第一章 兆候3
今社会は混沌を極めていた。怪人と呼ばれる超人が現れたのだ。怪人はどこからともなく現れて、破壊と殺戮を繰り返す。悪の権化と言える存在だった。
しかし、人間の側も黙ってはいなかった。シールドという特殊パワードスーツを開発し、人間の能力を最大まで高めることに成功したのだ。そのパワードスーツを操るメンバーをシールド戦隊と呼び、怪人のいるところにシールド戦隊ありとし、彼らは世界の平和を守っていたのだ。
とは言っても、怪人(「ハル」とか「バード」というのでハルバード怪人という)の被害が無くなったわけではない。怪人が出てきてから戦隊が来るまでは時間がかかるし、時折怪人は巨大化する。戦隊も大ロボットで応戦するのだが、どうしても街での被害が大きいのである。
そんな中、政治組織にはハルバード怪人との共存を謳う組織もいた。話せばわかるというのだ。そしてそんな運動が盛り上がり政治的交渉を試みることもした。しかし交渉は失敗。全てを壊された。その時に大規模な土地が破壊され、その土地はジェノサイドプレイスと呼ばれ、未だに復旧作業が進んでいない(因みにこの破壊の増長を防いだのがシールド戦隊だった)。そんなことがあったにも関わらず、政治組織の中にはまだ共存だなんやと騒ぐ人がいる。自分の身になってみろと言いたくなる。俺も今回の件で明確に反共存側だ。被害に遭えばわかる。殺されるかもしれないという恐怖はただそれだけで人を変えてしまう。
いじめもそうだ。人を精神的に殺す行為だ。人は一生懸命に生きている。それを侮辱するなんて許されることではない。俺は会社のことを思い出していた。プロジェクトに失敗されてからの期間は、いじめにも似た扱いを受けていたのだ。
「そうだ、いじめなんかダメだ。っうわっ」
つい感情的になり声を出し、風呂場で立ち上がってしまう。その時に鏡に一瞬化け物が映った気がしたのだ。鏡は曇っている。今は眼鏡もかけていない。何かの見間違えかもしれない。そう思い、湯船に浸かり直した。
ザバー
一日の疲れを癒やす。いじめはダメだ。と言っても今の俺には何にもなかった。何の力も無い。あくどい手段で陥られ、寝坊し、皆に失望され、社長に見限られ、辞めた。親友ともお別れだ。仕事も無いからお金も無い。独り身だから家庭も無い。
孤独だ。無力だ。どうしていいかわからなくなる。
ウィーン。ウィーン。
また戦隊の出動サイレンが鳴っている。どこかに怪人が現れたのだろう。昼夜問わず、朝に晩に出動など戦隊も大変なのだなと思う。
玲奈も大変だな。
身体を拭き、髪の毛も拭く。
ガタン、ドンドンドン。
何やら近くですごい音がする。案外近くなのかもしれない。怪人が現れたのは。そう思いながらバスタオルを置くと。
バタッ。
すごい勢いで扉が開かれた。イエローとピンクのスーツに包まれた女性が二人いる。俺は無防備にも裸だった。
「きゃ」
イエローの方が手で顔を隠した。
「ほぁ」
俺も股間を隠す。
「幸治」
ピンクは俺の名前を呼んだ。
「玲奈・・・・・・。とりあえず、着替えて良いか」
俺は複雑な気持ちを口に出す。
「あっ、うん」
バタンッ
色々思うところはあるが、とりあえずパンツを履くことから始めた。
「つまり、入浴中に怪人らしき姿は見たのね」
「ああ、でも襲われなかったし、怪我もない。見たと思うけど」
「一瞬現れてすぐ消える怪人か・・・・・・。目的がわからないわね」
俺は着替えを終えて茶の間に行く。するとすかさずシールドピンク、もとい玲奈に事情聴取を受けることになった。シールドイエローはグリーンの手伝いに行ったらしい。
「ダメだ、玲奈。やはり周りには怪人の姿も反応も無い」
無線から声が聞こえてくる。
「こっちもだめ。いないみたい」
さっきのイエローの声だ。
「どうやら幸治さんの家にいたことだけは確かなようだの」
おじさんの声がする。きっと責任者なのだろう。
「了解。もう少し話を聞いてみます」
玲奈が担当なのは、俺と知り合いだからみたいだ。知り合い・・・・・・か。
「幸治。怪人がどんな姿をしていたか覚えている」
「いやー鏡も曇ってたし、わからないな」
「そう・・・・・・」
事件の、怪人の話も良いが、玲奈とは他の話がしたい。
「あっ」
「何か思い出した」
「昼のやつみたいに真っ黒じゃ無いことだけは確かだ」
「なるほど、とすると下級怪人じゃ無いってことか・・・・・・。能力と良い、危険ね。わかったわ。また情報があったらここに連絡を頂戴」
貰ったのは名刺だった。玲奈の番号と本部の番号が書いてある。
「もう帰るのか」
仕方ないとは思いつつも、引き留めてしまう。
「ええ、まだ何かあるの」
玲奈は今すぐにでも帰る雰囲気だ。
「あー、無線開いてくれる。さっきのおじさんと話がしたい」
「犬塚さんと。何を話すの」
それはもちろんちょっとした交渉だ。ただ、知れば玲奈は無線を繋いでくれないだろう。
「いいから、お願い」
強くそれだけ言う。玲奈はその勢いに気圧されている。
「犬塚さん、いいですか」
「構わんよ。スピーカーモードにして」
「はい。いいわよ。しゃべって」
「あー、犬塚さんですね」
「うむ。私だ。何の用かな」
「あの、単刀直入で良いですか」
「ああ、構わんよ」
「情報提供の見返りが欲しいです」
こういう風に言うのは少し罰が悪いが。
「貴方何を言ってーー」
「待ちたまえ玲奈君。見返り。金かな」
怒らずに聞いてくれている。ありがたい。
「いえ、時間です」
「時間」
「はい。玲奈としゃべる時間をくれませんか」
「えっ」
玲奈がきょとんとする。
「なるほど、そういうことか。うん。今日はもう遅いし、怪人は出ないだろう。玲奈君。昔の好み(よし)だ。色々と話してきなさい」
責任者が話のわかる人で良かった。
「でも」
「話してやれ、玲奈」
「情報提供の見返りだもんね」
「・・・・・・知り合いは大切にしろ」
「朝まで帰ってこなくて良いよ」
どうやら全員に聞かれていたようだ。
「みんな・・・・・・」
「玲奈、色々聞かせてくれ」
俺は玲奈に思いっきり頭を下げた。
「・・・・・・わかった。三〇分だけよ」
よし、と拳を握った。
「皆さん、ありがとうございます」
「いえいえ」
「今日中に帰ったら罰ゲームだね」
「・・・・・・」
「幸治さん。逃がしちゃダメだよー」
「もう切るから」
やや不機嫌な様子で玲奈は回線を切った。
「勘違いしないでね。これは事情聴取の延長だから」
強気な調子。いつもの玲奈らしくてほくそ笑んでしまう。玲奈はスーツのままちゃぶ台の前に座った。
「スーツ着たまま話す気」
俺が突っ込むと。
「わかってるわよ」
とスーツを脱いだ。何やら耳の機器と腰の機器に収束されていく。玲奈らしいきっちりした服装だ。アクセサリーなどは着けていない。
「似合うね」
「何が」
一言一言が懐かしくて嬉しくなる。
「服装だよ。何か飲む」
「いらない」
「そう」
それでも俺は立ち上がってお茶を用意した。
「戦隊の仕事はどう。順調そうに見えるけど」
「申し訳ないけど機密事項だから言えないわ」
玲奈は俺とは目を合わせずに壁を見ている。
「ふふっ。順調かそうじゃないか言えば良いだけだよ。真面目だな」
昔からこういう生真面目なところは変わっていないらしい。
「・・・・・・順調よ」
「そうそう、そんな感じそんな感じ」
後ろから肩を揉んであげる。
「ッ。びっくりさせないで」
身体を捻って外された。
「おやおや、結構凝ってたぞ。ちゃんともんであげようか」
「いい」
ふんっと机に向かう。背中は丸見えだ。やってもいいのサインだろ。
「ほいよ」
がっしり掴む。
「いいって」
軽く抵抗するが、軽くだ。
「幸せに治すと書いて幸治。月城玲奈さんの戦隊の疲れを癒やしてみせます。みせますとも」
口上を垂れてみる。
「もうっ。いいって言ってるのに」
ふふっ、やっと柔らかくなってきたな。
「なあ、彼氏いるか」
肩を揉みながらそれとなく気になっていたことを聞く。俺はそんなに悪い彼氏じゃ無かったはずだ。俺が最後でいて欲しい。
「いないわよ。あれ以来」
「そっか。良かった」
どうやら俺が最後のようだ。俺の中で緊張していた糸が少し緩んだ。
「戦隊の仕事、大変か」
「さっき順調って・・・・・・。まあ大変でもあるけど」
「仲間は。仲間は良い人ばかりか。あっ、その差し障りの無い範囲で」
玲奈がふぅっと息を吐いた。
「良い人たちよ。みんな明るくて元気で。一人暗い人もいるけど。幸治みたいにひょうきんなチャラ男もいたわね」
俺みたいなと聞いてドキッとしてしまう。遠い親戚よりも近くの他人とも言う。なんだって近くにいる人の方がいいだろう。手の動きがゆっくりになった。
「惚れないわよ、チャラ男なんかに。幸治はチャラ男じゃ無かったでしょ」
少し安心する。というか、惚れててくれていたと言うことか。
「そっか」
そう言いながら、俺はニヤついた。手も勢いを取り戻す。
「幸治は。幸治はどうなの仕事」
ああ・・・・・・。手が止まってしまう。
「今日辞めたばっかだよ」
俺は素直に言うことにした。
「えっ」
玲奈がこちらを向こうと、首を反らした。
「仕事、失職したんだ」
この状態では話しづらいと思い、自分の席に座りに行く。
「そう・・・・・・。幸治なら、幸治ならどこでも上手くいくよ」
励ましてくれるのは嬉しいけど、上手く笑えない。
「ありがとう」
それでもニカッと笑った。目は瞑って。
「無理しなくていいよ」
玲奈にはそれでもすぐにばれてしまう。
「うん・・・・・・」
笑うのはやめた。
「なあ、俺玲奈のところで働けないかな。何も出来ないけど掃除とかくらいなら出来るし、そういう人員はいるんだろ。そしたら玲奈ともたまには会える。そしたらーー」
また付き合える。そう言いたかった。
「そうね。聞いてはみるけど無理だと思う。特別な人間しか出入り出来ないから」
玲奈が申し訳なさそうな目でそう言った。
「そうだよ、な」
そして微妙な間が産まれる。一〇分くらい経ったと思う。玲奈が耐えかねて声を出す。
「じゃあ私、帰るね」
そう言って、玲奈が席を立ったので、俺も我に返る。
「あっ、待って」
「うん。まだ何かある」
「別れた理由だけ、教えてくれないか」
ついに聞いてしまった。これを聞けばもう名実ともに恋人ではいられない。玲奈は一瞬こちらを見た後、ゆっくり座り直した。
「戦隊として戦っていくことを決めたからよ」
それはきっとそうだろう。ただ、
「本当にそれだけなのか」
どうしても引っかかるのだ。
「ええ、それだけよ」
「もしそれだけなら、付き合っていられると思う、俺は」
ずっと、言いたかった言葉だ。
「無理よ。戦隊は秘密組織。寝泊まりだって基地の中よ」
「俺はたまに会うだけでも、電話だけでも良い」
「そんな自由は無いわ」
「じゃあさっき言ってたチャラ男はどうなんだよ。外に出てるんだろ」
基地にいるだけではチャラ男という評価には繋がらないはずだと思った。
「それは・・・・・・そうだけど」
やっぱりそうだ。
「そういう時でも良いし、いや、そういう時の十分の一でも良い」
「でもあの時はそんな自由があると思わなかったから」
「なら今でもダメか」
そう、あの時はと言うのなら、今なら良いはずだ。
「・・・・・・それは」
玲奈は口を噤んだ。
「今でもダメか」
強く、強く繰り返す。
「・・・・・・そうね」
ポツリと言った玲奈の一言に、ドクンと心臓が跳ねた。
「きっと貴方を幸せにする自信がなくなったからね」
そして、どこまでも深いところへ落ちていった。玲奈が初めて俺を真っ直ぐ見た気がする。
「それが、理由か。でもそれが理由ならーー」
今の俺だって自信を持って言える立場じゃ無い。そう言おうとした。
「これは私の問題。幸治の気持ちは嬉しいの。ものすごく。でもこれだけは考えさせて。私の問題だから」
確かにそうかもしれない。保留、か。それなら前よりましだ。一歩進めたってことにしよう。
「わかった」
その日はそれで別れることになった。つづく。