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第四章 ヒーローの条件2


「どうしてです。幸治達が協力してくれれば、怪人退治も捗るし、幸治達も怪人にならなくて済む。一石二鳥じゃないですか」


 玲奈が俺達の言いたいことを代わりに言ってくれた。


「言いたいことはわかるが、こればっかしは無理なんじゃ。玲奈君。最初に手紙を貰った時のことを覚えているかい」


 手紙、何のことだろう。


「ええ、それがどうしたんですか」

「あれは全国調査をした結果の、適合者にのみ送られている手紙なのじゃ」


 ショックのせいで頭が回らない。玲奈は何かわかったようだ。


「あの、何のことですか」

「うむ、君たちにもわかるように順を追って説明しよう」


 そう言って、犬塚さんは立ち上がった。ホワイトボードを持ってきている。


「まずパワードスーツというものが偶発的かつ神秘的なものであることを説明する。わしは怪人の被害が始まる前から、人間の身体能力を向上させる研究をしていた。人間の筋組織、つまり筋肉じゃがこれはどんなに自分で全力を出そうとしても七十パーセント程度しか働かん。これは理由が色々あるが、全力を出すとすぐに動けなくなってしまうから、と思ってといてくれ。つまり、筋組織に働きかけてもすぐにバテてしまうのじゃ、人間の身体は。そこでわしは。内部的な筋肉への働きかけではなく、外部的筋肉を付け足すことを考えた。それがこれじゃ」


 犬塚さんが図で説明してくれる。するとそれは普段見ているパワードスーツとは違い、かなりゴツゴツしたものであった。


「わしはこの形で人間の十倍の力が出るところまでは完成させている」


 パワードスーツと同じ力だ。


「しかしこれだけゴツゴツしていると戦うことは出来なんだ。作業用にしか転用出来なかった」


 少し寂しそうに犬塚さんは言った。


「今の姿になったのは何がきっかけなんですか」


 玲奈が聞く。


「怪人じゃ。怪人の出現がこのスーツを誕生させた」


 ここで怪人が出てくるのか。


「当初、戦隊が出来る前は自衛隊が掃討に尽力していたのは皆知っておるな」


 皆で頷く。


「矛に触ると取り込まれることも皆知っておるな」


 もう一度頷いた。


「そういう実験もあったんじゃ」

「実験・・・・・・」


 力也がつぶやいた。俺も玲奈も同じ気持ちだろう。倫理的にアウトなはずだ。


「怪人という未知の存在を理解するには仕方のなかったことなんじゃ。擬態を使うこともしたが、生身の人間でなくてはダメだった。これは推論だが、あの矛は人間の感情に反応している」

「擬態とは何ですか」


 力也が聞いた。


「人間の身体にかなり近い素材で作った空っぽの身体じゃ」


 マネキンみたいなものか、と俺は思った。


「そして実験の最中、素体と擬態が繋がれた状態で素体が矛に取り込まれたらどうなるかという実験が行われた。すると、素体は黒いものに包まれたのに対し、擬態は白いものに包まれた。擬態に命はないから、安楽死用のガスで消えることはなかった」

「安楽死・・・・・・」


 玲奈が呟いた。詳しく聞く気にはならなかったが、やはりかなり非道徳的実験だったようだ。


「そしてもう一つ。この状態で取り込まれた時のみ、死なない個体、失礼、意識を持った個体がいることがわかった。つまり矛に抗体のある人間がいることもわかった。大量生産をすることにも繋がったし、玲奈君、君たちを見つけるのにも役立った」

「えっと、つまりスーツにも適性がある」

「そういうことじゃ。全国民の血液データから最適な人間を五人割り出した。他にも準最適という者が八名ほど見つかった。が。どちらにせよ君たちの名前はなかったよ」


 希望が無望になった。そう感じた。


「抗体のある人間以外がスーツを着るとどうなるのですか」


 玲奈が聞く。


「怪人化する」


 犬塚さんが頭を抱えながらそう言った。


「じゃあ、俺達はどうすれば良いんですか。ただ、怪人になるのを待てと言うのですか」


 力也が立って反発した。


「それもいい。じゃが・・・・・・」


 犬塚さんが言い淀む。


「一応、実験中に使った設備は残っておる。そこで静かに眠ることは出来る」


 安楽死、ということか。無望が絶望に変わった。


「そんな、そんなことが許されると思っているのですか」


 玲奈も立ち上がって反発した。


「おもっとらん、おもっとらんが・・・・・・。お前さんらを、人類が死ぬのを放っておけと言うことも出来ん」


 犬塚さんも最初は激し、最後は泣きそうになりながら反発する。


「とは言え、他人(ひと)他人(ひと)の人生を決めるというのも酷な話じゃ。一応、君たちに今の状態の抗体検査も行って、抗体があるかどうかのチェックもしたい。ただ、その間に覚悟を決めて欲しい」


 その口ぶりで、抗体検査の結果など当てには出来ないことが伺える。皆が顔を背ける中で、俺はただ茫然(ぼうぜん)と前を見つめながら、


「わかりました。力也、行こう」


 とだけ言った。


「血液採取をさせてくれ」


 形だけのものだが、


「はい」


 と応じる。その間は無言だった。誰も何も話さない。一通り終わると、


「力也、行こう」


 もう一度俺はそう言った。力也はうなだれたまま付いてきてくれる。

俺達はどこともなしに歩いた。おそらく今行っているのは笑いの区画の方だ。笑いたかったのかもしれない。道中は何も話さず、ただポツリポツリと歩いていた。

笑いの区画に来ると、一人の男が洗車していた。比較的、機嫌が良さそうだ。おそらくここのスタッフなのだろう。あまり人に会う気はしなかったので、その場を離れようとする。すると、


「君たち、初めて見る顔だね。通行証とか持ってる」


 と聞かれた。その男が近付いてくる。


「持ってないです」


 そんなもの渡された記憶がないのでそう返事をする。


「君たち、体調悪そうだけど大丈夫」


 そのまま行こうとする俺の方をそいつは掴んで止めた。凄い痛みが生じたので反射的に離れる。すると、掴んだ本人が苦しみ始めていた。


「うわーーー。うおーーーー。おーー」


 怪人化だ。そいつの身体がチカチカしてきて、そして怪人の姿で安定する。


 ウィーンウィーンウィーン


「ワライノクカクニテ、カイジンヲカクニン。ワライノクカクニテ、カイジンヲカクニン」


 警報が鳴った。何やら大変なことになってきた。俺は力也と顔を見合わせる。そして何を言うでもなく、ほぼ同時に動き出した。


(俺達だってヒーローになれるんだって証明してやる)


 たぶん力也も同じ気持ちだったと思う。

 俺らはそれぞれ、まず蹴りを繰り出した。俺は右で力也は左だ。しかしそれは怪人に受け止められる。怪人は蹴りを弾き飛ばしてダブルラリアットを繰り出してきた。俺も力也も上体を倒してそれを躱す。そしてすぐに飛び上がって振り返る。見たところは上級怪人。さすがに下級怪人とは違う。

 しかし、こちらも下級怪人と戦った時とは違う。それに二人だ。ヒーローとして死ねるなら、相打ちだって構わない。その後数分間お互いの攻防が続いた。


「幸治、力也さん」


 と、途中で玲奈が来る。よし、と思う。そして二人でなんとか怪人を取り抑えようとした瞬間。


「スーツをくれ」


 一瞬、怪人が人間の姿に戻る。どうやらまだ完全に怪人化したわけではないようだ。


「守人」


 玲奈が驚愕している。


(どちらにせよ)


 俺と力也は守人と呼ばれる人物に飛びかかる。俺は上を羽交い締めにし、力也は下を抑えている。


「俺と力也がこいつを抑えている。その間にスーツを持ってくるもよし、こいつと一緒に葬り去るもよし」


 玲奈にそう伝えた。


 と、


 ドクンッ。くそっ、何かが流れ込んでくる。


「ちょっと二人とも」


 玲奈が焦っている。おそらく身体がチカチカしているのだろう。


「ハヤク」

「ハヤクシロ」


 頭が割れるように痛い。意識が遠のいていく。


「離れろ、離れるんだ」


 守人と呼ばれる男が比較的しっかりした口調で言っている。言われなくてももう触れてはいられない。二人して離れる。


「「うおーーーーー、ううーーーーー」」

「守人、大丈夫」

「ああ、俺はもう大丈夫だ、しかし」

「守人、スーツを持ってきたぞ」


 新しい人間が三人来た。全部で五人。たぶん戦隊だろう。なんとなく推察出来る。俺達が戦っていたのは他でも無い、怪人化しそうな戦隊だったのだ。あいつはスーツがあれば大丈夫らしい。俺達には・・・・・・、俺達にはそんな物がないというのに。

 嫉妬する。

 あいつばかりが守られて、俺達が守られないことに。

 悪夢だ。

 ヒーローのまま死ねると思っていたのに、実際はヒーローを殺そうとしていたなんて。

 絶望する。

 結局、俺達にあるのは死の選択のみ。戦隊に倒されるか、安楽死するかの二択のみ。


「「ウオオオオオオオオ」」


 

 そして俺達は怪人化した。



「シールド戦隊、変身」


 五色の色が見える。あれが生で見る戦隊か。

 憎い。憎い憎い憎い。


「「シールドセンタイーーー」」


 俺と力也は咆吼した。

 すると急に三人の人間、いや怪人が姿を現す。


「美しい匂いに釣られてきたら、とんでもないところに来ちゃったわね」

「こりゃご馳走なのか毒草なのかわかりゃしねえな」

「ふん。やることは変わらん。連れ帰るのみだ」


 直感だが幹部だ。論文に人型と書いてあった。


「「「「「アタックフォーメーション。ゴー、ランチャー」」」」」


 何やら凄いエネルギー砲が飛んでくる。


「夢魔の鏡」


 最後に出てきたやつがそう言って、不思議な空間を作り出すと、そのエネルギーを全て吸い取る。そして、似たようなエネルギー砲が戦隊達に飛んでいった。


 ドカーン


 激しい爆発が起きる。戦隊達が四散した。


「お前達の料理はいつでも出来る」

「また迎えに来るわ、ブルーちゃん」

「首を洗って待っておけ、グヘヘ」

「「「さあ」」」


 三人が手を広げて迎える。戦隊を見ると、もう戦闘出来そうな状態じゃない。変身も解けていた。全員苦しそうに悶えている。ただ、本当に苦しいのは俺達だ。そう思う。俺達二人は戦隊を尻目に、三人に誘われるまま異様な空間に入っていった。



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