ビースト登場
上野駅前の夕暮れは、ネオンの海に沈む前の最後の光を帯びていた。雑踏を行き交うサラリーマンや学生たちの喧騒が響く中、突如として空に異変が生じた。
ガラスのようにひび割れた空から黒い瘴気が溢れ出し、裂け目の中心から一人の少女が舞い降りた。漆黒のドレスに白いエプロン。その姿は、メイドを思わせる姿であったが、その頭には猫の耳が揺れ、背にはしなやかな尻尾が揺れていた。
――異空生命体。その瞳は、冷たくも狂気に満ち、平穏の破壊を予告するかのようだった。
少女はキョロキョロと辺りを見回すと、薄笑いを浮かべた。刹那、彼女の手から無数のナイフが放たれた。銀光が弧を描き、車や看板を切り裂く。
再び彼女が腕を振ると、ナイフは四方八方に飛び散り、ガラスを砕き、車を切り裂く。悲鳴が響き、人々が逃げ惑う中、少女は巨大なハンマーを取り出し、地面を叩き割った。金属の軋む音、コンクリートの破片が舞う。駅前は瞬く間に地獄絵図と化した。
「キャアア!」
「逃げろ!」
人々の悲鳴が上野の夜を切り裂く。
バルバロイは無表情で破壊を続ける。まるで与えられた仕事を淡々とこなすロボットのように。
車がひしゃげ、ガラスが砕け、逃げ惑う人々の叫び声が響く。
しかし、その混沌の中心に、闇を裂くように一人の青年が現れた。長身に鋭い眼光、獅子のたてがみを思わせる茶髪。腰には銀色に輝くコントローラーが光る。ゲーマー協会の頂点、七星獣のリーダー――御中王我、ビーストだ。
「ビーストだ!」
「奇跡だ!」
群衆の声が沸き上がる。
ゲーマー協会の階級はEからSSSランク、その上に四神、五龍帝、六王、そして七星獣が君臨する。ビーストはその頂点に立ち、世間では「日本一のプロゲーマー」と讃えられ、プロゲーマーとしてだけでなくタレントとしても名を馳せる男だ。彼の笑顔は、まるで絶望に光を差し込む希望そのものだった。
王我は微笑みながら、群衆に軽く手を振った。
「安心してくれ。この程度のバルバロイ、すぐに片付けるからね」
彼の声は穏やかだが、底知れぬ威圧感を帯びていた。メイドのバルバロイに向き直り、コントローラーを取り出す。
「君が、今回のバルバロイか……誰の使いでこんなことしてるんだい?」
王我の目は鋭く光るが、猫耳の少女はハンマーを構え、冷たく答えた。
「アルケー様の命令だ。私にはそれだけで十分」
「アルケー? ふん、面白いね。詳しく教えてくれよ」
突如バルバロイの口から放たれたアルケーという名にビーストは少し聞き憶えがあるような素振りを見せる。王我の目は鋭く光るが、バルバロイは無言で逃げようとした。バルバロイは無言で逃げようとした。
「逃げるなら、どうなるか……分かってるよね?」
王我はカセットをコントローラーに差し込む。
「トランス・チェンジ」
『Trans change: Beast!』
彼の声と同時に電子音が響き、虹色の光が彼を包む。次の瞬間、王我の姿は獅子と狼が融合したような戦士へと変貌した。漆黒と金が交錯する戦闘スーツ、狼の爪を模したガントレットが光り、その瞳は獲物を捉えていた。
バルバロイは逃げる時間を作るべくナイフを投げつけるが、王我は腕を軽く一振りしただけで全てを弾き返した。
「ならば、これなら!?」
バルバロイはハンマーを振り下ろすが、王我の姿が掻き消える。
「どこへ……!?」
背後に現れたビーストは、回し蹴りを放つ。
バルバロイがガードを試みるも、攻撃は迅雷の如く。彼女の身体は宙を舞い、アスファルトに叩きつけられた。
「くっ……!」
彼女が這うように逃げようとすると、ビーストはゆっくりと歩み寄り、バルバロイの猫耳を掴み冷たく囁いた。
「その耳、引きちぎってやろうか?」
その声は低く、冷酷さと愉悦に満ちていた。世間の称賛とは裏腹な、ビーストの本性がそこにあった。
「死にたくない……お願い……」
バルバロイの声が震える。ビーストは笑い、耳を強く引っ張った。
「ハハッ、いいね、その怯えっぷり。さて、聞きたいことがあるんだけど……まあ、いいや」
彼は笑いながら、猫耳を一気に引きちぎる。
「あああっ!」
バルバロイの絶叫が夜空に響く。続けて尻尾を掴み、容赦なく引き裂く。
「ギャアアア!」
「うるさいな、黙ろうか」
ビーストはバルバロイの首を締め上げ、地面に叩きつけた。だが、群衆の視線が集まる中、彼は巧妙に動きを変えた。人々の前では華麗な戦士として振る舞い、バルバロイを「倒した」ように見せる。駅前の広場から死角となるビルの隙間へ彼女を担ぎ、戦闘はそこで終幕を迎えた。群衆はビーストの勝利を讃え、誰もその裏の真実を知らなかった。
ーーー
御徒町の裏通り、人気のない廃倉庫の奥。錆びた鉄扉の向こうで、ビーストはメイドバルバロイを尋問していた。薄暗い電灯が揺れ、少女のすすり泣きが響く。ビーストは彼女をコンクリートの床に投げ出し、尋問を始めた。
「バルバロイが一匹現れたら、最低でも十匹は仲間がいるって聞いたんだけど……仲間は? 次の計画は?」
「知らない……私、ただ命令を……」
バルバロイの弱々しい声に、ビーストは舌打ちし、彼女の頬にガントレットを押し当てた。
「嘘はダメだよ。もう片方の耳もいらないよね?」
「ひっ……本当に知らない! 仲間は各地にいるけど、連絡は……」
少女がパニックで言葉を紡ぐ中、ビーストはコントローラーを解除する。変身を解いた王我は、退屈そうに立ち上がった。
「気分が変わった。生かしてやるよ。その代わり、生き地獄を味わうことになるけどね」
絶望するバルバロイの顔を横目に、王我はにこりと笑いながら、スマホを取り出し電話をかけた。
「もしもし、飛騨さん? 俺だけど……いい商品が入ったよ。ちょっと壊れかけてるけど、金にはなるかな? 場所? 御徒町の路地だ。じゃ、後で」
少しした頃、黒塗りの車が倉庫に滑り込み、黒スーツの男たちがバルバロイを連れ去った。王我は笑い、呟いた。
「頑張って生き地獄を耐えなよ」
王我は笑い、倉庫を後にした。倉庫を後にするビーストの足取りは軽く、まるで楽しいゲームを終えたかのようだった。
翌朝、ゲーマー協会のロビーはビーストの話題で沸き返っていた。大型スクリーンには、彼がバルバロイと闘う映像が繰り返し流れる。
その光景にスタッフやゲーマーたちが、興奮と羨望の声を上げる。
「ビースト様、昨夜もバルバロイを!」
「さすが日本一のゲーマーはEスポーツだけでなくバルバロイ退治も一流なんだな」
「Eランクの俺たちじゃ、絶対無理だよ!」
ラウンジにいた若いゲーマーの1人が目を輝かせる。
スタッフの一人が笑顔で言った。
「ビースト様のおかげで上野は救われた。日本の守護者だよ!」
「でも、ビースト様、なんで完全に倒さなかったんだろう」
若いゲーマーの1人の疑問に隣にいた女性ゲーマーが得意げになって答える。
「優しいからよ!だってバルバロイを完全に倒すってことは無惨な死体を群衆の前に晒すことになるでしょ?あの時は学生さんや親子連れがいたからトラウマにならないように配慮してくれたんだと思うわ」
「なるほどー、さすがだな〜」
自分の話題で持ちきりになるゲーマーやスタッフを横目に控室へ向かう彼の内心は冷笑に満ちていた。
「(愚民ども……俺を神か救世主とでも思ってるのか)」
控室の扉を開けようとした瞬間、ある青年が背後から声をかけた。
「ビースト、話がある」
振り返ると、雨都創亮が立っていた。
王我は冷たく睨みつけた。
「なんだ、マッハか……格下のゲーマーが俺に話しかけるなんて一体どんな用かな」
「ゲーマー協会の腐敗について聞きたい」
創亮の声は低く、鋭い。
「腐敗? なんの話だ? お前のつまらん妄想に構っている暇はないので失礼する。それとも名誉毀損で訴えてもいいんだぞ?」
「じゃあ、こう聞く。お前に勝ったゲーマーが、なぜか不正や規約違反で負け扱いになるのはなぜだ? 例えば……スカイ・リッキーとか」
創亮の言葉に、王我の瞳が一瞬揺れた。
「……何?」
ビーストの声が低くなる。彼はコントローラーにカセットを差し込み、ドスの効いた声で呟く。
「トランスチェンジ……」
黒と金の戦士が現れ、創亮に襲いかかる。
「どうした、マッハ? いつもの最速でかかってこいよ!」
ビーストは創亮の胸ぐらを掴み、壁に叩きつけた。コンクリートにひびが入る。
創亮は即座にカセットを装着。
「トランスチェンジ!」
赤い閃光が走り、マッハファイターが現れる。
彼はビーストに拳を振り上げるが、ビーストは首を振って軽く避けた。
「遅いな、マッハのくせに!」
マッハが連続パンチを放つが、ビーストはハンデとばかりに片手で受け流す。
まるで風を読むように、創亮の動きを先読みしていた。
「その程度か?」
ビーストの飛び蹴りがマッハの腹を捉える。創亮がパンチで反撃するも、ビーストは笑いながら受け止めた。
「弱いな、マッハ!」
膝蹴りがマッハの顔面を打ち、頭突きが追撃。マッハは壁に激突し、崩れ落ちる。
「まだだ!」
創亮が突進するが、ビーストは後ろ回し蹴りで迎撃。首を掴み、持ち上げ、地面に叩きつけた。
「ぐはっ!」
創亮が呻く中、ビーストは容赦なく拳を振り下ろす。
「……はぁ、はぁ……」
マッハが膝をつくと、ビーストは冷笑した。
「おいおい、もう終わりか? 四神の名が泣くぞ。まあいい、今日はこのくらいで勘弁してやる。もう一つ、片付ける仕事があるんでね」
ビーストは姿を消し、創亮は壁にもたれ、息を整えた。
お久しぶりです。
ビーストはリッキー、そしてマッハの宿敵となっていく予定ですので応援よろしくお願いします。