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實の決意(後編)

梅雨が明けたばかりの夏の陽射しが容赦なく照りつける中、図書館の外で、雪音は不安げに入口を見つめていた。


 普段なら静寂に満ちているはずだった図書館。だが今、その中からは断続的に響く破壊音と、何かが崩れ落ちる音が聞こえてくる。


「スノーハウンド、実は……」


雪音の横に立っていた慈郎が重い口を開いた。


───


「えっ! 今回の任務、私達は参加しないはずだったんですか!」


 慈郎の言葉に、雪音は驚きの声を上げた。


「ああ……そうだ」


 慈郎は静かに頷いた。竹刀ケースを背負った青年の表情は、真剣そのものだった。


「本来、今回のバルバロイはバ国会が対処する予定だった。だが、ゲーマー協会から急遽、別のゲーマーに任務が割り振られたと報告があったんだ……」


「どうして……」


 雪音の疑問に、慈郎は眉をひそめた。


「分からない。だが、協会とバ国会の関係は複雑だ。ライセンスは持ちつつも自警団的な活動をしている俺達(バ国会)に対して、協会は政府の公認組織。その力関係だと思われるが……」


 慈郎が言葉を続けようとした時、リコが小さな声で呟いた。


「あの……慈郎さん。それに、今回の敵は……」


「ああ」


 慈郎は重い声で続けた。


「今回のバルバロイは、転生者の可能性が高い」


 転生者――その言葉に、雪音の顔はみるみる青ざめた。


 脳裏に、初任務の際の記憶が蘇る。狂戦士の転生者との戦闘。自分も力人も、命を落としかけた。あの恐怖が、再び雪音を襲った。


「転生者……ということは……」


「転生者は通常のバルバロイとは比較にならないほど強いというのはわかるだろう?それに図書館内では別のバルバロイの目撃もされていて迂闊に入っていくことができないんだ……」


 慈郎の言葉に、雪音は唇を噛んだ。


「そんな……リッキーが……」


 その時、リコのポーチがもぞもぞと動き出した。


「あ、あの……ごめんなさい!」


 リコが慌ててポーチを押さえようとした瞬間、中から小さなスライムが飛び出した。


「バルバロイ⁉」


 雪音が思わず身構える。


「違うよ! ぼくは悪いバルバロイじゃないよ!」


 スライムは、幼い声で叫んだ。そして、ぷるぷると震えながら、雪音の前で停止する。


「ぼくはスラポン。リコちゃんの相棒なんだ」


「相棒……」


 雪音は困惑しながらも、スラポンを見つめた。確かに、敵意は感じられない。むしろ、親しみやすい雰囲気すら漂っている。


「スラポンは、人間との共存を望んでいるバルバロイだ。我々バ国会は、そういった存在とも協力している」


 慈郎の説明に、雪音は少しだけ安堵した。


 だが、その安堵は長く続かなかった。


 図書館の中から、巨大な衝撃音が響いたのだ。


「行くぞ」


 慈郎は、竹刀ケースに手をかけた。


───


 図書館の中、力人は床に倒れていた。


 視界がぼやけ、呼吸が浅い。全身の痛みが全身を支配し、身体が動かない。


 床には、自分の血と、實から流れた灰が混ざり合っている。赤と灰色の液体が、まるで禍々しい絵画のように広がっていた。


「HAHAHA! これをもってユーたちはジ・エーンド!」


 エレファントバルバロイが、勝利を確信したように嗤う。


 ――ここで……終わりか……。


 力人の意識が、ゆっくりと遠のいていく。


 その時、目の前に何かが現れた。


 小さな、青いスライム。


「おい、少年、おれを食べるんだ」


 スライムが、力人に語りかけた。その声は親しみやすい形状とは似つかない硬派で豪快な声だった。


「は……何言ってんだ……ていうか急に何なんだよ……」


 力人は、朦朧とした意識の中で答えた。


「いいから食え!ここで死ぬかおれを食べるか、どっちなんだい?」


 スライム、力人の口元に自らの身体を押し当てた。


「早くしろ! そいつが戻ってくる前に!」


 エレファントバルバロイが、こちらに向かってくる足音が聞こえる。


 力人は、覚悟を決めた。


 ――こんな状況で、選択肢なんてない。


 力人は、スラポンの半分を口に含んだ。


 刹那、ラムネ味のゼリーのような食感が口の中に広がる。甘く、爽やかで、どこか懐かしい味。


 そして――。


 体内に、膨大な力が流れ込み、力人を覚醒めざめさせる。


 戦うための力。それが、潮流のように力人の身体を駆け巡る。


 折れた肋骨が、音を立てて繋がっていく。裂けた皮膚が、徐々に再生していく。血が止まり、痛みが和らぎ、視界がクリアになっていく。


 力人の瞳が、光を取り戻した。


「これは……!」


 集中力が、研ぎ澄まされていく。今まで見えなかったものが、見える。エレファントバルバロイの動き、呼吸、力の流れ――全てが、スローモーションのように見えた。


 力人は、立ち上がった。


「なんでユーはスタンダップ!」


 エレファントバルバロイが、驚愕の声を上げた。


「こっからは俺のターンだ」


 力人は、コントローラーを構えた。


『Trans change: スカイ・リッキー!』


 虹色の光が、力人を包み込む。翡翠色のユニフォームが現れ、ヘラクレスオオカブトの兜が頭部を覆う。


 天翔ける英雄スカイリッキーが、再び戦場に立った。


「今度は……違うぜ」


 その時、図書館の入口が開いた。


 駆け込んできたのは、雪音、慈郎、そしてリコだった。


「リッキー!」


 雪音が叫ぶ。


「雪音! 来たのか!」


 スカイリッキーが振り返る。


「一人で戦わせるわけないでしょ」


 雪音は、コントローラーにカセットを差し込んだ。


『Trans change: スノーハウンド!』


 白と青の戦闘スーツに身を包んだスノーハウンドが現れた。


「俺も参加させてもらう」


 慈郎は、竹刀ケースから一本の竹刀を取り出した。


 その竹刀は、彼が無数の死線を潜り抜けてきたことがわかるものだった。


 慈郎は、竹刀の柄にコントローラーを巻き付け、変身トランス・チェンジする。


「トランス……チェンジ……!」


 瞬間、竹刀が光り始めた。マナが竹刀に集束し、刃が蒼白く輝く。竹刀でありながら、まるで名刀のような気配を放ち始めた。


 これが、慈郎のトランスチェンジだった。己の身ではなく、武器にマナを集中させる。高校生にして免許皆伝である慈郎ならではの戦い方。


「私も……!」


 リコもコントローラーを取り出した。


『Trans change: リコイル!』


 リコの姿が変わる。銃を模した装備が現れ、彼女は遠距離戦闘の体勢を取った。


「みんな……」


 スカイリッキーは、仲間たちを見渡した。


 そして、倒れている實とゆめに目をやる。


 實は、まだ意識がないがその身体は回復していくのがわかる。そして、ゆめは、彼を守るように氷の翼で包んでいた。


「お前ら……」


 エレファントバルバロイは、包囲されたことに気づき、焦りを見せた。


「フレンドが来てもムダムダ! 」


 エレファントバルバロイが叫ぶ。


「お前の悪行てんせいさつじんも、ここまでだ」


 スカイリッキーが、戦闘態勢を取った。


「行くぜ、協力プレイだ!」


───


 スノーハウンドが最初に動いた。


能力スキル――冷凍拘束フローズン・バインド!」


 床に手を触れると、氷が一気に広がる。エレファントバルバロイの足元が凍りつき、動きが鈍る。


「そんな攻撃では、オレを倒すのはノーウェイ・ノーウェイ!」


 エレファントバルバロイが、足を引き抜こうともがく。


「今だ!」


 リコイルが、遠距離から光弾を放つ。エレファントバルバロイは因果律操作で、本棚を崩し、盾にするも、それが罠だと気づかなかった。


「面!」


 罠と気づくも時すでに遅し、背後に回り込んでいた慈郎が竹刀を振り下ろす。蒼白く輝く刃が、エレファントバルバロイの頭部を捉える。


「Ouch!」


 エレファントバルバロイが、よろめいた。


「胴!」


 続けて、慈郎が横薙ぎに竹刀を振るう。エレファントバルバロイの胴体に一閃が走り、灰が舞い散る。


「シット!」


 追い詰められたエレファントバルバロイは、自らの重力を操作し、地面を叩いた。振動が走り、スノーハウンドの氷が砕ける。


「させるか!大車輪!」


 車輪のように回転しながらスカイリッキーがエレファントバルバロイに肉薄する。ヘラクレスホーンを抜き、斬りかかる。


 だが、エレファントバルバロイは辛うじて躱す。


「まだまだ、オレのラックはマックス!」


 エレファントバルバロイが、肥大化させた象の鼻を模した突起を振り回す。その風圧にスカイリッキーが吹き飛ばされそうになる。


 その時、白い羽根が舞った。


 スワンバルバロイ――ゆめが、空中から氷の羽根を放った。羽根がエレファントバルバロイの動きを阻害する。


 エレファントバルバロイが、ゆめに向かって攻撃しようとした。


 だが、その前にホースバルバロイ――實が立ちはだかった。


「させない……!」


 實の身体は完全に癒えていない。だが、諦めていなかった。


 實は、光の槍を構え、エレファントバルバロイに突きを放った。槍がエレファントバルバロイの腕を貫く。


「ぐあっ!」


 エレファントバルバロイの腕から、灰が流れ出た。


「みんな、ありがとう……」


 實が、仲間たちに感謝の言葉を伝えた。


「礼はいらねえ。今は、こいつを倒すことに集中しろ」


 スカイリッキーが、實に言った。


「みんな、一気に畳み掛けるぞ!」


 その言葉と同時に6人の連携攻撃が始まる。


 スノーハウンドが氷で足場を作り、リコイルが遠距離から援護射撃。慈郎が竹刀で連撃を繰り出し、スカイリッキーとホースバルバロイが隙を突いて接近戦を仕掛ける。


 空中からはスワンバルバロイが氷の羽根を放ち、エレファントバルバロイの攻撃を攪乱する。


 エレファントバルバロイの強運も、六人の連携には対応しきれなかった。


「くそっ、くそっ……!」


 エレファントバルバロイは、徐々に追い詰められていく。


 傷が増え、灰が舞い散る。即座に回復してもその倍の傷が増える。勝利の女神が自分に微笑むことはないことはエレファントバルバロイは自覚する。


 刹那、スカイリッキーが、ヘラクレスホーンを構えた。


「これでゲームセットだ」


 雪音たちが、エレファントバルバロイから距離を取ると同時、コントローラーのコマンドを操作し、ヘラクレスホーンにマナを送った。


 待機音が流れ、剣先が翡翠色に輝く。


「EX奥義――大竜巻斬グラン・トルネード!」


 剣を振ると同時に、巨大な竜巻が巻き起こった。竜巻がエレファントバルバロイを包み込む。


 同時に、慈郎も竹刀を構えた。


 蒼白く輝く刃に、さらにマナが集束する。


長月流奥義ちょうげつりゅうおうぎ――斬月!」


 慈郎が竹刀を振り下ろすと、月の光のような斬撃が走った。


 二つの技が、エレファントバルバロイを捉えたと同時、上空からゆめがマナで創り出した銃で狙撃した。


鴻鵠之志こうこくしし……」


「ノオオオオオオオオオオォォォォォ!」


 胸部の核を撃ち抜かれエレファントバルバロイの身体から虹色の光と灰を流し……そして、灰となって崩れ落ちていった。


 灰が舞い散り、その中から虹色のマナが流れ出す。マナは、変身を解除した力人、雪音、慈郎、リコの4人に吸収されていった。


「終わった……」


 力人は、安堵のため息をついた。


───


戦闘が終わり、図書館は再び静寂を取り戻した。


 だが、その静寂は平和なものではなかった。倒れた本棚、割れた窓ガラス、散乱した本――図書館は、戦場の傷跡を残していた。


「また会おう、スカイリッキー、スノーハウンド」


 慈郎が、力人と雪音に手を差し出した。


「ああ、また」


 力人は、その手を握った。


バ国会への報告のため、先に帰ることになった慈郎とリコが去った後、力人は雪音たちに()()|する。


「みんな、片付けを手伝おう」


 その提案に、雪音達は快く頷いた。


───


 四人は戻ってきた司書たちと共に片付けを始めた。


 倒れた本棚を起こし、散乱した本を拾い集める。割れたガラスを掃き、床を拭く。


 図書館は、窓からは隣接した緑豊かな公園が見えた。夏の陽射しが木々を照らしている。


「本がこんなになっちまって……」


 力人は、引き裂かれたページを見て、悲しげに呟いた。


「いえ、皆さんのおかげで助かりました」


 司書の一人が、力人に感謝の言葉を伝えた。


「それに、本は修復できます。命は戻りませんから」


 その言葉に、力人は少しだけ救われた気がした。


 片付けが進む中、力人と實は二人きりになる。ふと横を見ると實が何かに悩んでいるような様子に気づいた。黙々と本を拾い集める實の表情は、どこか暗い。


「なあ、みのるん。お前、何か悩んでるだろ」


 力人が、實に声をかけた。


 實は、驚いた表情で力人を見た。


「……なんで分かった?」


「お前、さっきから暗い感じがするもん」


 實は、しばらく沈黙した後、口を開いた。


「俺は……自分の力の使い方が分からないんだ」


 その声は、どこか苦しげだった。


「この力は……バルバロイとしての力だ。人を傷つけるための力だ。でも、俺は……人を傷つけるために使いたくない」


 實は、拳を握りしめた。


「でも、俺は人間じゃない……」


 力人は、しばらく考え込むと、ふと思いついたように顔を上げた。


「だったら、その力を使って人助けとかどうだ。何でも屋とか」


「何でも屋……?」


 實は、困惑した表情で力人を見た。


「ああ。今朝のニュースで見たんだ。お前が召喚されたバスの生徒を救った話」


 力人は、笑顔で言った。


「お前みたいな力があれば、色んな人を助けられるだろ。困ってる人を助ける。それが、お前の力の使い方じゃないか?」


 實は、力人の言葉を噛みしめるように黙り込んだ。


「だったら、いい名前を考えないとな」


 力人は、床に落ちているギリシャ語の辞典を拾い上げた。


 パラパラとめくりながら読む。力人は、興味のある分野には異常な集中力を発揮する。ギリシャ神話や言語学は、まさにその分野だった。


「あ、これいいんじゃね。『フォロス』」


 力人が口を開く。


「フォロス……どういう意味だ?」


 興味深そうに聞き返す實に力人は、得意げに説明し始めた。


「一つ目は、光を意味する『フォス』と、運ぶものを意味する『フォラス』を合わせたもの。『人々の心に希望の光を運ぶもの』って意味」


 實の目が、わずかに輝いた。


「二つ目は、前に俺が転生者に襲われた時に、光の矢みたいなので助けてくれただろ。だから、矢を意味する『ヴェロス』をかけたんだ」


 實は、あの時のことを思い出した。初めて力人と出会った時。自分の力で、彼を救った時。


「三つ目は、全体を意味する『ホロス』をもじったもの。お前の力で、全ての人を守れるようにって」


 力人は、にっこりと笑った。


「トリプルミーニングってやつだな」


 實は、しばらく沈黙した。


 そして、ゆっくりと顔を上げた。


「……ありがとう、力人君」


 その瞳は輝いていた。


───


 片付けが終わり、四人は図書館を後にした。


 夕陽が、街を赤く染めている。梅雨明けの空は雲一つない彼らの心を表しているようであった。


「こっちは終わったよ」


 雪音が、ゆめと共に力人たちの元へやってきた。その様子から意気投合したことは目に見えていた。


「お疲れ様」


 ゆめが、小さく呟いた。


「じゃあ、帰るか」


 力人が、歩き出した。


 四人は、並んで夕陽に向かって歩いていく。


「また……会えるかな」


 ゆめが、不安げに聞いた。


「もちろん。今度、遊びに来てよ」


 雪音が、ゆめの手を握った。


「フォロス……か。いい名前だ」


 實が、空を見上げながら呟いた。


「だろ。俺のネーミングセンス、最高だろ」


 力人が、得意げに言った。


「はいはい」


 雪音が、呆れたように笑った。


 四人は、笑いながら夕陽に向かって歩いていく。意気投合した四人の未来に、希望の光が差していた。


───

 その夜、武良井寛太郎は自室でバルバロイ討伐任務の資料を読んでいた。


 デスクライトの明かりだけが、部屋を照らしている。


「おかしい……」


 武良井は、資料を見つめながら呟いた。


「なぜ、スカイリッキーとスノーハウンドにばかり、高難度の依頼が……」


 資料には、過去の任務履歴が記されている。


 力人と雪音に割り振られた任務は、明らかに他のゲーマーよりも難易度が高い。まるで、意図的に危険な任務を押し付けられているかのようだった。


「これは……何かある」


 武良井は、資料を読み込んでいった。

 

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