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ゲーマー協会からの刺客 グリムロー

浅草の路地裏、ネオンの光が届かぬ薄暗い喫茶店「灯火」は、時代に取り残されたように寂れていた。煤けた窓から漏れる蛍光灯が、雨に濡れたアスファルトを照らす。店内のカウンターで、王我は、コーヒーの湯気を眺めていた。向かいに座るのは、黒いパーカーに身を包み、フードで顔を隠した男。

彼は、グリムローというゲーマーネームで活動するゲーマー協会のゲーマーであった。その目元は影に沈み、卑屈な気配が漂う。


「話とはなんでしょうか? ビースト様」


グリムローの声は低く、どこか刺々しい。店内に1組だけいるカップルの笑い声が聞こえるたびに、指がピクリと動く。


王我はカップを置き、ニヤリと笑った。


「君を呼んだ理由は他でもない。ある依頼を頼みたいんだ」


「……どのような内容ですか?」


グリムローはフードの下で目を細める。


王我はテーブルの上に、力人と雪音の写真を滑らせる。


「この二人を消してほしい」


グリムローは写真を一瞥し、眉を上げた。


「もしかして、僕の裏を知ってて依頼してるんですか?」


ビーストの笑みが深まる。


「もちろんだ。SNSで『グリム浪』として、幸せそうなカップルのアカウントや配信者に粘着しては誹謗中傷する君にとってピッタリの仕事だと思わないか?」


グリムローは小さく舌打ちし、フードをさらに被った。


「必要ねぇ……」だが、ビーストの次の言葉に目が光る。


「成功すれば、五龍帝への昇格を推薦する。どうだ?」


「五龍帝⁉︎」


「僕は人事に口出しできる人達と仲良しでね……その人達に頼めば君はすぐに協会のエリートコースの階段を一っ飛びだ。趣味もできて自分を馬鹿にしてきた奴らに下剋上もできる。どうだい?」


「……それはありがたいなぁ。レッツラ粛清やぁりましょう!」


グリムローは立ち上がり。ビーストは心の中で呟いた。


「(コイツがバカで良かった……さてと……こっちも準備に取り掛かろうかな……)」


喫茶店の窓に映るビーストの目は、まるで獣の如く輝いていた。



──


翌朝、渋谷の雑踏を抜け、力人と雪音はB学園高等学院へ向かっていた。朝霧が街を包み、雪音の黒髪が湿気で揺れる。


「そういや、先日の馬頭のバルバロイ、何者だったんだろうな」


力人が呟く。


「またその話?悪い奴じゃなさそうだし大丈夫じゃない?」


軽やかな雪音の声に合わせるかのように豆柴ハティのブレスレットがカチャリと鳴る。


「それもそうだな」


力人が笑いかけた瞬間、ポケットに手を入れ、顔を青ざめた。


「あっ! 俺の生徒手帳!」


「えっ!? どこ!?」


雪音が目を丸くする。


「初任務の後、確認してねえ……多分、落とした」


力人は頭を掻き、衝動的に周囲を見回す。


「もう! 大事なものなんだから、ちゃんとしてよね!」


雪音が呆れたように言う。力人はバツが悪そうに「すまん……」と呟く。


その時、後ろから足音が近づいた。振り返ると、瘦せた体に整った黒髪の同年代の少年が立っていた。


「君たち、どうしたんですか? こんなところで」


彼の声は穏やかだが、どこか影を帯びる。


雪音が事情を説明する。


「えっと、落とし物をしてしまいまして……」


少年は少し考え、ポケットから生徒手帳を取り出した。


「もしかして落とし物って、これのことですか?」


「それです! ありがとうございます!」


雪音が笑顔で礼を言う。力人も手を振った。


「ありがとな。名前、教えてくれねえか?」


「月浪實です。また会えたら、よろしく」



「戌上雪音です! よろしくね」


「俺は綺羅星力人! よろしく頼むぜ」


二人は自己紹介を終え、實の背中を見送る。


「不思議な人だったね、リッキー」雪音が呟く。


「ああ……なんか、馬頭のバルバロイに似てる気がした」


力人は首を傾げながら、学校へ向かった。

──

B学園の教室。蛍光灯が白く光り、梅田武千代がタブレットを手に授業を進める。


「それでは、今年度から導入されたバルバロイの等級制度について説明します」


長身で眼鏡をかけた彼の声は落ち着いている。


「バルバロイは強さおよび被害状況に応じてE級からS級に分類されます。E級は一般人でも武器があれば対処可能な低危険度。D級はゲーマー単体でも容易に対処できるレベルです。低ランクのゲーマーが対処できるのはC級程度で、B級からは上位ランクのゲーマーの対応が必要で、主にD級からB級が確認されています。A級は………」


授業をよそに力人は机に突っ伏し、寝息を立てていた。過敏な感覚のせいで教室の蛍光灯が眩しく、衝動的に眠りに逃げたのだ。


「(もう、リッキーったら……でも、放っておけないな)」


雪音は隣で呆れ顔だが、そっと彼女の指先を滑り、力人の分までノートを取る。


昼休み、梅田が二人を呼び止めた。


「緊急任務です。渋谷近くの住宅街でバルバロイが出現しました。急行してください。ただし、A級のバルバロイの可能性が高いと情報が入ったので、場合によってはリタイアすることも検討してください」


「はーい!」


力人は目を輝かせ、雪音と共に現場へ向かった。


──


渋谷の住宅街。昼下がりの平穏を破壊するかのように、崩れた民家の壁に亀裂が走る。そこにそびえるのは、双頭のドラゴン──ダブルヘッドドラゴン。10メートルの巨体に黒い鱗が陽光を吸い、二つの首が咆哮を上げた。


「キシャアア!」


「コイツがA級か……!」


力人がコントローラーを握る。


「気をつけて、リッキー! A級は危険よ!」


雪音が警告する。


「なぁ雪音、A級って何だ?」


力人が首を傾げると、雪音は呆れた。


「リッキー、授業どこまで聞いてたの!?」


「最初から聞いてない。だって、寝ちまったから……」


力人が笑うと、雪音はため息をつくが、ドラゴンが襲いかかり、二人は戦闘態勢に入る。


「「トランスチェンジ!」」


力人はスカイ・リッキーに、雪音はスノーハウンドに変身する。隙を狙うかのようにドラゴンの二つの首が炎を放つ。


「危ねえ!」


力人は雪音を担ぎ上げ、火炎を回避する。


「きゃっ! ちょっと、リッキー!」


雪音が顔を赤らめる。


「仕方ねえだろ! お前が死ぬぞ!」


力人は雪音を安全な場所に下ろし、ダブルヘッドドラゴンに突進する。


「大車輪!」


ヘラクレスホーンの剣を手に、車輪のように回転しながら、ダブルヘッドドラゴンの片首を斬り落とす。しかし斬った斬り口から瞬時に首が生えてきた。


「マジかよ!」


力人が驚く中、雪音が援護のフローズンバインドを放つが、ドラゴンは凍結を振り払う。


その時、雪音の背後に髑髏の面が現れた。


「おっと、お嬢さん。ここから先は行かせませんよ」


髑髏の面──グリムローの黒いパーカーが風に揺れ、鎌が雪音を狙う。


「あなた、誰!?」


雪音がグリムローの鎌を回避するも、頬に軽い傷を負う。


「雪音!」


力人は戦闘を中断し、雪音の元へ駆ける。


「お前、何だ! 雪音を傷つけやがって!」


「僕はグリムロー。協会からお前らを消しに来た」


グリムが鎌を振り、雪音は回避するが頬に傷を負う。


力人は車輪のように回転し、グリムローのコントローラーに蹴りを放つ。


「ぐっ!」


グリムローは蹴りを受け、よろける。


刹那、ドラゴンの炎が再び襲う。


「くそっ、同時にか!」


その時力人の頭に天啓が舞い下りる。


「(近くにガソリンスタンドがあった……!)」


「雪音、俺に続け!」


力人はドラゴンを挑発し、住宅街を疾走し、ドラゴンをガソリンスタンドへ誘導した。


「お前の炎、使わせてもらうぜ!」


ドラゴンが炎を吐き、ガソリンタンクに引火。轟音と共に爆発が巻き起こり、ドラゴンは炎と瓦礫に飲み込まれた。


「雪音、消火するぞ!」


「うん!」


雪音はフローズンバインドを発動し、次々と消火していく。


その時、グリムが鎌を投げ、力人のコントローラーを弾き飛ばす。変身が解除され、力人は膝をつく。


「しまった……!」


グリムが迫る。


「お前らはここで終わりだ!」


だが、雪音がフローズンバインドでグリムの足を凍らせ、動きを


「リッキー、今のうちに!」


力人は転がるコントローラーを拾い、雪音と共にグリムローの元から撤退した。


──


B学園に戻った力人と雪音は、医務室で梅田に報告した。


「無事でよかったです。怪我はありませんか?」


「私は平気です。でも、リッキーが私の代わりに……」


梅田の問いに雪音が答える。


「俺も無傷だ。雪音のおかげな」


力人が笑うと、雪音も微笑む。その時、ガラスが割れる音が響く。音の鳴った方へ向かうと、廊下にグリムローが立っていた。


「バルバロイがいなくなった後、君たちを尾けさせてもらったよ」


髑髏の面が不気味に光る。


「お前! まだやる気か!」


「死ねよ、リア充共が!」


グリムはチェーンソーを構え、突進する。


力人と雪音は距離を取るが、グリムの攻撃は容赦ない。床のタイルが砕け、廊下が瓦礫に埋まる。


「雪音、逃げるぞ!」


力人は叫ぶが、内心で別の計画を練る。


「(コイツ、俺たちを追ってる……なら……!)」


力人は雪音を連れ、校舎の奥へ走る。グリムが追う中、力人は教室の机を積み上げ、行き止まりを構築。


「これでどうだ!」


グリムローがカーブを曲がると、机の壁に阻まれる。


「行き止まりか……」


その時、力人と雪音が現れた。


「お前、逃げたんじゃなかったのか?」


「順序よく説明してやる。あの時、逃げるふりで机を積み、お前をここに追い込んだ」


力人が挑発的に笑う。


「俺らもゲーマーだ。ゲームはフェアにいこうぜ」


グリムローは激昂し、大鎌を構える。


「ふざけるな!さっきのガソリンスタンドで爆死してればよかったのによ!」


「リア充爆発しろってか? 今時流行らねーよ」


スカイリッキーに変身した力人が、ヘラクレスホーンで竜巻を起こす。


グリムは机ごと壁に叩きつけられ、呻きごえを上げながら変身が解除された。


「なんの騒ぎだ?」


突如、背後から梅田が現れる。


「話は後で聞くから、少し待ってなさい」


そう言うなり梅田は素早くグリムローのコントローラーを奪い、拘束する。


力人は驚き、梅田を見つめる。


力人と雪音は息を整え、梅田を見る。


「先生……」


雪音が呟くと、梅田は穏やかに言う。


「それにしても何があったんだ?」


「ごめんなさいごめんなさい!」


梅田が質問したその時力人は震え、呼吸が乱れる。教師に叱責され続けてきたいくつもの過去が頭の中で渦巻き、力人は動転しながら謝罪を繰り返す。


「リッキー!」


雪音が彼を強く抱きしめた。


「大丈夫、落ち着いて。私が説明するから」


彼女の温かく柔らかい胸に抱きしめられ、力人の呼吸が少しずつ落ち着き、彼は雪音の腕の中で小さく頷いた。


「……ありがと、雪音」


「梅田先生すみませんね。リッキーは怒られると思うと気が動転してしまうんです。説明は少し休ませてからでいいですか?」


「ああ、わかった」


梅田は穏やかな言葉に雪音は安堵し、力人を医務室へ運んだ。


──────


雪音がこれまでのことを説明する。グリムやビーストに襲撃されたこと。マッハからゲーマー協会の闇について聞かされたこと。梅田は真剣に聞き、頷く。


「なるほど……君たちはバルバロイだけでなく、協会の闇とも戦っているのか。わかった、協力しよう」


「協力⁉︎」


落ち着きを取り戻した力人が突然ベッドから起き上がり驚きの声を上げる。


「もちろんだ。綺羅星君も、戌上さんもよく頑張ってきたと思う。君たちが危険視されるなら、私がサポートする」


梅田の笑みに、力人は久々に教師への信頼を感じた。


「そういえばグリムローはどうなるんですか?」


雪音が尋ねると、梅田は答える。


「ゲーマー協会に引き渡す。心配せずに帰りなさい」


力人と雪音は夜の渋谷へ帰路につく。雪音と梅田の優しさが力人の心を温めた。


「(雪音と先生がいるなら、戦える)」


二人の姿を夕陽が照らしていた。


────


深夜、薄暗い部屋。グリムローはガスマスクの男たちに拘束され、床に跪く中、部屋に王我が入ってきた。

「除籍処分が下ったよ、グリムロー」


「ま、待ってください!なんでですか!俺はビースト様のために……」


「何の話だい?僕はこの2人を消して欲しいとは言ったけど学校を荒らせとも街中で暴れろと言ってないからね」


狼狽えるグリムローに対し、王我は吐き捨てるように言い放った。


「やれ」


ガスマスクの男達はグリムローを捕えると、首元にチクッと赤い薬品の入った注射器を刺す。


「やだ!やだ!」


グリムローは必死に抵抗するが鋭い痛みと鈍い痛みが交互に訪れ、意識が闇に落ちていく。ビーストの冷たい笑みが、闇に響いた。

今年最後の投稿です。これにてプロローグは終わり新章がスタートします。

それでは良いお年を

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