約束
ハナには毎日通うくらいお気に入りの場所がある。
そこは、ハナ達が住んでいる街が見渡せるくらい高台にある場所。見渡せると言っても、そこまで広い街ではないので、決して絶景が見えるとか期待してはいけない。
しかし、この街は海からさほど離れた場所ではないので、その高台からは海が見渡せるのが少しだけ自慢。
ハナの住む家は高台の山の麓付近にある。
山もそんなに高いわけではないし、階段や道路できちんと整備されているので、頂上付近までは歩いて20分くらいでは着く事ができる。
そこには、公園がある。しかし、ハナがまだ小学生だった頃程の活気はない。
この街に、ひとつだけある小学校の近くに大きなN公園ができた。そこには、アスレチックや子どもが喜びそうな遊具、スケートボードの練習場、バスケットコートなど、この一帯の小中学生をターゲットにしたような設備がたくさんある。
今はみんなN公園に集まり、この高台の公園には海を見ながら日常を忘れたいと思うような人たちしか集まらない。
ハナはいつものように、学校終わりに高台の公園へ来た。
この公園にはブランコと小さな滑り台しかない。その遊具たちを抜けていくと、そこにひとつベンチがある。
そのベンチは海と街を見渡せる方向に向けて設置されているので、そこに座れば一望できるわけだ。
このベンチがハナのお気に入りの場所。
この公園には、ほとんど人が来ないので大体いつもベンチは空いていて、すぐに座ることができる。
いつものように、ハナはベンチに腰をかけた。
ベンチから1メートルくらい前に行くとそこはすぐに崖になっている。
その崖付近には転落防止用の手すり柵がこの高台をぐるりと囲うように設置されている。
ハナが座っているベンチから右に10メートルくらい行った場所。
そこに、手すりにもたれかかるように腕をつき、ジッと向こうを見ている男の子。たぶん、ハナと同じくらいの年齢だろう。制服を着てるし。
街を眺めているのか、海を眺めているのか、ハナにはわからないが、その男の子の横顔はどこか寂しげな表情をしている気がした。
(あの男の子。ここ最近、毎日同じ場所にいる。いつも同じ態勢でボーっとしてるし)
ハナは知らない人でも結構すぐに仲良くなれる性格。学校に入学したばかりの時もすぐに友達ができたし、1人も知ってる人がいないグループに放り込まれたとしても全然平気。すぐに打ち解ける自信があった。
ここから見える景色はハナのお気に入り。
そんな、景色をいつも眺めているその男の子に親近感が湧いた。
ハナはベンチから立ち上がるとその男の子の方は歩き出す。
別に足音を殺して歩いているわけではないが、その男の子はハナの接近に気づく様子はない。
ハナは男の子から、少しだけ距離をとり手すりにもたれかかる。
「ねぇ、毎日ここに来てるみたいだけど、いつもどこ見てるの?」
ハナがその男の子に話しかける。
「別に。どこを見てるってわけじゃないけど、ただボーっとしてるだけ」
急に話しかけられたにも関わらず表情ひとつ変えず、たんたんと答えた。
「そっか。私はここから海を眺めるのが好きなの。暗くなるとちょっとだけ夜景も綺麗なんだよ。知ってた」
「知ってる」
男の子は素っ気なく答える。
「てゆーかさ、キミ、俺の事、視えるの?」
そう言いながら男の子はハナの方に顔を向けた。
「うん。視えるよ。いつから視えるようになったのかは自分でもわかんない。物心ついたらもう視えてたし」
「それで、いつもこんな風に話しかけたりするの?」
「んーん。キミはたまたま私のお気に入りの場所で同じ景色を眺めてるなぁって思ったから。ちょっと気になっちゃって」
「ふーん」男の子はそう言って黙ってしまつた。
「ねぇ、キミ名前は?私、ハナ」
「トモヤ」
「トモヤ?トモくんと同じ名前」
「トモくん?」
「うん。トモくんは私が10歳くらいまでよく一緒に遊んでた幼馴染。近所に住んでたんだけど、遠くに引っ越しちゃったの。トモくんとはよくここで遊んでた」
「そうなんだ」
トモヤはボソッと呟いた。
「トモくんも、キミみたいに口数が少ない子だったんだよね。うん、そうだね、いいよ、ってその言葉しか知らないのかよって思っちゃうくらい」
トモヤは黙って聞いている。
「私が言うことは黙って聞いてくれるし、遊びに誘ったら絶対断らないし、でもあんまり笑わないし、私と遊んでて楽しい?って聞いた事があるの」
トモヤはまだ黙っている。
「ねぇ、ちょっとは相槌くらいでもいいから返事してよね。トモくんは何て答えたの?とか会話繋げてよー」
ハナはむっとした表情でトモヤを睨んだ。
「それで、トモくんはなんて答えたの?」
ハナはふぅーと一息ついて話し始めた。
「そうだね、だって。もっとさ、ハナちゃんと遊んでると楽しいよ、とか表現の仕方いくらでもあるのに、たった一言それだけ」
思い出を語るハナは少し寂しそうな表情をしている。
「でもね、その時ちょうど家に帰らなきゃいけない時間だったの。そしたら、トモくんがぎゅっと私の手を握って、帰ろっか、って。そのまま手を繋いで帰ったの。ツンデレにも程があるよね」
ハナは少しばかり笑顔になった。
「そうだね」
とトモヤは一応相槌をうつ。
「ねぇトモヤくんって歳いくつ?私は18歳の高校3年生」
「死んじゃった時は17歳だった。高校2年生」
「歳下?あっ、でもいつ死んじゃったかによるか」
ハナはうーんと考えてる様子。
「俺この姿になってから、時間の感覚とかわかんなくなっちゃって、自分が死んでどれくらい経ったのかわかんないんだよね」
「そっかぁ、じゃあうんと歳上の可能性もあるね」
少しの間、沈黙が続く。
「ねぇ、明日もここにいる?」
ハナが聞いた。
「うん、いるよ」
「そっか、私そろそろ帰るね。じゃあ、また明日」
「うん」
トモヤは遠くを眺めながら返事をし、ハナはその後ろ姿を数秒間見つめたあと高台の公園をあとにした。
翌日、トモヤは当然のようにあの場所にいた。
「あっ、やっぱりいた」
ハナが言う。
「今日もいるって昨日いったじゃん」
相変わらずトモヤは話をする時あまり人の顔を見ない。
「ねぇ、トモヤくんっていつからここに来るようになったの?」
少しの間の沈黙。
「1週間くらい前から、かな」
「ふーん」
自分で聞いたハナだが興味なさそうに返事をした。
「ねぇ、昨日話したツンデレ幼馴染のトモくんの話なんだけどね」
トモくんの話をする時のハナはパァッ明るくなったような笑顔になる。
「トモくんが引っ越しちゃう前日もここで2人で遊んでたの。そしたらね、トモくんが必ず会いにきてくれるって約束してくれたの。もしかしたら、2人とも大きくなってわからなくなっちゃてるかもしれないけど、この場所で会えば、きっとわかるよね、って」
ハナは海を眺めながら言った。
「だから、私毎日ここに来てるんだ。いつかトモくんが会いに来てくれるかもって。そう、信じてるの」
トモヤは黙って聞いている。
「私、トモくんの事大好きだったから。無口であまり話さない口下手な子だけどね、時折り見せる優しさとか、まだ小さかったけど、トモくんの魅力に気付いてたつもり」
「ふっ」
トモヤが少しだけ鼻で笑ったのをハナは見逃さなかった。
「あっ!今ちょっと笑ったー」
なぜだが、ハナがギャハギャハ笑い出す。
「トモくんが、また必ずまた会いに来てくれるって約束した日に、大きくなったらトモくんと結婚する。だから、迎えに来てね、って言ったんだ」
「うん、迎えに来るよ、ってトモくんは言った?」
トモヤが急に喋り出したのでハナは少し驚いたが
「そうだよ。トモくんは優しいからこんな私でも結婚してくれるんだってー」
ハナはニコニコしている。
ハナはすっと真面目な顔になって話はじめた。
「でも、私知ってるんだ。トモくんが実は病気だったこと。治療を受けるために病院の近くに引っ越したことも。トモくんが去年その病気で死んじゃったことも」
ハナの瞳からスッと涙がこぼれ落ちる。
「そっか」
トモヤはそう言うとまた黙ってしまう。
「死んじゃったって知った時も信じられなくて、もう会えないってわかってるのに毎日この場所に来てた」
「だけど、ちゃんと会いに来てくれた。トモくんなんでしょ?私が大好きな、あのトモくん」
「うん」
「会いに来るって約束したから」
トモヤはハナを見つめながら言った。
ふふっ、と微笑みながらハナはトモヤに身を寄せる。
「でも、トモくんが会いに来てくれてホントによかった。これで、私も決心できたっていうか」
「うん」
「私が先週、事故で死んじゃってからもお父さんとかお母さんとか、みんなの悲しそうな顔見てると、なかなか離れられなくて。でも、トモくんが来てくれたおかけで、私決めたよ。ちゃんと、みんなとお別れしなきゃって。行くべきとこに行かなきゃって」
「迎えにくるって約束したからね。天国で結婚なんて制度があるかはわかんないけど」
そう言うと、トモヤはぎゅっとハナの手を握りしめる。
「行こっか」
「うん」
そして、2人は海の見える方角の空にスッと消えていった。
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