第二章 怪人化1
「待ってくれー」
ゴロゴロゴロドンッ
二日連続同じ夢を見るとは夢見が悪い。というか、勢いよく起き上がり過ぎだろ。回転して壁ドンとかどこの漫画だよ。ベッドの端が壁で良かったと思う。
頭を振りながら周りを見回すと、部屋が大荒れに荒れていた。あれっ、起き上がる時にそんなに色々巻き込んだかなって思う。いやおかしい。自分は前にしか転んでないはずだ。
ジリリリリリリ。
服の下に隠れていたアラームを消そうと手を勢いよく振り下ろす。
ばしゃーん。
時計がぺしゃんこになった。
えっ、えーーー。俺こんなに力強かったっけ。
冷や汗が出る。考えてみたら、眼鏡がないのによく見える気がする。おかしい。試しに片手でベッドを持ち上げようとしてみた。ヒョイッと持ち上がる。
いや、待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て、これは夢だ。夢に違いない。ほっぺたをつねるんだ。
いたーい。
どうやら夢ではないようだ。そういえば昨日怪人がうちに来たとか言っていた。その怪人の仕業かもしれない。そう思って戦隊に連絡を取ろうとする。
(これだけは考えさせて、私の問題だから)
と、玲奈の言葉が甦る。・・・・・・少し、時間を置こうと思った。まだ怪人の仕業だとわかったわけじゃないし、どれほどの能力を身につけたかもわからない。戦隊たちも忙しいだろうし、朝っぱらから失礼だろう。そう思った。
とはいえ、俺は俺の身体の異常にすぐに辟易する。部屋の片付けをしようとしたらハンガーは折れ、いらいらして壁を叩けば穴が空き、フライパンの上のものをひっくり返そうとしたら天井につき、リモコンは壊れ、ドアノブは取れる。家の中はめちゃくちゃだった。ようやっと力の制御が出来るようになったのは昼過ぎで、部屋は一度半壊していた。
ただ、外に出ると爽快だった。どんなに動き回っても疲れないし、目が良いというのも世界が変わったように見えて新鮮だった。そしてすごいパワーとスピードで動けることが嬉しかった。
この力が顕著に際立ったのは工事現場だ。いまや怪人の被害で工事の現場はどこも人手が足りない状況だった。その場に行って手伝いますと言えば、すぐに手伝わせてもらえるのだ。俺はそこで自分の力を試した。大きな鉄管を運んで運んで運びまくった。周りに居た人が唖然としていたのを覚えている。俺はというと汗一つかかなかった。二、三時間手伝っただけで結構な金額をもらえた。次の転職先は工事現場で良いかもしれない。
気分良く歩いていると、荷物いっぱいのおばあちゃんが歩道の前で辛そうにしていた。そこで俺はおばあちゃんごと持ち上げて歩道を一っ飛びして見せた。そのままおばあちゃんを家まで送り届ける。あまりにもびっくりし過ぎて腰が抜けてしまったらしいからだ。
更に気分が良くなった俺は道路に躍り出て原付バイクとの競争を始めた。びっくりさせないように少し後ろを走っていたつもりだが、サイドミラーで見たのか突然バイクが横転しそうになる。俺はすかさずバイクを抱き留めて事故を防いだ。運転手は泡を吹いていたので、近くの歩道に寝かせてあげた。
夕方になると、人気のない公園で跳んだり跳ねたりして遊んでいた。いつの間にかその日を満喫していた。ブランコに乗り、何周もして飛び降りると、その時、異変を感じる。痛い。痛んだのだ、心臓が。ドクンッと大きく脈を打つ。すると今度は頭が痛い。割れるように痛い。俺は身体を抱えるように痛みを我慢した。
ドクン。ドクン。
身体が一瞬ゴツゴツしたものに変わった。怪人だ。ゴツゴツしたやつをテレビで見たことがある。それに似ている。そこでハッとする。
自分は怪人になりかけているのだと。
それならば全て説明がつく。脅威の身体能力に昨日鏡で一瞬見た怪人の姿。あれは自分だったのだ。
トゥルルルルル。
電話が鳴った。身体の異変が止まる。元の人間だ。電話は玲奈からだった。
「もしもし」
「もしもし、今怪人の反応がその近くであったんだけど、大丈夫」
「えっ、そうなのか。こっちはなんともないよ」
ひどく疲れていたが平静を装う。
「そう、また消えたのね。・・・・・・疲れてる」
それでも、息が荒かったのか勘づかれそうになる。
「あ、ああ。今ジョギングしててね」
「そう・・・・・・。了解。何かあったらすぐに連絡して。もしかしたら狙われてるかもしれないから」
なんとか誤魔化せたようだ。
「わかった」
「じゃあね」
電話が切れた。
嘘を吐いてしまった。でも仕方ないじゃないか。自分が怪人だ、などと言えるわけがない。玲奈の敵になってしまう。殺されてしまう。そんなこと、あってはならない・・・・・・。
怪人になった自分を想像してみた。自分は人を殺さない。自分に敵意はない。自分はものを壊さない。・・・・・・。何もしない普通の人と変わらないではないか。少し見た目が怖くて、少し人より身体能力が優れている。それだけじゃないか。それなのに、殺されなければならないのか。そんな・・・・・・、馬鹿な。
俺はブランコに乗り、ゆらゆらとしながら座っていた。すると、
トゥルルルルル。
また電話が鳴る。俺は焦って身体を見回した。また怪人化していたか・・・・・・。いや、していない。では何故・・・・・・。
電話の宛名を見るとそれは力也だった。
「もしもし」
「もしもし。幸治か」
声の調子が暗い。もっとも、自分も暗いが。
「ああ。どうしたんだ」
「極秘事項だというのはわかっている。わかっているんだが、どうしてもお前に話しておきたくて」
極秘事項、何のことだろう。
「昨日、戦隊が来た。いや、さっきも来た。いや、さっきは連絡だけだったが・・・・・・」
戦隊・・・・・・、連絡・・・・・・。まさかーー
「落ち着け、会って話そう」
電話だと盗聴されてるかもしれない。さっき、居場所がわかっていた。
「ああ、どこにする」
「メールで指示する。チェックしてくれ」
少し考える時間が必要だ。最悪、戦隊と戦闘になるかもしれない・・・・・・。つまり、人気のないところが良いだろう。
〈未来の森林公園に来れるか?〉
ここなら、この時間なら人気はないし、戦闘になっても逃げやすい。・・・・・・戦う気はないから。
〈わかった。ベンチにいる〉
この物言いだと、意外ともう近くにいるのかもしれない。少し、急ぐか。俺は道路を走りながら移動した。未来の森林公園まではおよそ五キロだったが、俺は疲れることなく移動する。
公園に着くと、予想通り力也がベンチに座って待っていた。空を見上げている。