シュリ、喫茶室に泣かされる
シュリはこの一週間、気の休まる暇が無かった。
プレオープンの最初の一週間は
順調そのものだった。
細かなミスは有ったが
御客様は招待客ばかり。
顔見知りが多かったし
気さくに声も掛けてくれた。
流した音楽に感嘆し
出したチョコレートも
好評そのものだった。
“これなら大丈夫
あとは本番で、御客様が来てくれるかどうかだけ”
そう思って
準備万端整えた積もりだった。
初日の事で有る。
開店の準備を終わらせ
扉を開けオープンを知らせようと
表に出ると
既に大勢の人が
列を作り並んでいる。
並んでいたのは紳士ばかりだ。
立派な紳士が列を作って並んでいる。
その様子が珍しいのか
何やら見物の人だかりが
大通りで遠巻きに出来ていた。
シュリはその様子に
少々圧倒されながらも
慎重に人数を数えると
丁度20人目の所で
そこから後ろに並んでいる人達に
「本日はここまでで終了です。
宜しければまた明日以降の御来店を
お待ちしています」
そう伝えると
並んでいる人達から文句の一つも出るのかと
思ったのだが
残りの人達は
素直に後ろに退いて行くのだが、
しかし後方に下がったままで
帰る事無く列自体は残っていた。
“どうやら明日の午後まで並んでいる心算らしい”
シュリはそう悟った。
すると今度は
何故か受付を済ませた人達が
大通りの方へと戻って行く。
しばらくすると
続々と豪華な馬車が邸宅の前へと入って来た。
入って来た馬車は
どれもとても豪華なのだが
馬車にもどうやら序列が有るらしく
先頭で入って来たのは
一番華美な馬車だった。
どうやら決まった順に
中へと入って来るらしい。
列を作って並んでいたのは
おそらく侍従か執事なのだろう。
その並んでいた人達は
自分達の主人と思われる馬車に
近付くと
おもむろに馬車の扉を開いた。
降りて来た二人の姿を見た瞬間
シュリは絶句する。
最初の馬車に乗っていたのは
国王と王妃だったからだ。
その後
次々と馬車から降りて来る貴族達を見て
その様子からこの客達の素性が
朧気ながらもシュリには理解出来た。
今来ているのは
間違い無く
国王夫妻を始め
主な領主夫妻がこぞって
ここに来店しているのである。
そこからのシュリは
緊張のあまり記憶が曖昧だった。
喫茶室に入ったお客様には
常にそれぞれに侍従や執事、侍女が
付き添っている。
来客者達は
壁に描かれた羽根の美しさに感心し
スポットライトが当てられた
ステージに
楽師が居ないのを不審に思いながらも
音楽が流れ始めると
目を丸くしていたのだが
その様子に
シュリは気付ける筈も無かった。
緊張のしっ放しで
それどころでは無い。
粗相をしてはいけない。
その思いで
お茶とお菓子の準備を始める。
所作にウルさい侍従や執事達に
見張られている感じがするので
気が気では無かった。
演奏が一通り終わった頃に
シュリはぎこちなく挨拶すると
各テーブルを回って
お茶とお菓子を配って行く。
御客様から
様々な質問をされたのだが
殆ど上の空で
何を話したのかも
シュリは覚えていなかった。
ただ
御一人様ワンセット限定の
チョコレートの詰め合わせは
全ての人が買い求めていたのは
何となく覚えている。
定刻が過ぎ
営業の終了を告げると
国王夫妻を始め
誰もが満足そうに帰って行くのが
判った。
ドアの所で
全てのお客様を見送ると
列を作っている人達がのこっているのが
見える。
その列は
もう既に明日の予定人数を遥かに超えていた。
その視線を感じながらも
シュリが恐る恐る扉を閉めると
オーナーが裏の店から走って来て
整理券を配ると言い出す。
控室に居なかったのは、
その準備をしていたかららしい。
整理券の配り方を
一通り聞いてから
一人外に出て
並んでいる人達の人数を数え終わると
準備された整理券を
前から順に
順番通りの曜日に来れるかどうかを
確認しながら
次々に一枚ずつ手渡して行く。
並んでいた全ての人達に
整理券を配り終えると
行列は見事に霧散して行って
誰も居ないのを確認すると
一安心。
どっと疲れが襲って来る。
オーナーがすぐに
大通りまで走って行って
置いていた立て看板を持って
戻って来た。
これでやっとこ一段落。
初日の終了だった。
終ったと判った瞬間
シュリは地べたにへたり込んでしまう。
緊張から解放されて
一気に疲れが噴き出してしまったのだ。
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入り口の前の行列は
二日目にも出来てはいたが
オーナーの立て看板を見ていたのか
人数は少なかった。
整理券の残りの枚数の
18人丁度で
それ以上の人がいなかったのは
立て看板のおかげだと
シュリは思っている。
開店前に
その人達に整理券を配り終えると
その人達が帰って行くと同時に
オーナーが
新しい立て看板を持って
走って行った。
受付の終了を知らせる為の
立て看板だった。
今回並んでいたのは
王国の関係者ばかりなのだろう。
皆仕事なのだ。
だから文句の一つも無かったのだろうと
シュリは確信していた。
もし一般の人達なら
こうは整然と行かないと思う。
『お断りの時、罵詈雑言は覚悟しとけよ』
そうオーナーには
言われていたのだが
シュリには
それだけが救いだった。
二日目の最初のお客様は・・・
王妃様だった。
執事が本日の20人分の整理券の束を
そのままシュリに手渡してくる。
王妃様は慣れた様子で
店内に入ると
次々に入って来る本日の来客者たちと
挨拶を交わしている。
“もしかして全員、王妃様の御友人?”
それだけでも
シュリにとっては気が休まらないのだが
三日目も
一番最初のお客様が王妃様と判ってから
シュリは覚悟を決めた。
王妃様はきっと毎日来られるに違いない、と。
お客様の顔触れは変わっても
来る人達は主に
王侯貴族の、それも多分上の方の人達だ。
だから常に
侍従や執事が寄り添っている。
だが三日目から少し様相が
変わって来る。
徐々にだが
王宮関係者の比率が多くなって行ったのだ。
シュリにはそれが不思議で仕方が無かった。
シュリにはその意味が
良く判らなかったのだが
それでも王妃様の知り合いが
必ずと言って良いほど
御客様として何人かは参加している。
その来客は
全て王妃様が対応していた。
だからシュリは一瞬たりとも
気を抜く事が出来なかった。
それでも何回かの例外が
少しだけ気の休まった時だったのかも
知れない。
自分の両親が
御客様としてきたのである。
暗部の二人を
どうやら列に並ばせていたのだろう。
店に来るとは
自分が家を出る時は
一言も言ってはいなかった。
喫茶室の中では目配せだけの会話だったが
父兄参観の気分である。
それと王宮の侍女達。
最終日は、特に侍女達が多かった。
だから顔見知りもいたし
二回来店した侍女も有った。
何より年も近かった。
でも結局この一週間は
毎日王妃様と顔を合わせる事になった
シュリにとっては
胃のチクチク痛む一週間でもあった。




