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神様に殺された!  作者: 猫めっき
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シリーベルとレイモンド侯爵


あの青年から、招待状が届いた。


喫茶室のプレオープンに

お越し頂きたいという

約束の招待状である。


今回特に御世話になった人達の日に

どうやら組み込まれた様だ。

同伴者は二人までとの事だが

執事と二人で馬車で出向く事にする。


それまでにシリーベルは

あの青年の事について調査し

各方面に問い合わせてもいた。


神殿に関わる噂や

開店するや否や

辺鄙な場所にも関わらず

直ぐに話題になったお店の関係者。

魔獣を撃退した事や

決して表に出ようとしない男。

色んな噂を耳にしたが

間髪を入れず

王国からの使者がやって来ると

これ以上の詮索は無用と言うお達しが

伝えられる。


不思議に思って

知人で有る領主にその件を問い合わせると

あの青年に付いては王国案件であるから

国王が全て判断するとの事で

領主である自分も

一存では何も関われないし

関わってはいけない事になっていると教えられる。


どうやらこの国の重要人物らしい。


そんな事を思いながら

馬車に揺られるシリーベルだった。



************************************



指定された場所への道は

記憶に薄いのだが

何となく見覚えの有る気がしていた。


そして

指定された邸宅に

馬車で乗り付けると

降りた瞬間

一気に記憶が呼び起こされる。


“レイモンド侯爵家・・・


まさかこんな(えにし)があるとは・・・”


案内状には、レイモンド喫茶室とあった。

それがまさか、レイモンド侯爵家別邸だったとは・・・


シリーベルにとって

先々代のレイモンド侯爵は

恩人に等しい。


まだ無名の自分を見つけ

サロンで音楽会を開いてくれたのが

誰有ろう、当時のレイモンド侯爵だった。


紛れも無い

ここの大広間で演奏会を開いて貰った。


その時の(えにし)

援助の輪が広まって

パトロンも出来

今の地位にまで来ることが出来た。


あの当時は既に

レイモンド侯爵は高齢だったので

付き合いの有る期間は短かったのだが

シリーベルの取っては

大恩人の私邸である。


扉を開け中に入ると

懐かしい空間が広がっていた。


あの時の調度品では無いが

間違い無く

この場所で自分はデビューした。


大広間に入ると

違うものがこみ上げて来るのが判る。


店員と思しき少女に

案内されて

自分の為に用意された席に着いた。


執事は自分の後ろに立とうとしたが

その少女が声を掛けてきて

何やら話し合った後

一つ後ろの席へと座る。


他に何人かの客が来ていたのだが

自分達が最後だった様で

その少女が挨拶を始めた。


シュリと名乗った少女は

今日の御茶会の順番を説明する。


最初は音楽のプログラムの説明と演奏会。


その後がお茶とお菓子の提供。


そして今回の招待客の御紹介。


歓談の後散会との話である。


どうやらそのシュリと言う少女が

この店の主であるらしかった。



***************************************



カーテンが閉められると

壁の魔光石が部屋全体を照らしている。


ステージの中央に

光が天上から落とされていた。


そこに音楽が始まる。

自分の演奏だったが

自宅で聞く音よりも

遥かに臨場感が有った。


スポットライトの中に

まるで自分が立って

演奏しているように感じる。


“あの青年は、こうしたかったのか”


そんな風にも見えた。


二曲を終えると

別の奏者の音楽が始まった。


チェニシモの音色。

繊細で、それでいて重厚。

自分には無い世界観。


周りを見回すと

一人の青年と目が合った。

向こうが軽く会釈をして来る。


どうやらこのチェニシモの奏者らしい。


“音を入れたのは、自分だけでは無かったか”


少し残念な気持ちと共に

この奏者の演奏に

自分ももっと上を目指したいという気持ちも

蘇って来る。


シリーベルは

その忙しさ故に

他の音楽家の演奏を聴く暇さえ

無かったのである。


一通りの演奏が終わって

お茶を差し出された時

そのカップを見て

シリーベルは更に驚かされた。


“へそ曲がりの花だ”


シリーベルは

政変の前の王宮に招かれた事が有った。

その時にこの茶器に関して

散々に自慢された記憶が残っている。

当時の国王自慢の逸品だった。


だが政変後は

一度も目にしなかった茶器である。


“どれだけ拘るのだ、あの青年は”


そう言いながら

紅茶を一口啜り

チョコレートを口に頬張る。


その甘美さに

それを噛みそうになる歯を躊躇させると

ゆっくりと

舌の上で転がした。


音楽とお茶とお菓子。


“こういう安らぎも有るのか”


そう思いながら

シリーベルは目を閉じると

溶け行くチョコレートの余韻に浸った。



***************************************



一通り終わると

中にあの青年が入って来て

軽く挨拶をすると

先ずこの店の店主を改めて紹介する。


あの青年は店主の少女からは

オーナーと呼ばれていた。


どうやらそれがこの青年の名前らしかった。


考えてみたら

その青年は一切自分の事を

語らずにいた。


だから自分はいつも

“青年”と呼んでいたのだが

後で他の招待客の話しを聞いたら

皆同じらしい。


その青年、オーナーは今回の招待客を

それぞれに紹介する。


自分、シリーベルとその執事

チェニシモの奏者、レピンとその執事

美術商、ブルックナー商会のブルックナーと

茶器の作者、コパンの二人。


紹介されると

それぞれが立ち上がり

それぞれが改めて自己紹介をする。


一通りの挨拶が終わると

先ずレピンが自分に声を掛けて来た。


「シリーベル卿、お目に掛れて光栄です。

チェニシモの奏者で作曲家のレピンと言います」


そう言われて

改めて噂になっているという

チェニシモ奏者が彼だと気付く。


「御活躍の噂は存じ上げていますよ。レピン卿」


「有難う御座います。光栄です」


レピンの声が少しだけ上擦っている。

彼との挨拶もそこそこに

自分はもう一人の招待客へと向かった。


「コパン卿。演奏家のシリーベルと申します。


まさかこんな席でお目に掛れるとは

思っても見ませんでした。

こんなに幸せな事は有りません。

この茶席で使われた

“王宮の華”は実に素晴らしい。


間違い無く最高傑作でしょう。


ここまでの高望みは致しませんが

是非ともあなたの造る茶器を

買い求めたいのですが・・・」


その一言に、コパンは少し驚くと

ブルックナーへ目を向ける。


「先生、そう言われていますよ」


隣りにいたブルックナーにも

そう声を掛けられると

コパンは恥ずかしそうに


「いや、まだまだ自分は下手くそでした。

改めて見ると、欠点ばかりが目に付いて

自分でもお恥ずかしい限りです。


まさかこの程度の作品を

自分自身で最高傑作と思っていたのが

今は恥ずかしくて仕方が無いんですよ。


もう一度、一から始めようとそう思った所です。

完成まで暫く掛かると思いますが、構いませんか?」


「構いませんとも。

自分ももっともっと上手く成る心算でいますから。

若い者に負けたくは有りませんし」


そう言って、コパンの方を見る。


自分にとって

このプレオープンは

未来に繋がっていると

シリーベルは改めて思っていた。



***************************************



シュリによって

散会の声が掛かると

おもむろに正面入り口に向かった

シリーベルだったが

気になる事をふと思い出すと

あの青年のところに向かう。


「この邸宅の主だったレイモンド卿は、

素晴らしい楽器を所蔵していましたが

何か御存知では有りませんか?」


そう訊ねると、青年は驚いたように


「楽器の事を御存知でしたか。知ってますよ」


そう答えて来る。


「レイモンド卿は、そのコレクションを惜しげも無く

若手演奏家に使わせていました。


実は私もその一人だったのです。

それで、それは今何処に・・・?」


「今ここに有りますが、ただ少しだけ問題が有りまして・・・」


そう言うと


「こちらにどうぞ」


と、改めて大広間に導いて来る。


レピンもコパンも何事かと思ったのか

その案内に一緒に付いて来ていた。


大広間の正面の壁の横をグッと押し込むと

壁が大きく上に跳ね上がって行く。

それは隠し扉になっていた。

誰にも気付かれなかったのは

壁全体が扉だったからだ。


その中には、埃を被った布で覆われた楽器が

シルエットになって見えている。


「状態が少し悪いんですよ。


修復が必要だと思っているのですが

何処に依頼するかは考えてみなければ成りません」


シリーベルは

自分が思う楽器のところに歩み寄ると

被せて有った布を丁寧に外して行く。


“ミネッテだ。間違いない”


クロアの名器、ミネッテがそこには有った。

正式名称はヘンリエッタ・クロア・レイモンド。

レイモンド卿の依頼した特注品のクロア。


ヘンリエッタ・サボアの造る弦楽器は

ミネッテの愛称で知られている。

弦楽器製作の女神と呼ばれた名工である。


レピンもチェニシモの覆いを丁寧に外す。

そこには幻と呼ばれる、

カイザー・チェニシモ・レイモンドの姿が有った。

同じくレイモンド卿の特注品である。


「これは凄い!」


「でも修復しないと使えそうに無いんですよ。

良い楽器だから、それなりに出来る人で無いと・・・」


「それなら是非自分の知り合いを使って頂きたい」


間髪を入れずシリーベルが口を挟んだ。


「タカシイシイという職人がいます。

その技術の高さは自分が保証します。


どんな高名な修復家よりも

間違いの無い仕事をしますし

彼以上の仕事を私は知りません。


何なら自分が修復代金を持っても構いませんが

その代わり・・・」


シリーベルは恥ずかしそうに顔を赤らめると

執事に目配せをする。

代わりに執事が口を開いた。


「主人は『ミネッテ』をお貸し頂けないかと

申しております。

これだけの名器を演奏する機会は

そうそう有りませんので」


その一言に

青年の目は笑っていた。




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