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第3.5章 ブルーの憂鬱2

 目を開けると、白い天井が目に入る。鏡の世界とは違い、すごく安心出来た。俺は起き上がる。犬塚さんがカタカタと作業をしていた。そして、こちらに気付いた。


「おーう、起きたか」

「どれくらい寝てましたか、俺」


 スーツの残り充電も気になるので時間の質問をする。


「ざっと二時間くらいかの」


 二時間。とするともうスーツを替えなくてはいけない。


「――」

「心配無用じゃ。今は省エネモードじゃ。まだ二時間は持つ」


 俺が何かを言おうとすると、犬塚さんがカタカタと作業しながら教えてくれた。


「省エネモード」


 知らない単語だ。


「ああ、守人君の身体に合わせた怪人化防止用の特別スーツじゃ。戦闘能力は無いが、持続時間は二倍ある。試作品だがの」

「試作品」


 いつの間にそんな物を用意していたのだろう。


「うむ、戦闘が出来なければ意味が無いじゃろ。完成品は省エネモードと戦闘モードの切り替えが出来るようにする。省エネモードでの持続時間も十時間になる予定じゃ」


 もし、それが実現したら安心だ。と、ここで一つ疑問が出てきた。


「じゃあ今怪人が来たらどうするんですか」

「また着替えてもらうしかない。安心して大丈夫じゃ。専用のスタッフを用意しておる」

犬塚さんはそう言って目でスタッフの方を指す。確かに休めのポーズで立っている人間が三人いる。こちらが見ると、三人は軽く頭を下げて挨拶をした。こちらもそれに合わせて頭を下げる。

「自衛隊の人間じゃ。九人が交代制で守人君の着替えをサポートする。ボディーガードだと思えば良い」

「ボディーガード」


 市民を守るはずの戦隊にボディガードがいるとは恥ずかしい話だった。ただ、それよりも気になることがある。


「ずっと付いてくるって事ですか」


 トイレや入浴もってことだろうか。


「ああ。だが新しいスーツが出来るまでは戦闘以外でシールドガードを出ないでくれるかの。彼らも戸惑う」


 よく見ると三人とも男性だ。どこへ行っても付いてくるつもりなのだろう。まあどちらにせよスーツは脱げない。あまり関係ないだろう。


「遅れたが体調はどうじゃ」

「ええ、安定しています」


 怪人と戦った直後の苦しさは特にないなと思った。


「そりゃ良かった」


 犬塚さんがニコッと笑ってくれた。そしてすぐに作業に戻る。大方新しいスーツの準備をしているのだろう。俺はずっとここに居るのも邪魔だろうと思って、とりあえず外に出ることにした。

 犬塚さんの言うように三人は付いてきた。ずっと立っていただろうし、このまま休めないのも大変だと思った。座れる場所を探し、少し離れて歩く彼らを手招いた。三人は顔を見合わせている。


「少し話さないか」


 なかなか来ないので声をかける。少しコミュニケーションを取りたいというのもあった。

 俺が言葉に出したからか、ようやく三人が歩いてきた。


「座っていい。いや、座ってくれ」


 近くに来るだけでなかなか座ろうとしないので、軽く命令してみる。


「自分たちはすぐにブルー殿を着替えさせる必要があるので」


 真ん中の男がそう言った。そうか、彼らは怪人の情報を全て知っているわけではないのか。


「明確に決まっているわけではないが、怪人再出現までの最短時間は過去のデータを基にすると八時間だ。先ほど、約二時間前に出現したばかりだから、まあ余裕を見てもあと五時間は大丈夫だ。それまでは座っていることくらい構わないだろ」


 そうやって説明をする。すると三人は目で会話をし、


「では」


 そう言って座ってくれた。


「名前を教えてくれないか。俺は高森守人だ」

「存じてます」


 向かって右の隊員が言った。真ん中のリーダーっぽい人が目で制する。何やらしゃべってはいけないみたいだ。


「いや、コミュニケーションが取れないとこちらも居心地が悪い。どんな命令が出ているんだ」


 俺が聞くと、真ん中のリーダーっぽい人が答えた。


「時間が来たり、緊急の場合に守人さんを着替えさせるという命令です。それ以外の命令は受けていません」


 自衛隊というのはこうまでして日本の縮図みたいなものなのかと心の中で思う。与えられたことしかやらない。命令がないと動けない。意見を通すにはたくさんの過程が必要。そうやって従順な人間ばかりが出来上がる。人が病みやすいわけだ。


「裏を返せば、命令を守れば他はどうやっても良いのでないか」


 一つ突っ込んでみる。


「そのような教育は受けておりません」


 返答を聞いて苦笑いしてしまう。


「じゃあコミュニケーションが命令の遂行に役立つとしたらどうだ」


 彼らのために言い訳を考えてあげよう。


「どういう事でありますか」


 左の者が聞いてきた。やはり真ん中のリーダーっぽい人が目で制す。


「着替えをするという一連の行動は今回一人でやるものではない。俺を含めた四人ですることだ。つまりチームワークが必要ということになる。チームワークの基本は言えるか」

どうやらキーパーソンは真ん中の者のようだ。俺は真ん中の者を見つめて聞く。横の二人も真ん中の人の言葉を待った。

「信頼、ですか」


 ほどなく真ん中の者が答えた。


「そうだ。信頼だ。信頼はどうやって出来る」


 真ん中の者は少し考えて答える。


「コミュニケーション、でありますか」

「大正解だ。ほら、大切だろ。コミュニケーション。実際今回は三十秒以内に着替えないといけないという縛りもある。それを遂行するには確かな信頼関係が必要だ。俺もしっかり仕事して欲しいのさ。遊びで言っているわけじゃないよ」


 ボクシングで言うところの右ストレートを打ったつもりだが、効いただろうか。


「自分は秋本康史と言います」


 向かって右の者がしゃべった。真ん中の者がびっくりしたように秋本を見る。


「自分は中嶋智士です」


 今度は向かって左の者が言う。真ん中の者は今度は中嶋を見る。俺と秋本と中嶋は真ん中の者を見つめた。真ん中の者はその三つの目線を行ったり来たりして、ついに観念した。


「自分は山本仲雄と言います」

「ありがとう」


 俺はそれを笑顔で迎えた。これで堰を切ったのか、話が盛り上がった。



「正直シールド戦隊が出来てからは我々の負担もだいぶ減りました」


 そう話すのは先崎清志だ。今は二組目である。六時間交替のシフトを組んでいるらしい。


「いやいや、出来てからも自衛隊の皆さんには迷惑をかけていますよ。自衛隊あってこその国の平和です」


 俺は素直にいつも思っていることを言う。

 戦隊が出来るまでは自衛隊が怪人の相手をしていた。当時は上級怪人の出現はなかったため、中級怪人までを自衛隊が対処していた。しかし、武器こそ豊富にあれど、中級怪人ともなると戦車や戦闘機を使わねば対処出来ずに、戦闘の度にすごい被害が出ていた。今でも戦隊の戦いの後は多少の被害が出るものだが、それとは規模が違っていた。戦闘後の処理も大変だったと聞く。自衛隊にしてみれば肉弾でも戦える戦隊というのは革新的な兵器なのだ。

「今でも色々支えてもらってます。下級怪人だけの出現の時は特にお世話になりっぱなしです」

そう、下級怪人だけの出現の時は基本的に戦隊は出張らないこととなっている。もしそれで他に中級怪人が出てしまったら対処が難しいからだ。と言っても、最近では下級怪人だけの出現というのはそう多くないらしい。途中で中級怪人が出てくることもあるから、一応戦隊も出るのが現実だ。


「いえいえ、今の平和があるのは間違いなくシールド戦隊のお陰です」


 そう言うのは杉本広司だ。彼は戦隊に家族を救われたことがあり、そのことをひどく感謝された。今回も志願してきたらしい。


ウィーンウィーン


 と、話の途中で怪人襲来のサイレンが鳴る。一気に全員に緊張が走った。


「用意」


 川谷昇。この隊のリーダーが檄を飛ばした。すると、三人はすぐに体勢を整える。俺もすぐに立ち上がる。


「GO」


 三人の動きはスムーズだった。ものの二十秒で着替えを済ましてしまう。さすが専属のスタッフだ。俺は礼をそこそこにすぐに向かった。



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