それぞれの思惑
「以上の通り、先日死亡した人間の転生が決まりました」
その途端、会場に大声援が響く。
事務局への賛辞の嵐だ。
それほどまでに、神酒は望まれていたのだ。
事務局長が言葉を続ける。
「つきましては、
どなたかその者に加護を授けて頂きたいのですが。
どなたかお願いできませんか?」
神々が会場を見渡す。
本心では、どの神も立候補したい。
上手くすれば、あの酒が自由に飲めるかも?
でもそれには躊躇が有る。
上座の神が、加護を与えるに違いないからだ。
その事に、下座の神は口出し出来ない。
上位神が与える加護は、
下々の神では敵わない強大さが有る。
どの神も、その事は判っている。
「私が加護を与えましょうか?」
花柄の華やかな衣装の女神が、声を出す。
その途端、会場内が少しどよめいた。
声を上げたのは、戦の女神だったからである。
これは極めて珍しい出来事だった。
戦の女神は、表立って前に出て来る事は無い。
戦神がいるので、女神はいつもその陰に隠れている。
でも、今回は違うようだ。
「神によっては、争奪戦になってしまうでしょう?
だったら私が加護を与えれば、
そんな心配は無いでしょうから」
「有難う御座います。それではそれで宜しくお願い致します」
事務局長が、すかさず〆に掛かる。
早く終わらせる気満々だ。
そうでもしなければ、
だらだらと長引いてしまう危険性が有る。
それだけは避けたい。
長引けば長引く程、何かを悟られる危険性が有る。
それ位に周到に準備した案件だから、
なおさら早く終了させたい。
自分達の手元で、この件は管理したいのだ。
「ちょっと待ってくれないか」
上座の別の神が声を上げる。
「加護と言ったか?」
事務局長は、顔をしかめた。
触れて欲しくない部分だからだ。
「そう申し上げました」
「それでは足りないのではないか?
加護程度では、前回の不始末の挽回にも
成っていないのではないか」
前回の不始末とは、
神々の手によって死ぬ羽目となった事だ。
確かにその通りである。
加護程度では、実は対価にもなっていない。
それは重々承知の上での、加護の提案であった。
事務局では、
当初からその位で収めようと目論んでいたから。
加護は、誰にでも施せる程度の恩恵でしかない。
普通の人々でも、持ち合わせている程度のモノ。
神の恩恵の、最低レベルであった。
「私もそう思います」
別の女神が声を上げる。
「庇護ではダメなのでしょうか?」
神の庇護。
それはその神によって、見守られる事を意味する。
加護より一段上のステイタス。
「これから彼は神酒を造るのでしょう。
だったら加護よりも、
庇護の方がはるかに効果的なのでは」
「それはいい」
別の神が頷いた。
それならば、
地上界において危害を加えられることは無い。
庇護とは、それ程の効果を持つ。
上座に座る神の庇護なら、尚更だ。
下々の神すらも、手出しは出来ない程に強力である。
「私は構いませんよ。庇護でも加護でも」
「それでは庇護をお願いできますか?」
事務局には、それも想定内で有った。
そこまでは妥協できる範囲。
落しどころである。
これで決まりだろうと思った矢先
「私が寵愛を授けよう」
事務局長の声が終わるか終わらないかの間に、
声が掛かる。
耳を疑う一言だった。
「今何と?」
「私が寵愛を授ける、と言ったのだ」
上座の中央に座る神が、凛と声を響かせる。
「それは認められません」
事務局長が語気を強めて、その言葉を制した。
「彼は人間です。神では有りません。
いままでどれだけの人間が、
寵愛で神に潰されたのかお忘れですか?」
「そうだったかな?」
その神は、少しとぼけて見せた。
「庇護でも加護でも、その者は守られます。
でも、寵愛は違います。
寵愛は、神が自らその者と、
力を共有出来るではありませんか。
願い事を直接言える関係ですから。
それは認められません。
彼は事務局で責任を持って管理致します」
「そこが怪しいのだ」
上座の神が、しかめっ面で重々しく口を開く。
「事務局が管理というが、何故管理をする」
その言葉に、会場が静まる。
「転生するにしてもしなくても、
その者は人で有り一生が有る。
その一生を終わらせたが為の、
詫びの転生で無ければ、道理が立たない。
しかし、話の内容は酒の事ばかり。
そこに違和感を感じる。
転生と酒造りは、本来別の話しだ。
彼には転生によって、
一つの恩恵を与えられなければならない。
その上で・・・」
事務局長をにらむと
「酒造りをさせるのなら、
更なる恩恵の上積みをせねばなるまい。
だから、
寵愛で良いのではないかと私は思う」
「それでは、
寵愛を与えた神の囲い者では有りませんか?
それでは不自由だから、
事務局で管理し自由を与える方が
よほど人らしく生きられるとは思いませんか?」
「人らしくか?
事務局の管轄に入れた方が、自由であると?」
その言葉を鼻で笑うと
「だったら酒造りを外せば良い。
それならば人として自由だ」
事務局長の顔色が変わる。
一番触れて欲しくない部分が、それだからだ。
「小僧、聞こえたか?」
その一言に、会場が静まり帰った。
・・・・・・
その様子を自分が窺っていた事に、
気付かれていたようだ。
会場に顔を出すと、その問いに答える。
「聞こえました」
「どう思う?」
「その事も含めて、実行力のある契約をしようと思っていました」
「はははっ、そうか。判っていたか!」
その神は、満足そうに答えた。
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神々の会が始まると、自分は控室で準備していた。
話しが決まったところで、顔を出す算段である。
会の進行の声が響く。
「私が加護を与えましょうか?」
女神の声が聞こえて来る。
どうやら女神の加護を受ける事が決まりそうだ。
何か少し嬉しい。
どんな女神様なんだろう。美人なのかな?
転生も結構悪くないかも。
「有難う御座います。それではそれで宜しくお願い致します」
事務局長の声が響く。
どうやら決まりか?
そろそろ出番が来そうだ。
事務局員も準備を始める。
手元には分厚いリストが準備されていて
その女神のページを探している様だった、が・・・
「庇護ではダメなのでしょうか?」
その声を聞いた途端、事務局員の手が止まった。
まだ終わってはいなかった。
庇護って何だ? 加護とどう違うの?
「私が寵愛を授けよう」
その声を聞いた途端、事務局員の顔色が変わった。
寵愛って何?
何が起こっている?
もしかして変な方向に話が進んでる?
その神は、事務局長と対等に話しをしている様だ。
そして、その話の中身は自分の考え方に近い。
常識を持っている神がいる。
そこは素直に嬉しい。
その会話に側耳を立てる。
神様の中にも、この不自然さに気付く者がいた。
神様も捨てた物ではないなあ。
でも、何だか大事に成っているっぽい。
寵愛って何だ?
なんかセックスとからんでくるの?
御小姓みたいな感じなのかなぁ?
「小僧、聞こえたか?」
どうやらその神は
自分が此処に居る事に
気付いていたらしい。
お呼びの様だ。
立ち上がると、会場に顔を出す。
「聞こえました」
会場内を見渡しながら、そう答えていた。
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事務局長の方に向かって、
その神は言葉を続けた。
「寵愛を与える。
これは変わらんし、変えるべきでもでも無いと思う。
ただし・・・」
少し考え込むと
「私だけでは無い。
すべての神の寵愛をその者に授けようではないか!」
事務局長だけでなく、会場内の神々の全てが言葉を失った。
自分には、チンプンカンプンで
何が話されているのか、全く理解出来ていない。
ただ、事務局員はそうとうに慌てている。
「全ての神の寵愛を受ければ、抜け駆けする神も出まい。
事務局が無理強いをする事もあるまい。
彼は契約を交わすと言った。
そういう話に、事務局とは成っているのであろう。
ならばその契約もまた、
全ての神々で承認しようではないか。
そうすれば、誰も反故には出来まい。
事務局とてそうだ。
皆、どう思う?」
会場内に異論は出ない。
最も、会場内の神々は、
その多くが神酒を期待して居り
それが飲めるのであれば、何でもいいのだが。
「沈黙は肯定と見なす。それでよいな」
会場は、未だ沈黙である。
「そういう事だ。事務局長。それで進める様に」
会場内からは、拍手と大声援が飛んだ。
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会場内で、事務局員と共に
全ての神々への御挨拶が始まる。
それを横目で見ながら、女神が上座の神に話しかける。
「何故寵愛なのですか?
庇護でも加護でも、人には十分のはずですが?」
その言葉に、笑顔を向けながら
「一つはしょく罪。あの男には、すまない事をしたと思う。
今回の一件、どう見ても事務局の動きが怪しい。
おそらく事務局の意向が働いている。しかし」
「しかし・・・?」
「わしももう一度、あの神酒をたらふく飲んでみたいのだ(笑)。
しかしそれは、我々のわがままでしか無い」
「わがままですか・・・!」
「ならば、最大限の恩恵を与えても罰は当たらぬよ」
「でも、寵愛の力は絶大ですよ。神に近い力を持つのですから。
人には過分な力過ぎるのでは?」
「しかしその力を、どう使うというのだ?
彼は神ではない。
そしてその力は、使えば使う程、人を遠ざける。
彼は孤立する。その事を判らぬバカでも有るまい」
「誰かに利用されるとは思われませんか?」
「その力を周りに知られれば、そうなるかも知れん。
しかしその時、彼はどう動くであろうか?
天界の力は、それ程に大きい。
その力で地上界を変えようとしても、
人が付いて来れないであろう」
「神の様な存在?」
「でも、神では無いのだ!
人として生きるには、人として動くしかないのだよ。
人は傲慢と欺瞞の中で生きている。
寵愛は、それから身を守る為の
最大の恩恵で有ると同時に・・・」
「同時に?」
「足枷でも有る。
その事に、すぐに気付くはずだ。
寵愛を受ける事が、
必ずしも自らの利にならないと言う事を」