初任務
夕暮れが代々木公園を血のように染め、木々の影が長く伸びていた。太陽が地平線に沈みかけ、夜の帳が忍び寄る。木々の間を縫う風は、草の匂いと微かな血の香りを運ぶ。都会の喧騒から切り離されたこの緑地は、冷たい風が枯葉と血の匂いを運び、まさに「地獄の門」と思えるような不穏なざわめきを響かせていた。
力人は、雪音と共に公園の入り口に立っていた。ゲーマー専門の高校〈B学園高等学院〉に入学して数日、学校を通じて任務の通達が届いたばかりだ。コントローラーを握る力人の手は、夕陽に照らされ、微かに震えていた。
「まさか入学してすぐ任務とはな……」
彼の声は、風に溶けるように低く響いた。
雪音の黒髪が夕風に揺れ、豆柴ハティの首輪を模したブレスレットがカチャリと鳴る。
「確かにね。でも、リッキーが強いから、こんな大事な任務を任されたんだよね?」
彼女の笑顔は柔らかく、力人の胸を温めた。
力人はニヤリと笑い、首を振った。
「そうだよな。やっぱり俺は最強のゲーマーってことだな」
自信溢れる言葉には、どこか空回りするような軽さが漂う。雪音は苦笑いを浮かべながら、公園へと足を進めた。
「ほら、早く行こ、リッキー」
公園の入り口に差し掛かると、力人の鼻に鉄錆のような匂いと土の匂いが突き刺さった。過敏に彼を刺激し、眉をひそめる。
「(この匂い……何か嫌な予感がする……)」
「確か、初任務だからマッハさんが同行してくれるって言っていたけど……」
辺りを見回すと二人の目に雨都創亮の姿が映った。
「「マッハさん!!」」
二人は駆け寄り、創亮は振り返って笑顔を見せた。
「おぉ来たね二人とも!さぁ行こうか!」
その声は明るいが、どこか不穏な影を帯びていた。夕陽が創亮の赤いジャケットを血のように染め、彼の目はどこか不穏な光を帯びていた。
力人は一瞬、鉄の匂いを感じて顔をしかめた。雪音は苦笑いを浮かべ、公園へと足を踏み入れた。
公園の広場に足を踏み入れた瞬間、空気が一変した。街灯の光に照らされた芝生には、無数の死体が転がっていた。血の海に沈むサラリーマンや学生、家族連れ。力人の感覚が過敏に反応し、血と草の匂いが鼻をつく。
「これは……酷い……」
雪音の声が震える。血と土の匂いが彼女の鼻をつき、頭がクラクラする。
「ん?あそこに人影が……」
力人の視線が広場の奥に引き寄せられた。ベンチに座るサラリーマン風の男が、コンビニ弁当を黙々と食べている。箸を動かす動作は機械的で、まるで人形のよう。だが、その周囲には血の痕跡が広がり、彼の手元には死体の残骸が転がっていた。
力人たちは警戒しながらゆっくりと近づいた。
すると男性はこちらに気付いたのか顔を上げた。
その瞬間、力人たちの体に寒気が走った。男性の目はまるで猛獣のように鋭く光り、体からは殺気を放っていたからだ。
男が顔を上げた瞬間、力人と雪音の体に寒気が走った。その目は熊の如く鋭く、殺気が瘴気のように漂う。男は箸を止め、機械的に呟いた。
「貴方たちも、私の食事を邪魔しに来たんですか?」
次の刹那、男の姿が変貌する。スーツが裂け、熊の毛皮を模した歪な鎧のようになり、白髪が血のように赤く染まり、先ほどまでは少しやつれた感じの普通の中年から人を殺せるような凶悪な笑みを浮かべ、その声は獣の咆哮のようであった。
「まずい、このタイプのバルバロイは……」
創亮がそう言いかけるのを遮るように男は動き出した。
「では皆さん、死んでください」
バルバロイは身体から剣を取り出すと同時、振り下ろす。即座に力人はスカイ・リッキーに変身すると、ヘラクレスホーンで斬りつけた。
「何!?」
力人は驚愕する。切断箇所から血ではなく灰が流れ、それと同時に斬られていたはずの腕が戻っていたのだ。
「まずい……コイツは転生者だ!」
「転生者!?」
力人の口から放たれた言葉に雪音が目を丸くする。
「ツルギさんから聞いたことがある。バルバロイの中には、一度死んだ人間がバルバロイになったのがいるって……」
力人の声は焦りを帯びる。雪音は知らなかった事実に息を呑んだ。
「リッキー! 戌上さん、今回はリタイアした方がいい!」
叫びながら、創亮はカセットを差し込み、トランスチェンジを試みる。だが、転生者の動きは予想を上回る速さだった。剣を振り上げ、横薙ぎの斬撃が放たれる。なんとか避けるも、斬撃の余波が彼を公園の木に叩きつけ、その意識を刈り取った。
「マッハさん!」
叫びながら、力人はヘラクレルスホーンで斬りかかる。だが、バルバロイの超人的に動きに、何度も斬りつけても、剣は鎧のような肌を滑り、灰が舞うだけ。
「(速すぎる!)」
力人の攻撃が空を切る。バルバロイが拳を振り上げ、雪音を狙う。
「雪音、危ない!」
力人が庇うが、フェイントだった。拳が力人の腹にめり込んだ。
「ぐっ……!」
増幅した痛みとともに、口の中が鉄の味で満たされ、血を吐き出した。
「(一撃一撃が重い……! あと数撃でやられる!)」
「リッキー!」
転生者の剣がブーメランのように投げられる。駆け寄りながら、雪音はスノーハウンドに変身し、氷の壁を張る。刹那血を吐きながら力人が叫ぶ。
「雪音!あの剣はフェイントだ!」
「え?」
雪音が気づくも時すでに遅く雪音の背後から転生者の拳が迫る。拳が当たると同時、地面に倒れ込んだまま気を失う。
「雪音!」
力人の叫びが夜に響く。絶望が胸を締め付ける。
「(雪音が……マッハさんが……! 俺一人じゃ……!)」
力人は戦術を必死に考える。
「(何か……何かあるはずだ!)」
ツルギの言葉が蘇る。
「焦るな、油断するな。相手の動きを見ろ」
だが、敵の無機質な動きは読めない。
「(ダメだ……何も思いつかねえ!)」
自暴自棄が力人を飲み込む。彼は地面に膝をつき、コントローラーが地面へと落ちていく。
「(俺は最強のはずなのに……なんで、こんな……!)」
トドメを刺そうと転生者が大剣を振り上げる。その刹那、白い光が公園を切り裂く。
力人が振り返ると、馬の頭をした騎士のような怪物が立っていた。
「バルバロイがもう一体!?」
驚愕する力人を横目に、馬頭の怪物は作り出した光の槍で転生者を貫く。貫かれたその身体は灰となって消滅した。
「助けてくれたのか……?」
リッキーはそう呟くと力尽きバタリと公園の芝生の上に倒れ、その意識は闇に落ちていった。
ーーーーー
力人の意識が戻ったのは、B学園高等学院の医務室だった。夜の闇が窓を覆い、蛍光灯の冷たい光が部屋を照らす。彼女の心配そうな顔が視界に映り、ブレスレットのカチャリという音が耳をつく。
「あれ……雪音……?」
力人は弱々しく呟いた。
「よかった……目が覚めたんだね」
雪音の目が潤み、ホッとした笑顔が浮かぶ。力人は血と土の匂いを思い出し、顔をしかめた。
「ここは……医務室か? マッハさんは!?」
「目を覚ました後に私を運んで……今は先生と話してるよ」
雪音の声は優しいが、力人の胸に自責が突き刺さる。
「(俺が弱かったから……雪音もマッハさんも……)」
彼の呼吸が乱れ、波が押し寄せる。
「(最強のゲーマーのはずなのに……何もできなかった……!)」
「リッキー、無理しすぎだよ! あんなバルバロイに一人で立ち向かうなんて!」
力人の表情を察して雪音の目に涙が滲む。力人は彼女を安心させようと、震える手で頭にポンと触れた。
「大丈夫だって……俺は最強だからさ」
だが、その言葉は空虚に響き、力人の心をさらに抉る。
雪音は真剣な目で力人を見つめ、強く抱きしめた。
「リッキーは強いよ。でも……一人じゃダメだよ。私も、もっと強くなるから」
その言葉に、力人は安心感を覚える。彼女の瞳に映る夜の光が、彼女の心を映していた。
カーテンが開き、眼鏡をかけた長身の男性――担任の梅田武千代が入ってきた。
「目覚めたんですね」
彼の声は穏やかに話を続け
「実は、校長から連絡がありました。君たちの初任務、大活躍だったそうです」
「大活躍? そんな……俺たちはただ必死で……それに……倒したのは……」
力人が反論しようとするも、武千代は首を振った。
「初任務で転生者を相手に生還しただけでも立派だ。バルバロイを倒すだけが功績じゃない。生きて帰ることも、ゲーマーの務めだからね」
武千代は笑顔を見せ、医務室を出て行った。力人はベッドから立ち上がり、雪音を見た。
「じゃあ、帰ろうか」
血と土の匂いがまだ鼻に残り、感覚が過敏に反応するが、雪音の笑顔がそれを和らげる。
「うん、一緒に帰ろ!」
雪音が力人の手を取り、夜の渋谷へ向かう。二人の距離は近く、指先が触れ合うたびに心が温まる。
「(雪音がいるなら……まだ、戦える)」
二人の姿は、夜の街に消えていった。
お久しぶりです。シンワです。今回はリッキーと雪音がゲーマーの学校に入学し、初任務を受けると言う話です。
今回のバルバロイは転生者と呼ばれるタイプで、通常のバルバロイと比べると力も能力も強いバルバロイです。
そんなバルバロイに苦戦するリッキー達でしたが、突如現れた謎のバルバロイに助けられ、無事に生還できました。
このバルバロイの正体は一体何者なのでしょうか?もしかすると前回登場したあの人物かも知れませんね