ゆりかごの木
神々の森を造ったのは
凪の帝だった。
繋がって見て、初めて判った真実だった。
ところが
凪の帝もまた
神々の森に関して
“自分は造らされた”と
感じているらしい。
『あの方に会って来るといい』
そう凪様に言われて
詳しい事を全く知らされないままに
神々の森の中に在る未開の地
“毒霧の深海”へ赴く事になった。
深海と言っても陸地なのだが
霧でいつも隠れているから
そう勝手に呼んでいる。
その場所は普段から
毒霧によって守られていたので
自分からわざわざ入って見る気は
無かったし
そうすべき理由も見つからなかったから
どういう所なのか知らないのも
当然と言えば当然の事なのだが。
その霧の毒の成分によって
人はおろか神獣、魔獣すらも
普通は立ち入る事の出来ない場所だ。
神様だけは別なんだろうけど。
多分。
しかし自分が凪様と繋がった事によって
この森の管理者権限を担う事になった今
自分は当然の事、何の問題も無く入れるし
自分に連なる獣たちも自由に入れるという。
だから
自分と繋がった神獣・魔獣もまた
自由に出入りが出来るようになったからなのか
今回自分の隣には
ボディガードを決め込んだ
神龍の“黒”が勝手に付き添っている。
毒霧の中を中心部に向かって
分け入って見ると
途中からは小高い丘になっていて
そこから先は
平坦な土地がずっと続いていた。
勿論木々は生い茂っているのだが
藪の中を歩くような歩き辛さは無く
むしろ誰かによって整地された土地に
林が形成され
自然が作られているみたいな
そんな感じさえする。
しばらく歩いて行くと
どうやら中心部らしき場所に
その地の主とも言うべき巨木が
姿を現したのだが
その巨木は幹は太くても
それ程の高さは無いように感じる。
霧に隠れる位だから
有っても百数十メートルと言ったところ
だろう。
それにしても
この高台に上がってからと言うもの
もの凄く心地の良い感じがするのは
どうやら自分だけでは無いらしい。
“黒”もまたその足取りは軽く
普段は空を飛んでいるので
歩きは苦手だったはずなのだが
特に苦にする様子も無く
自分にくっ付いて歩いて来ていた。
その巨木の根元に
座り易い部分が有ったので
そこに腰掛けると
“黒”もまたその近くに寝そべる。
“黒”にもここが
どうやら居心地の良い場所らしかった。
『それにしても、
凪様は誰に会えって言ったんだっけ。
行けば判ると言ってたけど』
そんな事を思いながらも
安らぎが襲い掛かって来る。
“ここは居心地がいい”
いつの間にか
ついウトウトとしてしまったようで
時の判らぬままに
自分はいつの間にか
少しの眠りに付いていた。
『シンイチ、起きぬか!』
頭の中のその一言に目覚めて
体を起こすと
毒霧は晴れて辺り一帯の全貌が
目の前に現れる。
夕暮れの光が大樹を照らし
その影が遠くまで伸びていた。
突然
『その声の主は凪ですか?』
そんな声が自分の後ろから響いて来る。
『まだ生きていたのですか?』
そう問われた凪様は
自分の頭の中で
『いや、一度死んで居るよ』
そう返した。
頭の中と、どこからかの声が勝手に会話を始める。
『そうですか、やはり死んでいたのですか』
『お前さんほど長生きでは無いからな』
その答えが声の主には可笑しかったからか
少し笑い声を響かせながら
『神の一生は、儚いものですからね』
そう言われて、凪様もどうやら苦笑しているらしい。
すると、凛とした響きで
『姿を現しなさい、凪』
そう言われるや否や
自分の隣に凪様が徐々に姿を現し始めた。
神々の森と言えど、
ここは神殿の様な神域では無いから
実体を現す事など出来ない筈なのだが
依り代も無いのに
神殿よりもはるかに現実的な肉体が
目の前に出現して来ている。
しっかりとした凪様の実像が現れると
『随分と年を取ったのですね』
そう呟きが聞こえた。
それに呼応するかのように
「お前さんは相変わらずかの」
そう言われたせいかどうかは判らないが
その巨木から今度は
その樹の精霊とも言うべき女性が姿を現す。
その姿を見て、凪様が跪く。
「“世界樹”さまだ、御挨拶せんか」
そう凪様に急かされて
同じ様に跪くと
「シンイチです。初めまして」
そう言葉を掛けた。
“世界樹”さまと呼ばれたその女性は
自分を見据えると少しだけ笑みを浮かべ
「凪よ、そなたはこの者をどう思った?」
その問いかけに凪様は
明確な返事を避けながらも
「それを確かめたくて、ここに来させた。
この者は神を嫌っておるのだが
神の力が何故か集まっているのも
事実じゃからのう。
ワシが生き返ったのも、
この者の力がそうさせておる。
無限の闇で眠って居ったのだが
起こされてしまった。
尋常では無い力を持って居るから
だからここに来させたのだ」
その返答に笑みを浮かべながら
「無限の闇に眠りたいのですか。
でしたらすぐに返してあげましょうか?」
その言葉に凪様は慌てると
「いや、それには及ばん。
仲間もみんな起こして貰っておるからのう。
だから今後の成り行きを
ワシ等も見て見たいのじゃよ」
「あら、残念」
そう言うとまた少し笑みを浮かべて
「まさか人の子が、ですか。
長生きはしてみるものですね」
そう凪様に言葉を掛ける。
「コイツは人として生きるとぬかしおってな。
そう神々に宣言したらしい。
神には成ろうとしない、
そういう変わった人間なのだ」
その凪様の一言に
「人としてですか。短命の。
それは面白い発想ですね」
そう言うと
もう一度自分を見回しながら
「ここに来る事を、許しましょう。
気が向いた時に、また遊びにいらっしゃい。
あなたは“発芽”するかも知れませんし
先が少し楽しみですね」
そう言うと“世界樹”さまは
自分の真正面に歩み寄ると
クスクスと笑いながら
「あなたはどこの誰に似たのかしら?」
顔を覗き込んで、そう言葉を掛けて来る。
すかさず自分は
「あなたはこの巨木の精霊なのですか?」
そう疑問を投げ掛けた。
「巨木の精霊? まさか」
そう言って、やはりフフッと笑って見せると
「私は全てを主るもの。
その理を凪に教わりなさい。
あなた、面白そうね。
私にも新たな世界を見せて頂戴」
そう言った途端
“世界樹”さまは姿をかき消した。
凪様は緊張が解けたのか
一息つくと
「どうやら見込み通りと言ったところかの」
そう呟く。
その言葉に引っ掛かって
「何が見込み通りなんですか?」
そう訊ねると
それには答えずに
「あの方と話しをするのは、神ですら難しい。
気難しい方だからな。
多分この天界のどの神でも無理じゃろうて。
それなりの力を持っている事も必要なのだが
どうやらそれ以外の条件も有るらしい。
ただ、その条件は
以前尋ねても答えては貰えんかった。
あの方なりの価値観が有るのじゃろう。
だが
お前さんはやはり認めて貰えたらしい。
あの方に認められさえすれば・・・」
「どうなるんですか?」
そう凪様に質問すると
凪様は
「それはわしにも判らん」
「はぁ?」
「恩恵を受けたものは、誰も居らんからの。
ワシも恩恵を受けた事は無いし
恩恵を受けられる立場でも無い。
あの方は、ワシなんぞに興味も無いし・・・
それが少しだけ残念だった」
もしかしてこのジイさん
惚れてたのか?
そんな思考を気付かれたのか
「思った事がダダ洩れじゃぞ。
思考は隠さんかい!」
そう叱られる。
そうだった。
凪様は自分を通してこの世界に
戻って来ていた。
凪様がその気になれば
自分の考えなんて全て知られる事になる。
取り敢えず、今思っている疑問を口にする。
「“世界樹”さまって何なんですか」
その問いに凪様は
「世界の理の全て」
そう即答した。
「それじゃ、答えになって無いですよ。
それって、一体何ですか?」
そう聞かれて
凪様は大樹の根っこに腰を掛けると
「お前は“精霊”かと尋ねたが
それは正しくも有るが、全てでは無い。
ほんの一部だ。
何故なら“世界樹”さまは、
この大地、いや、生命そのものだからだ」
そう言われても、自分には何の事だか
少しもピンとは来なかった。
「“世界樹”さまは、
全天界の全てに存在しているが、
一個の存在である。
今お前が会った方が、本体でも有り
実は世界そのものであると言っても
過言では無い。
今お前は正に“世界樹”さまの上に立っている。
この森はおろか
この大地全てが“世界樹”さまの
一部でしかない。
途中から小高い丘が有った筈だ。
その丘自体が全て“世界樹”さまだと言ったら
お主はどう思う。
切り株の様な台地が
世界樹さまのこの地の中心であり
その上に森が有ると言えば
判り易いかの?」
“切り株の上に森って・・・?”
「この丘全てが“世界樹”さまなのですか?」
その言葉に
首を横に振りながら
「この丘全て、では無い。この世界全て、がだ」
凪様はとつとつと話し始めた。
「“世界樹”さまは、神創生の時代から存在して居る。
我ら神すらも、あの方から見ればひよっこだ。
“世界樹”さまにとって我ら神は赤子に等しい。
全世界、全宇宙、全天界には
全て“世界樹”さまの分体が存在し
根を張り巡らせ、全てを主っている。
この森の“世界樹”さまは、
見た目は小さい丘に見えるが、
実は本体はこれでは無い。
本体はこの世界の全てに張り巡らされた
“世界樹”さまの“根”だ。
だからありとあらゆる者は、
“世界樹”さまの上に住まわせて貰っている
存在とも言える」
その一言に理解に苦しみながらも
“それって神では無いのか?”
その言葉にもならない声が
聞こえたかどうかはともかく
「この大地に入った時、お前はどう感じた?
心地良かったろう。
それは当然なのだ。
“世界樹”さまによって
エネルギーを与えて貰っておるからの。
お前はここで寝ている間に
“世界樹”さまから
生命エネルギーという糧を貰ったんじゃよ。
お前だけではない。
ワシにも黒にも下さった。
“世界樹”さまの別名は
“ゆりかごの木”
全ての命の源である。
生きる者に命を与え、生きる者から命を受け取り
全てに対して生を分け与える存在。
それが全てを主るの意味じゃ。
さっさと一礼せんか。
もう用は済んだ。帰るぞ」
そう言うと
凪様はその姿を消した。
“どういう事だ? イマイチ理解に苦しむ。
でも凪様が跪くくらいだから
きっと神様より立場は上って事なのかな?”
自分は唖然とし
何事も無かったように元気なのは
“黒”だけだった。
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世界樹は
帰って行くシンイチと黒龍の重みを
台地である自分のカラダで感じながら
少しだけ楽しそうである。
“人として生きるって! 何っ”
その言葉を思い出す度に
笑いを堪えるのに必死だった。
“これからは何処に居ても大丈夫。
見失う事は無いわ。
マーキング出来たんだから”
シンイチの体の中には
種子を守る様に
既に自分の根を忍び込ませて在る。
そして大地に張り巡らせた根は
シンイチの居場所を常に把握していた。
世界樹にとっては
それだけで十分だった。
“あとは凪が何とかするでしょうし。
長生きはしてみるモノね。楽しくなって来たわ。
生かしておいてもイイし、直ぐに殺してもイイかも。
暫くは生かしておこうかしら。
人の一生なんて、瞬きに近いのだから”
世界樹にとって、
シンイチは常に自分の掌の上にいる。
世界樹は思う。
シンイチの存在を知らされなければ
気付ける筈の無い
ちっぽけな人間に過ぎなかった。
しかし神がシンイチを見つけてしまい
老神である凪が、
どうやらシンイチの秘密に
何となく気付いてしまった。
無理も無い。
神々はシンイチを見つけたと思っているのかも
知れないが
種子が神々を引き寄せたのかも知れないのだ。
これは世界樹にとって、エポックでも有った。
“種子は発芽するのかしら?
やっぱり殺した方が早いのかも。
どうしようかな”
世界樹はやはり少し嬉しそうである。
世界樹のそんな考えを
シンイチは知る由も無かった。
自分の体の中に
種子が有る事すら知らされず
その種子の発芽の意味を
知っているのは
世界樹しかいなかったからである。




