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實の決意(前編)

 武良井寛太郎からのバルバロイ退治の任務を受け、力人と雪音は目的地の荻窪の図書館を訪れていた。


 梅雨明けの住宅街。その一角に佇む図書館は、古びた煉瓦造りの建物で、平和な日常を象徴するような静けさを湛えていた。だが、その静寂は表面だけのものだと、力人は直感していた。


「ここで合ってるよね……」


 指定された場所をスマホで確認する雪音を横目に、力人は勢いよく図書館へと飛び込もうとした。


「ちょっと、リッキー! 待ってよ! まずは状況を確認しないと!」


「だいじょーぶ、だいじょーぶい」


 力人の勢いを抑えようとする雪音の言葉に、彼は少しおどけた様子で答えた。いつもの癖だ。衝動的に動き、後先を考えない。それが力人だった。


「待ちな、ここから先は危険だ」


 刹那、力人と雪音の前に、二人の男女が現れた。


 一人は、背中に竹刀ケースを背負った凛々しい雰囲気を纏う少年。鋭い眼差しと、鍛え抜かれた体躯が、武道を極めた者特有の気配を放っている。


 そしてその隣には、少し緊張した面持ちのセミロングの髪型の少女が立っていた。奥手そうな雰囲気だが、その瞳には強い意志が宿っている。


「誰?」


 力人は、少しも警戒せずに聞いた。


「あ、あの……私、バ国会の神楽リコです。こっちはジロちゃ……じゃなくて剣持慈郎さん。よろしくお願いします」


 少女――神楽リコの丁寧な自己紹介に、力人は少し面食らった表情を浮かべ、不思議そうに二人を見つめた。


「バ国会? ゲーマー協会じゃなくて?」


 力人の問いに、雪音は説明を始めた。


「私も詳しくは知らないけど、正式名称を『バルバロイから国民を守る会』っていう、最近台頭してきたゲーマー達の組織なの」


「なるほどな……」


 力人は雪音の説明に耳を傾け――いや、実際には半分しか聞いていなかった。興味深そうに慈郎とリコを見つめながらも、その意識は既に図書館の中へと向かっていた。


 雪音の話が終わるか終わらないかのうちに、図書館の中から激しい衝撃音とガラスが割れる音が響き渡った。


「よし、行くぞ!」


 力人は図書館の入口に向かって駆け出した。


「リッキー! 待ってってば!」


「待ちな、入るのは少し様子を見てからにした方がいい」


 後を追って図書館に飛び込もうとした時、背後から慈郎に呼び止められ、雪音はその足を止めた。


───


 一方、力人は構わず図書館に飛び込み、中を覗き込んだ。


 そこは、まさに戦場だった。


 本棚が倒れ、窓ガラスが割れ、床には破片が散乱している。本が引き裂かれ、ページが宙を舞う。静寂の殿堂であるべき図書館が、暴力に蹂躙されていた。


 その中央で、一体のバルバロイが剣を振るっていた。


 一角獣の角を模した頭部を持ち、灰色の体色をした西洋の騎士を思わせるバルバロイ。対する相手は、象の頭を模した頭部を持つバルバロイだった。巨大な体躯と鼻を模した突起を持つ、───エレファントバルバロイというべきバルバロイは、周囲の壁や本棚を倒しながら、馬頭のバルバロイ───ホースバルバロイの攻撃を躱していた。


「あれは……みのるん……?彼も来てたのか」


 ――自分と雪音の窮地を二度も救った青年。月浪實が変身したバルバロイ。


 そう呟きながら、力人は近くの本棚に身を隠し、戦況を静観した。


 ――様子を見よう。今は俺が出る時じゃない。


 そう判断した力人だったが、その時、背後から誰かに呼び止められた。


「あなた、逃げ遅れた人?」


 力人が振り返ると、そこには一人の少女がいた。


 生気のない青白い肌に黒髪。年齢は自分より少し年下といったところか。少し高飛車そうな雰囲気を纏い、その瞳は黒く輝いていた。


「お前こそ逃げた方がいいんじゃねーか」


「逃げないなら……あなた……死ぬわよ」


 その言葉と同時、少女の背中からしなやかで鋭い羽が伸びた。


 バレリーナや白鳥を混ぜ合わせたかのような姿へと変貌する。白い羽根が舞い散り、少女は戦闘を続けるバルバロイの元へと飛び去っていった。


「な、なんだ……あいつ……!」


 力人は驚愕した。だが、すぐに思考を切り替えた。


 ――あいつもバルバロイか。みのるんの味方なのか。


 少女――スワンバルバロイが、ホースバルバロイの援護に向かうのが見えた。


「よし、俺も行くか!」


 力人はコントローラーにカセットを差し込んだ。


『Trans change: スカイ・リッキー!』


 虹色の光が力人を包み、翡翠色のユニフォームに身を包んだスカイリッキーが現れる。


 スカイリッキーは、二体のバルバロイの前に割って入った。


「おい、バルバロイ! 本を大事にしろ!」


 図書館の惨状を見て、力人の中で何かが沸き上がった。本を愛する者として、この蛮行は許せない。


「ウザイ説教ご丁寧、メニメニマニマニ聞いてらんねぇ!」


 エレファントバルバロイは、ラップ調に言葉を紡いだ。


 その言葉が、図書館の静寂を嘲るかのように響き渡る。


 そしてバルバロイは、ビートを刻むように肥大化させた頭部の突起を振り回した。まるで鉄柱のように宙を薙ぎ払うたび、地面が震え、本棚の本が崩れ落ちる。


「くそっ……!」


 スカイリッキーは、コントローラーを片手で操作しながら、もう片方の腕でエレファントバルバロイを攻撃した。


 拳が、確実にバルバロイの体躯を捉える。


 ――当たった!


 だが、次の瞬間、エレファントバルバロイはその攻撃を軽々とかわし、逆にスカイリッキーを壁に叩きつけた。


「ぐはっ!」


 スカイリッキーは壁に叩きつけられ、苦痛に顔を歪めた。


「おかしい……確かに当たっていたはずなのに……」


 力人の困惑をよそに、エレファントバルバロイはスカイリッキーのコントローラーに狙いを定め、突進してきた。


「やめろ! 俺のコントローラーを壊す気か!」


 スカイリッキーは、コントローラーを庇いながら、必死に攻撃をかわした。しかし、バルバロイの容赦ない攻撃に、一方的に嬲られるだけだった。


 攻撃が当たらない。躱したはずの攻撃が当たる。まるで、運そのものが敵に味方しているかのようだった。


「くそっ、このままじゃやられる!」


 起死回生の一手を打つべく、スカイリッキーはコントローラーから取り出したヘラクレスホーンを手に構え、エレファントバルバロイを斬りつけた。


 剣が、バルバロイの腕を切り裂く。


 だが――血が流れなかった。


 バルバロイの傷口から、サラサラと零れ落ちる灰が、ヘラクレスホーンの剣先を灰色に染める。


「こいつ……転生者か……!」


 気づくも、時すでに遅く、コントローラーが点滅すると同時に、スカイリッキーの変身が解除され、力人に戻った。


電池マナ切れか……」


 迂闊だった。


 ゲーマーがバルバロイと対等に渡り合える力〈マナ〉は、基本的に倒したバルバロイから回収する。しかし、力人は回収していなかった。


 復帰したてで忘れていた。回収する必要もないと慢心していた。思い当たることはいくつもあるが、今の力人にとって言い訳にする時間は残されても許されてもいなかった。


 ――俺は、最強のゲーマーだ。


 そう自分に言い聞かせてきた。そう思い込んでいたかった。


「こうなったら……!」


 自分に対する不甲斐なさへの怒りを込めて、力人はバルバロイへ拳を叩き込んだ。


 素手で、変身も解けた状態で。


「HAHAHA ユーはルーザーボーイ!」


 しかし、現実は非情だった。


 鳩尾を抉るような激痛と同時に、力人の身体は意識とともに壁に叩きつけられた。


「がっ……」


 肋骨が折れる音が聞こえた気がした。


 口から吐き出された鮮血が、床を染める。その光景に、力人は自らの無力感を実感した。


 ――俺は……弱い……。


「これでユーはジ・エーンド!」


 追い打ちをかけるかのように、エレファントバルバロイは象の鼻を模した突起で貫こうとした。


 力人は、動けなかった。身体が、痛みで動かない。


 ――ここで……終わりか……。


 その瞬間、誰かが力人の前に立ちはだかった。


「させるか……!」


 ホースバルバロイ――月浪實だった。


 實は、エレファントバルバロイの攻撃を自らの身体で受け止めた。


「ぐはっ!」


 傷口からサラサラと灰を流しながら、ホースバルバロイは實の姿へと戻り、倒れる。


その様子にエレファントバルバロイは嘲笑うように鼻を鳴らした。


 そして、床一面へと広がり、力人の血と混ざり合う灰。


 その光景が、力人へ()()()()()()()()()()()()()を突きつけた。


「みのるん……」


 力人は覚悟を決めると、満身創痍の身体で實を逃がそうとした。だが、力尽き、自らの血溜まりに倒れ込んだ。


 床に広がる、赤と灰色の混じり合った液体。


 血と灰。


 人間と転生者。


 生と死。


 その境界が、曖昧に溶け合っていく。


 その様子に、エレファントバルバロイは嘲笑うように鼻を鳴らした。


「HAHAHA ユーたちはフィニッシュ!」


 力人の視界が、ゆっくりと暗くなっていく。


 ――俺は……ここで……終わるのか……。


 その時、図書館の奥から、一人の青年が現れた。


 大学生風の青年。少しお調子者そうな雰囲気を纏っている。どこにでもいそうな青年だった。


「お、おい! みんな逃げろ!」


 青年は、逃げ遅れた子供たちを庇いながら叫んだ。


「ジャマだぜ、ナードボーイ!」


 エレファントバルバロイは、その青年に向かって突進した。


「や、やめろ……!」


 力人は叫んだ。だが、声にならなかった。


 次の瞬間、エレファントバルバロイの攻撃が、青年を貫いた。


「あ……ああ……」


 青年は、子供を庇ったまま、倒れた。


 力人の視界の端で、青年の身体が倒れるのが見えた。


 ――また……守れなかった……。


 力人の意識は、そこで途切れた。


 床に広がる、赤と灰色の液体。


 人間の血と、転生者の灰。


 それが混ざり合い、図書館の床を染めていった。

お久しぶりです。

今回は長めの話なので、前後編になります。

次回は近日公開です。

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