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ありがとう。

 豪雨災害の被害に遭われた方にお見舞い申し上げます。



「ありがとう」


 とは、普段どのタイミングで言う言葉でしょうか?



 なにかをしてもらった。

 手を貸してもらった。

 自分にできないことを代わりにやってもらった。



 そんな時に、「やってもらった後」に、やってくれた相手にかける言葉ではないでしょうか。






 ある日のこと。

 現在のお仕事の都合で1日空くことになったために、会社の資材置場の草刈りに行くことになりました。


 その時はまだ、研いだばかりの草刈り鎌の切れ味を試しちゃるぜ♪ 程度の認識でした。


 手首のスナップを利かせて資材置場の建物周りの草をサカサカと軽快に刈っていた訳ですが、社用の携帯に電話が来ます。


 番号を確認すれば、会社の固定電話からです。


 さてなんでしょう?

 思い付くものは特になく、会社からの電話なので当然速攻出ます。私社畜なので。上司怖い。



『おう平民、ごくろうさん。今役場から連絡があって、災害復旧に向かってくれ。場所は……』



 さて、今日1日暇な社畜(平民)ジジイ共(立場上は部下)に臨時のお仕事です。


 それぞれの草刈り機が唸りを上げている中、十分に距離を取った状態で視界に入ってから(注1)、こいこいと手招き。


 エンジンを切ってなんじゃらほいと近寄ってきたジジイその1(立場上は部下)に事情を説明。草刈りは終了です。


 建物敷地の戸締まり確認してから臨時のお仕事にレッツらゴーです。



 道中、車を停めて(注2)電話対応しながらでは、先行くジジイ共よりちょいと遅れてしまいます。


 ともあれ、車を適当に停めてから状況の説明を受けにジジイ共のそばに行ったわけですが……。




 ……なんというか、~~~。


 浮かんだ言葉を飲み込みます。


 いえね、山や川や車で行けないようなところの災害って見たことはあったのです。

 そういうのに、後から行って何とかするのが私らのお仕事ですから。


 ですが、住宅地の、人の営みのまさにその場所での、直接の被害を見たことは初めてだったわけです。




 とはいえ、


 ・床上浸水及び土砂流入が10~20戸。

 ・床下浸水が追加で10戸程度。

 ・アスファルト舗装道路の隆起及び陥没が50mあるかどうか。


 被害総額で見れば、工事を発注する費用1000万円くらいでしょうか。


 個人宅への補償が出るかどうかは分かりません。


 まあ、それくらいなので、大したことはありません。




 ()()()()()()()()




 現地を実際に見ると、とんでもないことですよ。


 流木が橋に引っ掛かり川を塞き止め濁流が住宅地に流れ込みます。


 山や小川から、尋常でない量の泥水と土砂が流れ川岸を削り地形を変えます。


 大量の雨水に物置小屋が流されて橋になっているボックスカルバート(注3)を塞ぎます。


 水量が減った後の土砂や泥は、カビや異臭の原因になります。


 側溝が土砂で詰まって山からの水が道路に溢れて川のようです。



 その、土砂が流れ込んだ住宅から、泥や汚れた家具を運び出している住民がいます。それも疲れた表情で。



 ただ事ではないですよ。



 普段のほほんとしている平民も、この時ばかりは表情を引き締めます。



 麦わら帽子をかぶる町内会長さんの語る状況と、作業内容という名の住民の要望を真剣に聞きます。




 そんな中、住民の方と思われるお年を召された淑女の方から声をかけられます。




「ありがとう」




 ……最初は、なんのことか分かりませんでした。

 町内会長さんの話を聞いていたのと、その、会長さんの後ろから言われたので。




「ありがとうございます」




 別の人から、なぜかまた言われるのです。

 そしたら、


「来てくれてありがとう」


 という意味だというのです。


「仕事ですから」


 そういって笑顔で手を振り、親指と人差し指で輪っかをつくります。


 私たちはお仕事で来ているので、お金をもらえるのですよ。


 そういう意味を込めて。


 そしたら、ジョークが上手く伝わったようで、その人は「頼むよ」と笑っていました。




 正直、泣きたくなりました。




 私らはお仕事で来ているのです。もちろんお金がもらえます。


 私らはお仕事なので、時間で始めて時間で終わります。


 会社の命令があったりそれより上から要請があったりしたら、即時撤収しないといけません。


 なのに、まだなにもしていないのに、口々にいうのです。ありがとうと。


 お年を召された方ほど。


 被災した側の人が。自分達の方がつらいはずなのに。



 こういう時、技術も知識も経験も資格もない私みたいな名ばかり中間管理職は、悔やんでしまうのですよね。


 必要な資格なんて、勉強しなくても講習で取れるものばかりなのですけど、上に申請しても


「お前には必要ない」


 の一点張りです。


 要るんだよ! だから私は何も持ってないんだよ!


 と、叫びたいのですが、まあ、上の方針には逆らえませんからね。




 今の自分にあるもの。休日出勤を辞さない身軽(社畜)さでしょうか。




 それを存分に発揮して、昨日(土曜休日)今日(日曜)も立派にお仕事(社畜)したのでした。




 願わくは、復旧作業が完了した後に、




「ありがとう」




 と言われるように頑張りたいと思った日曜でした。




(注1) : エンジン音がうるさいのと、その影響で耳栓をしている場合もあります。

 叫んでも聞こえない場合が多いので、死角からそばに寄ると高速回転する刃(人工ダイヤモンド付き)が用途外の威力を発揮する恐れがあります。

 必ず、草刈り機の影響がない程度に距離を取って近づきましょう。

 また、草刈り機に小石などが弾き飛ばされることもよくあるので、草刈り作業中の人には不必要に近づかないようにしましょう。


 刃に草などが絡むと、絡まったものをどうにかしようと周りを見ずに草刈り機を振り回す恐れもあります。

 作業している人は必死なのです。そんな人たちには近づかないように。


 ほんと、危ないので、気を付けましょう。




(注2) : 車を運転している最中は、携帯やスマホが鳴っても電話に出てはいけません。

 携帯に触ったのをお巡りさんに見られても怒られてしまいます。

 必ず、車を安全な場所に停車させてから電話しましょう。


 ……例え電話の相手が会社の社長や鬼のような上司であっても。




(注3) : ボックスカルバートとは、鉄筋コンクリート製の箱状の構造物で、小規模な橋やトンネルの代替品などに使われます。

 その上にアスファルト舗装を敷いて道路としたり、盛り土の一番下に設置して排水路としたりします。


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― 新着の感想 ―
[良い点] ウチは数年前の台風で被災し、去年やっと元の家に戻れたという状況だったので、身をもって体験しております。 しかもウチはまだマシでしたが、隣の家は崖から崩れ落ちて粉々になり、今もまだ家に戻れて…
[良い点] 復旧作業、本当にお疲れ様ですm(__)m 「ありがとう」大切にしたい言葉ですね。 うちの方も、数年前に川が氾濫しましたが、幸い被害は大きくありませんでした。 そんな時、助けに来てくれる…
[良い点] それでも我々はありがとうと言いたい。 そんな気持ちがある日本文化が大好きです。
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