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英雄復活

東京の一角、帝釈台。なんの変哲もない住宅街の隅に、ひっそりと佇む一軒家があった。古びた外壁に、かつての栄光を物語るゲーム機のステッカーが貼られ、窓からはコントローラーのカチカチという音が漏れる。

綺羅星力人――通称スカイ・リッキーは、そこでゲームの世界に没入していた。


画面に映る敵を華麗に倒す指先は、まるで戦士の剣さばきのごとく。だが、彼の目はどこか冷めていた。まるで、この世界の全てを「攻略済み」とでも言うように。

玄関のチャイムが鳴り響き、力人は顔を上げた。コントローラーを握る手が一瞬止まる。ドアの向こうから、聞き慣れた声が弾けるように響いた。


「リッキー! 久しぶり!」


力人は肩をすくめ、画面から目を離さず応えた。


「雪音、久しぶりって……3日ぶりだろ?」


戌上雪音は、黒髪のツインテールを揺らし、頬を膨らませて家に踏み込む。


彼女の瞳には、幼馴染への親しみと、どこか心配の色が混じる。


「3日でも、私には長いんだから! ねえ、リッキー、ちょっとゲームやめて話聞いてよ!」


力人はコントローラーを置かず、ボタンを連打しながら答えた。


「はいはい、で、またゲーマー協会に戻れって話か? 雪音、毎回それだろ。俺、もう決めたんだ。ゲーマーは辞めた」


雪音は唇を尖らせ、力人の横に腰を下ろした。彼女の手には、アップルパイの甘い香りが漂う紙袋。力人の鼻が一瞬動くが、彼はそれを無視する。


「リッキー、教えてよ。なんでゲーマーを辞めたの? ツルギさんのこと……関係あるの?」


その名を聞き、力人の指が一瞬硬直した。画面のキャラクターが敵の攻撃を受け、HPバーが赤く点滅する。


「ツルギさん……か。そんなこと知っても、雪音には関係ないだろ」


力人の声は冷たく、だがその奥に、抑えきれない感情が滲む。雪音は眉を寄せ、そっと彼の肩に手を置いた。


「リッキー、隠さないでよ。私、知りたいの。だって、ツルギさんがいなくなってから、リッキー、変わっちゃったもん……」


力人は黙り込み、画面を一時停止した。部屋に静寂が落ち、遠くのネオンのざわめきだけが響く。彼の脳裏に、師匠のゲーマー、ツルギの言葉が蘇る。 


「ゲーマーに必要なのは、どんな状況でも楽しむことだ」


その言葉が、今はまるで重い鎖のように力人を縛っていた。


帝釈台の街を、力人と雪音は並んで歩いていた。力人の足取りはどこか気まぐれで、雪音が小走りで追いかける。


「ねえ、リッキー、どこ行くの? まさか、またゲーセン?」


「どこでもいいだろ。雪音なら、この道知ってるはずだ」


力人は振り返らず、歩みを速めた。雪音は一瞬戸惑い、だがその先に広がる風景に目を細めた。


そこは、2人が中学時代を過ごしたフリースクール「rainbow road」で過ごした日々を思い出す場所――帝釈台の小さな公園だった。


色褪せたブランコと滑り台、子供たちの笑い声が響く、かつての安らぎの場。


「リッキー!」


突然、5、6人の子供たちが駆け寄ってきた。

色とりどりのリュックを背負い、目を輝かせる。


「今日こそ負けないよ!」


「リッキー、ゲーム教えて!」


力人はニヤリと笑い、ポケットから携帯ゲーム機を取り出した。


「どうかな。俺は最強のゲーマーだぜ。手加減なしで行くからな」


子供たちの一人が雪音に気づき、元気に挨拶した。


「雪音さん、こんにちは!」


「こんにちは、元気ね」


雪音は微笑み、力人と子供たちのやりとりを見守った。


力人の変わり者な振る舞い――空気を読まず、子供たちに本気でゲームを挑む姿は、まるでかつてのツルギを重ねるようだった。雪音の胸に、懐かしさと切なさが混じる。


「(リッキー、ツルギさんみたいに、子供たちには優しいのに……なんで自分を閉ざすの?)」


フリースクール「rainbow road」は、力人と雪音にとって特別な場所だった。


いじめや様々な理由で学校の枠に収まらない子供たちが集い、自由に学び、遊ぶ場。そこで出会ったゲーマーツルギ――本名・鶴城創人は、力人の人生を変えた男だった。プロゲーマーとして名を馳せ、妹の美咲が運営するフリースクールを訪れては、子供たちにゲームを通じて協調性や楽しさを教えていた。


「どんな状況でも、ゲームは攻略できる。楽しめよ」


その言葉は、力人だけでなく、雪音の心に深く刻まれた。


しかし、3ヶ月前。バルバロイとの戦いで、ツルギは命を落とした。


力人はその直後、ゲーマー協会を去り、ツルギと共有していたゲーマーズハウスに閉じこもった。雪音はフリースクールに残り、子供たちを支えながら、力人の心の傷を癒そうとしていた。だが、彼の冷めた態度は、まるでゲームの「リセットボタン」を押したかのように、過去を切り捨てようとしていた。


公園の平和な空気は、突然の異変に引き裂かれた。


空に亀裂が走り、黒い瘴気が溢れ出す。木々が軋み、地面が震えた。


「こ……怖いよ!」


「助けて!」


子供たちの悲鳴が響く中、旋風が巻き起こり、公園を地獄絵図に変えた。


旋風の中心から現れたのは、腕に巨大な蟷螂の鎌を持つ怪物だった。


「バルバロイか……!」


力人の目が鋭く光る。――異空生命体(バルバロイ)。別の世界からやって来た奴らは人々を襲い、世界を混乱に陥れる存在。


彼がバッグに手を伸ばすと、雪音が制した。


「リッキー、ダメ! 私が守るから!」


雪音は素早くバッグから、カセットを取り出し、コントローラーに差し込む。電子音が響き、彼女の身体を虹色の光が包んだ。


『Trans change: スノーハウンド!』


雪音の姿は一変。頭部に犬の耳を生やした白と青の戦闘スーツに身を包み、髪が氷の輝きを帯びる。


彼女は蟷螂バルバロイの鎌を軽やかに避け、コントローラーのボタンを押した。


能力(スキル): 冷凍拘束(フローズン・バインド)!」

掌を地面に押し当て、氷の波動がバルバロイを襲う。怪物は氷の檻に閉じ込められ、鎌を振り回して脱出を試みる。


「シャシャシャ……!」


「リッキー、今のうちに子供たちを逃がして!」


雪音が叫ぶ。


「まだだ、雪音。奴は倒れてない」


力人の声は冷静だったが、その瞳には迷いが宿る。


雪音が子供たちを守るため、明らかに格上の敵に挑む姿。


それに比べ、自分は――。



その瞬間、背後から飛んできた鎌が雪音を襲った。


「キャッ!」彼女は子供を庇い、腰に装着していたコントローラーを落とす。


変身が解除され、膝をつく雪音。


力人は彼女の元に駆け寄り、転がったコントローラーを見つめた。


「(雪音は……子供たちを守るために戦った。俺はただ、見てるだけだった……)」


力人の胸に、ツルギの言葉が蘇る。


『楽しめよ、力人。どんな状況でも、攻略はできる』


彼の視線が、バッグの中のカセットに落ちる。


「シャシャシャ!」


氷を破り、バルバロイが雪音に襲いかかる。


その瞬間、力人が吠えた。


「うおおお!」



助走をつけ、力人は拳を振り上げる。素手のパンチがバルバロイの鎌を弾き、怪物をよろめかせた。


「シャシャ?」


「雪音、ありがとな。思い出せたぜ」


力人はバッグからコントローラーを取り出し、カセットを差し込んだ。


「トランス……チェンジ!」


虹色の光が力人を包み、翡翠色のユニフォームが現れる。頭部にはヘラクレスオオカブトの角を模した兜。力人のゲーマーとしての姿ーースカイ・リッキーが、そこに立っていた。


「遅いんだよ!」


リッキーは拳でバルバロイの鎌を粉砕し、回し蹴りで吹き飛ばす。


子供たちの歓声が響く。


「リッキー!」



「やっぱりな。鎌を壊せば、ただの虫だ」


スカイリッキーは冷静に敵を分析し、コントローラーのスティックを操作。


「EX奥義: 大竜巻斬(グラン・トルネード)!」


コントローラーから虹色に輝く剣が現れ、スカイリッキーが振り回す。


竜巻がバルバロイを巻き上げ、空中で切り刻む。


「シャシャシャシヤ――!」


怪物の断末魔が響き、骸は虹色の光を撒き散らしながら消えた。


「攻略完了だぜ」


リッキーはコントローラーを外し、変身を解除した。


汗と笑顔が、虹色の光に輝く。


「リッキー、すごい! やったね!」


雪音が駆け寄り、彼の肩を叩く。力人は照れくさそうに笑った。


「雪音、ありがとな。俺、もう一度ゲーマーとして戦うよ」


公園の騒ぎが収まり、子供たちを安全な場所から送り届けた後、力人と雪音は帝釈台の街を歩いていた。


「で、ゲーマーとして戦うって決めたけど……どうすりゃいいんだ? チームも所属もないぞ」



雪音は目を輝かせ、提案した。


「だったら、フリーランスでやったら? 」


「フリーランス?」


聞き返す力人に雪音は説明するように答える。


「バルバロイのせいで人手不足の企業が多いの。護衛や戦闘を動画で公開して、企業と契約すればいいよ。私もフリーランスだし」


「え、雪音、無所属だったのか?」


力人は目を丸くした。


「だって、雪音ならどのチームでも活躍できるって言ったのに……」


その言葉に雪音の表情が曇る。


「うん、その後、協会から色々あって……入る予定だったチームが解散させられちゃって。みんなバラバラになっちゃった……」


彼女の目が潤むのを見て、力人は慌てた。


「おい、雪音、泣くなよ! とりあえず、休んで元気出せって」


「ありがとう、リッキー。こういう時、優しいよね」


雪音は微笑み、涙を拭った。


「でも、さっきの戦いで疲れたでしょ? ベンチで休もう」


二人が近くの公園のベンチに座ると、先ほどまで遊んでいた子供の一人が駆け寄ってきた。


「リッキー、ゆきねーちゃん大丈夫?」


「ああ、雪音は疲れただけだ。俺が家まで送るからさ。それと今日はゲームできなくてゴメンな」


力人は悲しげに謝った。


子供は笑顔で答えた。


「ううん、ゆきねーちゃんの方が大事だよ! ママが、女の子は大事にしなさいって!」


「そうか。じゃあ、雪音を連れて帰るな」


力人は雪音の手を引き、立ち上がった。


雪音の家に向かう途中、力人はふと足を止めた。家の前に黒い車が停まり、スーツの男が立っている。


「ねえ、あれって、リッキーの家だよね?」


「ああ、ちょっと話を聞いてくる」


力人は男に近づき、声を張った。


「おい、なんで俺の家の前にいる? 泥棒じゃなさそうだが、誰だ?」


男は冷ややかな目で答えた。


「株式会社DREAM AND HOPEの真壁と申します。スカイ・リッキー様ですね。ゲーマーズハウスを、協会除籍後3ヶ月間返却せずにおりました。これは規約違反です」


「は!? いきなり何だよ! そんな話、聞いてねえぞ!」


力人は拳を握りしめた。ゲーマーズハウスは、ツルギと暮らした場所。師匠の死後、彼はそこに留まり、思い出にしがみついていた。


「規約は規約です。3日後に新入居者が契約済みです。今すぐ退去してください」


真壁は無表情で車に乗り込み、去っていった。


力人は肩を落とし、呟いた。


「せっかくゲーマーとして戦うって決めたのに……これからどうすりゃいいんだよ」


雪音はそっと提案した。「じゃあ、マッハさんの家に住めば? 」


「マッハって四神のか?なんで連絡先知ってるんだ?」


「オフ会で連絡先交換したの。リッキーの話したら、興味持ってたよ」


「なるほどな、でもなぁ……アイツには2回も負けたんだよ。好きじゃねえな」


顔をしかめる力人に雪音は笑い、続けた。


「それとも……うちに住む?」


「え、マジでいいのか? 雪音だったら、嫌がると思っていたけどな」


力人は目を丸くした。


「別にリッキーがいいと思うなら住んでもいいよ。ただし、私が許可した時以外は私の部屋に入らない事! いいね?」


赤面しながらも、雪音は頬を膨らませ、指を突きつけた。


「はいはい、分かったって、じゃあおとこばにあまえてってことで」


「それを言うならお言葉に甘えてでしょ」


「そうそうそれそれ」


力人は自分の家から必需品と貴重品を持ち出すと、雪音と並んで雪音の家へ向かっていった。


ーーーーーーーーー


その夜、六本木のビルの最上階、「天帝の間」と呼ばれる部屋。


豪奢な装飾の中、御簾と白い布で顔を隠し腰には神聖さと禍々しさが交錯するコントローラーを装着した男が鎮座していた。彼はゲーマー協会の頂点、「天帝」と呼ばれる男だ。


対するは、七聖獣のリーダー、御中王我――ビースト。高身長の青年は、冷たくも鋭い声で報告した。


「天帝陛下、スカイ・リッキーが復活したそうです」


天帝の御簾が揺れ、低い笑い声が響く。


「そうか、報告ご苦労。今は彼を自由にしておけ」


王我の眉がピクリと動く。「何故です? 彼は……かつて私との戦いで不正を犯し、協会から追放された者。なぜ今、復帰を?」


「バルバロイが増え、強大化している。強敵を殲滅するまで、彼の力が必要だ」


天帝の声は重く、王我の反論を封じた。


「それとも、日本プロゲーマー協会会長である私に、意見があるのか?」


王我は唇を噛み、頭を下げた。


「……いえ、問題はございません。報告を終え、失礼します」


控室に戻った王我は、独り呟いた。


「なぜだ……なぜアイツ(リッキー)が急に……」


その瞳には、憎悪と焦燥が渦巻いていた。

皆様、お待たせしました。

最新作は〈SKY RICKEY〉です。

これは異世界転生がなぜ起きるのか?そして転生させる異世界人の目的は何なのか?という疑問から考え出したものです。

よろしくお願いします。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] EXスキルの漢字を『EX能力』よりも『上異能力』的な感じでEXを別の字に置き換えたほうが個人的には好きかもです。
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