モーガンの秘薬
開店の準備をしていると
モーガン卿の店の使いが来て
直接手紙を手渡された。
何でも先日の薬草の代金を
支払いたいとの事だが
訳有って
直接はこちらに持って行けないとの事。
出来れば目立たぬように
内密に店に来て欲しいとの
内容がしたためられている。
早いほうがいいだろうと
その日の夕方に
店を訪ねる事にして
その旨を使いの人に言伝た。
こんな手紙をくれる位である。
大事な要件に違いない。
そう考えたからだ。
加えて
資金も少し心許無くも有った。
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店に着くと
既にモーガン卿は
応接室で準備をしていた様で
そちらの部屋に通される。
店のスタッフに
言伝を聞いていたのだろう。
一礼して席に座るなり
挨拶もそこそこに
モーガン卿が口を開いた。
「先日は貴重な薬草をお譲りいただき
有難う御座いました。
先ずは一言御礼を申し上げます」
丁寧な口調から始まるのは
如何にも貴族らしい。
「御丁寧に、有難う御座います。
お役に立てたなら、何よりです」
そう切り返すと
モーガン卿も笑みを返す。
「つきましては、代金の件なんですが
少し困った事になりまして・・・」
そう聞いた瞬間、嫌な予感がした。
こういう時は大抵
商品に何らかの問題が生じたか
支払いの延期を求められるのが
常だからだ。
「何か問題でも有りましたか?」
恐る恐るそう聞き返すと
不安そうな表情に見えたのか
モーガン卿は笑いながら
「お金はすぐにでもお支払い出来るのですが
金額がちょっと・・・」
そう言われたので
買い取り金額がきっと安かったのだろうと
決めつけ
「金額はお任せしましたので
安くても問題有りません。
それは承知しています」
それを聞いたモーガン卿は
あわてて
「そうでは有りません。
むしろその逆なんです」
そう切り出して
事の顛末を説明し始めた。
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「先日お譲りいただいた薬草は
その三分の一が見覚えの有る
高価で貴重な物でした。
それだけでもかなりの金額に
なる訳ですが
問題は残りの初見の薬草でした」
モーガン卿は
そこで言葉を一旦切った。
「残りの薬草は
初めはただの雑草かとも思いましたが
奇妙な成分が含まれていまして
それが・・・」
そこで一呼吸置くと
「退化発育の効果というモノでした」
そう言われても、ピンと来なかった。
「何ですか? それっ?」
「最初は私にも判りませんでしたが
よくよく調べて見ると
一つの薬効に合致する事を
発見しました。
つまりは新発見の薬草だったのです」
「新薬ですか、それはおめでとうございます。
で、どういうモノだったんですか?」
モーガン卿は、一つ咳ばらいをすると
自信満々に
「毛生え薬です!」
それを聞いて、少し吹き出しそうになる。
“なあんだ、毛生え薬か!”
何処の世界でも
薄毛に悩む人は多いらしい。
そんな個人的な感想を
知ってか知らずか
モーガン卿は真顔で
「これは凄い発見なのです。
この相談を自分は長年受けて来ましたから。
ですのでこれ以上の喜びは有りません。
ですからその薬には発見者である
自分の名前を付けて
“モーガンの秘薬”と命名する事に致しました。
これは自分にとっては長年の夢であり
自分の名前を冠する薬を発表出来ることは
名誉以外の何物でも有りません。
薬師として後世にまで名前が残るんです。
ホントに素晴らしい発見なのです・・・」
その顔は、どこか誇らしげで紅潮している。
「それは良かったですね。
本当におめでとうございます」
その言葉に
少し自分が舞い上げっている事に
気付いたのか
モーガン卿は落ち着きを取り戻して
「それを新薬として売った訳ですが
その金額がこちらに成ります」
紙に記された金額は
ゼロが幾つも並んでいるのだが
桁がどうなっているのか
どういう金額なのか
自分にはイマイチピンと来なかった。
今まで大金には縁が無かった為である。
「金額を見せられてもピンと来ないのですが
大体どれ位でしょうか?」
そう聞くと
モーガン卿は落ち着き払って
「簡単に言いますと
馬車で何往復もしないと
運べない金額です。
例えばそう
この国の一年間の国家予算の
一割程度でしょうか」
「はぁ?」
どうやら途轍もない金額なのが
何となくわかる、
でも、たかが毛生え薬である。
それが国家予算の一割に化けるのは
全く理解出来ない。
「何でそんな金額になるんですか。
毛生え薬ですよね」
そう言うと
モーガン卿は改まって
「毛生え薬だからです。
だから大金になった。
勿論売り方も競売にしましたから
それも有っての事です」
そう言われて
思わず絶句してしまった。
頭の中は
ますます混乱している。
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モーガン卿の説明を
掻い摘むと
この世界の王侯貴族の権威の象徴は
長髪なのだという。
それが無ければ
威厳が保てないからだ。
豊かな長髪で、毛先は少しだけカールさせる。
そうでないと
庶民からバカにされてしまう。
だから髪の毛には
どの王侯貴族もとにかく注意を払っていて
お金をかけて手入れをしているのだが
それでもどうしても
禿げてしまったり
薄毛になる人達がいる。
歳を取れば猶更だ。
そういう人達は
こっそり誰にも気付かれぬように
鬘を付けているのだが
運悪くそれがばれてしまうと
それだけで国民から
嘲笑され、笑いモノにされるらしい。
結果、退位にまで至るとも言う。
だから毛生え薬は
薄毛やハゲに悩んでいる王侯貴族にとって
垂涎の的の薬でも有った。
モーガン卿は
貴族出身の高名な薬師だったので
その悩み相談を
国内だけではなく諸外国の王侯貴族からも
受けていたそうだ。
世界に知られた薬師ならではの相談で
口が堅いと信用されての事だ。
そこに新薬の完成である。
完成出来た薬液の量は
それ程多くは無かったが
相談の有った王侯貴族に対して
ごく少量のサンプルを作って
送って反応を見ると
その効果に希望者が殺到してしまった。
そこにジレンマが生まれる。
薬液はみんなに行き渡る程の
量は無い。
買い手をこちらで決めてしまうと
買えなかった人達の
不平不満や、恨みを買ってしまう。
結果モーガン卿は
公平を期すために
オークションと言う手段で
買い手を決める事を
決断したしたとの事だった。
どの希望者も
顔を知られたくないので
代理人を立てて参加したのだが
代理人であっても
オークションは白熱したらしい。
塗り薬、飲み薬共に
想定をはるかに超える金額で
競い合っていた。
有る王族など
宝飾品をしこたま売り払ってまで
お金を工面したと聞こえて来る。
その結果がこの金額になったという。
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「オークションが終わって数日後ですが
私は拉致されそうになりました。
誘拐して自国で薬を作らせようと
思った人達もいたようです。
幸い店に帰った直後だったので、
近くにいた王国兵士によって
未然に防いで貰えたのですが・・・
本当にあの時は大変でした」
そうモーガン卿は笑って見せる。
本人が淡々と語るので
こちらはどう反応していいモノか判らず
「大丈夫ですか?
そんな目に遭ったのに、不安に成りませんか」
それでもモーガン卿は嬉しそうに
「それだけ価値の有る薬だと言う事です。
薬師としては、名誉の勲章の様な物です」
そう言って、約束の薬草のサンプルを
自分の前に差し出した。
「これが毛生え薬になる薬草です。
見つけたら採取して持って来て頂ければ
必ず買い取らせて頂きたいのですが
買い取り金額は
二度目、三度目ともなると
流石に今回のような金額までには
成らないと思います。
ですので次回以降は、
それなりの金額にはなると思いますが
期待はしないで頂きたい。
十分の一にも満たない場合も当然有りますし
希望者が少なければ、普通の薬として
考え得る適価での販売も見据えていますので」
そう言うと今度は
別の書類を差し出してくる。
「お金の方は、そう言った事情で
持ち運び出来る量では有りませんので
王立保管庫の方に預けて居ります。
これがその書類一式で
小さなプレートが鑑札になります。
必要な金額を書いて鑑札と共に
王立保管所の方に提示すれば
希望の金額を手渡してくれますが
その都度手数料を取られますので
そこは御理解下さい。
自宅で保管するよりは
はるかに安全ですので」
そう言うと
一つの鞄をこちらに差し出す。
「それとこれは、端数の金額を入れた鞄です。
当面の資金がご入用と思いましたので
勝手ですが御用意させて頂きました」
渡された鞄は
先日受け取った金貨の何倍もの重さが有った。
それだけでも
今回の薬草の売値が
半端では無かったと言う事であろう。
「御配慮有難う御座いました。
これで当面の心配は無さそうです」
その一言を聞いて
モーガン卿も安心したらしい。
「こちらこそ有難う御座いました。
またのご来店を、お待ちして居ります。
特に毛生え薬の薬草は
出来るだけ早めにお願い致します。
また拉致されたくは有りませんので」
そう言ってにっこりと笑うと
モーガン卿は深々と頭を下げた。




