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第一章 兆候1

第一章 兆候


「話したいことがあるの」

「何」

「ハールハルハルハルー」

「机の下に隠れて」

「えっ、えっ」

「早く」

「あっ、うん」

「これ以上付き合うことは出来ないの」

「えっ」

「さようなら」

「待って、待って、待ってくれ」

「覚悟しなさい、怪人」

「待ってくれー」


 俺は目を覚まし、ガバッと布団を押しのけた。大声を張り上げていた。自分の声の余韻に浸る。・・・・・・夢か。夢だ。いつも通りの部屋を見て、夢からはっきりと覚めた。

 ジリリリリリリ。

 アラームの音が鳴る。六時半だ。準備をしなければ。昨日は部下と深酒をした。少し酒が残っている。だが大丈夫だ。二日酔いではない。酒は強い方なのだ。

 あいつは、部下は大丈夫だろうか。木下のやつもかなり飲んでいたはずだ。終電前に帰ったはずだが、木下の家はどこだったか。あまり遅くなって寝坊しなければ良いが・・・・・・。妻がいるだろうし、大丈夫だろうが、一応朝電してやるか。

携帯を開く。ん。八時三二分って・・・・・・。八時三三分。時計と全然違う。しかしきっと携帯があっているのだろう。何しろ電波で時間調整をしているのだから。つまり・・・・・・。やばい、遅刻だ。ここからじゃどんなに飛ばしても四,五〇分かかる。力也に電話しなければ。俺は電話の矛先を木下から力也に変えた。

トゥルルルルル。トゥルルルルル。


「もしもし、俺だ」


 すぐにスピーカーモードにして、俺はスーツを着替え始める。


「もしもし、どうしたこんな時間に。まだ六時半だぞ。心配し過ぎて朝電か」

「六時半って・・・・・・。お前もか。いいか、携帯の時間をよく見るんだ」

「ん。携帯・・・・・・。八時三五分。・・・・・・八時三十五分なのか」


 目の覚めたような大声が聞こえてくる。だが、今は取り乱すよりも冷静になる方が先決だ。


「そうだ。どうやら嵌められた」

「ちくしょう長島のやつ」

「そっちは長島か、こっちは木下にやられた」

「長島と木下か。あいつらとっちめてやる」


 力也の舌打ちが聞こえてきた。俺もそうしたい気持ちでいっぱいだ。


「待て、裏で操っているやつがいるはずだ。焦るな。それよりもこの状況をどうするかだ」


 俺たちは九時の出社に間に合わなければいけない。いや、もう間に合いはしないだろうが、それでも出来るだけ早く着く必要がある。


「電車だと一時間かかるな」

「タクシーならどうだ」

「タクシーなら三〇分だ」

「よし、タクシーで行ってくれるか」

「もちろんだ。準備はどうする」

「あー、そのままでやるか。俺はおそらく始まってから二十分後に着く」

「わかった。準備は俺の方で当てがある。俺の方でやっとくよ」

「ありがとう」


 電話をそこで切る。あまり悠長に構えていてはどんどん遅れるだけだ。八時三八分。着替えはなんとか済ました。ともかく出よう。

 今日は重要なプロジェクトの発表があった。社運を背負うようなものだ。いや、それだけではない。社風を変えることにもなるプロジェクトだ。ただ、社風が変わるともなると反発もある。今回の妨害はその一派の仕業なのだろう。

 九時に発表が始まる予定だった。何故、出社時間すぐに会議を行うのか。それも目に見えない圧力によるものだった。何故かこの時間しか会議室が取れなかったのだ。上層部の中に俺たちのことを忌み嫌う存在がいるらしい。

 まあ、いい。今はいい。

 ともかく遅刻しましたプレゼン出来ません。では他の上層部に顔向け出来ない。プロジェクト自体も失敗してしまう。その上層部がどこぞの誰だかは知らないが、これは社運を背負ったプロジェクトであることをわかっていないのか。心底怒りが湧いてくる。

 というより、これに失敗すれば俺や力也には未来がない。一生かかっても課長か、せいぜい部長になるくらいで終わってしまう。重役への道は閉ざされてしまう。力也と二人で築き上げてきたエリートロードが今崩されようとしている。(はらわた)が煮えくりかえる思いだ。一生懸命積み上げてきたものを一蹴りで無くそうというのだから。二人分の人生を無に帰そうというのだから。

 それでも一旦は恨みを飲み込む。プレゼンの成功が最優先だ。まだ負けたわけではない。タクシーの中で、なんとか誤魔化せる言い訳はないかとか、効率的な説明はどうすれば良いかを考えた。

 九時二十分に会場に着くと、俺は唖然とした。

三千人入るホールにいるのは百人程度。重役はどうやら一人もいない。力也がプレゼンを始めているが、声が会場を吹き抜けていた。

 ここまでやるか。

 俺は怒りを通り越して、呆然としてしまう。すると、トントンと肩を叩かれた。恵子だ。受付嬢であり、力也の彼女だ。


「霧雨です。霧雨が手下を使って強引に会場に来た人を帰らせました」


 恵子が耳打ちしてくれた。霧雨は重役の一人だ。黒い噂の絶えない保守派だ。


「ここで、本プロジェクトの代表である影山氏に説明を交代します」


 動こうとしない俺をドンと恵子が突き出してくれる。もうやけだ。やれるだけやろう。


「日向さんありがとうございました。基本的な説明は日向さんの言ってくれた通りとなります。私はこのプロジェクトのポイントとなる部分を掘り下げてみようと思います。このプロジェクトのポイントは既成概念の打破にありますーー」


 俺はその場で出来ることに全力を尽くした。



「君には、君たちには失望したよ。この大事なプロジェクトに、遅刻をするとはね」


 俺は後日社長に呼び出された。このプロジェクトを支持してくれていたが、この結果では申し訳ない。遅刻が原因なのも事実だ。


「君たちには期待していたんだがね。まさか本番に弱いとは」

「私が悪いのです。私一人が責任を被ることは出来ないでしょうか」

「ほう。君一人に、どうやって」


 俺は一度目を閉じて改めて意を決する。スッと一枚の封筒を出した。そこには辞表と書かれている。どうせここに残っていても出世は無理だ。


「なるほど。君らは仲が良いんだね。本当に」


 社長は受け取ると、もう一つの辞表を取り出した。


「まさか」

「そう。これは日向君のものだ。もう受理している」

「そんな。力也のは破棄して下さい」

「そうしてやりたいのはやまやまだが、それは出来ない。日向君はここで働く気がないようだからね。私も色々言われたよ」


 社長は力也の辞表を閉まった。


「だがまあ、君のやつなら破棄しても構わないがね。一応日向君の願いでもあるしね。ただし、昇進は諦めてくれ」

「・・・・・・」


 万年平社員として使いっぱしるつもりだということだ。どんなに努力しても、どんなに成果を上げても、それはきっと誰かの功績になる。そして、きっとその末路はボロぞうきんのように捨てられるだけだ。どうせ捨てられるなら今の方が良いに決まっている。


「いえ、私の意志は変わりません」

「そうか。それなら仕方ない。何か言い残すことはあるかね。日向君みたいに」

そんなもの気休めにもならない。ただ、この会社を本気で良くしようと思ったのは確かだ。その意志は残しておきたい。

「では、あのプロジェクトは誰かに再始動させて下さい。あれはこの会社のみならず、この社会全体を変えうる火種になります。この会社もそれで安泰です」


 社会を変える時には必ずと言っていいほどの反発がある。俺はその反発に惜しくも負けてしまっただけだ。せめて想いを紡ぐものがいれば、その人に託したい。そして知って欲しい。この社会の平和を願うものがここにもいたのだということを。


「うむ。検討しておくよ」


 俺は社長室を去った。



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