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転生者 月浪實

渋谷の夜は、ネオンの光が雨に濡れて滲んでいた。代々木公園の木々がざわめき、冷たい雨粒がアスファルトを叩く。月浪實は、怪物(バルバロイ)の姿から元の少年の姿に戻り、濡れた地面に膝をついていた。馬の頭部を模した鎧が消え、代わりに現れたのは、瘦せた体と黒髪。雨が彼の顔を流れ、まるで涙のように見えたが、転生者の身体は涙を流さない。動く屍──それが彼の新たな姿だった。


「やはり僕は……人間ではなくなったのか……」


實の声は、夜の喧騒に掻き消される。

彼の瞳は、過去へと遡る。事故の瞬間、女神との邂逅、少女との出会い――全てが雨の音に重なり、記憶の断片となって蘇る。實は目を閉じ、渋谷の夜に沈みながら、己の運命を振り返った。


────


闇が實を飲み込んだ時、彼は死を覚悟した。交通事故の衝撃、家族の叫び、ガラスと金属の悲鳴――全てが一瞬で途切れ、意識だけが虚無に漂った。だが、闇は突然光に変わり、彼は白黒の市松模様の床が広がる空間に立っていた。壁も天井もない薄暗い世界、周囲は水の膜に囲まれ、波紋が絶えず揺らめく。荘厳で不気味な空間だ。中央には青髪の女が立っていた。


實は周囲を見回し、混乱を抑えて口を開いた。


「貴方は誰ですか?」


青髪の女は水の膜を滑るように近づき、笑った。


「私はアルケー、水を司る女神です。貴方は家族の乗った車ごとトラックに追突されて死んでしまいました。貴方の家族も同じように……」  


彼女の言葉は軽やかだが、實の胸を抉る。 


「そうか……僕は死んじまったのか」


實は膝をつき、家族の笑顔を思い出す。父の厳しさ、母の温もり、――全てが遠い記憶に変わる。しかし、アルケーの次の言葉が彼を現実に引き戻した。


「私は貴方にお願いがあって生き返らせました」


彼女は髪をかき上げ、微笑みを見せた。


「生き返らせた? どうして……いや、俺を生き返らせたのはアンタの仕業か!?」


實の声が震える。怒りが胸を焦がし、感情が波打つ。


「家族はどうなんだ! 生き返らせてくれ!」


アルケーは鼻で笑い、虫を見るような目で實を見下した。


「家族? そんなの関係ないわ。貴方には使命がある。それだけで十分でしょう?」


「使命? 」


「はい。貴方には()()()が定めた人数を殺し転生させる使命を与えます」


彼女の言葉を聞いた實は驚きながらも聞き返した。


「えっ!? 俺に人を殺せっていうのか?」


實は拳を握り、アルケーに近づく。だが、彼女の指が軽く動くと、水の鎖が市松模様の床から湧き上がり、彼を縛った。


「ぐっ……!」


「はい。その通りです」


女神は笑顔を浮かべながら肯定する。その声は冷たく、全てを凍てつかせるようだった。


「俺にはそんなことできねえ! 命は一つしかないんだ! 誰かを犠牲にして生き返りたくねえ!」


實は鎖を振りほどこうともがくが、水の鎖は締め付ける。


アルケーの笑みが深まる。


「あら、そうですか。でも、これは決定事項なので、貴方の意見を聞くつもりはありませんよ」


彼女は手を振ると、水の膜が波立ち、實の意識が闇に落ちた。


「では、さようなら」


「待て! まだ話は終わってねえ!」


實の叫びは水の空間に響き、彼の意識は病院の病室へと引き戻された。


ーーー


再び實が目を覚ました時、そこは病室だった。


「(夢……じゃなさそうだな……)」


ベッドから起き上がるなり、点滴を外し、静かに病院を抜け出した。


それからしばらくして實は街を彷徨っていた。ネオンの光が雨に滲み、まるで彼の心を映すように揺らめく。


「どうしてこんなことに……俺はただ、平穏に生きたかっただけなのに……」


家族を失い、転生者としての力を押し付けられた彼の心は、鉛のように重く沈む。自分のいま置かれている境遇について考えながら歩いていた。 


その時、路地裏から少女の悲鳴が聞こえた。


實の足が自然に動き、声のする方へ走る。路地の奥で、屈強な男が少女を押し倒していた。男の目は欲望に濁り、少女の服を乱暴に引き裂こうとする。

その光景に實は胸に怒りの焔が燃え上がらせ、衝動的に男に飛びかかっていった。


ーーー


次に気づいた時には既に男が血まみれで倒れており、背中には剣が突き刺さっていた。


「ああぁ……」


實は自分がやったことを理解すると膝から崩れ落ちた。


(僕は人を殺してしまったのか?)


實が自分の手を眺めていると少女は立ち上がり近づいてきた。


「あなたも仲間なのね……」


「仲間……?どういうことだ?」


彼女の声はどこか安堵を帯びていた。實が聞き返した瞬間、少女の姿はバレリーナと白鳥を混ぜ合わせたかのような異形に変化した。


實はその姿に驚き距離を取ろうとした刹那、ショーウィンドウに映る自分の姿を見て、實は息を呑む。

そこに映っていたものは人間ではなく馬の頭部を模した騎士の姿。人間ではない、怪物の姿だった。


「なんだ、これ……」


實が呟くと、少女は元の姿に戻り、静かに言った。


「これでわかったでしょ?」


「君は……?」


「私は鵠ゆめ。あなたと同じ転生者よ」


ゆめの声は静かだが、深い悲しみを帯びていた。


「転生者……?」


實は聞きなれない言葉に眉をひそめる。だが、ニュースや噂で耳にした記憶が蘇る。事故や事件で死んだ者が怪物化し、人を襲う存在。

「死んだ後、力を与えられて戻ってきた人間……か」


ゆめは頷き、話を続けた。


「私たちは女神によって生き返らされた。代わりに、定めた人数を殺して転生させる使命を負ってるの」


「人を殺す!? 」


實の声が震える。


「命を奪うなんて、俺には……!」


ゆめは冷たく笑った。


「でも、あなたは今、目の前で人を殺したじゃない」


「そ、それは……!」


實は言葉を詰まらせる。確かに、男の生命を奪ったのは自身だ。自分の意思ではないとしても、赤く染った剣先がその事実を突きつける。實は葛藤しながらも覚悟を決め、口を開く。


「なぜ君は……そんなに平然としていられるんだ?」


實の声は悲しみに震える。


「人を殺して、平気でいられるなんて……!」


「私はもう慣れたから……あなたも早く誰かを殺した方がいい。でないと、いつかあなたも消される」


ゆめは實に対して忠告すると、少女の姿に戻り立ち去ろうとする。


「待て!」


實は叫び、ゆめを静止する。


「僕はこれ以上、君に罪を重ねて欲しくない」


立ち去ろうとするゆめを静止しながら實は口を開く。


「あなたがどう言おうが関係ない。これは私の使命であり、使命を果たすことが私達(転生者)の生きる意味だから」


「だったら僕は君の……君たち(転生者)の使命を止める」


ゆめは立ち去ろうとするが、振り返り、冷たく言った。


「どうしてそこまでして止める必要があるの? あなたには関係のないことでしょう」


「僕はただ、平穏な日々を過ごしたかった。でも、それが叶わなかった。だから……俺は人々の平穏を守るために戦う。誰かを犠牲にして生き返るなんて、絶対にさせないし、それに……君の眼が悲しそうだから」


實の声は、闇を突き抜ける。


ゆめは一瞬動揺するようなそぶりを見せたが、すぐに目を細める。


「そう……なら、力づくでも止めてみなさい」


彼女の姿が再び怪物(バルバロイ)に変わる。優雅さと気高さを併せ持つ異形が、實に向かってくる。


「戦いたくない!」


實は叫び、手を伸ばす。その瞬間、ゆめの動きが止まり、元の少女の姿に戻る。


「やっぱり……私にはできない……」


「えっ……?」


「今、一瞬、お父さんの声が聞こえた」


ゆめの声は震え、過去の記憶が蘇る。


────

ゆめはかつて、バレリーナになる夢を抱いていた。幼い頃からバレエ教室に通い、華奢な体で舞台を舞う姿は白鳥のようだった。数々の大会で入賞し、世界大会出場を目前に控えていた。だが、その前日、練習を終えて帰ろうとした彼女を親友が突き飛ばした。階段から転落し、足の骨が砕けた。その結果バレリーナとしての夢を諦めなければいけなくなった。絶望がゆめを飲み込む中、さらなる悲劇が襲う。父親の会社が倒産し、多額の借金を抱えた。闇金業者が家に押し寄せ、父親を罵倒し、家具を壊す。


「返せないんすかあ? だったらいい方法がありじゃないすか」


業者の言葉と視線がゆめの心を抉る。父親は耐えきれず、自殺。母親も借金返済のために闇金に手を出し、最後は命を絶った。

ゆめは一人、闇金業者に追われる日々を送った。


「おうおう、アンタみたいなガキは好き物の需要があるんだよ。だからいい加減こっちに……」


業者の手が彼女に伸び、服を引き裂く。逃げ場を失い、ビルの屋上から飛び降りた瞬間、彼女の意識は途切れた。次に目覚めた時、アルケーの前で、転生者としての使命を押し付けられた。


────


ゆめの話を聞き、實は複雑な表情を浮かべた。降り始めた雨が二人の顔を濡らし、涙のようであった。


「辛かったんだな……」


彼はゆめを抱きしめる。身体は温もりを持たない身体が互いに触れ合う。


「同情しないで……」


ゆめの声は震える。


「同情なんかしてない……」


實は強く抱きしめる。


「僕も、君と同じように大切な人を失った。家族を、全部……」


實の言葉ゆめは驚き、目を上げた。


「それって……」


「だから、誰かに大切な人を失ってほしくない。ましてや誰かの命を奪うなんて、絶対にさせない」


實の言葉は、雨を突き抜ける信念だった。


ゆめの瞳が揺れ、雨が彼女の顔を流れる。


「私……あなたと一緒に行く。一人じゃ、また迷ってしまうから……」


「うん。一緒に行こう」


實はゆめの手を取り、雨の中を歩き出した。二人の影は、闇夜に溶けていった。


────

そして現在に至る。


雨が止み、代々木公園の芝生は濡れて光っていた。

實は一人、公園のベンチに座り、ゆめとの出会いを振り返る。彼女は今、自分の帰りを待っている。實の手に、濡れた生徒手帳が握られていた。表紙には「B学園高等学院 綺羅星力人」と書かれている。


「この手帳……誰かの大切なものだ」


彼は呟き、夜の闇に目を向けた。實は手帳をポケットにしまい、代々木公園を後に、彼の影は闇へ消えた。

久しぶりの投稿です。

この話は時系列で言うと4話の〈ビースト初戦〉から5話の〈初任務〉までの話で、もう一人の主人公〈月浪實〉の物語においてプロローグとなっていく話です。

これからも応援よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 月浪稔くんがかなり性癖に刺さるキャラだったのでこれから の活躍に期待って感じです! 不幸そうな男子……良き!非常に良きです! [気になる点] 6話冒頭の女神さんとの会話で一人称が僕から俺に…
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