第2話 飾り屋店主バレン
―20年後―
ニアラズア国首都バライエル、そこは、諸国と比べれば小さく、首都もそこまで大きくは無い。
しかし、交流と文化が絶えなく栄える場所である。
教会を中心に放射状に伸びる街の大路地、レンガ造りで舗装され、広葉樹が美しく並んだ、並木。
「風船がぁ、」
「あらぁ、届かない場所に……」
ある女の子が手にした風船が、木に引っかかってしまった様だ。
少女が手を伸ばしても、風船の糸に到底届かない。
そこで少女の母親は落ちていた木の枝を拾い、風船の糸を絡めようとするも、それもほんの僅かに糸が揺れるだけで、取れないことに変わりはない。
するとそこに。
「どうされましたか」
「えぇと……」
黒いローブにスパニッシュハットを被った背の小さな少女…… 少女?
薄らとピンクがかった白髪の、その見た目にしては、声が男だ。
「風船が引っかかって手が届かないのですか?」
「はい……」
彼は木に近付き、少し屈んでから軽くジャンプした。
5メートルの高さまで飛び、糸を掴みとる。
ローブは静かに舞、スタッと地面に足をつける。
「ありがとう! お姉ちゃん」
「どういたしまして、それと私はお兄さんですよ」
少女に風船を手渡し、優しくそう言うと、母親が
「ありがとうございます、名前をお伺いしても?」
彼は振り向き、微笑みながら
「この街の飾り屋の店主をしています。バライエル教会の魔法使いバルクレーヌ・バレンです」
「え? 魔法使い?! 凄い! 今のジャンプ、どんな魔法使ったの?」
と、少女はバレンを見つめる。
「魔法は使っていませんよ、教会の棚の書物を取り出す時、横着して梯子を使わずに取っていたものですから」
母娘の元を去り、バレンは装飾品を作るための材料を買いにガンコの素材商店へと向かう。
ガンコの素材商店はバレンが頼りにしている商店の大先輩だ。
「いらっしゃい、ああ、バレンか」
「なんだよ、ああ、バレンかって」
「じゃあアンタはバレンじゃないのかね」
ガンコは悪戯に笑い、バレンは、
「そのマジレスは返答に困りますよ」
と、苦笑いをしながら木箱に雑に纏められた素材を選び始める。
ガンコは古びた本をカウンターの引き出しから取り出し、バレンに話しかける。
「異世界からの訪問者、知っているか? バレン」
「少し読んだ事あるが、それは本当なのか、疑わしいところだな」
素材を吟味しながらバレンは言った。
するとガンコは、
「少し前、希少な金属が手に入る鉄の山の話を聞いてな、是非とも素材屋としてはその金属を手に入れたいと考え、その山があると言われるクラウチア砂漠へと向かったんだが」
「一ヶ月も店を閉じていたのはそういう事か」
「おう、向かってみれば山なんて物は無かった。あるのは、山のように巨大な船だったよ。その鉄の山というのは鉄の船、この本と同じものだったよ」
「その本と同じもの?」
「そうだ、幾何学模様の入った山のように巨大な船が」
「それで、どうだったんだい?」
「恐ろしくて入れんかった。どうやら、歳を取ってから肝が小さくなったようだな」
ガンコは、皺の深い頬と白い顎髭を撫で、悲しそうに言った。
「……」
こんなガンコを見るのは初めてだ。
バレンはガンコの素材商店で買い物を済ませ、飾り屋に戻るのであった。
暫くして、バレンが大路地を歩いていると、コゲドリが慌てたようにバレンをつついて来た。
コゲドリは、シアロウという梟に似た生き物で、こげ茶色の丸い体に、丸い目の愛くるしい、バレンの相棒だ。
「なんだ、どうしたんだよ」
コゲドリはローブをこれでもかと引っ張り、バレンはコゲドリの後をついて行く、
「飾り屋が火事だぞ!」
街の人の、その声にバレンは急ぎ、自分の店へと向かう。
窓から激しく炎が吹き出し、何かが破裂した様な音を立てて燃えているではないか。
屋根が崩れ、木の柱を炎が覆う。
バレンは杖をローブから取りだし、燃え盛る飾り屋に向けて水を放つ。
勢いよく放たれた水は炎にかかり、次第に落ち着いてきた。
後から来た消防隊の事もあり、火は消し止められたが、そこに残るのはレンガ造りの外壁と土台、焦げた木片の山だけだった。
バレンは焼け跡から、金庫を探そうとする。
その焦げた木片の山の中に、彫刻刀を見つけた。
「これは燃えてなかったか」
コゲドリはバレンを心配する様にホーとひと鳴き。
「大丈夫だ、ありがとなコゲドリ……」
バレンとコゲドリは教会へと向かう。
火事でしたね。
金庫は無事でしょうか、彫刻刀が燃えていなかったのは、燃える前に火が届かない隙間とかに落ちたんでしょう。
コゲドリは可愛い