ノーラさんの相談
ノーラさんが真面目な顔をして
相談事が有ると言う。
しかも、他の人には知られたくないらしい。
だから休日に
カンナとアヤメが外出をする時を
見計らって
店に来ると言って来た。
“自分に相談事なんて、どういう話しだ?”
今の自分の年齢を考えると
どう考えても不自然である。
10歳も年下だからだ。
少しだけ嫌な感じを抱きつつも
自分はその相談を受ける事にした。
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「オーナーは“神の寵愛”を御存知ですか?」
ノーラさんからそう切り出されて
少し驚く。
自分は神の寵愛を受けている。
もとい、自分は神々の寵愛を受けている。
そんな自分の表情の変化に
気付いているのかどうかは兎も角
ノーラさんは言葉を続けた。
「勿論御存知ですよね。
だってオーナーは“神々の伝道者”なんですから。
知ってて当然ですよね」
ノーラさんの口から
世間にあまり知られたくない
自分のNGワードが出て来るのを聞いて
少しだけ息が詰まった。
「? ? ?」
自分のそんな困った表情を見て
ノーラさんは少し微笑むと
「神殿で伺いました。
今自分が働いているのは例の神像事件の折りの
青年の店だと言ったら
“なあんだ”って
嬉しそうに話してくれましたよ。
色々と。
実はあのとき私も、神殿の中に居たんです。
絶対に確かめなければならないと思いましたから」
不思議なフレーズが
ノーラさんから飛び出して来る。
「確かめる? 何をですか?」
自分は出来るだけ
不用意な発言に注意しながら
ノーラさんに話しを続けさせた。
「主人の苦しみを
解消出来る人がいるのではないか、と。
そう思って、あの時神殿に行ったんです。
まさか女神の降臨まで起きるとは
思いませんでしたが
女神が最後に近付いて行ったのは
オーナーでした。
神像制作に付いても色々と聞いていましたし
ですからその時確信したんです。
きっとこの人は神に近いに違いない、と。
あれを見てから
オーナーに近付く方法は無いかと
ずっと考えていました。
この店でも表に出ていませんでしたし。
何処に居るのかも判らないし。
ですからこの店のスタッフ募集を見て
何とか入れないかと
すぐさま応募したんです。
そう言う意味でもラッキーでした。
こうして直接お話しが出来るのですから」
どうやらノーラさんは
最初から自分と直接話しをしたくて
この店に入った様だ。
「そこまでする理由は一体何ですか?」
そう問い返すと
ノーラさんは少しうつむき加減で
「夫を助けて欲しいんです」
そう切り出して来た。
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「私の夫・モーリスは、鍛冶職人なんですが
主に包丁や鉈、斧などの道具としての切れ物を
作っていたんです。
でも有る時
腕試しに造った剣が評判になって
その注文も受ける様になりました。
でもそれが問題の発端だったんです」
ノーラさんは
そこで一旦言葉を切ると
「何処でその事を知ったのか、
自分は神だという者が現れて
神の力を授けるから、
自分の剣を造る様にと命令されました。
そして夫は
その神の寵愛を受ける事となり
神の剣を造る事を命じられたのです。
事有る毎に
その神は訪ねて来るのですが
その都度出来上がった新しい剣を見せると
“これは違う”と
突き返されてしまう。
どんどんと夫は追い込まれ
最近はうつ状態になってしまいました。
私はもう神剣造りなど止めて
前の普通の生活に戻って欲しいと
懇願するのですが
夫は神の依頼だから
どうしても完成させなければならないと
聞く耳を持ってはくれません。
でも今のままでは
本当に病気で死んでしまいます。
だから早く神剣を完成させて
この苦しみから逃れたいんです。
自分も子供達も・・・」
そう一気に捲し立てると
ノーラさんの目からは涙が溢れて来る。
その思いに返す言葉が無かった。
暫く沈黙の後
ノーラさんは絞り出すような声で
「何とか夫を救う手立ては有りませんか。
夫を助けては貰えませんか?」
そう切り出されて
はいそうですか、何て答えは
自分は直ぐに返せそうに無い。
暫く考えると
口をついて出たのは
「その神は、何という神ですか?」
それがやっとだった。
その質問が、意表を突くものだった様で
ノーラさんは少し困惑しながら
「そう言われると、私も知りませんでした。
何と言う名前の神だったか。
夫に訊ねて見ない事には・・・」
「だったら、そこから始めましょうか。
何て神か知らなくては、何も始められませんから」
やっと取っ掛かりが出来たのと同時に
これで時間稼ぎも出来た。
ノーラさんの依頼は
予想もしなかった面倒事だったからだ。
「でしたら良かったら、
これから夫に会って貰えませんか。
その方が早い気がしますし・・・」
その一言で自分はノーラさんと共に
鍛冶工房の有る
ノーラさんの自宅に向かう事になった。
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ノーラさんの自宅兼工房は
店からさほど遠くない場所に有った。
自分は店の事に関しては
カンナとアヤメに任せっきりで
特にスタッフに関しては
一切ノータッチだったので
或る意味初めての家庭訪問である。
“シュリさんとこにも行った方がイイのかな”
そんな事も考えながら
工房の中に入ると
所狭しと造りかけの剣が
あちこちに山積みになっていて
仕事に行き詰まっているのは
明白だった。
最近造っているのは
どうやら薄刃系の剣らしく
カッターナイフの刃を剣に仕立てた様な
触れば指でも落ちそうな
物騒な剣ばかりが並べられている。
確かに鍛冶職人としての腕は一流に思えた、が
こんな剣では
危なっかしくてしょうがない。
真新しいと思われる剣の一本を
手に取ると
作業台の端っこに、刃を当てて見る。
すると・・・
何もしていないのに
その剣は台の端っこを真っ直ぐに切り落とした。
その切れ味は、既に人の領域を超えて
神域にまで近づいているようにも思える。
が、これは危なくて使えない代物だ。
素手で触ったら、
間違い無く指が落ちるシロモノである。
自分は神々の戦いの中に
一度だけ入っている。
当然神剣も幾つも見ているし
触らせても貰っていた。
待ち時間が暇だったし。
武具にも興味津々だったからだ。
あの時手にした神剣は
刀と言うより
むしろ棍棒の様な鈍重さが有った。
刃を触っても
手が切れるなんて不安も
感じなかった。
“イメージが違う”
明らかにそう感じている。
そんな事を思っている間に
ノーラさんは夫に向かって
自分の事を紹介し始めていた。
ノーラさんの話しを聞くや否や
自分に向かってモーリスは懇願するように
「教えて下さい。
神々の剣とはどういうモノなのでしょうか。
自分にはそれが判らないんです。
人に聞いても知らないと言われるばかりで
どういうモノを造れば良いのか判らないんです。
神剣とはどういう物なんでしょうか」
その質問が余りにも懸命なので
どう答えていいモノか判らずにいたのだが
ノーラさんが夫に向かって
「あなたは何と言う神に
神剣を依頼されたの?
あなたに寵愛を与えた神を
知りたいと言われたので
来て頂いたんですよ」
そうノーラさんが声を掛けた事によって
モーリスは少し冷静になったのか
落ち着きを取り戻すと
「神の名はパリトンと言います。
自分がこの天界の中でも
最も美しき青年神だと
名乗ってました」
“パリトン?”
その名前を聞いても、
自分にはピンと来なかったのだが
それは自分が神に興味が無いからであって
仕方の無い話しだ。
「で、どんな剣が欲しいと言ってたんですか?
その神は。
詳細を聞いて見たんですか?」
そう訊ねると
首を横に振って
「それが何とも不思議な注文でして
『ピカっとして、キラッとして、ゴテッとして
それでいてスラっとして』と
そういう言い方をされたので・・・
自分には何を言っているのか
さっぱり分かりませんでした。
ただ、神に質問するのも憚られましたので
自分はそれに頷く事しか出来ませんでした。
やはりきちんと聞くべきだったのでしょうか?」
そう答えた夫を見て
ノーラさんは呆れ顔である。
きっと気の優しい夫に違いなかった。
だから
こんな風に追い詰められてもいるのだろう。
「判りました。少し調べてみましょう」
そう言って一旦言葉を切ると
少し思案顔をして見せて
「今後自分がOKを出すまでは
一切剣を造らないで下さい。
それと・・・」
「造っちゃダメなんですか?」
ビックリした様にモーリスが聞き返した。
その言葉に念押しするように
「ええ、そうです。
どういうモノか判らない以上
造っても意味は無いでしょう。
暫く休んでいてください。
それと・・・」
工房を見渡しながら
ノーラさんの方を向くと
ノーラさんは少し嬉しそうである。
剣を暫く造るな、と言われて
モーリスもその言葉を素直に受け止めたらしいと
思ったからに違いなかった。
「ノーラさん、これまでに造った神剣の試作品は
全て神殿に持って行って
神殿に預かって貰って下さい。
神殿の人達にも、一度見て貰った方がいいでしょう」
そう言ったのを聞いて
ノーラさんの目は
更にキラキラと輝いて見えた。
“そんなに嬉しい事なのか?”
そう思いながらも
一先ず自分は工房を後にした。
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ノーラさんの工房を後にすると
自分はすぐさま神殿へと向かう。
転移ゲートを使えば一瞬なのだが
ここは歩きである。
考える時間が欲しかった。
先ずは神パリトンをどうするか。
それにはこの神の事を知らなければ
話しは進まない。
これは神様案件っと。
天界事務局にお願いするしか有るまい。
神剣に付いては、
どういうモノかを
自分がモーリスに説明する事は出来れば避けたい。
だから、サンプルが必要だ。
何処かにサンプルが有れば良いのだが
それを神に求めたくはない。
借りは出来れば作りたくは無いのだ。
神剣の製法と材料は
誰かに聞かなければ判らないし
神剣を造っている人がいるかどうかは
これは取り敢えず神殿案件だから
これから行って神官に問い合わせよっと。
そんな事をつらつら考えていたら
すぐに神殿へとたどり着いた。




