酒蔵完成
いきなり暇になってしまった。
転生先は、神々の森の中心部。
何も無い森の真ん中で有る。
この世界の事は、まだ何一つ判っていないのだが
今それを知っても、何の役にも立たない。
最優先は酒造りだ。
それには先ず神殿を立てる。
魔法で。
そう、魔法なのだ!
この世界で、魔法が使える事は大きい。
事務局にとっても
それがこの地を転生先に選んだ
狙いだったのだろう。
事をスムーズに運べる、最大の理由なのだから。
設備作りも、事務局が率先して
手伝ってくれた。
酒造りは事務局にとって
最優先事項で
他の何よりも大切なお仕事である。
明るい未来が待っている。
その為には、手段を選んではいられない。
自分達の為の、大切なオシゴト。
何故最初に神殿造りなのか。
もちろん供物(酒)を献上する為に
一番大切な施設だからである。
神殿で神々に供物を献上する。
そうすると神々の元に供物が有ると
連絡が入る。
供物を手にするか否かは、
祀られている神々の判断に委ねられる。
でも、この神殿には
祀られている神はいない。
というより、全ての神の加護を得ているから
全ての神への供物となる。
だから事務局が受け取れる。
そういうシステムになっている。
この神殿は、事務局の管轄なのだ。
そして管理局が維持する。
神殿の後ろには、酒造所。
完成しているが、そこの管理は
管理局も事務局すらも手を出せない。
私の仕事場だからだ。
もちろん工場作りは手伝って貰った。
その方が早いし、失敗も無い。
工場はイメージの具現化によって
事務局の指導で、魔法で何とか様になった。
どうすれば良いのか、説明もして貰えたし
この世界で通用する魔法も
慣れてしまえば、思いの外簡単だった。
でもどうやって材料を集めて来たのだろう。
現代的な醸造所である。
動力は魔力、というか魔法?
其処のトコロは
全く理解出来ていない。
ただ、ああしろ、こうしろと
指図を受けただけ。
この時ばかりは
事務局の操り人形だった。
上手く酒さえ出来れば
何の問題も無いんだけどね。
問題は人手である。
誰かを使わなければならないのだが
その当てが無い。
材料も無い。
このナイナイ尽くしを埋めなければ
酒造りは出来ない。
種麹『神威』は前居た世界から
事務局の人が持って来てくれた。
どうしたのかは、聞かないでおこう。
水は地下水を汲み上げる方法をとった。
これも魔法。
あとは米だ。
これは魔法で作れない。
その時期を逃している。
季節外れで、奉納も全く無い。
少し笑ってしまったのだが
米が無いと出来ないと判ると
事務局の人間が総動員され
神々を回り、とにかく供物の米をかき集めて来る。
品質なんて二の次。
とにかく量産する事が最優先。
今回は次の収穫までの酒を
とにかく作って欲しい、との事だから
とにかく量産を心掛ける。
『神威』よ。頑張って増えてくれ。
次回も米が足りなかったら
その時は
事務局にお願いしよう。
絶対にその方が確実だ。
人手はアンデッドのスケルトンを使う事で
話しが纏まった。
纏まったのだが、少し問題が起こる。
アンデッドはとにかく土っぽい。
悩んだ末に、
アンデッド用のシャワールームを
作る事に成った。
酒造りの前に、シャワーで綺麗に骨を
洗浄してから仕事に付いて貰う。
幸いなことに、この神々の森は
アンデッドの宝庫で
作業員予備軍に事欠かない。
この森は、神々の森だ。
人の入れない、神聖な場所である。
そういう建前の森である。
森の外周は魔獣が徘徊し
森の中央では、神獣が遊びに来ては
寝起きしている。
それを手に入れる為に
冒険者とか、軍隊とか
この地に足を踏み入れては
魔獣とかに殺されてしまうから
森の外郭辺りには
無数の死体が転がっている様で
有る意味人員に不足は無い。
ただ
元は人間だったりする訳で
だからそれなりに
休息は与えてやりたいと思うのだが
シフト制を組んで見ると
見事にそれに従ってくれる。
でも、休みは何をしているのかと言うと
土の中に潜ってしまう訳で
やっぱりシャワー室はフル稼働(笑)。
まあ
酒さえちゃんと作ってくれれば
何の問題も無い訳で
スケルトンな分
衛生面は完璧なのと
文句も言わずに頑張ってくれるから
こちらには何の不満も無いのだが。
何とかかき集めてくれた米を使って
次の収穫までの
神々の酒は確保出来たし
三倍醸造やら、かさ増しやらを
今回は多用したが
何とか味にも合格点を貰えた。
酒造りのサイクルが、一先ず完成する。
何とか目途は立った。
勿論、これが終着点では無い。
最低限のノルマのクリアであって
本当の仕事はこれからだ。
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ここから先は、神々との交渉材料作りで有る。
必要な最低限の神酒作りが、軌道に乗れば
それで終わりになるとは
最初から思ってはいない。
人に欲が有る様に、神々にも欲が有る筈だ。
酒もまたしかり。
その酒に慣れてしまうと
別の美味しい酒も欲しくなる。
それが考えていた、もう一つの交渉材料。
神々に願い事をするのは、たぶん容易い。
でも、叶えてくれるとは限らない。
願いを叶えて貰う為の交渉材料。
それが美味しい酒である。
その為には
事務局への酒はそこそこでなくてはならない。
美味しすぎてはいけない。
不味ければ受け取って貰えない。
味の向上は必要だが、行き過ぎは禁物だ。
時間を掛けて、
ゆっくりと会議の酒の質は上げて行く。
普段呑みの酒の感覚で
なければならない。
その上で目指すのは、
吟醸神酒を完成させる事。
それがもう一つの交渉材料だ。
何かあった時に、
神々に助けて貰う為に必要な
御礼の酒。
たしかに私は寵愛を得ているらしい。
でもそれは、
確かな関係性を持っての
寵愛では無い。
一方的に与えられているに過ぎない。
それは逆に
いつ見限られても仕方の無い事だと
自分は思っている。
寵愛に答えるためには
それなりのお返しを用意しなければ
つり合いが取れない。
酒の品質の向上は、その手始めだ。
必要量の酒以外の余剰分は
全て自分の物と契約している。
つまり、個々の神々へ献上する事も
可能であるということ。
それを狙っての契約だった。
自分が出来る神々への最低限の対価。
それが酒である。
勿論酒は供物である。
捧げなければその神には届かない。
どの神殿にどの神が祀られているか、なんて
聞いてみなければ分からない。
でも、神々の恩恵を受けるのであれば
それなりの対価を準備しておかなければ
身勝手な願いの者として見られる事は
想像に難くない。
幸い、神々の喜ぶ酒に私は気付いた。
他の地上人に比べて、
少しは近い場所に立ってもいる。
神々の声も直接聴いた。
これはアドバンテージだ。
使わない手は無い。
その一方で常に不安は付き纏う。
嫌われない保証は何処にも無い。
自分の立ち位置は、常に地上に有る。
だから
その立ち位置を確固たる物にしなければ
この先の未来は、私には無い。
私は人だ。
寵愛を受けていても、その事に変わりは無い。
他に人より、少しは安全だったとしても
神では無い。
人と神とを繋ぎながら、
人としての人生を全うする術を
手に入れなければならない。
私の本当のステイタスは、神々の寵愛だが
転生先のステイタスボードには、
“神々の伝道師”と表示されている。
これは私の意志だ。
この世界で生きる為に
このステイタス表示を決断している。