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予兆

梅雨が明けた夏の午後、力人と雪音は板橋の閑静な住宅街を歩いていた。


緑豊かな街路樹が夏の陽射しを優しく遮り、鳴き始めた蝉の声が耳に心地よく響く。二人が向かっているのは、創亮のゲーマーズハウスだ。


「マッハさんが何の用事なんだろうね」


雪音が不思議そうに首を傾げると、力人は軽く肩をすくめた。


「さあな。でも、わざわざ呼ぶってことは、何か重要な話があるんだろうな」


会話を交わしながら歩いていると、やがて目的地が見えてきた。


住宅街の一角に建つ洋風の一軒家。外観は普通の住宅と変わらないが、どことなく高級感が漂っている。玄関先には手入れの行き届いた植え込みが並び、まるでモデルハウスのような佇まいだった。


「ここが……ゲーマーズハウス」


雪音が感心したように呟く。


インターホンを鳴らすと、すぐに創亮が出迎えてくれた。いつもの爽やかな笑顔だが、どこか表情に硬さが残っているように見える。


「よく来てくれたな。さあ、入ってくれ」


創亮に促されるまま、二人は靴を脱いで中へと入る。


玄関を抜けると、広々としたリビングが広がっていた。リビングに通された力人と雪音は、その豪華さに目を見張った。


 広いリビングには、最新のゲーム機器が並び、壁には大型モニターが設置されている。奥には、トレーニングルームらしき部屋も見える。


「これが、ゲーマーズハウス……」


雪音は周囲を見回しながら呟く。リビングの一角には大型のモニターとゲーミングチェアが設置され、まさにプロゲーマーの拠点といった趣だ。


「どうぞ、座って」


 創亮は、ソファに座るよう二人に促すと、キッチンへと向かう。


力人と雪音は促されるまま、ソファに腰を下ろした。ふかふかのクッションが二人の身体を優しく包み込む。


程なくしてキッチンから、創亮が淹れたアイスティーが置かれる。グラスの中の氷が涼しげな音を立てていた。


グラスを受け取った力人は、一口飲んでから不意に口を開いた。


「うん、おいしい」


「それにしても、すごい家だね。リッキーも昔、こういうところに住んでたんだよね?」


「ああ……まあ、そうだな」


興味深そうに尋ねる雪音に力人は曖昧に答えた。

記憶の中にある、ゲーマーズハウスでの日々。だが、それは今となっては遠い過去のことのように感じられた。


「そういえば、ずっと気になってたんだけど……」


雪音がアイスティーを一口飲んでから、話しを続ける。


「ゲーマーズハウスって何なの?」


雪音の疑問に、力人も首を傾げた。


「うーん、俺もよく俺もよくわかってねえや。ツルギさんからここに住んでいいよって言われて一緒に住んでただけだし」


「ああ、やっぱりな」


創亮は笑いながらグラスを置くと、説明を始める。


「ゲーマーズハウスっていうのは、四神以上の階級のプロゲーマーに副賞として与えられる拠点兼住居なんだ」


「へえ……」


「ただし、階級を維持している間だけ居住可能なんだ。引退や降格、あるいは……死亡した場合、次の応募者から抽選で居住者が決まり、前の住居者は強制退去となる。まあ、一定期間の猶予は与えられるけどな」


「厳しいんだな」


 創亮の説明に、力人の表情が曇る。脳裏にはゲーマーとして復帰を決意した日、契約違反としてゲーマーズハウスから追い出された瞬間をフラッシュバックする。


「今のところ都内には8つのゲーマーズハウスがある。板橋、赤坂、渋谷、中野、世田谷、豊洲、三鷹、八王子だ。で、俺は板橋を選んだ」


「なんで板橋を?」


「ここが一番、落ち着くからな。それに、ゲーマーの養成所や練習場が近いっていうのもあるし」


 創亮は、窓の外を見つめた。


「都内には全部で八つ存在する。板橋、赤坂、渋谷、中野、帝釈台、豊洲、三鷹、それから八王子だ」


創亮はそこで一度言葉を区切り、表情を引き締めた。


「これ以上話すと脱線しそうだから、本題に入ろう」


空気が一変した。


創亮の瞳に、鋭い光が宿る。


「本題?」


力人が身を乗り出した。


「ああ、尾道刃(おのみちじん)についての情報を共有したいと思う」


「呉秦って……」


「前に俺と雪音に襲いかかったアイツか」


創亮の言葉に雪音の表情が曇り、力人の声にも緊張が走る。


スパイダーバルバロイとの戦闘後、突如、二人を襲った竜騎士。雪音を執拗に狙い、自分を圧倒した男。あの時、創亮マッハが駆けつけてくれなければ、どうなっていたか……。


創亮は深く息を吐き、語り始めた。


「奴は、社会への適合力が低い人間などを陰キャと見做して異常なまでに憎悪している」


力人と雪音の表情が凍りついた


「陰キャやチー牛と彼が判断した者には、容赦なく暴行や拷問を加え……最終的に殺害する」


「なんだよそれ……」


力人が低い声で呟く。


創亮は一呼吸置いてから話を続ける。


新宿でのバルバロイとの戦闘に紛れて陰キャと判断した人々をバルバロイと一緒に虐殺したこと。自分のチームにいたゲーマーが陰キャだと判明すると、そのゲーマーを袋叩きにしてチームから追放したこと。


語られる内容は内容はどれも凄惨なものばかりだった。


「そんな……」


雪音の顔が青ざめ、力人は拳を握りしめた。


「でも、人を殺しているなら捕まるはずよね」


雪音の疑問に、創亮は苦い表情を浮かべた。


「そこがヤツの狡猾なところだ。戦闘の巻き添えを食らっただけと誤魔化すか、あるいは世論を味方にしてな」


「世論を味方にって……」


「実際、社会への適合力が低い人間などの社会的弱者が転生者バルバロイになってしまうことがある。呉秦はそこを利用して陰キャがバルバロイになるという言説を配信などで流布することで偏見や恐怖を助長して支持者を集めているんだ。それに、協会も彼の実力を評価しているから、多少の()()として処理され、強く追及されることは少ない……」


創亮の言葉には、怒りと無力感が滲んでいた。


「最近、そいつが帝釈台にいるところを目撃した。おそらく、力人も狙われている可能性がある」


力人と雪音は、スパイダーバルバロイと戦った時の襲撃を回想する。あの時の、理不尽な暴力。


「それに……尾道刃には、極めて危険な右腕がいる」


「右腕……?」


「一之瀬レイジ。俺が最も警戒している人物だ」


創亮の表情が、さらに険しくなった。


「レイジは『悪髏血連合おろちれんごう』っていう半グレ集団のメンバーで、不良界隈では狂人として知られていた人物だ……」


創亮の声には、明確な警戒心が込められていた。


「レイジの悪行は数え切れない。恐喝、暴行、薬物の密売……ある時は、気に入らない相手を拉致して廃工場に監禁し、数日間にわたって拷問したこともある。被害者は心身共に深い傷を負い、今も社会復帰できていない。だが、最も恐ろしいのは、彼が『悪であることに価値を見出している』ということだ」


「悪であることに……価値……?」


雪音が理解できないという表情で呟く。


「ああ。彼は自分が悪人であることを誇りに思っている。善悪の基準が、根本から歪んでいるんだ。だから、予測不能で、極めて危険だ」


創亮の説明に、力人は怒りを覚えた。


「なんでそんな奴が協会にいるんだよ!」


「協会は……複雑だ。力があれば、過去は問われない。それに、尾道刃はビーストのお気に入りだからな」


創亮の言葉は諦念に満ちていた。


雪音は不安げな表情で、力人の横顔を見つめていた。


沈黙が部屋を支配する中、創亮が話題を変える。


「それと……一つ聞きたいことがある」


「何だ?」


力人が顔を上げた。


「最近話題のホースマンについて、どう思う」


その言葉に、力人と雪音は一瞬硬直する。


ホースマン――それは、自分たちを幾度となく助けた月浪實が変身したバルバロイの世間での呼び名だ。


「……なんで、そんなこと聞くんだ」


力人が警戒するように尋ねた。


「いや、少し気になってね」


創亮の表情は変わらない。だが、その瞳が力人を見つめている。


力人は、わずかに違和感を覚えた。創亮の視線が、いつもとは違う。何か探るような、冷たい光を帯びている。


「マッハさん、そのホースマンのことなんだけど……」


雪音が實について言いかけたその時、力人がそれを遮る。


「バルバロイにまともな奴なんているわけないだろ」


その言葉に、雪音は驚いて力人を見た。だが、力人は雪音に小さく首を振る。


創亮は、数秒間沈黙した。力人の瞳を見つめている。


「……そうか。それもそうだな」


創亮が微笑んだ。だが、その笑顔は先ほどまでの爽やかさや穏やかさとは違う。どこか、冷たいものが混じっている。


力人は、その視線に違和感を覚えたが、口には出さなかった。


「あ、リッキー、病院の予約時間が迫ってる」


雪音がスマホの通知に気づき、慌てて声を上げた。


「え、マジで。やべ、忘れてた」


力人も時計を確認し、慌てて立ち上がる。


「病院?」


「はい、『クロベ医院』っていうところです」


創亮の問いに雪音が答える。


「クロベ医院……ね」


創亮は、何か考えるような表情を浮かべたが、すぐに笑顔を作った。


「そうか。じゃあ、急がないとね」


「すみません、せっかく招待してもらったのに」


雪音が申し訳なさそうに頭を下げた。


「いいよいいよ。また来てくれれば」


創亮は玄関まで二人を見送った。


「じゃあ、また」


「ああ、気をつけてな」


力人と雪音が玄関を出た直後、力人はバッグを家に忘れたことに気づいた。


「あ、やべえ。バッグ忘れた」


「もう、リッキーったら」


雪音が呆れたように笑う。


力人が玄関に戻ると、創亮がバッグを手に持って待っていた。


「忘れ物だ」


「ああ、サンキュー」


力人がバッグを受け取った瞬間、創亮の表情がわずかに変わったような気がした。だが、それはあまりにも一瞬で、力人は気のせいかと思った。


「じゃあな」


「ああ。また連絡する」


創亮はゲーマーズハウスを後にする二人を見送る。その表情は、再び爽やかな笑顔に戻っていた。しかし、その眼の奥には、何か冷たいものが潜んでいた。


───


 医院へ向かう電車の中、力人と雪音は並んで座っていた。


 窓の外には、流れていく景色。夏の陽射しが、車内に差し込んでいる。


「ねえ、リッキー」


雪音が口を開いた。


「ん?」


「さっき、なんでバルバロイにまともなやつなんてはいないって言ったの?」


その問いに、力人はしばらく考えてから答えた。


「……そもそも、みのるんは何のためらいもなく転生殺人をしようとするバルバロイとは違う。だから、守るためにああ言った」


「守るため……?」


「ああ。眼が気になってな……」


「眼……?」


「みのるんについて聞いた時、マッハさんの眼が……何て言うか、冷たかった」


力人の声が、わずかに沈んだ。


「マッハさんの眼が、どこか不気味だったんだよ。まるで、何かを探るような……」


 力人の言葉に雪音は、不安げな表情を浮かべた。


「リッキー……」


「まあ、気のせいかもしれないけどな」


 力人は、雪音を安心させるように笑う。だが、心の中では、あの冷たい視線が忘れられなかった。


────


力人と雪音がクロベ医院に到着したのは、夕方近くのことだった。


小さいが清潔感のある医院で、白い壁が陽の光を反射している。受付には優しそうな看護士が受付をしていた。


「あの、紹介で来たんですけど……」


雪音が受付で名前を告げると、看護師は微笑んで頷いた。


「はい、お待ちしておりました。本日は黒部院長が直々に診察いたします」


「院長……?」


力人が驚きの声を上げた。


「すごい……」


雪音も目を丸くする。


そして、二人は案内されるまま、診察室へと向かう。


診察室の中は、一般的な医院と変わらない。白い壁、検査機器、診察台。


「初めまして。私が院長の黒部だ」


白衣を纏い、眼鏡をかけた初老の男性が立ち上がり、二人に挨拶をした。穏やかな笑顔だが、その瞳には鋭い知性の光が宿っている。


「綺羅星力人君、そして戌上雪音さんだね。バルバロイから国民を守る会の方から話は聞いているよ」


「よろしくお願いします」


二人は深々と頭を下げ、黒部は二人を椅子に座らせると、カルテに目を通しながら話し始めた。


「では、早速診察を始めよう。まず、最近何か変わったことはないかね」


黒部が力人に尋ねる。


力人は少し考えてから口を開いた。


「えーっと、そういえば……」


だが、言葉が続かない。初対面の相手には自分の感覚を上手く言語化できず、口ごもってしまう。


雪音がそれを察して、サポートするように話し始めた。


「どうやら、最近、傷の治りが速くなったと言ってるんです」


「傷の治りが……」


黒部が興味深そうに頷く。


雪音の説明に、黒部は頷きながらメモを取る。


「なるほど。他には?」


雪音の説明を見て、力人が付け足すように自分の身に起きた変化を語る。


「あ、そういえば……傷の治りが速くなったんです。それに、集中力も持続するようになったんです。前は……その、すぐに気が散ったりしてたんですけど……」


「それはいつからかな?」


黒部が興味深そうに頷くと力人に質問する。


「えーっと、その……伝わるかどうかわからないんですけど……」


力人は雪音の助けも借りながら、先日のバ国会の任務の際にバルバロイとの戦闘の際、死亡しかけたことやスラポンと名乗るスライムを食べてから、変化が発生したことを語った。


「ふむ……少し検査をしてもいいかね?」


「え?検査?」


「少し気になることがあるのでね……なるべく迅速に終わらせる」


───

検査は丁寧に、そして迅速に行われた。血液検査、そして特殊な機材を使ったマナの測定。


 検査中、力人は注射針を見て、わずかに顔を強張らせた。


「大丈夫かね」


「はい……慣れてるんで」


 様々な検査が行われる中、力人はふと幼い頃の記憶を思い出していた。


病院のベッド。白い天井。母親の心配そうな顔。


力人は幼い頃、身体が弱かった。風邪をひけば高熱を出し、少し走れば息が切れた。両親は常に心配し、病院通いが日常だった。


だが、ゲームと出会ってから、少しずつ変わっていった。ゲームを通じて身体を動かすようになり、体力がついていった。ツルギと出会い、ゲーマーとしての道を歩み始めてから、その身体はさらに強くなった。


「綺羅星君」


黒部の声に、力人は現実に引き戻された。


検査台に横たわった力人の身体中にセンサーを取り付けられた。機械が静かに作動し、データが画面に表示されていく。


「……やはりな」


「どうしたんですか?」


画面を見つめながら呟く黒部に、雪音が不安そうに尋ねる。


「綺羅星君、君の体内で、粘性生命体スライムが化学反応を起こしている」


「化学反応……?」


力人が起き上がり、黒部を見つめる。


「簡単に言えば、君の体内でマナが生成できるようになっているんだ」


「マナを生成……!」


雪音が驚きの声を上げた。


黒部は、二人に説明を始めた。


 検査が終わると、黒部は結果を見ながら言った。


「やはり……君の体内で、粘性生命体が化学反応を起こしている」


「化学反応……?」


「簡単に言えば、君の体内でマナを生成できるようになっている状態だ」


「マナを生成……!」


 雪音が驚きの声を上げた。


「マナって、そもそも何なんだ?バルバロイを倒した時に出るキラキラした光っていうまでは知っているんだが」


力人の疑問に、黒部は丁寧に説明を始めた。


「マナは生命エネルギーの一種だ。バルバロイも人間も持っているが、個人差はあれどバルバロイと比較すると人間は微量でね」


黒部はホワイトボードに簡単な図を描きながら説明を続ける。


「通常、人間は体内でマナを生成できない。だから、ゲーマーはコントローラーを通じてバルバロイからマナを吸収し、戦闘に使用する」


「コントローラーって、そういう仕組みだったんですか……」


雪音が感心したように呟く。


「そうだ。そしてコントローラーは、マナを保存し変換する装置だ。本来は倒したバルバロイから放出されるマナを吸収して保存し、それをゲーマーが使える形に変換する。だが、力人君の場合……」


黒部は画面のデータを指差した。


「君の体内でマナが生成できるようになっている。これは極めて稀なケースだ」


「じゃあ、俺は……」


力人の声が震える。


「ある意味、バルバロイに近い体質になっているとも言える」


その言葉に、力人は驚愕の表情を浮かべた。


「リッキー、大丈夫なの……?」


雪音が不安そうに力人の手を握る。


「心配はいらない」


黒部は穏やかな声で二人を安心させるように言った。


「君は人間だ。ただ、特殊な体質になっただけだ。むしろ、これは有利に働くだろう。マナの補給が容易になり、戦闘能力も向上するからね」


「でも……」


「安心しなさい。私が君の主治医になる。定期的に検査をすれば、問題ない」


黒部の言葉には、確かな自信が込められていた。


「先生、どうしてそんなに詳しいんですか?」


 雪音が尋ねた。


 黒部は、少し沈黙してから答えた。


「……秘密にしてくれるなら、話そう」


 力人と雪音は、頷いた。


「実は、私はバルバロイも診察している」


「え……!」


 力人が驚きの声を上げた。


「バルバロイを……?」


 雪音も目を見張った。


「スラポンのように人間との共存を望むバルバロイは、少数だが存在する。私達はバ国会の人たちと共に、そのようなバルバロイたちとの共存の道を模索しているんだ」


力人は()()()()()()()()()()という存在がいるという事に一抹の疑念を感じたが、スラポンや實のことを考えるとその疑念は消えていった。


「何かあれば、すぐに連絡してくれ。24時間対応している」


黒部に名刺を渡され、二人は頭を下げた。


───


夕暮れ時の空は、オレンジ色に染まっている。


「お腹空いたな……」


力人が呟く。


「診察、長かったもんね」


雪音が笑う。


「牛丼でも食べに行くか」


「うん」


二人は駅前の牛丼屋へと向かった。


───


牛丼屋の暖簾をくぐると、夕飯時とあって店内は賑わっていた。


サラリーマンたちが疲れた表情でカウンターに座り、学生のグループが騒がしく会話を交わしている。奥の席では、幼い子供を連れた母親が優しく声をかけながら食事をさせていた。様々な人々が、それぞれの時間を過ごしている。


「いらっしゃいませ!」


威勢の良い声が響く中、力人と雪音は空いているカウンター席を見つけて腰を下ろした。


「牛丼大盛りで」


力人がメニューを見ずに注文する。


「私は並で」


雪音が続けて告げた。


「かしこまりました……って、リッキー?」


注文を受けていた店員が、顔を上げた瞬間、驚きの声を上げた。


力人は、その声に聞き覚えがあった。顔を上げると、見覚えのある顔が目の前にあった。


「ゆーちゃん!」


力人が思わず声を上げる。


接客していたのは、小学校時代からの友人――乾悠太だった。短く刈り上げた髪に、少し痩せた頬。だが、その笑顔は昔のままだ。


「久しぶりだな。小学校の卒業式以来だっけ?」


悠太が嬉しそうに笑う。


「そうだな」


力人も笑顔で答えた。


小学校を卒業してから、悠太とは疎遠になっていた。中学は同じ学校に進むも、力人と雪音がフリースクールに通うようになってから、会う機会が減っていった。


「いろいろあったけど、いくつかバイトを掛け持ちしながら高校とバイトを行き来する毎日だよ」


悠太は少し疲れた様子だが、それでも明るく笑っていた。だが、その目の下には隈があり、どこか無理をしているように見えた。


「頑張ってるんだな」


「まあね……」


力人の言葉に、悠太は少しだけ表情を曇らせる。

その言葉には、どこか諦めのようなものが混じっていた。


力人は、何か言葉をかけようとしたが、適切な言葉が見つからない。


「ごめん、バイト時間がもうすぐ終わるから、先に帰るね」


悠太は時計を見て、慌てたように言った。


「おう、また遊ぼうぜ」


「うん、また連絡するよ」


悠太は手を振りながら、店の奥へと消えていった。程なくして、私服に着替えた悠太が店を出ていくのが見えた。


「ゆーちゃん、元気そうでよかった」


「ああ」


微笑む雪音に力人も頷いた。だが、心の中では、悠太の様子が気になっていた。


しばらくして二人は運ばれてきた牛丼をゆっくりと味わった。


───


一方、牛丼屋を出た悠太は、夜の街を歩いていた。


夏の夜風が心地よく、街灯が道を照らしている。だが、彼の表情は暗かった。


ポケットの中で、スマートフォンが震える。


画面に映る着信通知。その名前を見た瞬間、悠太の表情がさらに曇った。


躊躇いながらも、悠太は通話ボタンを押し、電話に出る。


「はい……」


『ゆーちゃん。ちょっと来てくれないかな』


電話の向こうから聞こえてきたのは、爽やかで親しみやすい声。だが、その言葉には有無を言わせぬ響きがあった。


悠太は、一瞬だけ拒否することを考えた。だが、拒否するわけにはいかない――言葉は喉の奥で凍りついた。


「……分かりました。クリムゾ」


その声は、小さく震えていた。

そして通話を切り、深く息を吐いた。


「リッキー……もう昔の俺とは違うんだ……」


夜の闇の中、悠太は暗い表情で歩き出す。その背中は、どこまでも重く、沈んでいた。

お読みいただき、ありがとうございます。シンワです。

前回の更新から少し時間が空いてしまいましたが、お待ちいただいた読者の皆様、本当にありがとうございます。皆様の応援が、執筆を続ける何よりの励みになっています。

今回から、執筆の効率化を図るため、文章のブラッシュアップや構成の整理にAIを取り入れてみました。プロットやキャラクターの設定、物語の方向性はこれまで通り私が考えていますが、AIの力を借りることで、テンポ良く、そして読みやすく仕上げることができたのではないかと思います。この新しい試みが、皆様にとってより楽しい読書体験につながっていれば幸いです。

今回から、力人の体質の変化、そして乾悠太と尾道刃の関係が明らかになりました。力人を取り巻く状況は、少しずつ、しかし確実に動き始めています。

次回以降も、力人と雪音の活躍、そして彼らを取り巻く人々の思惑が複雑に絡み合っていきます。どうぞお楽しみに

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