勝利への引き金
五月の渋谷は、新緑の熱気がネオンの残光と混ざり、街をざわめかせていた。力人と雪音はB学園高等学院へ登校する道すがら、朝の喧騒に埋もれていた。
「う~ん……眠い」
力人は目を擦り、ネオンの眩しさに顔をしかめる。連休明けの五月病が苛立ちを増幅していた。
雪音は豆柴ハティのブレスレットを弄り、声を弾ませる。
「そういえばさ、リッキー、最近ネットで話題になってるホースマンって知ってる?」
「ホースマン?」
聞き返す力人に応えるかのようにスマホを手に、ネットニュースの記事を見せる。
『人間に味方するバルバロイ? ホースマンと呼ばれる謎のヒーローに迫る』
「人間に味方する馬のバルバロイか……」
力人の脳裏に初任務の代々木公園で自分を助けた馬頭のバルバロイの姿が重なる。
「(まさかな……)」
微かな期待が胸をざわめかせ、力人は無意識に拳を握る。
──
昼休みのB学園の職員室。梅田武千代が力人と雪音に任務を告げる。
「今回は蝙蝠のバルバロイだ。情報によるとS級相当と思われる」
「S級……」
雪音は呟く。個体差もあるが、街一つから複数の大規模な被害が想定されるバルバロイに与えられる等級だ。前回のダブルヘッドドラゴンの時がA級だったから、それを超えるほどの実力や被害が想定されるバルバロイなのだろう。
眼鏡の奥の目は鋭く、威厳に満ちる。
「2年前の冬、東京各地で群れを成して現れ、多数の死傷者を出した。この事件でわかるだろう?今回は一体だが、油断は禁物だ。そこで私も同行することにする」
力人と雪音は息を呑む。2年前、街を血で染め、ゲーマーがバルバロイを退治する戦士の称号へと一変させた伝説的な惨劇だ。
「了解しました!」
力人が頷き、雪音が続く。
「先生、気をつけましょう」
二人は装備を整え、梅田と共に日本橋のオフィス街へ向かった。
──
正午前のオフィス街は血と瓦礫に染まっていた。ビルの隙間から、5メートルの蝙蝠型バルバロイが咆哮を上げる。
「グギギギ……コロス!」
鋭い爪が空を切り、翼が風を裂く。倒れた人間の身体は血だまりに沈み、骨が剥き出しだ。力人はその異形に息を呑む。
「こいつ……2年前の奴と違う!」
「どういうことですか?」
雪音が食い下がり、梅田が目を細める。
「資料のやつと比べて体長が大きい。それに、全身が白い毛に覆われている。おそらく亜種だろう。私が時間を稼いでいる間にトランス・チェンジを!」
「「トランス・チェンジ! 」」
力人がヘラクレスホーンを握り、雪音が氷の爪を構える。
梅田は工事現場の鉄パイプを手に、バルバロイに突進。爪の攻撃をパイプで受け流し、反撃を試みる。だが、バルバロイが翼を広げ、暴風を巻き起こす。
「シネェエ!」
衝撃波が梅田をビルに叩きつけ、彼は意識を失う。
「先生!」
雪音が駆け寄るが、バルバロイが上空から襲いかかる。
「ミツケタゾ……ニンゲン……ツカマエテヤル!」
「お前なんかに負けるかよ!」
力人はヘラクレスホーンで斬りかかるが爪に弾き飛ばされる。身体が重く、思うように動かない。
「くそっ……!」
雪音がフローズンバインドでバルバロイの足を凍らせる。
「リッキー、逃げて!」
力人は怒りを爆発させる。
「バカ野郎! なんで出てきた!?」
雪音は目を潤ませる。
「だって……リッキーが死んじゃったら嫌なんだもん……」
その言葉が力人の心を揺さぶる。
「(いつも雪音に助けられてばかり……)」
不甲斐ない自分に対して怒りが沸き、頭を振る。
「(考えるんだ……この状況をひっくり返す方法を!)」
二人は柱の陰に隠れ、策を練る。
雪音が梅田のポケットから落ちたカセットに気づく。
「リッキー、これ使って!」
力人は受け取り、コントローラーに挿入する。
『cassette change:shooting trigger』
虹色の光に包まれ、力人の姿がスカイ・リッキーから黄緑色のガンマン姿へ変貌。二丁のハンドガンが腰に輝く。
「よしっ!」
力人はハンドガンを構え、バルバロイに銃弾を撃ち込む。弾丸が鱗を貫き、バルバロイが咆哮する。
「グゥウッ……マダウゴケタカ!」
翼を羽ばたかせ、暴風が襲う。力人は跳躍し、西部劇のガンマンのようにカウンターで蹴りを叩き込む。
「くらえ!」
乱射した弾丸がバルバロイの身体を蜂の巣にする。
「チカラガ……タリヌ……」
バルバロイがよろめく瞬間、力人は衝動的にひらめく。
「(工事現場のクレーンだ!)」
近くのクレーンに駆け寄り、操作する。ワイヤーが鞭のようにしなり、バルバロイの翼を絡め取る。
「これで終わりだ!」
クレーンを動かし、バルバロイをビルに叩きつける。虹色の光が溢れ、バルバロイはマネキンのような人間の死体に変貌し、動かなくなる。
「どうなってんだ……?」
力人が呟く。雪音が駆け寄る。
「リッキー、これ!?」
二人はマネキンのような死体に目を奪われる。
「今は梅田先生を!」
力人がトランスチェンジを解除し、雪音と共に梅田を助け起こす。
「んっ……お前たちか……」
「よかったぁ……」
梅田が意識を取り戻したことに安堵する雪音。
しかし、力人はあのバルバロイの事が気掛かりでならなかった。
その時、雪音が梅田が持っていたカセットに気付いた。
「リッキー、これ返さないと!」
「ん?あ、ああそうだな……」
慌ててシューティング・トリガーのカセットを返そうとする力人に梅田は微笑み、握らせる。
「シューティングトリガーは君の物だ。プレゼントだよ」
力人は戸惑う。
「でも、借りただけ……」
梅田が笑う。
「元々、君に渡す予定だった」
雪音が続ける。
「ありがとう、先生!」
力人は照れながら呟く。
「ありがとな……」
梅田が車を呼び、三人はB学園へ戻った。
──
同じ頃、都内のあるファミレスでは人間に扮したアルケーが二人の仲間を連れて、会議をしていた。
「カリコロ、ダウスルンド、シス・アルケー?」
アルケーの前に座っている炎のような髪の少年──ライキッドが無邪気に尋ねる。
「ライキッド、ここではジパグのヒュマの言葉で話しなさい」
アルケーの声は冷たく、氷の瞳が少年を射る。
「すまねぇ……つい癖で……」
少年ーーライキッドは頭を掻きながら謝罪する。
「まったく……それで今回は何の報告だ?」
雷のように逆立った金色の髪をした筋肉質の男ーーソールが呆れたように話す。
「はい……今から話す事は貴方達が知らない情報です……実は最近、話題になっている人間を助ける馬頭の転生者が現れました」
「つまり、オレッち達の敵ってわけだな?焼き殺せばいいのか?」
ライキッドは興奮気味に両手をパチッと合わせ、火炎球を掌に灯す。その光景に客達はパニックに陥り、逃げ惑う。
「ライキッド、ここでスキル見せたら……まぁいいわ、この際、ここにいる全員殺せば問題ないもんね♪」
アルケーの笑みに、ライキッドは目を輝かせる。
「ここにいるヤツらみんなバーベキューにしてやるぜー!」
火炎球が客を焼き、肉の焦げる臭いが充満する。ウエイトレスの腕が燃え上がり、断末魔が店に響く。
「お前たちの好きにしろ、俺は先に戻る」
ソールは吐き捨てるように言うと姿を消した。
「チェッ、せっかく楽しくなってきたのに……つまんねえの」
ライキッドは不満げに舌打ちをする。
その光景を目の当たりにして、店員やウエイトレスは悲鳴を上げながら逃げ出してしまう。
火炎球が客を焼き、皮膚が溶け、骨が剥き出しになる。ウエイトレスの悲鳴が響き、アルケーがスプリンクラーの水を操り、水刃で店員を切り刻む。首が転がり、内臓が床にこぼれ、血と炭が床を染める。客の悲鳴が途切れ、床には炭化した肉塊と血だまりが広がる。骨まで焼け焦げた死体がテーブルに突っ伏し、ウエイトレスの首が水刃で切断され、床を転がる。
地獄絵図の中、アルケーとライキッドは高らかに笑うのであった。
二ヶ月ぶりです。
次回は転生殺人を行う神々の一人がリッキー達に襲い掛かります。