をクラヴェル家に与えることができなかった。

 イサベラが嫁いでいれば、その願いは叶ったかもしれないが。

 

 マルグリットはユミラを窺い見た。

 

 ド・ブロイ派の貴族たちはユミラを取り囲んでひそひそと語りあっている。ユミラは涙を流しそうな顔で頷き、ときおり同情を引く仕草をする。

 

「ほんとうにお可哀想なユミラ様、手塩にかけて育てたルシアン様を、あんな家の娘にとられて……」

「もっといいご縁が結べましたでしょうに、酷い話ですわ」

「あの娘も身分をわきまえ、自ら離縁を申し出るくらいの謙虚さがあってもいいと思いますわ、わたくし」

 

 ……というところだろう。

 家では影の薄いド・ブロイ公爵は、そんなユミラには近づこうとせず、彼も彼で親しい貴族たちに愚痴をぶちまけているようだった。

 

 当然、ド・ブロイ派の貴族たちとクラヴェル派の貴族たちも挨拶を交わす様子もなく、互いを無視して晩餐会をすごしている。

 

 その中に一人だけ、派閥を超えて様々に語り合っている者がいた。

 

 イサベラである。

 

 両家の友好を結び、国内の諍いをなくしたいというエミレンヌの願いを助けるため――ではない。

 ド・ブロイ派に紛れ込むことで、姉を好きなだけこきおろせるからだ。

 ユミラに近づいたイサベラは、飲み物を選ぶふりをして彼女の話に聞き耳を立てる。友人たちから悲劇の母よと慰められて興がのってきたユミラ夫人は、親しい間柄の夫人たちにだけ、というつもりで、自分がどれほどにマルグリットを虐め抜いてやっているのかを語り始めていた。

 

「北の塔の寒い部屋に置いてね、使用人たちと同じ扱いをしておりますのよ。先日も朝食に呼び出してやったら、そのあとはお許しくださいと泣いて乞うて、自分から使用人の中に戻りましたわ」

「当然ですわ。公爵家に紛れようなどと、厚かましいことをさせてはなりませんよ、ユミラ様」

 

 イサベラはちらちらとユミラを見やっては姉の境遇が幸せなものではないことを確信したのだろう、薄笑いを浮かべる。

 

(あのふたり、他人の不幸を確認したいタイプと、自分の不幸を確認したいタイプね……案外気が合うかもしれないわ。まあ貴族なんて皆そんなものね)

 

 ちらりとルシアンを窺うと、奇妙な動きをするクラヴェル家の人間に気づいたのか、眉をひそめてユミラとイサベラを注視している。

 他人の口からたっぷりと姉の誹謗を聞いて満足したイサベラはその場を離れた。

 

 と思えば、まっすぐにマルグリットのところへ向かってくる。

 

(いけないわ! ルシアン様を怒らせてしまう)

 

 ルシアンとともにド・ブロイ派の貴族と挨拶を交わしつつ、内心でマルグリットは焦る。

 

「ルシアン殿にはぜひ当家の娘をと思っておりましたのに、まさかこんなことになろうとは、いや残念でなりません」

 

 ほがらかな口調ではあるが内容には敵意が含まれている。男の針のような目がマルグリットを睨みつけた。その背後から、娘らしい令嬢も冷たい視線をむけてくる。

 次期当主であり、美しい顔立ちのルシアン。そっけないところも令嬢たちには憧れを補強するものとして映るのだろう。

 だが(イサベラとルシアン様を会わせてはいけない)ということばかりに気をとられているマルグリットは、それが厭味であることに気づかず笑顔を見せる。

 

 ムッとした顔になった令嬢がルシアンの腕をとった。

 

「披露目の場ではありますが、ルシアン様とわたくしの仲ですもの、少しだけでもお話しいたしませんか」

 

 つまり、マルグリットを置いて、自分と二人になれということだ。

 今宵の会には王家の使者も来る。少しでも疑いを抱かれるような真似はしたくないと、ルシアンは断りを口にのせかけた。

 それを遮ったのはマルグリットだった。

 

「ええ、どうぞ、積もるお話もおありでしょうから、おふたりで。……ルシアン様、リチャードがまだ会場におります。馬車は来ていないのですわ」

 

 後半はルシアンだけに聞こえるように。

 ド・ブロイ家の執事であるリチャードはたしかに広間の大扉のそばに立ち、宴が滞りなく進んでいるかのチェックをしている。馬車がくれば彼は招待状を確認しに玄関へ出る役割を持っている。

 

(いつのまに使用人の顔と名前を……)

 

 ルシアンが驚いているあいだに、「では」と優雅な礼を残し、マルグリットはさっさと立ち去ってしまった。

 マルグリットの心の中は、

 

(イサベラとルシアン様を近づけてはいけないわ……)

 

 という一念のみなのだが、振り返ることもしない凛とした後ろ姿は相手の令嬢には正妻の余裕に見えたし、ルシアンにとっては「あなたにはなんの興味もありません」という証明でもあった。

 

「……ルシアン様?」

「ああ、申し訳ない」

 

 令嬢に覗き込まれ、ハッとしたルシアンは、その手をとってエスコートする。

 だが彼の心には、マルグリットの後ろ姿が焼きついていた。

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[一言] ありがとうイザベラ! 後は君のやっていることを自慢するだけだ! そして学んで頂きたい! ルシアン! ユミラ! 苛めとはなにか、相手の人格、存在そのものを否定するとはどういうことなのか! これ…
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